「裏」:世界の変色
―ポケモン歴680年―
イニシャルインシデントより人々とポケモンは共存を成し遂げていた。同じ自然の中でお互いに協力し、支え合って生きてきた。それはお互いがお互いに足りないものを、人は知恵を、ポケモンは技を提供しあう関係にあった。だが知恵を持った人間の間では言葉による弱肉強食の世界が徐々に出来上がっていった。
そして世界は大きく二つの教徒によって二分される。
一つはアルセウス教。文字通り、神アルセウスを崇拝しこの世全ての理(ことわり)は神の下に成り立っているという思想理念。つまりは森羅万象は神の手によって創られたと信ずる者達。
アルセウス教の信者はポケモン達を神の従獣(つかい)とし、共に心を通わし合い初めて信徒としてポケモンの技を行使することを教会から許されていた。
世界を生み出したのが神アルセウス。そしてアルセウス教の信者達は様々な建造物を後世へと残した。現代の科学では到底解析できないような建造物も、その当時では完成させていたのだ。
アルセウス教は現代の芸術、技術、信仰心の基礎を築いたとされている。
彼らは神が王として君臨されし土地として……神王、シンオウ地方に拠点を置き、発展してきた。その為、今尚シンオウ地方では時空を超克せし神を崇める神殿や建造物が残っている。このような遺産はポケモンと共に創り上げられたとされており、シンオウにおける過酷な環境でのポケモン達との絆が強かったとされている。
そしてもう一つはスウセルア教。アルセウス教とは正反対に位置する宗教では神を信じず、全ての理は自然の下に成り立っているという思想理念。つまり森羅万象はなるべくしてなりたったと信ずる者達。
スウセルア教の信者はアルセウス教より離反した者達によって形成された。神を信じず、ポケモンも人間も全ては自然の産物として考える理念である。
スウセルア教は現代の科学や数学の基礎を生み出した教徒であり、アルセウス教が良しとしなかったメディターの生みの親ともいえる。
彼らは豊かな自然の恵みが円を描くように循環されるとして……豊円、ホウエン地方に住みつくようになった。その為、今尚ホウエン地方では大地、大海、大空が自然の三大基盤として覚(さと)られ続けている。
スウセルア教の由来は言うまでも無く、神を背徳するとして恐れ多くもアルセウスの名を逆さにしてつけられた名である。
お互いの教徒の背景にあるものは同一であるが、人間は絶対的ななにかを求めてしまった。それが神か自然かという論点で二分されてしまったのだ。
長きに渡り二つの教徒は小さな小競り合いや紛争を繰り返し、ポケモン歴680年に国を巻き込んでの戦争が勃発した。
人間とポケモンを巻き込んでの大戦争は後に大二教徒戦争、通称「聖戦」と呼ばれ、この国の歴史にその名が刻まれる。
聖戦は長期に渡り、何十年も続いた。二つの教徒の戦力消耗は激しく、戦争はどちらの勝利となることも無く停戦となった。
そして停戦の背景として平和主義を掲げる勢力も増えてきたこともあげられるが、それはまた別の話である。
こうして二つの宗教はこの戦争を折りに和解を始め、互いの存在を国の発展へと貢献することを決め認め合うことを定めた。
これは後に【聖戦締約】として知られることとなる。
聖戦史より抜粋
遠ざかっていくサント・アンヌ号を遠巻きに見送りながら、白いバンの乗員は互いに視線を交わし合う。
「どうして発信機なんて渡した?」
ガイがジンの方を片目で睨んでそう質問する。
「私が言っといたんだー。ジンくんとルカちゃんの気持ちを利用するみたいでごめんねー」
モモがそうおどけながらに答えるも、目は全然笑ってはいない。
「いえ、仕事ですから……」
と自分に言い聞かせるように、下唇を噛みながらジンは俯く。
ルカが乗船し、船が出てからのこの会話。
ジンがルカに渡した電子地図には発信機が埋め込まれていた。それはモモがジンの器用さを買って、ルカが熟睡中にジンに細工させて導入させたプログラムであった。
小型の発信器でルカの居場所が常に監視下へと置かれるようにだ。
しかもルカ自身が変に思わないように、彼女が地図を操作する時に出る自分の現在位置を示す赤い点滅がそのままこちら側へと座標として送信されてくるように設定されている。
『逆らったら、モモさんに殺される』
そうジンは思った。
そして事実、モモはそういう類の人間でもある。
