II:赴く二人
ホウエンを出ようとサイユウシティから離れようとしたとき、俺たちは突然の爆風に見舞われる。
「連絡があって来てみれば、豪華な顔ぶれね」
ここに咲き誇るデイゴの木々も突風を受けて揺さぶられるも、まだまだ咲き始めた花弁は離れることはない。
しかし、一体なんなんだ?
上方の岩陰からモクモクと立ち上がるのは……湯気? 水蒸気爆発でも起きたのか? そう思考を巡らせていると、立ち上がる煙の中に一つの人影が確認できる。
その人物はマントを翻していて、ここにいる全員は突如として現れた者に警戒する。
「お前は、ミクリ!?」
カンナさんが今までとなく因縁の籠った表情を向けている相手、ミクリ。そう、確かダイゴさんがチャンピオンを辞めた後に、そのポストを埋めた元ジムリーダーだ。だけど、なんで現ホウエンチャンピオンが……。
と、そんなことをふと考えたが愚問であった。
なぜならば、そう、サイユウシティにはポケモンリーグがある。いて当然の人間が、指名手配犯のグループを捕らえに来るのには理由なんていりはしない。
「まあ、私だけではないのだけれどね」
水蒸気が完全に晴れて、その中から姿を現したのは錚々(そうそう)たるメンバーであった。そう、ホウエンリーグの四天王たちである。
悪タイプを使い、我が不良道そこにありという四天王が一人目、カゲツ。
「こんな形でお前たちと再会を果たすとは思ってなかったが、しゃーなしだ」
ホウエンリーグでは随一の可愛さで人気を誇るゴーストタイプの使い手、四天王が二人目、フヨウ。
「あちしたちの邪魔するなんて、お仕置きだかんね!」
その美しさは挑戦者を凍てつかせるホウエンリーグの極寒浄土、氷タイプのスペシャリストで四天王が三人目、プリム。
「うふふ、カンナお久しぶり」
難攻不落、最後の砦。そのドラゴン達の舞踊を掻い潜れるのか、四天王が四人目、ゲンジ。
「ポケモンリーグたる神聖な場所にお前らのような不届き者がいるとはな。成敗してくれる!」
そして彼ら四人の中央に陣取るミクリ。
昔ホウエンからわざわざ取り寄せた四天王たちのプロフィールを覚えていたのは幸いだったが、そんな情報があったからと言って俺がこの誰かに敵うことなんてない。せいぜい弱点をつきながら、時間を稼ぐのが関の山だろう。
「久しぶりね、プリム。まさかあなたが出てくるなんて思いもしなかったわ」
カンナさんはプリムのことが苦手なのだろうか。いや、同じ氷タイプの使い手としては色々と内輪であるのかもしれない。そういえばカンナさんも四天王だったしな。
「君たちは指名手配されているというのに、わざわざこんなところまでやってくるなんて何を考えているんだい?」
ミクリ、ホウエンリーグチャンピオンは髪をかきあげながら優雅な振る舞いを見せる。癪に触る態度ではあるが、そんなことに今は気にかけている余裕などなかった。
人数的には5対7ではある。だが、相手の実力を鑑みると安堵してもいられない。少なくとも俺とマサキさんは戦闘においてはあしでまといだ。そうなると5対5。そして向こうにはチャンピオンがいる。ダイゴの後継人ともなれば、うかうかと攻めることもできない。
「アンズとケンは行きなさい。カスミとナツメ、頼んだわよ!」
「すぐに戻ります!」
「りょーかい…」
え? な、なんのことだよ、カンナさん?
カンナさんの命令通りにナツメさんが俺とアンズを捕まえ、カスミさんも連れ添って俺たちは【テレポート】させられる。転移する時はわからなかったが、転移先にはナツメさんのフーディンが出現していた。
「聞いてアンズちゃん、ケンくん」
「は、はい」
「はい」
アンズはもうなにもかも悟っているかのようで、落ち着いていた。俺には皆目どうするのかはわからなかったが。
「二人には今からカントーに行って、情報収集をしておいて欲しいの。つまりは潜伏調査ね」
「わかりました。どうかお気を付けて」
俺とアンズの二人で、カントーへ? て、てことは残りの皆は四天王たちと戦うってことなのか?
