I:別れは唐突に
私は真剣ながらも若干の動揺を浮かべているミツルさんの瞳に、嫌な悪寒を覚えてしまう。
それはきっとミツルさんの口から発せられる言葉が絶対に心地よいものではないってわかっちゃうから……。
「今回の一連のテロ事件の真相がわかったよ」
ごくりと私とお兄ちゃんが固唾をのみ込む音が聞こえる。
「ポケモンリーグ協会とロケット団がグルだった……」
語尾の最後を強く噛みしめるように、ミツルさんは悔しそうに私達に告げる。
うそっ……。
それが私の第一声だった。
「協会とロケット団がグルだったって、どういうことですか?」
私と同じくらいに衝撃を受けているはずなのに、お兄ちゃんは更に核心へと迫っていく。
「カントーチャンピオンのシゲルを知っているね?」
カントーチャンピオンシゲル。バランスの取れたチームを扱うバトルを行うのであれば一番難攻不落といわれるカントー地方を任されている現チャンピオン。厳密に言っちゃえば、私たちのカントー地方を統括している張本人である。
「「はい」」
私達は同時に首を縦に振る。
「彼がオーキドの孫だってことも知ってるね?」
そういえば、そうだった。
聞いた話によるとだけど、カントーチャンピオンシゲルは幼少の頃にオーキドが逮捕されたことによりいじめを受けていたみたい。それをバネに、皆に認められるようなトレーナーになってチャンピオンになったっていう話を聴いたことがある。
「オーキドが自分の孫とリンクを持ち、尚且つ昔にロケット団のボスであるサカキとも繋がっていたとしたら説明がつく」
改めてそう言われて、合点の行く点が次々と浮かび上がる。でもテレビとかで見かけることのあったシゲルさんが、こんなテロみたいなことに加担しただなんて信じたくなかった。だってそうなるとあの人は自分の地方の人間を手にかけたことに直結するから。
ミツルさんの手がポケギアを強く握り、機械特有のぎしっという唸り声を上げる。
でもそう言われて私の頭に最大の疑問が浮かび上がる。
「も、もしかして、ジムリーダー達もグルなんですか?!」
協会がグルなのであれば、チャンピオンの下につく四天王とジムリーダー達もグルってことになっちゃう。それがもし事実なら……
「そうだね。ジムリーダー達含め四天王達もグルになる……」
「そ、そんな! だったら、だったらカナはっ!!」
そう。そうであるならカナは自分のお姉ちゃんによってあんな姿になったってことになる。それだけはダメ。絶対に嫌!
「落ちついてルカちゃん。それにジムリーダー全員が今回のことに加担しているわけじゃないんだ」
「え……?」
「どういうことですか?」
私は涙があふれようとする瞳をミツルさんに向ける。視界はすでに揺らいでぼやけてて、こんな顔人に向けるものじゃないのはわかってはいたけど抑えきれなかった。
「ダイゴさんはきっとこうなることを予測していたからだと思うんだけど、自分でそれぞれの地方に協力者を得ていたんだ」
私とお兄ちゃんが黙ってミツルさんが続けてくれるのを待つ。この事件の真相を。
「少し話が戻っちゃうけど、ロケット団は5つの地方で急襲を仕掛けた。でもね、落ちたのはまだ4つなんだ」
ミツルさんが右手を掲げ、広げた指の内4本を内側へと折る。
「つまり、まだ残っているのはホウエン地方?」
「ケンくんの言うとおり、まだダイゴさんが統括しているホウエン地方は落とされていない。でも時間の問題みたいだね、四天王達がロケット団側についちゃったから」
「「っ!!」」
更なる衝撃が私達に襲いかかる。
四天王までもが?
「ダイゴさんは最初からサカキの動向に目を向けていたんだ。でも今回の電撃急襲は予期せぬことだった。そしてサカキに集中していた分、自分のところの四天王が裏切ったことを見落としてしまった」
それはチャンピオンの座を手にする実力者にも勝る工作活動をロケット団が有しているということである。
「さっき話したけど、僕が言った襲撃された場所の名前を覚えてる?」
ロケット団の攻撃を大々的に受けた街の名前を思い出していく。
「ハナダシティ、タマムシシティ、ヤマブキシティ、セキチクシティ、それに4の島……」
「そう。その中でもシルフカンパニー社のあるヤマブキとセキチクは被害が最小限に抑えられていた。ヤマブキはジムだけだったし、セキチクなんて数軒の道場が破壊されただけだったからね」
どういうこと……?
