I:惨劇の始まり
ぼんやりと灰色の空を見上げながら、今日が正月なんだなという実感が街並みを歩いているとひしひしと伝わってくる。
そんな俺はとぼとぼと歩いては冬休み前に送られてきた招集内容を思い返していた。
元旦から大事な用ってなんなんだよ? ったく、今日はルカをいじりながら初詣行こうと思ってたのにな。
冬空が肌に沁みる。
ふぅー、さみいなやっぱ。息が白いぜ、まったく。
首元のマフラーをたくしあげて冬風をしのぐ。
しっかし、ニューラは元気だよな。さすがは氷ポケモン。
自分の目の前ではしゃぐニューラにため息まじりの笑みをこぼす。
集合場所はトレーナーズスクール。確か、最終学年とかそこらの連中が来るって話だけど、本当になんだってんだよ。見えてくるスクールの校門には知っている同学年の生徒がちやほや見える。
「よっ」
「あ、ケンケン、あけおめー」
「おう、あけおめ」
校門へ入るところでばったり会った同じクラスの女子と、言葉を交わして中へと入っていく。
「それにしても何の集会なんだろうね?」
「さあな。折角の正月だってーのに」
「ねー」
人だかりのあるところへと行けば、集められた生徒は全員がポケモントレーナー専攻で実力の高いやつらだらけだった。
なんだ? 何かバトルでもやらせるのか?
そんな疑問がふと頭をよぎって、俺は咄嗟に持ってきた鞄を背中へと回す。すると鋭い衝撃が鞄を襲い、それと伴って様々な奇声が飛び始める。
「がっ!」
「うっ!!」
「な、なんだ?!」
「おい、あれっ!」
すぐそばで倒れる生徒達。さっきまで俺に話しかけていた女子も俺の足元で崩れ落ちている。
ゆっくりと鞄をおろせば、そこには2本の【毒針】が深々と刺さっていた。
「ちゃんとあたってもらわんとこまーごせ」
【毒針】が飛んできた方向を見れば、見慣れない黒尽くめのスーツに身を包んだリョウの姿があった。
「リョ、ウ?」
「よおケンケン。あけおめやなー」
「てめえ、何して」
なにそんなだっせー格好してんだよ、お前は。それに、なに平然としてんだよ。
ふつふつと納得のいかない、行きとどまった感情が湧いてくる。
「任務遂行中だがん。【毒針】はわからのお年玉や思うてくれてかまわんけん」
「任務……?」
俺同様に助かった生徒達にも動揺が走っていた。
さっきの奇襲で倒れた生徒は数人程度。クラスメイトのやつらが介護しているし、あの刺さり具合からしたら致命傷ではないにしろ病棟生活は免れないだろう。
「なんでリョウが……?」
「おいっ、早く手当を!」
「なんなのよ、一体!?」
そしてリョウの後ろから現れるのは、同じ黒服に身を包んだ大人の男女(おとこおんな)達。
「坊っちゃん、こちらは我々が」
「そうけ? なら、頼むけん」
「はっ」
「その前に……ケンケンはわーの手で終わらせーけん」
「はっ!」
リョウの後ろで威勢良く返事をする男は明らかに俺達よりもでかい大人。そんなやつらが十数人、俺達生徒30人程を囲んでいる。
「おい、リョウ。お前何言ってやがる」
「任務だっていっとーがん」
ぼりぼりとあどけない表情で後ろ頭を掻くリョウ。なんら変わりない。いつもスクールで冗談を言い合うリョウそのまんまだ。
なのに、異様な雰囲気をリョウから感じる。なんだ?
「任務?」
「わーはロケット団。この世界を支配すーんだけん……すごいやろ?」
「だったら、なんで俺達を」
リョウは俺をまっすぐと見据え、にたっと笑う。
「近い将来、わー達の脅威になりうーやからを潰したいけん」
「おまえ、何言って―――」
問いただすよりも早く、俺の鼓膜を聴きたくもない声がつんざく。
「ぐあっ!」「きゃあ!!」
俺の後ろで上がる次なる悲鳴。
振り向けば、他の黒尽くめの連中が生徒達へと【毒針】を放っているのが見える。
「大丈夫大丈夫。別に命まで取るつもりはないけん。ただ、一生ベッドの上だろうやけどな」
「くっ、てめえ!」
もうなにも疑う余地もなかった。こいつの頭は狂ってる。そんなわけのわかんねーことでやられてたまっかよ!
