V:異常の地
『なかなかに外の世界とは面白い』
アユミがギラティナをゲットし、三人は元の世界へと戻ってくることができた。
『さあ、思う存分に暴れようぞ!』
「暴れてどうするんだい……」
新しい仲間と呼べるのかどうか、ギラティナは猛々しく威勢を張り出す。そんなギラティナはアユミにとって新たなる悩みの種となるのか。
「だが、ここからが問題だね」
アユミはそこで今後の方針を再確認しなければならなかった。
「とりあえず、こっから降りようぜ。さすがに寒くないか?」
キリンのその提案に、アユミは吹き荒れる雪風にその身を縮める。
「そうだね、そうしよう」
「ん? 二人共、寒いの苦手なの?」
ほぼ薄着としかいえないような格好のスズナを二人は眺めながら、声を一つにして答えるのであった。
「お前には言われたくないな」
「君にだけは言われたくないね」
と。
数時間もすれば、三人はヨスガシティへとやってきていた。シンオウ地方でも随一の先進都市ということもあり、街はこの寒い冬だというのに活気に満ちている。いや、逆に寒い時期であるからこそ、催しなどが盛んになっているのかもしれない
。
店側も、客足が遠のいてしまうのをみすみす季節のせいにする気はないようである。
「すげーな」
「そうでしょ? ここヨスガシティでそろわないものはないって言われてるくらい、人の交流も物資の交通も盛んなんだから」
スズナが鼻高々にそう説明するのを横耳で聞きながら、
「キッサキシティとはえらい違いだね」
と、アユミが嫌味をたらし、
「キ、キリンくん、アユミちゃんが意地悪する!」
「合ってんだろ」
「がーん!?」
スズナは味方のいないこの状況に、一人後ろをとぼとぼとついてくるのであった。
「しかしアユミ」
「なんだい?」
「またどうしてここなんだ? こんな、人の多いところ……」
「葉を隠すなら森の中って言うだろうし、人が隠れるなら人ごみの中ってことだよ」
「そんなもんか?」
「まあ一理あるからね。それよりもあまりうろちょろしないでくれよ、目立つのだけはごめんだ」
アユミの忠告に、キリンはさきほどまで街並みに興味津々と巡らせていた視線を落ち着かせる。
「ところでスズナ」
「……なーに?」
未だキッサキを愚弄されたことから立ち直れていないのだろうに、アユミはおかまいなしに続ける。
「ヨスガジムのジムリーダー、メリッサについてなんだが」
「メリッサさん? うーん、私はあまりよく知らないかな」
「なに?」
「メリッサさん、ジムリーダーの会議にもあんまり出てこないんだよね」
それを聞き、アユミは勘繰るものがないか記憶を巡らせるもなににもつながらなかった。ロケット団のデータバンクにもメリッサについて特筆されるようなデータはなかったのもその理由だろう。
「もともと私たちジムリーダーは地方出身者が多いんだけど、メリッサさんは外国から来たみたいだし、謎が多いんだよねー」
「外国か……。それはつまり、なにかしらの理由があってこの国へと来た、ということだろうね」
「言われてみれば、そうなのかも」
スズナはアユミの話に相槌をうつ側へと変わってしまっていたが、アユミには気がかりとなるところが多すぎた。
外国からのトレーナーは少なくないし、ジムリーダーの中にもカントー地方のマチスなどが存在してはいる。そう、人々が交流するところにこそそういった人物がジムに君臨していてもおかしくはないのだ。おかしくはないが、その誰しもがロケット団の息がかかっている可能性が高いというのが現状だ。
「私たち以外にジムを制したトレーナーはいないのかい?」
これほどの騒ぎともなれば、興味本位でジムリーダーとの対戦を申し込む輩は少なからずいるとアユミは踏んでいた。そしてそれはアユミ達にとっては都合が良かった。例えその経緯が最悪なものであったとしても、である。
「トレーナーの話は聞かないけど、行方不明になったジムリーダーなら知ってるよ」
「なに?」
「ジョウト地方の数人のジムリーダーがジムに帰ってないみたい。少なくてもこっちの情報は向こうにも行ってるし、対戦を拒否してジムを閉めるジムリーダーもいるって聞いた」
「それは、そうだろうね」
ジョウト地方のジムリーダーがということは、こぞって消えたとみて間違いないとアユミは踏んでいた。しかしなぜこの時期なのかが妙に引っかかった。なにかしらのタイミングを今まで見計らっていたのなら、最近あった事象と関連づけることができる。
「もしかしてレジなんとかか?」
「それはいくらなんでも、さっきの出来事すぎるだろう。もしかしたらホウエンで起こっている異常現象が理由かもしれない」
そう、最強のトレーナーサトシが持ち去ったレジギガス。たしかにそれは要因とはなり得るが、ジョウトのジムリーダーたちはそれよりも前に動いているとスズナの口ぶりからアユミは憶測していた。
消えたジョウトのジムリーダー達。彼らが動いたとするならば、ホウエンで起きている異常気象に関連していると仮定すると話はつながっていく可能性は高い。それは少なくとも彼らはどこかの地方に集結をはじめているという合図でもあり、ジ
ョウト地方にはなにもないということにつながるのだ。
そして、もし彼らが集まるとして、その可能性が一番高い場所は、カントー地方以外には考えられないだろう。
ハッキングして手に入れた情報にレジギガスの用途などは書かれてはいなかった。それは極秘であるがゆえ、ジムリーダーたちの関与は低いだろう。そして彼らが後手に回るような行動を取らないとするならば、ホウエンではなくカントーに向か
うというのは筋が通っている。
