「裏」:三人の結束、青白き氷花
ケンが消え、もともといた空間にて【シャドーボール】が爆散する。リョウは密かに笑みを浮かべて、膝をつくミュウツーへと見やる。その表情は至って不変であるが顔色は優れてはいないのは瞭然であった。
「やっぱ、まだまだ長時間のボール外活動には制限があるんな」
リョウは懐から取り出した紫色のボールを取り出してミュウツーを戻す。
「情けないなわいら、しっかりしてごしない」
リョウは未だに倒れている自分の部下達を見下ろしながら、年下のトレーナーに苦戦したことにため息を混じらせる。
「す、すみません」
「さあ早くポケポリでもなんでも連絡しといてくれーか?」
「は!」
地面にて転がる元クラスメイトを見下ろしながら、リョウは口角をにたりとあげながら嗤い声を漏らす。急所は外れてはいるものの、【毒針】の突き刺さった体が転がっているのだ。それはあまり眺めの良い光景とは言い難い。
だがそれでもこの少年は、こみ上げてくる笑声を抑えることはできなかった。
そしてリョウは駆け寄ってくるサンドパンをボールへと戻しながら、ふとなにかに気が付いたように上空を見上げる。
遠方に見えるハナダデパートを彼は見据えていた。
「次はあそこけ……」
ハナダデパート最上階を少しぐらい見上げるくらいのビル屋上、見慣れた三人組がフェンスに寄りかかって時を待っている。
冬の寒空が零す雪の結晶に入り混じり、煙草の白煙がガイの口から洩れては舞い上がる。外の冷気に負けじと煙が蜿蜒(えんえん)と悶えるように熱を放つが、それは無惨にも空気に溶け込んで霧散する。
「あらら、あんなに大きいのを壊すの? 勿体無いじゃない、結構良い物売ってるのに」
若干眉をひそめて寂しそうにハナダデパートを眺めるモモ。しかしその口元は少し楽しげでもある。髪の色とお揃いの桃色マフラーを首元に巻きながら、鼻下までたくし上げて暖を逃がさないようにする。
「けっ、知るかよ! ただ今回の仕事はギャラが良いんだ。さて、ぶっ壊すぞ……命令実行時間だ」
ガイが鋭く尖った眼光でハナダデパートを見据える。
言い渡された任務は既定の時刻にハナダデパートへの奇襲を仕掛けること。目的は単純、ただの破壊。その街で一番大きな建物の破壊。子供のように単純な理屈、だがそれが最も効果的なのである。
彼らがロケット団の人間であり、ただ命令に従うしかない。なぜこのような破壊活動をするのか? そんな理由は知らなくてもいいし、知りたくもない。
そんな中、三人が片耳につけているトランスシーバーから発される通信の行き交いにジンは戸惑っていた。
「でも、中の人は……」
モモはジンの言っていることがわかったのか、寂しげな笑みと共にウィンクを飛ばす。
「ちゃんとご冥福をお祈りしないとね」
「ああ、仕事だ」
年上の先輩二人は心得ていた。端から、覚悟の上だった。でもジンはそうはいかなかった。
「で、でも……」
ためらいがちに零れるジンの後ろめたさに、ガイはジンの方へと向き直り猟奇的でいて冷酷な眼光がジンを突き刺す。
彼は煙草をギリっと噛み切りながらジンの胸倉をつかんで持ち上げる。
「仕事だっつってんだろ、割り切れよな? あ!?」
「うっ……」
フェンスへと叩きつけられるジンの体。ジンはうめき声を上げながら、両足が宙に浮く。ジャケットを羽織っているとはいえ、すさまじい握力によってフェンスへと押し付けられた背中には跡が残ってしまいそうだった。
「まあまあ、そんぐらいにしときなさいよガイくん。それよりもさ、ジンくんはなんでロケット団に入ったの?」
なだめつつも、モモは核心へと迫りながらジンへと歩みよる。
長くも短い沈黙が流れる。
暫くした後、ジンは首元を抑えながら息を吐き出すように声を絞り出す。
「僕は咎人ですから……。もう、表社会では生きていけないんです」
モモとガイはそれ以上言及することなく、だが核心へと更に迫っていく。
「でも、ならなんでロケット団なの? 私達がやっていることはわかっていたんでしょ?」
そう、ロケット団の所属する大手ボールメーカーのシルフカンパニー社に就職するということはかなり難しい。なぜならその企業事態に受かるのは常にエリートコースを歩んできた者ばかりであるからだ。
それでもこうしてロケット団に入るには、ある一定のキーワードを挟んだ上での面接を経ることとなる。つまり一般の人間はシルフカンパニーの裏事情を知ることなく就職することとなっているのだ。
しかしモモからしてみれば人殺しもろくにできないひよっこが表社会で生きていけないからという理由だけでロケット団へと入る動機になるとは到底思えなかった。
「そ、それは……」
「けっ、別におめぇのことなんて知ろうともおもわねぇさ。でもな、おめぇが抱えている重荷を俺達にも担がせようってんなら……まずはおめぇからぶっ殺すぞ」
直視されるだけで心臓が止まりそうな程に、寒風より底冷えする氷柱の如く眼光がジンに突き刺さる。
「っ」
ガイから逃げるように視線を逸らすジンは勢いよく放り出される。
「ジンくん、ごめんね。これが私達が歩む道なの。もしジンくんがついてこらないなら、見捨てるしかないの」
そう、自分が選んだ道ならば例えどのような障壁が待ちかまえていようともぶち壊し、乗り越えなければならない。