「お前ら、戦え! こんな奴らに負けるな!」
「「おう!」」
俺の怒号に呼応して他の連中もボールを取り出す。結構な数の生徒が倒されたが、それでもここに集まってるのは相当な実力者ばかりだ。こんなところで死ぬわけにはいかない!
「行くぞニューラ!」
「ニュラ!」
俺は足元で戦況を観察していたニューラの名を呼ぶ。そしてそれを合図に他の生徒達も各々のボールを構えてはポケモンを繰り出していく。
「やーっと本気になってくれただ? サンドパン」
「サンっ!」
リョウのパートナーであるサンドパンが、普段とは違った獰猛な表情を浮かべているのがわかる。
「【氷の礫(つぶて)】!」
両手を後ろに伸ばしたまま、ニューラはグラウンドを疾走する。
ニューラの右手に冷気が宿り、ボクシンググローブ並の氷塊が現れる。
「【砂嵐】」
サンドパンの足元から吹き荒れるグラウンドの砂が辺り一帯を包み込む。【砂嵐】、特性砂隠れを持つサンドパンでは定石な戦法だ。ここにきて、俺はあまりリョウと戦わなかったことを思い出す。こういうことだったからってことか?
「ちっ、目暗ましか」
リョウとサンドパンを守るように出現する巨大な【砂嵐】は、俺達生徒をすっぽりと囲んでしまう。スクールのグラウンドすべてを覆う程の【砂嵐】に、あきらかなる動揺が生徒達の間で走る。
「真っ向勝負だとケンケンには勝てんけん。サンドパン、【毒針】だ」
「サンっ!」
砂塵の障壁を突き抜けて飛翔してくる【毒針】を見切れずに、またも倒されていく生徒。
髪が風圧で押しのけられ、目に入る砂が完璧に視界を奪う。しかしニューラが【冷凍ビーム】で作りだした氷の壁を盾に【毒針】の乱連射を防ぐ。
次々と生徒達が倒れていく中、全方位から飛ばされてくる【毒針】に対処しきり耐え抜いたのはたったの三人。
俺の他に残ったのはサイドンの厚い皮膚装甲に守られた男子生徒一人に、【毒針】を見切って切り落としたストライクのトレーナーである女生徒一人。
「おいケンケン、こいつらやばいぞ」
「逃げた方が得策だね」
「ああ、そうみたいだな。けど、リョウは俺を狙ってる。囮になるからお前達は逃げろ」
そう、俺達の実力じゃこいつら全員を相手にはできない。どんなに強くたって数では、劣っていれば負けるのだ。
「おいおいそりゃないだろ? ケンケンが残るなら俺は戦うぜ」
「君一人残して行くのは後味が悪いからね」
ったく、こいつらは。ありがたいが、今ここでこの二人まで失うわけにはいかない。
「いや、俺なんかよりよっぽどお前たち二人の方がここでやられるわけにはいかない。どうなっているのか、頼めるか?」
「……そうかよ、面白くないな」
「了承した。なら頼むよ」
どうやら二人を納得させることはできたみたいだ。
そう、この二人ならきっとなにが起きているのか真相を解明できるはずだ。スクールでしか付き合いのないこいつらでも、個々のスキルの高さを俺は知っている。俺なんかよりよっぽど頭が回るだろうしな。
「チャンスを作る。いいか、しくるなよ?」
血気盛んな男と淡々と言葉を連ねる女、そして俺。全員が生き残るには、あいつに頼むしかないか。
俺はニューラをボールへと呼び戻し、二つ目のボールを地面へと落とす。
「ニューラ、戻れ。行けっ、キュウコン!!」
1000年生きるといわれているキュウコンは、年を重ねるごとにその毛艶を金色に変えていく。そして現れたキュウコンの姿はまさに長寿であることを示さんばかりの輝きを放っていた。
「黄金のキュウコン」
「綺麗だね」
砂塵飛び交う中でも、その輝きを見失うことはない。そして俺が初めてスクールで出したポケモンでもある。
「いいか、俺が合図を出したら全速力で離脱しろ」
「オーケイ、わかった」
「了解」
俺はキュウコンに目配せし、キュウコンは意図を読み取ってくれたのかゆっくりとうなずき返してくれる。
さすが、俺のパートナーだ。
「キュウコン【鬼火】、そして【神通力】!」
何年生きればここまでおびただしい数の【鬼火】を作れるのだろうか? 過去に最高で10作りだされば達人技と言われてきた【鬼火】。だが今は50もの火の玉が拡散して【砂嵐】を吹き飛ばす。それほどの威力も持っているということにもなる。
