IV:知らせる事実
「ただいまラルトス」
「らる〜」
俺を2の島へと連れて行く時にミツルさんが置いていったラルトスの元へと【テレポート】で転移する。その場所とは当然ナナシの洞窟。
「うおっ……なるほど、こうやって転移場所を確保してるってわけか」
本当に役に立つな。【テレポート】使用時の出現ポイントの不安定さを身内のエスパー同士で補う……俺にはできない芸当だ。なぜってこれを実現させる為にはポケモンたちの熟練度が相当なものでなければならない。単体でも野生ポケモンから身を守り、安全な転移ルートを確保するには並大抵のトレーナーではできない。
俺は辺りを見回しながら、ミツルさんの指示を仰ぐ。しかもナナシの洞窟でもラルトスを置いておける自信があるのがすごい。
意識を失って2日。つまり今日は1月3日。正月を入れて、今日で3日……。
ルカは無事なのか? 俺のポケギアはミュウツーの攻撃でやられてしまった。予備データは家に保管されてる為、それも取りにいかなければならない。
「まずはここから出よう。ラルトス、戻って」
ミツルさんがボールにラルトスを戻し、サーナイトが出口へと俺達を引率する。
このサーナイトもいかにレベルの高いかが、野生ポケモン達の行動でわかる。恐れている……。そして俺の目から見ても、どれくらいサーナイトがミツルさんと共に数々のバトルをこなしてきたかがわかる。
くそっ。やっぱ、歯が立たねえんだろうな。
ふと、そんなことを考えてしまう。あまりスクールでもそうだが、エスパータイプを使うトレーナーはそうそういない。難しい、からというのもあるけどなにより心を通わすという信頼関係を築くのに時間がとにかくかかるからだ。俺もケーシィを持ってはいるが、エスパータイプとの付き合いは結構手こずることも多い。
「多分ナナシの洞窟は監視されていると思う」
「え?」
ミツルさんが俺にささやいてくる。
「僕がここを調査していたのは、実はロケット団に関することなんだ。この洞窟の最深奥……そこから何か微弱で特殊な念波をサーナイトが感じ取ったんだ」
「それで?」
となると、俺はミツルさんが調査し終わったところで助けられたということになる。
「何もなかった。でも、確かに念はそこから感じ取れた……。微弱でも、とても凶暴な念だった」
「そうだったんですか」
一度深く瞼を閉じるミツルさん。
「でも、ここがロケット団。いや、サカキの思惑との因果があることは確かなんだよ」
「どうしてミツルさんはこんなに詳しいんですか?」
2の島にいた時も、ミツルさんは昔の文献を読んだと言っていた。それはどういうことなのか? 見るからにあの場所には古い文献はあるかもしれないが、ここまでの情報があの島にあったとは思えない。
「ああ、ごめんね。僕はホウエン地方のチャンピオンであるダイゴさんの片腕として動いてるんだ」
「チャンピオン、ダイゴ?」
「そう。ダイゴさんからの依頼でね……最近のサカキの動きがあやしいことを睨んで、ダイゴさんが僕を頼ってきたんだ。あの人は忙しいし、ホウエンリーグからは抜け出せないからね」
「そうだったですか……」
ホウエンチャンピオンでありホウエン地方の管轄を任されているチャンピオンダイゴ。彼の実力は遠く離れたカントーにも十二分に名前が知れ渡っている。鋼鎧の達人の異名を持つ、チャンピオンの中では一番攻撃型に徹しているチームを組んでいることでも有名だ。
そんな実力者とミツルさんが知り合いってことは、強いはずだよな……。しかもこんなこと頼まれてるんだ、よっぽどだ。
「ここの入り口できっとロケット団が張っていると思う。幸い、僕のラルトスには人目にもポケモン達にもわかりにくい場所で待機していてもらったからね……。僕が先に出て囮になるから、ケンくんは早く家族の安全の確認をしてきて」
「はい……」
「ポケギアで連絡を取ってもらったら、さっき僕が渡したラルトスを出しといてね。【テレポート】で迎えに行くから」
「わかりました」
俺はベルトからニューラのボールを手中に収める。
「それじゃ、行ってくるね。少ししたら、入口から出ても問題ないと思うから」
「お願いします」
「じゃあ、また後でね」
「はいっ」
ミツルさんがサーナイトと共に駆けだす。
暗闇の中の若干奪われた視界で、俺の聴覚は敏感になる。
聞こえてくるのは洞窟の外で繰り広げられる激声や大声、そして爆発音。ミツルさんが如何に派手に囮役をこなしているかが嫌って程にわかる。それにしてもなにより驚いたのは本当にロケット団がここにいるということだ。よくあの時は見つからなかったな。
洞窟内部にいた複数のロケット団メンバーも外の様子をうかがう為に外へと出ていく。
俺のいる場所からは入り口がしっかりと見え、尚且つ後ろは壁で覆われており安全な上に最高の観察場だ。
よし、行くか!
