「裏」:オーキドの企み
眼前には十体ものミュウツー。彼らの戦闘能力は嫌というほどにガイとカナは把握していた。マサラタウンにおけるリョウの襲撃、それは彼らを対象としたものではなかったが驚異的な破壊力を見せつけられた。
「おいおい、こんなの相手にしろってのか」
ガイの意見は最もであり、さすがにこの数を相手に勝目はない。そしてこれこそがオーキドの引かぬ自信となっているのだろう。絶対に破られることのない鉄壁の防御、それが強者のカード。
「でも、やり方はあります」
そんな中、カナは冷や汗を垂らしながらも一本の道筋を探っていた。彼女の能力はこの未来を映し出さなかった、しかしそれは一つの可能性を暗示していた。そう、この段階へと来ることでカナは自身の能力の特徴をつかみ始めていたのだ。
「ひゅー、言うね〜」
態度だけでも負けじとして、ガイは口笛を吹いてみせる。そうでもしなければ圧倒的な戦力差に闘う前からまいってしまいそうになるからだ。
「どうじゃ、すごいじゃろ?」
科学者として、自身の研究成果を他人に公開することは何にも代え難い特権であり権利だ。そしてそれらに対する反応が刺激となり、彼らの威厳を満たしていく。
「プロトタイプをベースに最高種族値のポケモンたちの遺伝子を組み込み、希少な木の実による培養液にて生育することによって完成した究極のポケモン。わしはその量産にも、成功した」
そして恐らく今ここで初めてのお披露目なのだろう。意気揚々と口調が早くなっており、オーキドの高揚感が伺える。見とれるように、オーキドは一体のミュウツーの体に手を触れようとし、しかし一瞬の躊躇いを見せる。そしてそれを、カナは見逃さなかった。
「そんな科学力がありながら、どうしてあなたは人としての道を外されたんですか」
相手が見せた弱点であろう唯一の行動。しかしそれを悟ったと相手に気づかれないためにも、カナは質問を投げつける。
「科学によって解明できないものはない。それが例え生命の神秘だとしてもじゃ」
現にオーキドは科学の力でポケモンを生み出すことに成功している。それはすでに現存するポリゴンタイプよりも、より有機的で生き物であることを感じさせる……人間に近い形。
「人というものはの、一芸を突き詰めれば伝説となり神ともなりえる。そう、思わぬか?」
熟年者の言葉の重み、それすらが二人に重圧なプレッシャーとして襲いかかる。
「お前たちには研究成果の実験台となってもらおうかの。その後はじっくりと研究材料となってもらおう」
徹底たる科学への追求力こそが、オーキドの一芸なのだろう。その強い思いが彼をここまで極めさせた。人外の領域に。
「ガイさん、なにも勝つことが全てじゃないですよ」
「お前のその見透かした言葉が、今はこんなに頼もしいとはな」
勝利に固執し、勝利に囚われ続けてきたガイにとってバトルは常に勝利しなければならないことであった。過去の自分に打ち勝つため、そして勝つことによって自身の存在意義を貫いてきた。そんな彼もロケット団に入り、モモやジンと出会い、そしてルカたちとの同行でその価値観は変容しつつあった。
「頼ってくださいね」
少しばかりの会話で時間を置いたことで、多少なりともの分析は行うことができた。最初は登場のインパクトで物怖じしたカナではあったが、ミュウツーたちを観察して見えてきたことが幾つか出てきた。
最初は彼らがまだ完全体ではないということ。それはオーキドからの言葉から明らかであり、カナたちが実験台になるということは未だ検証が終わっていないことを意味している。
次に、ミュウツーはオーキドの指示によってでしか動かないということ。それは彼らが自主的な行動をする素振りを見せないことから明らかであり、オーキドがミュウツーという言葉を発していないことからその名前こそが指示命令の合図となることが予想できる。
そして最後に、カナが見たオーキドの躊躇い。彼がミュウツーに触れないようにしたことに突破口が見えてくるはずである。
「それで、プランは?」
「ミュウツーを手で触れてください」
「……はっ?」
「行きますよ!」
カナが見出した能力、未来予知の法則性こそが彼女がこの行動に踏み入った一番の自信となっていた。
命に関わる瞬間や重要な場面のイメージが断面的に夢で現れる。その中で彼女はミュウツーが十体も並んでいる姿やオーキドの存在は出てこなかった。それはつまり、危険性がないということを意味しているとカナは踏んだのだ。
「シャワーズ、【黒い霧】!」
「しゃーねえ、いくぞリザード! 【煙幕】!」
二体の口から放出される黒煙は研究所内に充満していく。
「ミュウツー、【バリアー】じゃ」
オーキドの指示により、沈黙していたミュウツーたちが一斉に同じ動作を取って念波によるシールドを発生させる。本来であれば【バリアー】等で防ぐ必要のない技に対するオーキドの対応、それはカナの仮説が的を射ていることを証明するかのようである。
「目くらましのつもりかの?」
そう口にするオーキドであるが、もはやカナとガイから彼の姿は目視できない。散布された煙は視界を遮り、互いの距離間を計ることは難しいだろう。
「頼みます、ガイさん」
「ちょっくら行ってくらあ」
軽くジャンプをして、ガイはリザードの尻尾の上に軽く着地する。300kgの物を持ち上げられると言われるリザードの尻尾は軽々とガイを支え、そして彼ごと振り飛ばす。人間弾丸と化したガイは両拳にナモの実を砕いた包帯を巻きつけ、黒煙の中でミュウツーの気配を察知して手を突き出す。
