III:突破口
もしも、のことを考えてはいけないことくらいわかってる。それでも、考えられずにはいられない。お正月を迎えるまで、こんなことが起きるだなんて思ってもいなかったことだし、なにより自分があまりにも不甲斐ないことを知らされた。
でも、受け入れなきゃ進んでいけない。立ち止れることなんて許されない。目の前に立ちはだかる敵を倒さなきゃいけない。
双子のジムリーダー、フウとラン。そして彼らはロケット団の幹部でもある。ホウエン地方を拠点に活動をしていたみたいだけど、二人の性格からして任務等の遂行も彼らの気分次第で行われていたのだそうだ。そこに、ダイゴさんがつけいる隙があったのかもしれない。それでもそんなことは彼らのポケモンを見ることによってその判断が早計であることを思い知らされる。
ソルロックとルナトーン。ホウエン地方で見つかった太陽と月を象っている神秘的なポケモン。彼らの無表情さからは何かを汲み取ることはできないけど、鍛え上げられたことによって出来上がった体は逞しさを醸し出している。そう見えているのが私特有なものなのかもしれないけれど。
「ルカ、行くにょろよ」
「うん!」
レイハちゃんの言葉で私は集中力を高める。バトルフィールドは建物内で円形な室内。特に精密機器等は確認は取れないし、無駄に広い室内では隠れるような場所もない。室壁のおよそ六割がガラス窓で覆われており、その強度の程度は技を当ててみないことには確認できないだろう。
戦場の把握をして、今度は対戦相手の観察へと移る。その間、ほんのコンマ数秒。フウとラン、一見あどけなさを残した可愛らしい風貌をしているのに彼らの言動からはそういった要素が一切排除される。双子というだけあって声質、容姿、挙動が見事にシンクロナイズされていて、あまりの完璧さに嫌悪感さえ抱いてしまう。そんな彼らが繰り出すコンビネーションは非常に厄介なものになることは想像がつく。
それでも突破口をレイハちゃんと見つけ出す!
「行って、ガーディ!」
「ガウ!!」
自然とボールを握る圧に力がこもる。それを汲み取ってくれたのか、ガーディもより一層力を込めて吠える。
「良い気勢にょろ! ニョロボン!」
「ニョーロ!」
だから私たちも見せつけれるんだ、コンビネーションで!
「「へえ、なかなかに異色なコンビだね」」
双子ジムリーダーの声が重なる。イントネーションもタイミングもばっちりな彼らのシンクロ率は動きもさることながら、驚異的にも程がある。
「いいにょろかルカ、この前教えた通りに動くにょろ」
「うんっ!」
短い時間ではあったけど、私がレイハちゃんから習ったことはなにも内部情報だけには留まらない。いかなる事象が起こったとしても対応できるために、様々な想定でのコンビネーションを組んで鍛錬をした。
レイハちゃん、ガイさん、カナとのポケモンたちとの相性を考えながら行ったトレーニングはとても有意義で勉強になった。それを今、実戦へと生かすんだ!
「ガーディ、【弾ける炎】!」
視界いっぱいに広がっていく火の粉を見ながら、私は早くも天井を見上げては願った。少しでも彼らの気をそらすことができれば、と。
「【心の目】、【爆裂パンチ】にょ!」
飛びかかる炎に物怖じもせず、ソルロックとルナトーンはただまっすぐに私たちから視線を外そうとはしない。それでも一瞬、ガーディの放った炎が視界を完全に遮るもそれだけでは足りない。
ニョロボンが技を連続で発動してる間、それは彼らに構える時間を与えてしまう。それでは相手が受けるダメージ量は一方的に下がってしまう。
お願い、お願いだから、動いて……!
その私の願いが通じたのか、ニョロボンが敵に迫る間に天井から大量の水しぶきが舞い落ちる。そう、防火用のスプリンクラーだ。間に合った。
「「【守る】」」
咄嗟といえど正しい判断を繰り出すフウとラン。でも、さすがに間に合わなかった。
レイハちゃんのニョロボンは彼らが技を繰り出す直前に、一気に加速して攻撃を命中させた。両拳から放たれた【爆裂パンチ】はソルロックとルナトーン両名の顔面を的確に捉えていたのだ。
そう、スプリンクラーを起動させることで擬似的な雨状態を作り出すことによってニョロボンの特性すいすいを誘発させる。それが室内における私とレイハちゃんがまず取る戦法。それは見事に成功した。
「へえ、これはいっぱい食わされた」
「でも、二体の間に入ったのが失敗だよね」
例え目の前で自分たちのポケモンが瀕死的ダメージを負っても、双子は動じることはなかった。それが私に悪寒を呼び起こさせる。そしてレイハちゃん自身、それがわかっているみたいだった。
「ソルロック」
「ルナトーン」
「「【大爆発】」」
次の瞬間、ニョロボンは混乱しているはずの二体によってがっちりと体を挟まれて眩い閃光と爆音に包まれた。爆風が私たちを襲い、私は腕で顔を隠してしまう。スプリンクラーによって降る水が爆発によって水蒸気と化し、湿った熱い空気が皮膚をじりじりと攻撃してくる。
フウとランはニョロボンの特性が湿り気でないことを、さっきの加速で見切った。【守る】を発動させることで例え間に合わないまでも一発でのされることを避け、【大爆発】を繰り出してきたんだ。なんの躊躇もなく。
「ちっ」
レイハちゃんの舌打ちに、私は明瞭になっていく視界の中で床に伏すニョロボンの姿と双子が不敵に笑みを浮かばせる姿しか確認できなかった。フロアの窓までもが吹き飛び、冷たい空気が一気に入り込んでくる。バトルが行われた直上のスプリンクラーは爆発によって機能を停止し、私たちを取り囲むようにして作動しているスプリンクラーの水が降り落ちている。
