II:長寿の風格
「くっ!!」
瞬間移動。それは味わったことのない未知なる重力に体を引っ張られるようで、精神的にも肉体的にも堪える。
それにこんな体じゃ、【テレポート】するだけでぶっ壊れそうだ。
俺がケーシィによって移動させられた場所。
辺りは真っ暗。まだ目が慣れていないのかよくはわからない。でも洞窟かもしくは穴の中だというのはわかった。
座ったままの状態で後ろの壁に寄りかかり、手が触れる地面はひんやりとした土の匂いと肌触りがする。
一体、ここはどこだ……?
頭の登頂から生温かいものがたらりと流れてくる。汗かと思ってぬぐったら、肌にまとわりつくその感触と鉄臭さが鼻腔が刺激されてそれが血であると気付く。
ちっ……。
「キュウコン、頼めるか?」
腰のベルトからキュウコンを取り出す。
「きゅー」
「見張りと視界の確保頼む」
キュウコンの九尾から仄かな炎が灯り、辺りを照らす。
もとより黄金の毛を有するキュウコン。日の光を吸収していたその体毛は暗闇の洞窟内でもかすかに光を放つ。そしてなにより【鬼火】が展開されることでぼやけてはいるが辺りが照らしだされる。
「っ!!」
キュウコンが確保してくれた視界でくっきりと見え始めてきた。ここがどんな場所で、いかに来てはいけなかった場所かが。
ついてねえな、ナナシの洞窟かよ………。
ハナダシティ北西部にある、いついかなる時も立ち入りを禁止されている聖域。
聖域……なのかはわからない。でも大人達から街の子供は皆そう教えられる。そして一般人が入れないように洞窟の前には検問が敷かれている。
そして俺の視界から眺める限り見えるのは血に飢えたかのような、息の荒く目が充血した野生のポケモン達。
「絶体絶命ってこういうことかよっ」
そんな状況なのに血が騒ぐってのは、俺の悲しい性かもな。ちっきしょー、体が動かねえ。
指に力を入れて動かそうとするも、斬られた脇腹や裂傷した腕の痛みでわずかにしか動かない。いや、もしかしたらあのポケモンによる攻撃で神経系に異常がでているのかもしれない。
「ハゥ!!」
じりじりとにじり寄ってくるポケモンたち。彼らはきっと俺の血の匂いを嗅いで寄ってきたんだろう。
しかし、まるで空気を呑みこむかのような威嚇でキュウコンが吠える。
すると全てのポケモン達は口惜しむように、そしておびえるようにして立ち去っていく。
そうか……。
「ありがとな、キュウコン。お前が長生きでよかった」
「きゅう」
ポケモン達の野生の勘が働いたんだろう。
妙齢1000年を生きるといわれているキュウコン。そのキュウコンの生きてきた年数とそれにより纏われたオーラにポケモン達が畏怖したのだ。
こんな現象、トレーナーのポケモン達ならありえねえのにな……。
だがそれはたった一難が過ぎたのみだ。
早く、回復してここを出ないとな。くそっ……。とまんねえ。
ミュウツーの【サイコウェーブ】の威力がここまでとは思わなかった。そもそも、あのポケモンは一体何なんだ……?
頭を回転させようとするも、脈を打つごとに頭から流れてくる血の量は収まる素振りを見せない。それと同時に集中力が削がれていく。
やっべ、意識がもたな―――
「君、大丈夫?!」
鼓膜をくすぐるのは焦燥の入り混じった綺麗な声。
「キュウコン、君がこの子の主人かい?」
「きゅう」
決死に開く視界には綺麗な翡翠の色をした髪と中世的な顔立ちをした……女なのか? 男なのか? 髪が長いから女なのかもしれない。
「ひどい怪我だ。これは、エスパータイプの攻撃? それにしてもこの波長は……」
何を言っているのか、俺には理解できなかった。ってか、波長って何の話だ……?
「とりあえず先生のところへ行こう。キルリア、この子のサポート任せられる?」
「きる〜」
「キュウコンもついておいで。お願い、サーナイト」
「さう」
「よし、行こう。【テレポート】」
俺は目の前の人に肩を担がれ、キルリアが俺の怪我した場所に何か念を送っているのが感じられる。
キュウコンが初対面の人間の言うことを聴くってことは、危険な人じゃないってことだよな……。わり、もう意識がもたねえ。
【テレポート】が行われ、その際にどこか別次元に引っ張られるような感覚と共に俺の意識はそこで途絶えた。
懐かしく感じる程に心地の良い波の音。
窓から吹きこみ顔を撫でるのは優しく暖かい風と潮の香り。
ここは……?
目を薄らと開け、視界に飛び込んできたのは木製の天井であった。木目の見える頑丈そうに作られた屋根裏が見てとれる。
「おお、起きたか。さすがは男子じゃのお、回復が早いわい。ほっほっほ」
聞き慣れない老人のようなしゃがれた声と笑い。俺は声の主の方へと首を回す。
「うおっ!?」
「何をそんなに驚いとるんじゃ。ほれ、薬じゃ飲め」
目の前にはどこかの部族衣装に身を包んだ女の老人がいた。細身の割には高い身長、そして見慣れない部族……いや、宗教か?