そう、これも数々のシュミレーションを行うことで可能となっている連携の一つである。ガイの身体能力の高さを生かした戦闘法、それは彼自身がバトルに参加することで主導権を握る。ガイが着用した木の実仕込みの包帯は、カナがコーディネーターとして持つ知識を生かした対ポケモン用での武器である。【自然の恵み】によって起こる現象を利用したものとなっている。
「おらあ!」
一体のミュウツーに手が届いたガイは、そのまま殴り飛ばすようにして拳を振り抜く。後方へと衝撃によって飛ばされたミュウツーの顔面は変形し、そして崩壊が始まった。
「ほう、もう見抜いたのか」
自身の研究結果が無残にも痙攣を起こしながら機能を停止していくのを目の当たりにしながらも、オーキドを動じることなく事象を観察する。
そしてすかさずガイは次々とミュウツーへと殴りかかっていくが、さすがのガイでも近くにいたもう一体に触れることしかできなかった。そうしている間にも目くらましはだんだんと研究所内の換気によって薄れていく。
「ミュウツー、【サイコカッター】」
残り八体のミュウツーたちは同じモーションを展開し、それぞれの両手から三日月型の淡い紫色に輝く念動力を形成する。その標的となっているのはカナであり、即座に反応したガイが彼女を守るように身を構える。
「やらせっかよ! 【シャドークロー】!」
主人の声に反応し、リザードも彼の横に並び立って攻撃モーションへと入る。カナもシャワーズに指示を出しながら、防御態勢へと移行する。
八つもの【サイコカッター】が残った黒煙を切り裂きながら容赦なくカナへと襲いかかる。しかしその手前で構えるガイが両手を突き出し、そのまま【サイコカッター】を受け止める。リザードも応戦し、ガイが捉えきれなかった攻撃を両爪で受け止め、シャワーズは特殊攻撃を用いてサポートする。
カナがガイの包帯に仕込んだナモの実、それは普段悪タイプの威力を半減させるものだが【自然の恵み】発動時には悪タイプとしての効力を発揮する。その特性を生かしながらのガイの行動であるが、生身の人間が取るような行動とは思えない。
「こちとら、生半可な鍛え方はしてねーさ!」
父が道場をつとめ、幼き頃より鍛錬を日々欠かしていないガイにとって一般で言われるところの無茶は平気でこなせてしまう。それでも、こんな戦い方はしたことがないであろう。
「ますますお前たちに興味がわくのう、じゃが……ミュウツー、【ミラクルアイ】」
攻撃をなんとか防ぎ切ったのも束の間、新たなる攻撃がガイたちを襲う。いくらナモの実が効果を発揮したとは言え、包帯は千切れ、【サイコカッター】による余波で幾つかの裂傷が見受けられた。それほどまでに威力が凄まじかったのだ。
そして相手からの追撃に、同じように対応しようとするもガイは軽々と吹っ飛ばされ、リザードは不可視の攻撃に十分対応しきれずに態勢を崩してしまう。
悪タイプを無効化してしまうエスパータイプの技、【ミラクルアイ】。
「しかし、どこで見抜いたのじゃ?」
オーキドからしてみれば当然の疑問だろう。例えオーキドが故意にミュウツーに触れそうになる動作をしたとしても、それだけであのような大胆な行動には移れない。
「それは、ポロックですよ」
カナのその一言が、オーキドに笑みを生ませる。そして彼は彼女が意図することの全てを汲み取った。
「ふっふっふ、そうかそうかさすがじゃの」
カナが長い眠りから覚めたあの日の夜、彼女のもとにリョウが訪れていた。彼が求めたのはカナを目覚めさせたチイラの実から作られたポロックであった。それはミュウツーを完成系にするために必要であった最後のパーツであり、オーキドが求めていたものであった。その時、カナは夢でその光景を見ていたのだ。渡してはいけないが、渡すという選択肢を選ぶことで今につながるヴィジョンを得ようとしたのだ。
だがそれは叶わず、そしてそれが意味することが今のカナが抱く自信へとつながっていた。そう、あの時の選択が正しかったのだと。
「あなたたちはチイラの実を必要としていた。でもポロックだけでは足りなかった、そういうことです」
確かにチイラの実の効力は強力であり、ポロックとなっていても十分な効力を発揮していた。それは難病を回復させたり、瞬時に痛みを取り除いて傷を治癒させるほどの驚異的な効能を持っていた。しかし、それだけでは真に新たな生命体を生み出し維持するにはいたらなかったのだ。否、ミュウツーの構成要素が完璧であったがために最後にポロックという手段で補おうとしてしまったのがオーキドが犯した唯一の過ちだったのだ。
「よくわからねえが、どうやらこっちに分がありそうだな」
床から立ち上がりながら、ガイは両手首を回して状態を確認する。
「やはりまだまだ改善の予知ありかのう」
そう呟いたオーキドは次々とミュウツーたちの体を触れ始め、接触と同時に彼らの肉体は崩壊を始めた。その光景に後ずさりしながらも、固唾を飲んでカナとガイは見守る。
「昔はトレーナーとしての嗜みを持っとったが、今のお前たちには敵うまい。致命的な弱点を見抜かれれば、そこで勝負は決する。バトルも研究も原理は一緒じゃ」
「割り切るのがお早いんですね」
「無駄なことは嫌いじゃろ?」
「そう、ですね」
カナは強気な態度でオーキドと会話を進めるも、心の中では彼の言葉をいまいち信用できないでいた。無駄が嫌いであるならば、なぜ不完全状態のミュウツーを出してきたのかの真意をつかめないでいたからだ。
「ついてきたまえ」
「「え?」」
二人の疑問をよそに、オーキドは彼らに背を向けて研究所の奥へと進んでいく。彼を追うべきか追わないべきか、その答えは考えるまでもない。