私にはまったくもって全貌が見えてこなかった。
「ダイゴさんがカントーで協力を得た人物は5人。ハナダジムのカスミ、タマムシジムのエリカ、ヤマブキジムのナツメ、セキチクジム次期リーダーのアンズ、そして4の島が故郷の四天王カンナ」
出される5人のカントー最強美女グループの名前を聞き、私はその中にカスミさんの名前が入っていたことに驚きもするけど安堵する。
でもまだまだわからないことがたくさんある。
「他にもまだいるけれど、話したいことはそんなことよりもっと重要なんだ」
そう。ただそれだけでは説明は全部つかない。
「君達はジョウト地方のチャンピオンが誰か、知っているかい?」
ジョウトチャンピオン。そういえば最近新たに就任したとは聞いていたけど……
「ジョウトチャンピオン、シルバー」
「その人も確か、サカキっていう苗字で」
そう。リョウさんのほかにもサカキの息子はいた。なんで、今のいままで忘れていたんだろう? ううん、違う。最初からサカキには息子がいることがわかっていた。その人の名前がシルバーだったから、リョウさんは名字だけが一緒なだけだと思っていた。だって、あんな有名人の子供が私達と同じスクールに通ってるって思わなかったから。
「このテロ事件は何年も前から計画されていたってことですね……」
お兄ちゃんが重たい口調でそう告げる。
「うん、そういうことになるね。20年も昔から、この計画は進んでいた……」
「くっ」
重たい空気が私達3人を包み込む。
「……あの」
それでも、このまま沈黙を続けるわけにはいかなかった。ううん、私がそれに耐えられない。
「これから、どうするんですか?」
これからのことを、私達は考えないといけないと思うから。
「……この国を取り戻すことは、難しいだろうね」
「そ、そんな」
ミツルさんが出した結論に、私が抱いていたわずかな望みは一蹴される。
「ああ。この国で一番強い人間がロケット団側についちまった……。桁も違いすぎる。例え対抗してくれる人達がいたとしても、戦況は簡単には覆れないだろうしな」
お兄ちゃんも冷静に、でもつらそうに事実を述べる。
なんでそんなに客観的にみられるの? 私にはわからない。だって、だって、あんなにもたくさんの人が巻き込まれたのに!!
「でも、そしたら皆がっ!」
そう、ロケット団に支配されてしまってはどうなるかわからない。
「悔しいけど、それの反論も難しいんだ」
ミツルさんが更に唇を噛んで話を始める。
「協会がロケット団と結託し同盟を築いたなら、この国はそれ以上にパニックには陥らない。リーダーも今までと変わらず、新たにその力が大きくなるだけだからね……。ケンくんの言うとおり反抗する人達もいるだろうけど、多勢に無勢なんだ」
「そ、そんな……」
だから、私が家に閉じこもっていた3日間は静かだったの?
たしかにいきなり家に上がられて物が取られたり、ポケモン達の奪略とかもなかったけど、そんなの、そんなの!
「それにサカキはダイゴさんを悪人に仕立てるつもりらしい」
「え?」
ミツルさんは続ける。
「ロケット団がテロ集団というのは前々からニュースには上がっていた。でもサカキはその時のロケット団がダイゴさんによって使われていたというシナリオを書いたんだ。つまりダイゴさん達がテロ集団の主導者、その為に真のロケット団が協会とくっついて共闘しているという設定みたいだね」
「そうか、だからあの時のニュースも……。くそっ、打つ手なしなのかよ」
お兄ちゃんが何かを思い出して舌打ちするも、それ以上に私は絶望の淵へと落とされるような錯覚に陥る。ってことは皆が騙されているってこと?
