V:豪華客船サント・アンヌ号
私達の乗った白いバンがクチバの港沿いを走って、巨大な客船付近の駐車場で停止する。
時刻は夕方前の太陽が20度程傾きかけている頃合いで、水面は未だに陽光をきらきらと反射させてる。晴れとは言っても、この時期は真冬。だから外を出歩く人々は厚手のコートや防寒服に身を包んでいる。
途中で眠っちゃったけど、遂さっき起きて車窓から見る景色からここがクチバシティなんだって理解できた。
港に停船しているのは豪華客船サント・アンヌ号……この国の富豪達しか乗船できないことで有名な船。そんな船の波止場に来ているのにはちゃんと理由がある。
「いいなぁー、一度でいいからああいうの乗ってみたいわよね〜」
ハンドルに両手と頭を乗せながら、モモさんがフロントウィンドウから巨大な白船に見とれる。
「どうせ堅っ苦しい連中しかいねぇんだろ? なら乗ったって疲れるだけだ」
とは言いつつも、ガイさんは傍目でちらっとサント・アンヌ号の威風堂々な井出達を見つめている。
「でもすごいですね……。実物は本当に大きい」
ジンさんも圧巻されつつも高く聳(そび)える客船をマジマジと見上げてる。きっと創造心が刺激されてるのかもしれない。
「ぁ、え、えっと……」
うぅ、三人の会話の後じゃ言いづらいよぉ。私がここの近くを走ってもらうように言ってもらった理由はちゃんとある。ちゃんとあるんだけど……。
昔ソネザキさん主催のビンゴパーティで一等賞のサント・アンヌ号フリーチケットをもらってて今まで取っておいたなんて、い、言えない!!
それで恐れ多くもこれでホウエンまで行けたらいいなーなんて、あははは。……なんだか私だけ良い思いするみたいで恐縮だけど、そろそろ乗りこまないと間に合わなそうだし。えぇい!
「あ、あの、私あの船に乗ってホウエンまで行くので送ってもらってありがとうございました!!」
私は勢い良く立ち上がると共にモモさんとガイさんのいる座席に向かってお辞儀をする。そしてすかさずジンさんの方にも向こうとして頭を上げたら―――
ゴツン!!
「あ、うっ!? い、いぁぃ……」
「だ、大丈夫ルカちゃん?!」
早口だったから聞きとってもらえなかったかな、なんてジンさんの介護を受けながら私は頭を抱える。
でもちゃんと聞こえていたみたいでモモさんとガイさんはぽかーんと私を凝視している。モモさんに至っては「うっそ〜?!」と仰天するような声をあげる。ガイサンは私とサント・アンヌ号を交互に見つめ返す。
ジンさんは痛くないように私の頭を撫でてくれる。撫でるというか、擦(さす)ってくれる。
痛みが段々と引いてきた私は少し涙を浮かべながら、片目を開けてうなずく。
「は、はい……」
私の肯定する言葉にモモさんは更に声色を変えて目を輝かせる。
「もしかしてルカちゃんってとんでもないお嬢様?」
えっとぉ、そういうことじゃないんだけど……。
「い、いえ、えっと、懸賞で当たって……」
本当のことだから、そうとしか言えない。
「でもだとしたらルカちゃん急がないとっ!」
ジンさんが私を急かすように慌てだす。本当にその通りで、私もあたふたとしながら鞄を手に取る。
その時私はガイさんがジンさんへと見せた目配りに気付かなかった。
車の外からは船の汽笛が聞こえてくる。サント・アンヌ号の巨大な煙突からは濛々と燃料が焚かれているのがわかる。
「ルカちゃん、また会えるかどうかわからないけどこれを持っていって」
ジンさんから受け渡されるのは1つの小さな小型機。シャープな流線形を描く種のようなフォルムで真ん中には青色の光電子体が埋め込まれている。
「これは……?」
片手に収まる程の機械をまじまじと見つめながらジンさんの方を向く。
「まだ僕の試作品だけど、ホウエン地方とハイア地方の地図のデータが入ってるんだ。カントーのも入れようと思ってたんだけど時間が無くてね……もし良かったらルカちゃんに使ってもらいたくて」
ジンさんの言葉を最後まで聞かなくても私は心底胸が熱くなって、ジンさんの首元に抱きついていた。
「ありがとうございます、大切に大事にしますね!」
「あ……う、うんっ」
私の顔も真っ赤なんだろうけど、なぜかジンさんの顔も少しだけ熱を発しているようにも感じた。
「それではモモさん、ガイさん、ありがとうございました」
「若いっていいわよねー、ねえガイくん?」
「俺に聞くなっ」
二人のやり取りも、今日だけだったけど聞けなくなると思うと寂しくなった。