膝腰の体勢から俺は立ち上がり、光の漏れてくる洞窟から抜け出す。
が、
「うがっっ!!」
突然肩を襲う衝撃……。俺は無防備だったため、勢い良く地面を転げる。
上体を起こして、攻撃の来た方を睨みつける。
「まったくー、こんな調子じゃ襲撃されても仕方がないにょろ」
聞き慣れない語尾に果てしなく幼稚な活舌(かつぜつ)。
洞窟内で慣れてきた目が敵をはっきりと捉える。
成人には達していない身長に長い裾のした黒服に身を包んだ少女。胸元には赤いRの文字に、頭の上にはニョロモをモチーフにした渦巻きがぐるぐるととぐろを巻いている帽子がちょこんと被せられている。一見すれば可愛いらしいと形容できるのかもしれない、だが間違えなく彼女が携えているオーラは幼女のそれとは異なる。
「お前はっ……?」
目の前の信じられない光景を整理したくて、ふとそんな言葉が出てしまう。
「あたしはロケット団幹部の一人〜、レイハにょー」
レイハ……。さっきの攻撃もこいつがやったのか?
「まったくー、皆軽率にょー。あれ程の爆音……いきなりあんな大きな音が聞こえてくるはずないにょー。見張りはたくさんいるにょろ〜、聞こえてくるならもっと最初は小さくにょー」
子供だと思って油断したら痛い目にあいそうだな。こいつ、切れる。
つまりもしあれほどの大きな爆発をするなら最深部というのがセオリーとなる。どこの拠点でも入口を重要地点にすることはない。あったとしても小規模なものが多い。それを見極め、ミツルさんの攻撃が単なる陽動であることに気が付くというのは幹部クラスの器ということを如実に表している。
「だから邪魔者は排除にょー。ニョロボン、【投げつける】〜」
「ニョロ!!」
大きく振りかざされるニョロボンの剛腕。超高速で飛来してくる物体を俺はよけきれず、腕をかすめられる。ビュン! という空気を裂く音と共に俺の右裾が裂かれる。
ニョロボンが握るはヌンチャク。それも棒と棒の間のチェーン部分が異様に長かった。
戦況は先手と不意を取られたために圧倒的に不利。ここは一計逃げるに如かず……!
「ニューラ、【冷凍ビーム】!」
「ニュラ!!」
丁度背後に洞窟の出口がある。
俺はニューラに俺とレイハの間に氷の壁を作りださせ、ナナシの洞窟から抜け出す。
片腕で傷を抑えながら、俺は駆けだす。
足元を過ぎていくは気を失ったロケット団員達と彼らのポケモン。
中には重症でうめき声を上げている連中もいたが、そんなのに構っている暇などなかった。
「くっ、おい! お前!!」
そしてなんとか無傷で過ごせた連中がケンを発見し、追いかけてくる。
「ニューラ、【霰(あられ)】!」
時間稼ぎになるならそれでいい。今は、一刻も早く家に戻る!
ナナシの洞窟付近からは一本の橋がかかっており、それを渡ればハナダシティへと行くことができる。
近々正式にナナシの洞窟がハナダシティの一部だと認められハナダの洞窟と改名されるらしいが、そのニュースがやっていたのも昔に感じてしまう。
入り組んだ路地街を駆け抜け、家への近道を走る。
さすがのロケット団でもここの地元民でなければ知りつくすことは不可能なルート。俺はそれをいままでに信じられない速さで進んでいた。
これも、あのチイラの実の効果なのか? やけに体が軽いし頭の回転も早い。さっきレイハから逃げた時も判断が早かったように思える。
一軒の生け垣を越えて、見えてきたのは赤い屋根の家。俺の家だ。
ポケットから鍵を出しながら、俺はドアノブをガチャガチャと回して鍵穴に差し込む。
強く開け放った扉の中へ入り、大声で、
「ルカっ!」
しかし返事は無い……。
靴を脱ぎ捨てて俺は上階へと駆けあがる。
ルカの部屋のドアを開け放ち、そこに映るのは着物姿のルカとガーディにシャワーズ。
「ルカっ! っつ、くそっ! おい、大丈夫か?!」
ルカの横たわるベッドまで行き、衰弱しきったルカの顔をのぞく。
「お兄、ちゃ、ん?」
俺はルカを強く抱きしめてやる。弱弱しいルカの視線が俺には痛く、俺も自分が情けなくなってしまう。でも今は……
「悪かった……。今すぐ、この家を出るぞ。準備、できるか?」
「え?」
最後に更に少しだけ強くルカを抱く腕に力を込めてから、俺は続ける。