モモ自身も相当の覚悟の上でロケット団へと入ったのだ。そしてその覚悟の身の上はこの車内の誰よりも高く、そして敵わない程に荒れている。
「でも、どうしてつくらせた?」
モモがジンに発信機を作らせたのはわかったが、ガイはなぜかはまだ聞き及んではいない。
GPSの組み込まれたパネルを操作して、クチバ港の地図から一転してデータバンクのような画像が表示させるモモ。
タッチスクリーン型のパネルに指を走らせて、モモは二つの写真とプロフィールデータを探し出す。
「こ、これは……!」
その画像に一番最初に食いついたのはジンだった。
車の前方まで体を乗り出して、パネルにくぎ付けにされる。
【ハヤミ ケン】
【ハヤミ ルカ】
その二つの名前と、先ほどまで会っていた少女の写真が映し出されている。
そして二人のプロフィール部分には赤字で、【監視対象】と書かれていた。
「監視か……。あんなガキに何ができんだよ」
ルカが監視対象であることに若干の驚きを感じたガイであっても、ルカがそれほどまでに組織の脅威対象になるとは思えずにいた。
「あら、何言ってんのよガイくん。ルカちゃんとバトルしたんでしょ? あの子なら5年も修行を積んだら、化けるわよ〜」
面白そうに指を唇にあてながら、モモはルカとケンの写真を交互に見比べる。
「でも、どうして2人が監視対象に?」
ジンはわからなさそうにモモに尋ねる。
「それはね……」
モモは声を低くして、神妙な顔つきになる。
「「それは??」」
ジンとガイの声が重なり、ジンに至っては固唾をも飲み込む。
「私もわかんな〜い」
目一杯の明るい声に、ジンは呆気に取られガイはずるっと1センチ程肩を座席で滑らせて舌打ちをする。
「けっ、でも任務ってんならしょうがねぇな。帰るぞ」
足を組み直し、ガイは大きな欠伸をすると共にそう提案する。
「そうね、帰りましょっか」
そしてモモも何事も無かったかのようにスクリーンをヤマブキまでのルートをナビ上へと出す。
「…………」
ジンは無言のまま後ろで座りなおしてシートベルトをつけ直す。
『ルカちゃん……』
ルカの身の上を心配しつつもジンは少しだけ良かったと思っていたことがあった。
それはモモに発信機を付けろと言われた時に、ジンは薄々と感じ取っていた。だから2人の目を盗んで新たな細工を施していた。
それがいつ吉と出るか凶と出るかはわからない。
だが、ジンはルカに惹かれていた。そして何かをしてあげたいと思っていた。だからかもしれない、と自分に言い聞かせるジン。
『頑張れ、ルカちゃん』
彼女が持っていた夢。でもそれだけではない覚悟がルカの瞳には見え隠れしていたのをジンは読み取っていた。
そしてジンを乗せた白いバンは颯爽とクチバの港を駆け抜けていく。
他人のことを想うこと……。しかしそれはジンにとっては一番辛いことであった。
自分にそんな資格がないことはわかっていても、でもジンはルカのことを想ってしまう。彼女が最後に自分にくれた温もりも、まだ首回りに残っているような気がして。
軽快なエンジン音に揺られ、ジンは水平線へと向かい出航した客船を最後に一瞥するのであった。
モンスターボールをはじめとする様々な薬品や道具を開発し、今や人間とポケモンの橋渡しとして無くてはならない存在、それがシルフカンパニー社。
ここ数十年で大きな拡張化を見せ、実力のある社員はどんどんと上まで駆けあがれることのできるシステムにおいて、さまざまな魅力ある商品が生まれていった。
そして現在のシルフカンパニー社社長はサカキ、先日声明を出したロケット団のボスである。
世間への発表ではシルフカンパニー社とポケモン協会が同盟を結び、これからの国事体制の見直しを提示したとなっている。
だが裏では協会がサカキによって買収されてもおくしくはないといったようなことが起きていた。それは今までの国の財政をシルフカンパニー単体で援助してきたことに繋がる。それにより協会公認としてフレンドリィショップ等が全国展開している、というよりもさせられていると言った方が正しい。
各地方の統括は今まで通りではあるが重要決定事項の判断は今まで各地方のチャンピオンが相談しあっていたのを全てサカキが判決するといった具合となっている。つまりチャンピオンまでもがサカキの言いなりとしての統治が完成してしまったのだ。
そして今サカキ自信の野望を成し遂げようとせん為、彼はある協力者と話し合う。
「研究の方は進んでいるのか?」
サカキがシルフカンパニーの社長室窓からヤマブキシティ全体を見下ろす。
