「裏」:悪としての黒白
ルカ、ジン、ガイ、モモの四人が白いバンの中へと乗り込む。
ルカとガイがバトルをしている間に消防や警察の仕事は終了したのか、オーキド研究所跡には誰もいなくなっていた。閑散とした小高い丘には、もはやマサラのシンボルとまで言われていたオーキド研究所の姿などどこにも見当たらなくなったのだ。
「それじゃルカちゃん、クチバへレッツゴーでいいんだよね?」
モモが運転席越しにルカに尋ねる。ルカがバックミラーの方へと視線を向けると、あどけない笑顔でモモはウインクを返す。
「ほ、本当に良いんですか……?」
ルカが恐る恐る後部座席の方でジンの隣に座りながらガイの様子をうかがいつつ聞き返す。
ホウエンへと行く手段はざっくばらんに二つ存在する。一つはヤマブキシティのリニアに乗って行く方法。そしてもう一つがクチバシティの港から船を使って行く方法だ。
「いいよいいよ〜。それに私もこんなに可愛いルカちゃんを一人旅させたくないもん」
モモはそんなことを言いながらアクセルを踏み込む。
そしてルカが下した選択は船でホウエンまで行くことであった。無論リニアの方がかかる時間は遥かに少ないが、ルカはとあることでホウエンまで乗船できるチケットを持っていた。
「そ、そんな……」
モモの賛辞にルカは頬を薄い朱色に染め、おもしろくなさそうにガイが「けっ……」と車窓の外へと視線を移す。
そしてそれを聞いてルカはびくっと肩を跳ね上げて縮こまる。
「ガイくんってホント子供〜」
「うっせぇ」
モモが左目でガイの方をじとーと睨みながら、ガイは更にトーンを低くして言い返す。
本人からしてみれば自分が勝ったのにもかかわらず、よいしょされているルカのことが気に食わないようである。
「大丈夫だよルカちゃん、そんなに怖がらなくてもガイさんはルカちゃんを取って食うようなことはしない……と、思うから」
ジンが必死にルカをなだめようとするも、自分の言葉の最後に自信がなくなってガイの方を恐る恐る見上げてしまう始末。
「てめぇジン、俺がなんだと思ってやがる」
低く唸るような猛獣の声に、ルカとジンは共に震えあがる。
どうやらガイに対する抗体を未だこの二人はつかめていないようである。
「前方ご注意くださ〜い、車が跳ねまーす」
しかし束の間、モモのおどけた声と共に車がグワン!と一瞬だが段差を乗り上げて宙に浮く。
「あがっ! つぅー、てめぇモモわざとしやがったな!?」
さっきの衝撃で舌を歯で挟んでしまったガイはかみ殺さんとする勢いでモモに詰め寄る。
「注意警報は出したでしょう? それにー、ちょっかい出すからそんなことになるのよー。自業自得因果応報悪いのはガイくんだよ」
微妙に最後の三つ目は四字熟語で終わらなかったが、ガイも差し詰め自覚があったのか押し黙って助手席に深々と座りこむ。両腕を組んで面白くなさそうなバツの悪い表情をしながら、バックミラー越しにルカの姿を確認する。
一方ルカはガイに恐怖心を抱くも、隣にジンがいることで味わったことのない緊張感にさいなまれていた。
「あ、ごめんねルカちゃん。でも、さっきのバトルは凄かったね。バッジ0個だなんて信じられないよ」
ジンが繕うように会話を始める。そしてジンに褒められて、ルカは嬉しくなって頬を染めてしまう。
「ぁ、ありがとうございます」
「教え方の上手な先生だったの……? えっとハナダだったっけ?」
ジンにとってもルカと話せることは興味深いし、胸が躍っていた。
「えっと、お兄ちゃんがバトル強くて。その影響だと思います」
ルカはしかしここでカナの名前は出さなかった。それほど、カナとのことは人には知られたくなかったのだ。
現にさきほどのバトルの参考はカナのスタイルを取ったものだ。そしてなにより友人からのポケモンをバッジ0個で言うことを聞かせるというのは、それほどまでにシャワーズがルカへと置ける信頼が強かったからである。
「そうなんだ。お兄さんがいるんだね」
「はい……丁度ジンさんと同じ年だと思います」
和やかな雰囲気が二人の間に流れ、ガイは面白くなさそうに、モモは二人の会話を楽しそうに聞きながらハンドルを回す。
マサラからクチバまでおよそ1時間。
その間、ジンとルカの会話は続いた。
ジンの出身地やフシギダネとの出会い、趣味や夢。
「僕はホウエンの出身なんだ」
「え、そうだったんですか……?」
「うん、まあ今はここに引っ越してきたんだけどね」
「そうなんですか」
ルカも自身のことやケンのこと、ガーディとの出会いなどで話は続いていった。
「お兄ちゃんってひどいんですよ、いっつも私のことばっかりいじめて……」
「あはは、でもきっとお兄さんはルカちゃんのことが大切だから構ってくれるんじゃないかな?」
「え……?」
「大切な人の傍にいたい。なら何かをしていないといけないって思うんじゃないかな。構うのもその意思表示みたいなものだよ」
若干ジンのその言葉に陰りがあることをルカは見逃しはしなかった。だが、ここでそれを追い詰めるのは無粋だとも感じたのだろう。彼女は口から出かけていた疑問をぐっと堪えて飲み込んだ。
「そう、なのかな?」
「きっと、そうだよ」
車体が塗装されていない道路を走ればガタガタと小刻みに揺れる。
「ジンさんの趣味ってなんですか?」
ルカのそんな質問にもジンは優しく丁寧に答えていく。
「そうだね……。時間があったら自分でものを作るのが楽しいかな」