「俺は、あいつらに狙われてる……。リョウに、会っただろ? 悪い、今は説明している時間がない。これ、飲めるか?」
バッグからキワメさんにもらったドリンク剤をルカへと手渡す。
「これって……?」
「栄養ドリンクだ。チイラの実っていう珍しい木の実が少量使われてるって話だ。効くだろ?」
「チイラの、実?」
「あ、ああ」
チイラの実に反応したらしきルカが俺の腕を掴んでしがみついてくる。
「お兄ちゃん、これっ……」
ルカが更にせがんでくるし、説明はしないといけないが今は時間が無い。俺はルカの両肩を掴んで、口早に要件を伝える。
「いいか、ルカ。時間がない。今はガーディとシャワーズにそのドリンクを飲ませて必要なものを鞄に詰めろ。いいな?」
「え、でもお兄ちゃん……」
「頼む。言うとおりにしてくれ」
「……うん、わかった」
「悪いな」
ルカに今必要最低限のことを教え、俺は部屋へと戻って予備のポケギアを取り出してミツルさんの番号へとかける。
「どうだいケンくん? ちょっとばかし戦況が悪くなってきたよ」
「間に合いそうですか?」
「うん。まだかかりそう?」
「わかりました、こっちも10分で準備できるんで」
「わかった。それじゃ10分後に」
「はい、お願いします」
ポケギアをしまいながら、ある程度緊張感が解れて痛み出した裂傷の手当へと移った。
応急箱から包帯と傷薬を取り出して、さっき謎のロケット団幹部にやられた傷を治療する。
「ちっ……しみるな」
服を脱いで新しいのに着替えながら、傷口を包帯で巻いていく。
ぐっと包帯を結び、俺はバッグの中身から教材やら何やらを取り出して着替えや必要なものを詰め込んでいく。
この家にはもういれないだろうしな。それに、母さんは一体どこに行ったんだ?
少なからずルカの状態からして正月以降母さんは帰宅していないのだろう。もしかしなくても事件に関わっている可能性は高い。母さんの安否はもちろん心配だが、心のどこかであの人なら大丈夫なんじゃないのかという不確かな確信があった。それはこの年まで親子として暮らしてきて得たものなんだろう。
そんなことをベッドに腰掛けて考える。旅に必要なものは常に準備していた鞄へと持ち変えるだけだし、10分と言ったのはルカに時間を与えるためだ。
いろいろとルカに後で話さなければならないことを頭の中で整理して、俺は妹の部屋へと向かう。
「準備、できたか?」
「うん」
準備ができたであろうルカと共に俺の部屋へと入れる。
「腕の怪我は……?」
「あ、ああ、包帯で処置はしたから大丈夫だ。それより、もうすぐ迎えが来るぞ」
「え?」
俺の腕を心配をしてくれたのか……。自分の方がひどく弱ってたってのに、俺もまだまだ兄貴失格だな。
「ラルトス」
「らるぅー」
ボールからラルトスを取り出す。
「借りてるのさ。目印だ」
ルカの驚いたような顔に俺は補足するために言葉をかける。
「め、じるし……?」
「ああ。そろそろだ」
ヒュンっ―――。
目の前に現れるのは【テレポート】で転移してきたミツルさん。
俺とルカはその後ミツルさんに連れられてオーキド研究所へと飛んだ。
「ってのが、俺の3日間だ……」
オーキド研究所の地下研究室で俺はルカに告げる。
「そ、そうだったんだ」
「ああ。寂しい想いさせちまったな……悪い」
「ううん。大丈夫だよ、だってお兄ちゃんはちゃんと来てくれたし」
寂しげに、でも優しい笑みを俺に向けてくるルカ。
「ああ、そうだな。それより、母さんがどうなったか知らないか?」
「ううん。連絡、取れなかった」
「そうか……」
冷たい程の無機質さを誇るこの研究所では何を話したとしても良い方向には転じないんだろうか? 予想はついていたが、口に出されて聞かされるとやっぱり精神的ダメージは大きい。
俺とルカが話をしているとミツルさんのポケギアが鳴る。
「ちょっとごめん」
俺達に断りを入れてミツルさんが通話を始める。通話というより向こうから一方的に話が流れ込んできているのだろう、だんだんとミツルさんの顔色が悪くなっていくのを俺とルカは目撃してしまった。
「ケンくん、ルカちゃん……大変なことになった」
「「え??」」
そしてその後、俺達は想像だにしなかったこのテロ事件の真相を聴くことになる。