「まさか、リミッターなしで……」
【自爆】や【大爆発】のような技を繰り出す場合、それらは体内におけるエネルギーを暴発させることによって可能としている。本来は技に転用する体内エネルギーを、そのまま内側で暴走させることによって発動できる。しかしそれはポケモン自身に大きな負担をかけることにつながり、大抵のポケモンたちは自身が瀕死に陥る程度の威力でもって行使している。でも今回の場合、私はソルロックやルナトーンの姿を認識できなかった。それはつまり、彼らは死んだということになる。
「替えはいくらでもいるさ」
「こうやって一体ずつ屠ってあげるよ」
そう言って、ロケット団双子の幹部フウとランはボールを取り出して新たにソルロックとルナトーンを呼び出した。
彼らは自分たちのポケモンがどうなろうと知ったことではない、そういう人間なんだ。そしてその思想の犠牲となったニョロボンはもう起き上がることがない。
「ルカ、作戦を変えるにょろよ」
「うん」
レイハちゃんの声には冷静さと共に確かな憤りがこもっていた。それほどまでに彼女は強いんだ。だったらそれに応えるのが今の私の役目。
「ニョロボン」
死んでしまったポケモンは、ボールにはもう入ることはない。レイハちゃんは空になってしまったボールを握り締めたまま、それをしまって新たなボールを取り出す。
「たのむにょ、ニョロトノ」
「にょ〜」
気だるそうに登場するニョロトノ。普段からこんな調子なニョロトノではあるけど、眼前の状況とニョロボンの姿を視認したのか、ピリピリとした緊張感をまといはじめた。
「相変わらずカエル好きだねレイハは」
「にょろにょろにょろにょろ」
レイハちゃんを小馬鹿にするようにランが笑い声を連ねる。許せない。
「そのカエル好きにやられるがいいにょろ、ルカ!」
「うん!」
もちろんレイハちゃんとガイさんは仮想敵としてフウとランの存在を掲げていた。その際、私とカナはとにかく後方支援に努めるようにと念を押された。
「ガーディ、【熱風】!」
実力がこの中で一番不足しているガーディと私にとって、できるだけレイハちゃんが戦いやすい環境をつくるかどうかが私の仕事となる。ただ私にできることは微々たることでしかなくて、応えたい気持ちはあるのに答えられる力がない。
「ニョロトノ、【ハイドロポンプ】!」
ニョロトノが後方へ大きな跳躍を見せて、スプリンクラーが作動している空間へと飛んでいく。その中から放たれた【ハイドロポンプ】は威力を増し、容赦なくソルロックやルナトーンへと向かっていく。もちろんその中にはニョロボンの姿もある。
さすがに避けられないと悟ったのか、アクロバティックな動きでフウとランは左右へと移動する。それに呼応するように彼らのポケモンたちも軌道上より脱する。それでも、ガーディの【熱風】によって生み出された気流に逆らう形となったために少なからずダメージを与えることには成功する。
フロアを貫いた【ハイドロポンプ】はニョロボンを飲み込み、そのままシルフカンパニー社の消え去った窓の空間から排出されていく。きっとこれこそがレイハちゃんなりの手向けなのかもしれない。それはレイハちゃんとニョロボンにしかわからないけれど。
「「反撃だ」」
「ソルロック、【サイコウェーブ】」
「ルナトーン、【サイコウェーブ】」
来た。
予想通りの攻撃発言に、私は身構える。
ソルロックがルナトーンの後ろに隠れるように並び、攻撃態勢へと入る。念波を飛ばす【サイコウェーブ】は威力による幅が大きいことで知られており、その理由は点波源から対象への位置によって変わってくるからだ。難しいことはわからないけど、大きな波に当たればダメージは多くて小さな波のときにはダメージは少なくなる。そしてそれは幾重もの点波源から放たれれば威力は増大する。
でも、レイハちゃんが教えてくれた【サイコウェーブ】の二重掛けによる弱点……そこに行かなければならない。
「ガーディ、【高速移動】!」
私もなるべく距離を取りながら、ソルロックやルナトーンから離れる。波と波の山が重なるところは威力が増し、谷の部分は打ち消し合う。二体の配置から考えれば、彼ら二体の中間点の位置は攻撃が一番弱いということになる。それはまさしくフウとランが立っている場所の直線上になる。
ニョロトノも同じようにガーディと共に移動を開始するが、それを見越していたのかフウとランも動き出す。
「「そんなこと、お見通しさ」」
フウとランがなんとソルロックとルナトーンのまさしく中間点へと移動し、彼らの周りを二体が円を描くように回転し始める。その間も【サイコウェーブ】は続けられており、それが容赦なくガーディとニョロトノに嵐のように襲いかかる。
「ガウッ!」
「にょーーろーー!」
念波の暴風によって吹き飛ばされた二体はすぐさま態勢を立て直そうとするも、不可視の壁が接近を拒絶する。円を描きながら回転し続ける二体はまさしく彼らのトレーナーを中心に旋回する天体みたいに見える。この技を見るだけでフウとランがいかにダブルバトルのスペシャリストであるかが窺い知れた。
それでも突破口を見出すしかない。私はレイハちゃんに視線を向けると、レイハちゃんはすぐさま頷いてくれる。それを合図に、私はガーディへ精一杯の声で叫んだ。
「【手助け】!!」
「【ハイドロポンプ】!」
さっきの攻撃とは比べ物にならない程の水量がニョロトノより放出され、それは勢い良く双子たちを襲う。しかし【サイコウェーブ】によって形成される壁によって拡散されるも、その結果における過程が重要だった。どういう風に水が阻まれるか、そこから波長同士の抜け道を探る……!