「どんなのを作るんですか?」
「そうだね、今は新しいボールを作ろうかなと思ってね。派遣会社だから、いろいろと勉強させてもらってるんだ。事務雑用ばかりだけど」
「凄いです」
「え?」
「お兄ちゃんと同い年くらいなのに、もうお仕事されてて、尊敬します」
「……ありがとう」
しかし寂しげにジンは笑う。
「ジンさんの夢は何なんですか?」
ルカは目を輝かせる。
「僕の夢は、発明家になりたいと思ってる……。いろんな人に使ってもらえたらなと思うから」
だがまたしてもそう口にするのが辛そうに、ジンの言葉は細々しい。
「ジン、さん……?」
「ううん。それよりもさルカちゃんの夢は?」
話を逸らすようにしてジンはルカへと話題を振る。それはまるでジンが他人に自分の夢について触れられて欲しくないとでも言っているかのようだった。
「私、ですか? 私はメディターになりたいと思ってます」
恥ずかしそうに、でもちゃんと自分の意志を持ってそう告白する。
「メディターか。凄いね、僕の夢よりよっぽど立派だよ」
自虐めいたようにジンはルカを称賛する。だがルカは、
「そんなこと言っちゃ駄目です! 夢があって、そこに向かっていくのは皆一緒です。だから、夢に優劣なんてないです!!」
「う、うん。そうだね」
ちょっとだけ驚いてしまうジンは、再度自分が情けなくなってしまう。
『年下の子に説教くらうなんて、駄目だな、僕は……』
そう感じてしまうジンの傍ら、ルカは
『あ、ジ、ジンさんい向かって偉そうに言っちゃった。うぅ、どうしよぅ、は、恥ずかしい……』
互いに目を合わさずにそう思いながら、モモとガイもそれぞれに思っていたことがあった。
『発明家か……。ま、夢みる分には悪くねぇかもな』
『ジンくんったらルカちゃんにはちゃんと打ち解けられるんだねー。お姉さんちょっと嫉妬かも〜♪』
目を合わせ辛くとも、ルカとジンはまたも話をぎこちなくながらも再開させる。
しかしさきほどのバトルにて集中力を使い果たしたのか、高速に乗って数分もしない内にルカは寝息を立てていた。その頭はちゃっかりとジンの左肩へと寄り添ったまま。
バックミラーで後部座席を確認したモモは早速口を切り出す。
「で、どうするの?」
「何がだよ?」
ガイもわかっているが、外の景色を見つめながらそう面倒臭そうに返す。
「この子、どうするかってことよ」
「処分するか?」
「……え?」
モモとガイの会話にジンはルカの寝顔に見とれていて遠のいていた意識を現実へと戻す。
二人共にさきほどまでの素の表情ではなく、仕事人としての顔でルカのことを視ていた。
「それもかわいそうよね〜。別にばれてないわけだし」
「俺達の任務を見られた」
「そ、そんなっ……!」
ロケット団としてとシルフカンパニー社としての対応は違う。そして今回も表向きは会社として裏ではロケット団の活動を全うしていた。
そこに入ってきたのがルカだった。モモがルカを送ろうかと言ったのも、自分達の監視下に置くため……無様にも一人で行かせるなんていうヘマはしない。
「ジン、てめぇもわかってんだろ。だが、まあ別に行かせてやってもいいだろ。この世界はもう俺達のもんだ。俺達にもまだ実感ねぇのにな、3日で本当に俺達の組織は世界を掌握できたのかってな」
そう。ガイ達本人にもまだ実感がなかった。
本当に自分達がこの国を手に入れたのかを。まだホウエンでは仲間達が頑張っている。だが、それ自体もなぜか実感が湧かない。そしてそれはモモも同様であった。先ほどの警察との話でも、彼女は組織から渡された許可証を見せただけですんなりと事は運んだ。だがそれでも果たして自分たちの立ち位置というものが漠然として明確に見えては来ないのだ。
彼らは己の罪を背負ってロケット団へと入った。その意志は創始者のサカキと共にあるがそれは必ずしも同じ目線から見たものではない。
そうして世界はあっという間に彼ら組織が牛耳るものとなった。自分達が何かをしたかと問われれば、ハナダのビルを破壊しただけ。それだけで世界が手に入ったと勧告されても実感が湧くはずもないのだ。
現実世界に逆らっていた自分達が世界を動かす者となった。
それは自分達が何かをしたわけでもなく、トップが成し遂げた言わば偉業だ。あっという間に目的は完遂されたのだ。
「そうかもねー。これから私達が進む道はどうなるのかしらね? 現実が嫌だから、波乱や混乱が欲しかったのに全てを通り越しちゃったからね」
モモも感じていたことをそのまま口にする。
「そりゃお前だけだろ。ったくこんな戦闘狂と同じチームに入れられるとはな」
「あらーそんな言い方ないじゃなーい。人を甚振(いたぶ)るのって楽しいわよ?」
「けっ」
そんなやり取りをするモモとガイを聞きながら、ジンも語りだす。
「それは、そうですね。僕も実感がないです。組織としての目標は達成、成就されたのに……僕達はどうなるのかなって思います」
ジンも同じ風に感じていた。
そして彼らはまだ知らない。自分達の脅威となりうる存在が同じ車内に乗っているということを。彼らが出会い、同じ時間と空間を共有したこと―――それは後々四人全員に襲いかかる。
健やかな寝息を立てるルカ自身もそのことはまだ知らない。
世界は変わり、常に変動していくものなのだ。
全ての人の意志をまるで無視するかのように、流れ、変わり、蠢いていくということを。