「進んではおるがの。しかしムショが長すぎて全快になるまでには少しかかるのう」
協力者。マサラの悲劇の当事者であるオーキドが白衣に身を包んでそう報告する。
「そうか……。ミュウツーはどうだ?」
後ろで手を組み、サカキは足元で座っているペルシャンの頭を撫でる。気持ちよさそうに顔を上げて喉を鳴らす、そのポケモンの毛並が夕日に照らされては金色に輝いているようにもみえる。
「ボールから出て5分は大丈夫じゃ。それと技の種類も5つに増えたぞ。御子息のリョウ殿が素晴らしい研究報告を持って帰ってくれるからのう、こちらとしては助かっている」
ペルシャンが嬉しそうに鳴き、「そうか」と、サカキは一言そう答える。
サカキがオーキドと結託したのはマサラの惨劇が発覚するより前のこと。ミツルが言っていた通りサカキが一度マサラタウンに訪れた時、その時にはすでに計画は進行していた。
非公開ではあったが、当時シルフカンパニーは人工的にポケモンを創りだすことに成功していた。
そう、ポリゴンである。その研究データと実物のポリゴンを見せられたオーキドは歓喜した。今までに取得することのできなかったポケモンのデータが、人工的に創り上げられたポケモンから取りやすくなると思ったからである。
そしてサカキはこう提示した。
ポリゴンと研究データを引き換えに、更に優れた生命エネルギー体をポケモンからつくって欲しいと。そうすれば、更に優れた知力と生命力を持ったポケモンを人工的に創り上げることができると。
後は簡単だった。
オーキドはいままでに自分が集めてきたポケモンのデータを元に、まずはポリゴンを解析しポリゴンの疑似生命体をより生物らしくする為の研究に乗り出したのだ。そう、自分のところのポケモン達を使って。
そしてもう少しの所で、研究は成し遂げられようとしていた。
しかし、オーキドは協会によって身柄を拘束されてしまう。
オーキドに研究を任せていたサカキは、オーキドがいままでに完成させていた疑似生命体と研究データを入手するも……さすがはポケモン研究の権威を持っていたオーキドなだけあり、シルフカンパニー社の研究員では完璧に理論を理解することができなかったのだ。
それでもオーキドのデータを参考に、シルフカンパニーはそれからもポリゴン2とポリゴンZを創り上げることに成功するも、サカキが目指す最強のポケモンには程遠かった。
「金と時間はくれてやる。だから、わかっているだろうな?」
背後のオーキドにそうサカキが重く伝える。
「わかっておる。それにこれはわしにとっても最高の研究場所じゃ。お主も少しは子供達と話をするんじゃぞ?」
そしてそう言い残してオーキドは入ってきた扉から出て、研究所のある最下層までエレベーターを使って降りていく。
夕日がヤマブキシティを染め始めようとする時、サカキは黙って下界を見下ろし、「余計なお世話だ……」と、静かに言葉を零した。
そして最近のカントー地方でのニュースは以下の通りである。
【先日、協会にハナダデパートを爆破するという脅迫状を送りつけてきた男によって大破されたハナダデパートはシルフカンパニー社の援助もあり早急な復旧作業へと移っています。脅迫状を送りつけてきた男はすでに逮捕済みだということです。
続きまして、シルフカンパニー社の内部組織のロケット団と協会所属のジムリーダーと四天王達は脅迫状を送ってきた男の共犯者として5人の容疑者を公明発表しました。その5人はハナダジムジムリーダー テンドウ カスミ。タマムシジムジムリーダー ミドリ エリカ。ヤマブキジムジムリーダー シンカイ ナツメ。セキチクジム準ジムリーダー シノビ アンズ。そして氷結の四天王で知られるハレシノ カンナの以上5名です。目撃された方々は最寄りの警察へ報告してください。
更には各地方で被害を被りました施設や建物は以前より取り壊しが決まっていた為、再建の目処は破壊されたハナダデパート以外ありません。そしてヤマブキシティの新しいジムは元ヤマブキジムの隣で開業していた格闘道場に移ります。ハナダジムは容疑者カスミの姉妹が継続。彼女達の事件への関与はゼロとされています。次にセキチクジムは容疑者アンズの父親シノビ キョウが四天王職を下りてジムリーダーを担います。そしてタマムシジムと空いた四天王2人の座はただいま協会で審議中とのことです。
それでは明日の天気です―――】
人々はすでに、変革された世界を受け入れようとしていた。
第三章:完