「今だ!」
俺の合図と共に、男はサイドンの【穴を掘る】で、女はピジョットに掴まって去っていく。
幾人かのロケット団員が空を見上げて追撃しようとするも、キュウコンの【神通力】が炸裂、全員が頭を抱えて地面でのたうちまわる。
「さっすがケンケン、あれぐらいじゃ死なんか。それにしても、逃がしてしまったがん」
「てめえリョウ、ふざけんなよ」
俺の怒りはピークに達しようとしていた。なぜリョウにだけ【神通力】が効かないのか、そんなことはどうでもよかった。ただ、今すぐこいつをぶん殴ってやる。
「わはいつでも本気だけん。それに、ここでケンケン潰さなきゃ親父に面目ないけんな」
「親父、だと?」
「おしゃべりが過ぎたな。サンドパン、【切り裂く】!」
ニューラの時とは逆に、こちらへと向かってくるサンドパン。
「キュウコン、【火炎放射】!」
待ちかまえて放った【火炎放射】は一直線上に、サンドパンおろかリョウにまで襲いかかる。その業火は、冬場のまっただ中にいるのにもかかわらず額に汗を滲ませるほどの熱気を放っている。
「おお、すごいな」
【火炎放射】を避けずにリョウは涼しげな表情のまま立ちつくす。業火はリョウを包み込むも、炎はリョウに直撃することなく不可視の壁に妨げられる。
一方のサンドパンはその熱さに敵わないと直感したのか、直前に穴を掘って直撃を免れていた。
「そういうことかよっ」
そして俺は舌打ちする。
リョウに【神通力】が通じない理由、それはリョウの背後にエスパータイプのポケモンがいたからだ。
「そろそろ終いにしたいけん。じゃあなケンケン」
リョウの背後から顔を見せるは今までに見たことのないポケモン……。
人、なのか? いや、人型の白いポケモン。長い尻尾に大きな太もも、シャープな顔立ちに首とは別に存在するもう一つの頭部と連結している管。その濁りのない透明な瞳に、俺は吸い込まれそうになってしまう。
なんだ? なんなんだあいつは? 見ているだけで自分の心が今までに味わったことのない畏怖にさいなまれる。あの透き通った目に宿る確かなる復讐心に俺は脅えていたのだ。
そして俺は知っている。どこかで見たことがある。何かに似ている。俺が昔読んだ文献に似たようなポケモンがいた………。
「あばよケンケン。ミュウツー、【サイコウェーブ】」
突き出される三つ指の長い腕。
そこから放出された念の波動は【サイコウェーブ】などという生易しいものではなかった。たったの数射の波動で地面は抉れ、念波が強風を巻き起こし、不可視の衝撃波が爆発を引き起こす。その爆風に巻き込まれてリョウのサンドパンが土の中から飛び出していくのも確認できる。
「くっ!!」
俺とキュウコンは直撃は避けるも、その広範囲な攻撃によりまともに吹き飛ばされる。しかもエスパータイプの攻撃は避けたとしてもその余波によって体調は悪化する。
「ジ・エンド」
リョウが自分の右手でスナップをするのが見える。俺は吹き飛ばされながらも宙に浮いている間にキュウコンをボールへと戻す。
「ミュウツー、【シャドーボール】」
生み出される暗黒の波動玉。ミュウツーが両手で移出するその黒球を、俺はぎりぎりまで避けずに丁度リョウと俺との間に【シャドーボール】が割って入るタイミングと距離間を見計らって第三のボールを取り出す。
頼むぜ、ケーシィ。
強く念を送り、俺はケーシィの【テレポート】により瞬間移動する。
エスパータイプのポケモンが使う【テレポート】。それにはさまざまな制限が加えられる。レベルが高くなければ物や人はおろか、自分の【テレポート】もままならない。
更に、自分以外の生き物と共に【テレポート】するにはかなりの錬度が要求される。そして移動場所のイメージも明細でなければならない。
一日の大半を眠って過ごすケーシィにとって、一回分の【テレポート】分の念力は蓄えられている。だがケンが行使した【テレポート】では行き先も安全性も全く保障されてはいなかった。
ケンは一か八かに賭けたのだ。