「気をつけてね、ルカちゃん。また縁があったら会いましょ♪」
「とっとと行け」
モモさんが私の両手を自分の両手の中でしっかりと握ってくれる。
「は、はいっ!」
嬉しくなって、つい舞い上がっちゃったけど私は噛みながらそう答える。
彼女から向けられた笑顔に秘められた美貌に私は一瞬息を飲んでしまうも、それでもきちんとお礼を言って車から離れる。
「じゃ、行ってらっしゃい」
「はい。行ってきます」
そう告げて、私は一目散にサント・アンヌ号へと走っていく。
潮風が私の髪を横に凪(な)ぐ。鼻腔をくすぐる海の匂いで私は船に乗るんだという気持ちが実感となってくる。
やっぱり寒いな。でも、心地が良くないわけでもない。
見れば本船に乗り込む為の階段型の梯子の入り口付近で船員がしきりに大声を出して最後の乗船者がいないか確認している。
「のりまーす! その船、のります!!」
肩から提げるショルダーバッグが走る度に背中の上で小さく跳ねる。
腰のウエストポーチに入っている財布からチケットを見せると、船員さんはちょっと驚くような顔をしてから笑顔で迎え入れてくれる。
「良き船旅をお過ごしください」
「あ、ありがとうございますっ」
丁寧な挨拶に私は恐縮しちゃってお辞儀までしてお礼を言う。
あぅあ、こういう時ってどうすればいいんだろ……?
船へと乗り込んでいく階段を上がりながら、私は港で停車しているモモさん達の白いバンを見下ろす。
目を凝らすと後部座席の窓から小さくジンさんが手を振ってくれるのが見えた。私は嬉しくなって、満面の笑みを浮かべて大きく手を振る。甲板へとあがってモモさん達の方向にお辞儀をする。
外の風が冷たいけど、私は甲板に残ってバンが見えなくなるまでそこにいた。
乗船する時も思ったけど、さすがは豪華客船だけあってモモさん達の白いバンを囲むように黒い高級そうな車が一杯並んでいた。中にはギャロップの馬車もあったけど……すごいなぁーお金持ちって。
でもその中でも私は一つだけ気になった乗り物を見つけた。
人力車? ジョウト地方のエンジュシティにしかないと思ってたけど、やっぱりお金持ちになるといつでもどこでも好きな物に乗れるようになるのかな、なんて思っちゃった。黒と赤色で質素ながらにも気品溢れているつくりのそれは、少しだけ私の頭の中に残り続けた。
クチバの港からサント・アンヌ号は離れていき、今じゃもうクチバシティが小さなブロックみたいに見える。
潮の香りと共にまた風が吹いて、私は思わず身震いしてしまう。
「お客様、お寒くはありませんか? どうぞ中へ」
清楚なタキシード型の制服に身を包んだ船員さんが私をエスコートしてくれる。
「あ、ありがとうございます」
「いえ、お客様には快適な船旅を送っていただきたいので当然です。風邪をお引かれでもされましたら、せっかくの旅も億劫でしょう?」
若干冗談交じりにそう返事をしてくれる船員さんに私は笑みを浮かべて「はい」と答える。
船内に入る木造で金飾の施された扉を開けてもらって、私は異世界へと歩みこむ。
「ほわぁ……」
どこかの超スーパーでリッチですっごいすっごい高いホテルのラウンジよりも綺麗!
あまりの興奮状態に私の語弊は支離滅裂になってきてる気がするけど、気にしない!
でも、これでなんで皆がビンゴ大会の時に目をぎらぎらと血眼にしてた理由がわかったような気がする……。
右手に握る乗船券をまじまじと見つめなおす私。
一回乗ればクチバシティまで一周して帰ってくるまで自由にできる。ごはんもただで、寝泊まりもただ、施設利用のほとんどもただ。乗った時点で自分がお金を使うことはないってマサキさんも言ってたっけ。
そんなに興味がなかった私だったけど、サント・アンヌ号に乗ろうと思ったのにはちゃんとした理由があった。それはサント・アンヌ号でしか読むことが許されないと言われている特別な図書館の存在だ。全国だけでなく世界を股にかけて渡航するこの豪華客船には、著名な乗船客から寄贈された書籍が数多く保管されていて乗った者しか閲覧が許されないと聞いていた。その中にはカナを救うことのできるヒントがあるかもしれないと思ったから。
「お客様、あまり長く扉の前で立たれますと他のお客様のご迷惑になりますので―――」
「……あ、は、はい、ごめんなさい!」
あまりの豪華絢爛さと、噂に聞いていた以上のサント・アンヌ号のすごさに圧倒されてしまった。
でも、ビンゴに勝てて良かったかも。こんな船旅、一生で一度くらいしか味わえないよ!