「そろそろ戻らないと、いくらなんでもカンナさん達だけだときついから」
「はい」
「あ、それとね、この子を使って」
「いいんですか?」
「最初からこうやって移動するつもりだったしね。もしサトシに会ったら、よろしく言っといて、すぐに行くからって」
「はい、しかと」
カスミさんがアンズにボールを一つ手渡す。きっとそれが俺たちの移動手段になるポケモンが入っているんだろう。
「ケンくんも頑張ってきてね。アンズちゃんをよろしく」
「わかりました」
こんなときでも人を気にかう性格は見習わなきゃなと感じながらも、俺はナツメさんにも手を振る。フーディンによってナツメさんとカスミさんが戦場へと戻っていき、それに呼応してか俺たちの頭上のどこかでポケモンの技が弾ける音が聞こえる。
【滝登り】を駆使して登らなければならないサイユウシティではあるが、今いるところは反対側の海岸沿いであった。
「行こうか、ケンくん」
「あ、ああ」
「大丈夫だよ。あの人たちなら絶対に負けない」
「そうだな」
若干元気のないアンズに励まさられるなんてな。だが今俺たちにできることは確かに、カスミさんに言われた通りのことをするしかないんだろう。
「お願い」
カスミさんから託されたボールから出てきたのは、ギャラドスだった。なるほど、確かにこれなら……っていうか、でかっ。
「ギャラアアア」
そういえば以前カスミさんが温厚な子なんだー、とか言ってはいたが、やはりギャラドスの外見からはそんなことは容易には想像できない。
ギャラドスはその大きな口を開いたまま、俺たちを見つめている。そうか、なるほど。確かにこれなら大人数を一挙に運べるわけだ。今までは少人数での行動が多かったせいか、あまり日の目を見なかったギャラドスではあるが俺たち二人が使ってもいいんだろうか。
「行こう、ケンくん」
「あ、ああ」
「よろしくね、ギャラドス」
「よろしく頼む」
口の中へと入っていき、鼻を摘みたくなるような水ポケモン独特の生臭さが嗅覚を刺激するも、当分すれば慣れるだろう。
「ギャラー」
口が閉ざされ、真っ暗になる。そして水の中に入ったのが音でわかる。
それから数時間、俺たちはポケギアの明かりを頼りにカントーに着いてからの作戦を練りに練った。その間にもミツルさん達のことが気がかりではあったが、その邪念をふりほどく必要があった。なぜならアンズが説明してくれる内容はどれもこれも緻密で、頭に叩き込むことで精一杯だったのだから。
その作戦とは、こうだ。
カントー地方へと赴き、現状を把握する。まずはマサラタウンへと行き、少しでも残っている情報をオーキド研究所から得ることだ。俺とミツルさんが訪れた後、どうやらロケット団による動きがあったらしい。
もしその場にダイゴがいたら確保。しかしそれが困難な場合はなんとしてでも身動きできない状況へと陥らせる。至極困難な内容ではあるがやるしかない。そしてそのままヤマブキシティまで行き、敵の総本山へと乗り込むための下準備を済ますことだ。それは残りのメンバーがカントーへと辿りつくことを信じた上でだ。
そして俺は久しぶりにカントーへと舞い戻ってきていた。それはアンズも一緒だろう。しかし俺たち二人が目撃したマサラタウンとは、もはや俺の知っている町とは変わっていた。民家が燃え上がり、草原は焦土と化し、今なお戦闘の火蓋は閉じていない。
「そんな……」
「おいおい、冗談だろ」
まさかマサラタウンでこんなことが起こっているなんて思いにもよらなかった。
「ケンくん、あれ!」
「おいおい、まじかよ」
アンズが指差す先に見えたのは長い体躯をうねらせる、翡翠色のポケモンの姿であった。それは間違いなくレックウザの姿であり、そこでこの惨状がダイゴによるものだということが結論できた。
そしてそのポケモンと対峙しているリザードンの姿に、俺たちはサトシさんがバトルしているということが見て取れた。
サトシさんの生まれ故郷がマサラタウンであることも俺は知っている。なにより、ここには俺の祖父母の実家がある。この惨状は看過できない……。
こんなことをサトシさんが黙っているわけではないはずだ。なのに結果はこんな有様。それほどまでにダイゴの手に入れたレックウザは強力なのか?
そんな疑問を抱いていると、アンズに俺の体は吹き飛ばされる。
「危ない!」
「うおっ!?」
海岸沿いの砂浜を直撃した爆風が俺たちに襲いかかる。空を見上げれば、幾条もの火炎が空に軌跡を描いており、その間を縫うようにして翠の龍が飛翔している。立ち回りからもわかるように、ダイゴは故意にマサラタウンへと攻撃が落ちるようにレックウザに指示して、サトシさんはなんとか標準を逸らすように尽力していた。
よくよく見れば、マサラタウンの中心地は健在である。郊外地区のあたり、特にオーキド研究所のあるあたりは焼け野原になってはいるが火災が広がることはないだろう。
上空にはテレビ局のヘリか、自衛軍のものかはわからないが戦闘の様子を遠巻きに撮影している。しかしあれほどの距離をおいているのではなかなか状況はつかめにくいだろう。消防やポケポリの姿も遠目に確認することができる。バトルの時にしか役に立たないと思っていた俺の特技もこういう場面で効力を発揮するなんてな。
「どうしよう、空で戦わられたら……」
「いや、そうでもないさ」
確かに今の俺たちに空を飛ぶ力はない。だけど、俺たちがわざわざ赴かなくても相手を引きずり落とすことはできるはずだ。
まさかマサラで早くもターゲットに遭遇できるとは思ってはいなかったが、これは千載一遇のチャンスだ。
「アンズ、ちょっといいか」
「ひゃっ」
俺は耳打ちする為に身をかがめてアンズに顔を近づけさせる。突然のことでアンズがびっくりしたみたいだが、構わず彼女の耳に俺が思い至った策を説明する。
するとアンズは徐々に真剣な目付きへと戻り始めて、頷いてくれた。
「そうか、その手なら行けるかも。レックウザは天気の効果をうけつけないからこそ、だね」
「だろ?」
そう、レックウザは天気に左右されない特性を持っている。つまり、レックウザのいるところは常に快晴ということだ。快晴ということは、ただ一つ。常に快晴になってしまうということだ。
「ギャラドス、頼めるか?」
「ギャラ?」
俺はギャラドスの方へと歩み寄り、そのトサカを撫でる。俺たちの手持ちの中にはこの技を使えるポケモンはいない。本当に綱渡りだよな、でも、結果オーライだ。俺は空にて舞うレックウザとその上に立っているダイゴをにらみあげながら指をさす。
「ありったけの【雨乞い】だ!!」
引きずり下ろしてやるよ、ダイゴ!!