でも私からしてもそんなに悪いロケット団や真のロケット団とか言われても納得できないし理解するのも難しいよ。
「でもね、だからといって何もしないじゃ済まされない。難しいからと言って諦める訳にはいかない……。例えこの国のリーダーが変わるからって彼らがしたことは正しくはない。ただ武力を行使しての恐慌は、いずれ廃るんだ。それはダイゴさんも言っていたことだしね」
ミツルさんがそう語るも、私には何がどうあれば良いのかわからなくなってきた。
「でも、でもだったらどうするんですか?」
私はミツルさんに問いかける。
「僕はケンくんに手伝ってもらっていろいろと突破口を探っていきたいと思ってる」
「……はい」
お兄ちゃんが立ち上がり、私の方へと振り向く。
「え……?」
「悪いな、ルカ。俺はあいつらに顔が割れてる。お前に危険な目に遭ってほしくない」
え?
「ここからは別行動にしよう」
「はい」
「ま、待ってよ二人とも。ど、どういうこと?」
話の顛末が見えてくる。でも、また一人は嫌。
「ルカ、お前は母さんの実家に行っててくれ。お前はロケット団に狙われてもいないし、きっと大丈夫だ。それに国を取り返そうとすれば俺達が悪人扱いされるだろうしな」
「やっ、嫌だよ! もう一人は嫌!!」
私はお兄ちゃんにしがみつく。でも、お兄ちゃんは表情を曇らせたまま。
「ルカ、聞いてくれ。世界は変わった。あっという間にな、俺達の知る由もないところで、変わっちまったんだ。だからお前は待っていてくれ。俺達が帰ってくるのを、な?」
嫌だ、嫌だ、嫌だ……。
「やだっ!」
「いざという時に溜めてた金だ。これで数年なら過ごせる……」
「いらない! いらないよ、お金なんて!! 私も連れてってよ!」
涙が出てくる。
抑えきれない嗚咽がとどまることを知れずにこぼれ出てくる。
「聞け、ルカっ!!」
今までに無いほどのお兄ちゃんの叫び声に私は怖くなって体がびくついて肩が跳ね上がる。
「わかってくれ、わかってくれよ」
お兄ちゃんの寂しそうな声に、私は反論できなかった。そしてこんなに弱気なお兄ちゃんを私は初めて見た。ううん、それほどまでに私のことを気にかけてくれるってことがわかったから何も言えなくなったんだ。
「僕達は早くに行かなきゃならない。ごめんね、でもルカちゃんなら一人で行けるよね?」
お兄ちゃんは私の手に黙って通帳を渡す。そこにはカードも含まれていて、でもそれを開ける悠木が私にはない。
「この子をルカちゃんに託すよ」
そしてミツルさんが私に手渡してきたのは一つのモンスターボール。
「中にはラルトスが入っている。君の力になってくれると思う……」
「じゃあな、ルカ。絶対に迎えに行くからな」
お兄ちゃんはミツルさんの傍に付く。
「待って、お兄ちゃんっ!!」
でも私の呼びかけ虚しくお兄ちゃんとミツルさんは【テレポート】を使って転移してしまう。
その時お兄ちゃんが見せた私を心配してくれる表情に、私の胸はただただ冷たく締め付けられる。
一人取り残される私。
また、大切な人が一人私の目の前から去ってしまった。
手元にあるのは1つのモンスターボールと1つのヤマブキ銀行の貯金通帳。
なんで、皆行っちゃうの? 私を置いていかないでよ……。
何もいない。誰もいない研究所の地下室で私は、またも一人ぼっちになってしまった。
留めきれなかった涙が頬を伝って床へと滴り落ちていく。何回泣いたのかなんて覚えてない。むしろこんなにも流れてくるのが不思議なくらいに、私の目からは雫が幾度となく溢れてくる。そしてこんなにも自分が無力であるんだと思い知らされる。
結局私は一番大事な時も、ただ自分のわがままでベッドの上で過ごした。自分から活路を切り開こうともしなかった。その間にもお兄ちゃんはこの国の異変に取り組もうとしていたのに。それでこうやって私を守る為に、私の安全を考えていろいろしてくれた。そしてカナも、私を守るために自分の身を犠牲にした。
項垂れて、両ひざを床へとつけて座り込む。
そんな私の目の前で、閉ざされていたはずの扉から3人の人影が入ってくる。
でも溢れてきた涙のせいで視界は歪み、3人の様子はまったくもってわからなかった。