そんな服装をした人間から薬と言われて受け取ったものを飲めるか? 飲めるわけねえ。
「あの、どなたですか?」
良く見れば、頭の上には包帯が巻かれ、肩から右腕にかけて、そして脇腹には頑丈なガーゼが巻かれているのがわかった。
「ふむ。そうじゃの、先ずはそちも情報が欲しかろう。まあ、先ずは飲むんじゃな。ほっほっほ」
その笑い方をやめてほしかったが、状況判断からしてみても世話をしてくれたのはこの老人みたいなのでためらいながらも薬を嚥下(えんか)する。
「こ、これ……」
なんとも不思議な味がした。体の奥底から沁み渡るように体中に活気がよみがえる。目覚め後の不快感は消え去り、味わったことのないほどの爽快感で頭は冴えきっていた。
「効くじゃろ? チイラの実を使った秘薬での、効果は覿面(てきめん)じゃ。ほっほっほ」
お椀を老人に返しながら、俺は上体を起こしていろいろと聴くことにした。
「あの、一体何がどうなって―――」
老人は手に持つ杖を俺の方へと向けながら、一瞬目を細めながら俺を睨む。
「いいじゃろう、教えてやらんこともない。お主はミツルにここへと連れてこられ意識を失っておった。わしが治療したがの……面白いものを見れたわい。ほっほっほ」
しゃくりながら上げる笑い声に抗体ができつつ、俺は更に詳しく聴いていく。
「面白いもの?」
「うむ。お主の裂傷はどれもエスパータイプの攻撃によってできたものじゃ。エスパータイプの技のことは知っておろう?」
エスパーポケモンが攻撃する際に用いる特殊な念波……それはα波、β波、γ波の融合とも言われているが何かしらの特殊な脳波を具現化して攻撃に用いるものとされている。そして必ずと言ってもいいほどにエスパータイプの技をくらった人間・ポケモンには微弱ながらに体内に影響がもたらせられる。
格闘タイプがエスパー攻撃に弱いのは、一説によると筋細胞が弱められる為とも言われている。逆に複雑な遺伝子構造を用いない虫タイプのポケモンにはエスパーが弱いという説ももちろん存在する。
「ああ……。それがどうしたって―――」
「かすった程度で良かったのじゃが、それにしてもそれほどの裂傷を生み出させるポケモンなどわしは見たことがないのでな。いろいろと研究させてもらったわ。ほっほっほ」
やけにその老人の笑い声に恐怖を覚えた俺は反射的に自分の脇腹を守るように抑える。
「お主、誰にやられた……?」
直球すぎるその質問に、俺は答えるのに少しばかり時間を有した。回帰するように記憶を巡らせ、俺はリョウが口にしていたポケモンの名前を思い出すように口に出す。
「ミュウツー……」
「ミュウツー?」
「ああ、リョウはそう言ってた……」
「興味深いのう、もしかするともしかするかもしれん」
老人が顎をさすりながら熟考する姿を見て、俺はがばっと起きながら一番重要なことに気がつく。
「そうだハナダシティは? ハナダシティはどうなったんだ!?」
起き上がる時に力を入れた腹筋は思い通りに働かず、逆に枷となり痛みを訴え出す。
「うっ!」
「病人はちゃんと寝ておけ。少し安静にしておれば、さっきのチイラが効いてくるからの……」
話をそらすかのように気を使われる。だが老人が言ったことは本当で、だんだんと体が言うことを聞き始めた。
「ハナダシティはどうなったんですか!」
老人は固く目を瞑り、そして目を開ける。
「テロじゃよ」
「テ、ロ?」
「ロケット団なる組織が協会を乗っ取ろうとしているんじゃ。そして各主要都市ハナダ、タマムシ、ヤマブキ、セキチクがやられた。そして4の島も……」
なんだって……?
俺は数秒間理解に苦しんだ。
「そしてロケット団は今やポケモンリーグへと進行している。もはや止められん……。世界はテロの脅威とさらされ、実質乗っ取られるじゃろうな」
そんな馬鹿な。いくらなんだっていきなり出てきた組織に協会がやられるなんてこと……。チャンピオンのシゲルさんだっているってのに………。
「そしてカントーのみではない。ジョウト、ホウエン、シンオウ、ハイア(※ハイアはオリジナル地方で中国地方にあたります)でも同じことが起こっておる」
……ルカ、母さん。
「ここはどこなんだ?」
低く唸るように俺の喉から言葉が放たれる。
「2の島、岐波の岬じゃ」
「そうですか、俺はハナダに帰ります。いろいろとお世話になりました」
「何を言っておるのじゃ……。お主はまだ動ける体じゃなかろうに」
「妹が、母さんがハナダにいるんだ。こんなところでじっとしてられっかよ!」
「まあまあ落ちつくのじゃ」
突きつけられると共に放たれた忠告に俺はぐっと言葉をかみ殺す。
「そんなに家族が心配か?」
「あたりまえだろ!」
大声を放つ度に痛みがこみあがってくる。
「それなら……のう、ミツル?」
「はい」
どこにいたのか、同じ部屋の中にいた翡翠の髪を持ったやつに俺は再度出会う。長く下された髪はたしかに綺麗であり、顔立ちも端正なものではあるが女でないことは観察すればわかることだった。
「これから作戦会議だ、ケンくん」
なぜ俺の名を知っているのか、この際どうでもよかった。
ただ俺の直感が訴えた、こいつは強いと……。
やつの瞳に宿された怒りと不屈の色に俺はただ圧倒されて、浮かしていた腰をベッドの上へと情けなく下したのだった。