頭の中ではわかっていた。心の中では決めていた。
でも現実はそれらを軽くあしらうように決意を軽々と粉砕してくれる。
「……やります」
コンクリートの屋上に両拳を握り固めながらジンは自分の意志を露わにする。
「そうこなくっちゃな」
「もう。ガイくんったらまたジンくんをいじめてー」
「お前も乗っただろうが」
ジンのことを試していたのだろうか? だが、ジンはちゃんと答えを見つけた。自分の意志を確固たるものとして定めた。
そんな自分のことを、何もかもに諦めかけていた自分を、ガイとモモは多少手荒な真似だったかもしれないが助けてくれた。手を差し伸べてくれた。それは本当に愛の鞭としてジンの心に刻みこまれた。
ガイの手がジンの頭の上に乗せられて、くしゃくしゃと撫でられる。
「頼むぜ、リザード」
ガイのボールから出てくるのはリザード。
「お願い、カメール」
モモが出すのはカメール。
「行くよ、フシギソウ」
ジンが繰り出すのはフシギソウ。
この三人が1つのグループとして配置されたのは、三人のポケモンバランスによるものもあったのかもしれない。だが今、この三人の繋がりは深まった。
ガイが口から吐き出した煙草を靴の裏で潰し、声を張り上げる。
「ほら、木炭だ」
「リザ」
「【火炎放射】!」
リザードがガイと同じように木炭を煙草の要領で口に含んで息を大きく吸い込む。
木炭は空気が吸われると同時に橙色に燃え上がっていき、バチバチと鳴らしながら放たれる【火炎放射】は一直線にハナダデパートへと向かい、外壁に直撃する。
「行くよ、フシギソウ。【成長】、【エナジーボール】!」
「フッシー」
増幅されたエネルギー弾がフシギソウから射出されてリザードの【火炎放射】を追うようにデパートを追撃する。
当のフシギソウもジン同様にボールから出た直後はなにやら緊張していたが、主人の決心に同調したのか意を決していたようにも見える。
「ありゃ、出遅れちゃったね。カメール、【ラスターカノン】」
「カメ−!」
続いてモモ達も攻撃を繰り出す。
カメールの口から放たれた砲丸はデパートの一部を破損させるには十分な威力で窓ガラスが跡形もなく吹っ飛ぶ様子が確認できる。
いくらデパートといえども数か所に及ぶ同時攻撃に耐えうることなど皆無に等しく、時が経つにつれてデパートのビルが大きく振動する。
今回の任務はハナダデパートの破壊。
数か所に分けられたグループが一斉に攻撃を始めることで一気にビルを壊す作戦。
そして数回か繰り返された攻撃により、デパートビルそのものが上階から崩れ落ちていく。
「これで任務終了だな」
「そうだねー」
一仕事終えたような感じで会話するガイとモモであるが、ジンはフシギソウの頭を撫でながら一人静かに黙祷を捧げていた。その心の中で終わることのなき懺悔と謝罪を繰り返しながら。
瓦解していく巨大な建物を、まるで物見遊山するかのように眺めるモモとガイはしかし次の瞬間信じがたい光景に目の当たりする。
それはあっという間の出来事だった。
押しつぶすように外れたデパートの上階部分が崩壊し、そして次の瞬間すべてが停止する。
「えっ?」
「なんだありゃ?」
「すごーい」
ジン、ガイ、モモがそれぞれに信じられないといった風な声を漏らす。
それもそのはず。
瞬き一つの間に崩れるビルの断片が氷に包まれ、あっという間に華の花弁のような氷花が作り上げられる。ハナダのど真ん中に聳(そび)える一輪の花の出現は、見た者すべての思考を数秒間も停止させてしまうほどに衝撃的なものであった。
しかし数秒後に三人の耳に流れてくる怒号や命令にガイは舌打ちする。
「ちっ、ずらかるぞ。戻れリザード」
「潮時みたいね。ありがとうカメール」
「は、はいっ! 行くよフシギソウ」
三人は急いで屋上からビルの中へと戻り、下まで駆け降りてモモが運転するバンに乗り込む。
勢い良くハナダデパートから遠ざかっていくバンに一般人は不可解な視線を向けるも、何より今しがた忽然と形勢されたハナダデパートの氷花にくぎ付けにされる。
ジンも後部座席からその偉業の風景を窓越しに眺めながらハナダシティを去っていく。
「本社に戻るって?」
「ああ、そうらしい。ったく、なんだってんだありゃ」
助手席に座るガイがサイドミラーを通してジンと同じようにデパートを一瞥して睨みつける。
モモが握るハンドルは僅かな調整を繰り返しながらも、一直線にハナダからヤマブキへと続く車線のアスファルトを駆け抜けていった。
「後味わりぃか、ジン?」
ガイが新しい煙草を箱から取り出しながら首を少し右に回転させてジンに尋ねる。
唐突ではあったが妙に優しげの込められたガイの言葉に、ジンはすんなりと素直に答えてしまった。
「はい……」
ライターの火が煙草の先端に灯って煙を込め上げる。
「でも、そんなことも……この作戦が成功すりゃおもわねぇよ」
「はい。そう、ですね」
『ガイも結局ジンくんに自分を重ねちゃってるのかしらね』
密かにモモがわからないような微笑を浮かべる。
モモが目をやるバックミラー越しに確認できたのは一匹のプテラがデパートの上から飛び立つのと、それとすれ違い様にいくつもの黒いヘリコプターが降り立つ光景であった。