II:タクティクスなる特訓
もはやキュウコンの放つ炎タイプの技以外で俺が視界を確保できる手段はない。
すっかり夜も暗黒の世界を生み出すまでの時間となっていた。何時間が経過したのかはわからない。それでもさすがに体力の消耗が半端じゃないことは憔悴してきている脳でも理解できる。
ただ野生ポケモン達は夜行性が多いご様子で。
「はぁ……はぁ……はぁ………!」
くそ、息が上がる。
一体いつまで続くのかなんて考えても今はしょうがないんだろ?
キュウコンの様子を見れば、まだまだやる気が残ってる。恐らくそれはキュウコンが長年生きて培った技術の一つなんだろうな。いかに自分の力を温存できるか……俺も見習わなくちゃな。俺がばててちゃ話にもならねー!
「キュウコン、【砂かけ】! それから【神通力】!」
今、迫るポケモンは六匹。こいつら、いつの間にか最初の頃より統率感が生まれてきている。
キュウコンが足元から巻き上げた砂の粒子が【神通力】によってコントロールされて、迫るニャース達を追い払う。目くらましなんて卑怯とは言われるかもしれないが、俺が今専念しなきゃならないのはいかに相手の戦力を削ぐか。いちいち戦闘不能に陥れてたらこっちが数の暴力に負けてしまう。
「よしっ!」
一気に六匹という数で攻めてき始めるポケモン達に応じて、こっちも戦法をどんどん変えていかなきゃな。きついが、やるしかない!
足に力が入らない。
視界がぼやけてかすんでいる。
呼吸もリズムを崩し、思い思いのところで息を吸っている。
ちくしょう……。限界、かよ。
「ほれほれ、もう終わりか? もうすぐ夜明けじゃぞ?」
耳に千切り千切りに飛び込んでくるのはキワメさんの言葉。
薄目を開いて隣で佇(たたず)むキュウコンを見る。俺よりは全然元気そうでも、今までにない特訓のせいかばててはきている。ていうか、お前本当に強いんだな。
目の前に広がるのはこれまで倒してきたと思っていたのに、すぐに体力を回復させ、まるで軍隊のような統率をなせる野生ポケモンの小隊。
上空には三匹のオニドリルに後続する九匹のオニスズメ。
地上では真ん中にペルシアンが率いる六匹のニャースとバックアップを務めているかのようなナゾノクサとクサイハナの混合部隊。左翼と右翼に展開するのはゴルダック率いるコダック隊とヤドラン率いるヤドン隊。
おいおい、いくらなんでも野生でこれはないだろう?
冗談と思いたい。最初は一匹一匹倒していったやつらも、俺との戦闘あ長引くにつれて段々と集団をなしていったんだからな。本当に野生かよ。
「……やるぞ、キュウコン。満身創痍ってのはこういうのを言うんだろうが、ここいらが正念場ってやつみたいだ」
「コン」
良い返事をしてくれるな。
よし!
俺が集中力を高めたのが野生ポケモンに伝わったのか、軍団のそれぞれのリーダー格であろうオニドリル、ペルシアン、ゴルダックとヤドランがそれぞれに鳴き声を上げて合図を繰り出す。
最初に迫ってくるのはキュウコンへと急降下してくうオニスズメ三匹、切り込み役であろうニャース二匹、コダックとヤドン達は一斉に【水鉄砲】を繰り出し、後続のナゾノクサ達は何やら準備をしているように見える。
へっ、なんだかわかんないけど全体を見渡せる洞察力ってのがついたみたいだ。目が慣れてきたんだろうな、相手全体の一挙一動が見える!
「キュウコン、【威張る】!」
「……コンっ!!」
この技はこちらが劣勢になっていれば効果は強い。それは特殊な鳴き声をだすことで相手の闘争本能を逆撫でするからと言われている。
特にキュウコンに至っては長年の経験でわかるんだろう、相当頭には来ているのは奴らの態度からして一目瞭然だった。
そして混乱すると言われているのは相手は正常に冷静な判断ができなくなっていることを示している。だがそうだとしても、たった一匹の敵なんだ。早々に狙いをミスったりはしない。
でもキュウコンに【威張る】をさせたのは敵を混乱させて自滅させるためじゃない。あくまでも指揮による統率を崩すため。
案の定、先遣隊を担っていたポケモン達に続いてリーダー格達も全員でキュウコンめがけて襲いかかってくる。リーダーをこっちの手の内に踊らせることができたら、それは勝機をもこっちに手繰りよせたようなものだ。
「キュウコン、【怨念】から【身代り】!」
キュウコンは技を繰り出す速さが手持ちの中では一番早い。それほどまでに戦闘における経験値を積んできたということを裏づけしており、だからこそ頼れるパートナーだ。
すばやく自分の分身をつくって後方へと逃げるキュウコン。そしてその瞬間、ポケモン達が一斉にキュウコンの【身代り】に容赦なく技を繰り出す。
「ほぅ。良い戦法じゃの」
キワメさんの称賛の声が聞こえてくる。でも、俺はこうやって指示を出すので精一杯だ。
「決めるぞキュウコン、【炎の渦】!!」
渾身の叫びで俺は体全体を震わす。
「……コォーーーン!!」
猛烈な業火がキュウコンの口中で生み出され、巨大な渦巻きを描いて乱れた隊列となった野生ポケモン達に浴びせられる。
逃げ惑ったり、奇声を上げながら逃げたり戦闘不能に陥る敵を見ながら俺の体は一気に弛緩する。
「やっ……た…………」
ぐったりと脱力する俺の下半身は一気に崩れ、俺は地面に膝をつく。
「きゅう?」
地面にどっさりとひれ伏す俺の頬にキュウコンが心配して鼻の先を当ててくる。そして頬をざらざらとした舌の感触が伝わってくる。
「……だい、じょうぶさ」
でも言う言葉とは裏腹に俺の視界は更に霞んでいって、そして意識はそこで途切れる。
「ふむ、たいしたもんじゃわい」
そんな言葉が最後に聞こえてきたような気がした。
また、同じ感触を背中に感じる。
俺、また意識が無くしたのか……? 最近、こういうのばっかだな。
「んっ……」
瞼を開き、そこにあるのはしわしわでよれよれの―――
「うおっ?!」
瞳孔が開いて、俺は素っ頓狂な声を上げてしまう。
「おっ、起きたかの」
そりゃ、そんな顔近寄られたら起きるっての!! 心臓に悪いぜ。てか二回目だぞ!