「異常気象? わけのわかんねーやつにレジなんたらは持っていかれるし、ホウエンでもなにか起こってるのかよ」
キリンの愚痴に、アユミはただ黙って頷いて、口を開く。
「そうだね、そしてそれも留意すべき問題だ。もしかしたらロケット団の手に渡っていた方が、事態は好転していたのかもしれないね」
「どういうことだよ」
アユミはポケギアを起動させ、最新のニュース記事が集うサイトへとアクセスした。
「これを見たまえ」
ポケギアに映し出されたスクリーンを巨大化させ、スズナとキリンはそれを覗き込む。
「ホウエン地方で異常発生している自然現象について、ロケット団が調査を開始……?」
すでにメディアがロケット団の手中にある今、こういった記事がアユミに与える情報は大きい。つまり、彼らの作戦「Power & Grace」にこういった代償、つまりは自然の摂理を捻じ曲げようとしている裏があるということがわかるからだ。
「つまり民衆は、ロケット団が異常事態を収拾しているように見えるが、それを引き起こしているのが彼ら自身ということに気が付かないんだよ。サカキはメディアの特性を良く把握しているんだろうね。まあ今回に至ってはロケット団の仕業でな
いにしても、それを逆にこういうふうに利用している」
「おっかねーおっさんだな」
キリンはアユミの説明を受けて、そう愚痴るも今の状況ではそれくらいしかできることがない。この状況を、どう180°回転させるか。言うならば、オセロのゲームで圧倒的な不利な状況において、自分が置いた白一枚で相手の黒の大部分をいっき
に捲り返してしまうような手をアユミ達は探さなければならない。
それこそが公式戦によるシンオウリーグの制覇だったのだが、果たしてそれが果たせる頃まで事態が一変……つまり、悪化しないかがアユミの懸念でもあった。だがアユミ達は手に入れたのだ、最強の駒を。
そう、ギラティナである。
ギラティナがどれほどまでにアユミ達に協力するかはわからない。いや、協力させるように仕向けるのがアユミの仕事なのかもしれないが、うまくいけばギラティナというカードでこの状況は覆せるかもしれないとアユミはにらんでいる。しかし
そのタイミングを今は図るしかなかった。
『むっ?』
そう思っていることをギラティナにも悟られたのだろうか、と一瞬驚いたアユミであったが、次の一言にその警戒心を別のところへと向けた。
『この地、なにかがおかしい』
「「「え?」」」
その意思はどうやらスズナにもキリンにも伝わっていたようだ。
「この地って、シンオウのことかい、それともヨスガの……」
『ヨスガシティと人が呼称しているのならば、その範囲内だ』
「ここが、おかしい?」
アユミは周りを見渡す。行き交う人々、街並み、それはどれをとっても平穏なものであった。大都市特有の華やかさと、忙しなさ、それがとても顕著に表れている。
『ふむ、これが人の業というのか。愉快だ、愉快と呼べる!』
明らかにギラティナが興奮しているのがアユミにはわかった。そしてそれがいかに危険なことであるのかも。
『外の世界とはこうも様々な感情や思念が飛び交うのか! 浅き深き多種多様!!』
高揚していくギラティナに呼応するように、アユミのホルスターに収められたボールがガタガタと揺れ始める。
「落ち着け、落ち着いてくれ!」
必死にボールを押さえるアユミ。そう、ここでこのカードを失うわけにはいかない。ここでギラティナが飛び出してしまっては、やぶれた世界まで行ったことが徒労に終わってしまう。
『しかしながら、それをも操れるのか人という生き物は!』
アユミの腰回りを黒い霧が漂い始める。
「おい、アユミ大丈夫か!」
「アユミちゃん!!」
表情を強張らせ、アユミは必至に両手に力を入れてボールの震えを止めようとするが一向にその気配を感じることができない。
「ギラティナ、落ち着いてくれ!」
そこでアユミは痛感させられる。人間にギラティナのような存在、いや、ポケモンを制することなどできはしないのだと。人間がいかに無力かを知った。しかしそれと同時にギラティナ自身はそんな人間になにか特別な期待を抱いているようにも
見えた。
「Oh. so thats Giratina」
その声をする方に三人が視線を向けると、悠然と立っていたのは紫紺のドレスを身にまとったメリッサの姿だった。
そしてアユミはその瞬間に気付く。こんなに声を市内で荒げているというのに、人っ子一人立ち止まって彼女らを注視する通行人がいないことに。そしてそれはジムリーダーであるメリッサが登場しても変わることがなかった。
「Well if thats the case. the story is simple」
流暢な英語をしゃべりながら近づいてくるメリッサにアユミは警戒していた。なぜならメリッサの狙いがギラティナであるということを悟ったからである。
そしてスズナもキリンも、外国語には不慣れである身であっても、メリッサのただならぬ雰囲気を感じたのだろう、二人共に腰へと手を回してボールをつかんでいた。
「Will you die for me?」
メリッサが片手をあげて、指を擦り合わせた。軽快なスナップ音が寒空に響く。そう、こんな喧噪のなかふつうならば聞こえないであろうはずの小さな音が響いたのだ。
そこで三人は戦慄する。なぜなら、街中の人間のすべてが立ち止まり、その人間一人一人全員がアユミ達を見つめたまま動かなくなったのだから。音が、消えたのだ。流れていた音楽、車のエンジン音、人々の喧騒が突如として死んだ。
「The party has begun♪」
三人の目の前にあったのは、満面の笑みを浮かべてそう語るメリッサの姿であった。