「良く頑張ったの、特訓その二終了じゃ」
キワメ老人がそう告げて、俺はあれが特訓の一部分に過ぎないことだと知り脱力感を覚える。窓を見ればすっかりと夜は明けていて、日はすでに昼過ぎを回っているようにも感じた。
「ふむ、しかしこの特訓を最後までやり遂げたのはお主も含めて三人目じゃぞ?」
三人? その人数が自棄(やけ)に耳についた。
「三人ですか?」
キワメさんは窓際に置いてある観葉植物の葉を撫でながら外を見つめる。
「うむ。まあ、それほどまでにわしの訓練は厳しいということじゃ」
何人中の何人かもわからないのにどうかこうかは言えないが、確かにこれは地獄だ……。体が鉛みたいに重くなる。
「さっきの訓練を終えれば、後のもんはお主にとっては楽じゃろう。それにさっきの訓練で、お主の能力の一つが開花されたみたいじゃのう」
能力?
「お主が他とは稀なる才能を発揮したのは、最後のバトルの時じゃの。敵の一挙一動を全て把握する洞察力。しかも敵の位置を的確にじゃ……さもなければ、あのキュウコンの【炎の渦】でポケモン達全員を仕留めることはできなかったからのう」
思い返せば、そうだったかもしれない。だが、あんまし覚えてはいない。
「それに【怨念】と【身代り】で敵ポケモンの技を封じると同時に囮としての役割を果たせる、なかなかの戦術でもあったしのう」
キワメさんがしっかりと俺の目をとらえて、続ける。
「人間は限界地点を突破し、その壁を乗り越えた時、何をしでかすかわからんからのぅ」
この時、俺は絶対にこの特訓をやり遂げてみせると自分自身に誓った。
胡散臭さは残る。残るが、この人がやることで無駄になったことはないとどこかで納得させられていたのかもしれない。
「お主が持っている俯瞰(ふかん)的に戦況を捉える能力は貴重じゃぞ。ミツルの奴め、面白いもんを連れてきおったわい」
俺の能力。その響きにどうしようもない中二病を発症しかけるが、必死にその衝動を抑える。
「ありがとうございます」
「ん?」
俺はベッドから起きあがって、ちゃんとキワメさんに一礼する。
「絶対に、奥義を伝授させてもらいます」
「お主結構図々しいのう」
「それが取り柄ですから」
やらなきゃならない。この世界を取り戻す為、ルカを迎えに行くためにも、絶対に。
「そうか。それなら、次の特訓に行くかのう」
「はい!」
「え?」
俺は昼なのにもかかわらず豪華絢爛な装飾で彩られたゲームコーナーを目の前にして、思わずたじろぐ。この島にこんな施設があったのには驚きだが、にしても結構な人の出入りがあるのにも目を疑ってしまう。
そしてそんな俺の様子にお構いなしで、キワメさんは店内へと入っていく。
「ほれ、早くせんか」
「は、はい……!」
中に入ると、そこはさまざまなスロットの台とさわがしいBGMが鳴り響いていた。耳をつんざくばかりの音の嵐に、思わず両手を側頭部へと当てたくなってしまう。
「キワメさん、一体ここで何を?」
いや、本当にここで何をするっていうんだ?
「もちろん、これじゃ」
キワメさんが杖代わりとして使っている杖が向けられたのは、やはりスロットの台。
「へ?」
キワメさんはさっさと自分の席へと座り、懐から大き目の袋を取り出す。
「見ておれ」
キワメさんがコインを一つ台へと挿入し、スロットを回す。
ぐるぐるとめぐる数字や絵文字の羅列に俺は一瞬目を回しそうになるが、キワメさんがそれぞれのラインのボタンを順に押していく。
7、7、7と。
まじ?
けたたましいファンファーレの音楽と共に出るわ出るわのコインの数。
300枚の賞金コインがどばどばと下の方のスロットからあふれ出てくる。
「これを10連続で出来るようになれば、特訓は終わりじゃ」
一体これが何になるんだ? この時の俺は理解できるわけがなかった。
ただただ俺は溢れては出てくることの止まないコインの雪崩を見つめることだけしかできなかった。