III:やりのはしら
単刀直入に言えば、やりのはしらには何もなかった。いや、何もなくなったと言ったほうが正しいのかもしれない。それもそのはず、すでにロケット団によって調査のなにもかもが終わった後だったのだ。
スズナの協力をなんとか得ることができたアユミ達ではあるが、その結果が手遅れであったとなるともう立ちすくむことしかできなかった。
「してやられた、か」
「まあわかっていたことだけれどね」
ここまで必死こいて運んできてくれたユキノオーの介抱をスズナがやっているのを後ろに、アユミとキリンはやりのはしらの神殿でそう口にする。
「にしても、こりゃひどいな」
「そうだね」
「予測通りってか?」
「いや、予想外だよ」
神殿内は阿鼻叫喚と化していた。二人が目の前にしているのは数十にも及ぶポケモン達とトレーナー達、いやロケット団員と言ったほうがいいだろう、が転がって動かない光景が広がっている。
調べなくとも、彼らがすでに息絶えているのは一目瞭然であった。
「なにが起きたんだ、一体?」
「踏むべき手順を誤ったか、それとも……」
アユミは入手した情報を今一度思い出していた。
「レジギガスの時みたいに、伝説と呼ばれるポケモンとの接触には準備が必要なのだよ」
「ああ、あのレジアイス待ってたみたいなことか?」
「そうだね。そして恐らく彼らは言われた通りにやったのだろうね」
「じゃあなんで……」
「そう、仕向けられた」
「は?」
恐らくは命令通りに彼らは作戦を遂行し、その結果こういった結末を迎えたのだろうとアユミは踏んでいた。
「彼らでは伝説を従えるには小さすぎたんだ」
「は?」
「あれを見てみたまえ」
アユミが指差す先にあったのは、場違いにもきれいに輝いているなにかの破片であった。キリンが目を凝らしてみてみれば、それは玉砕したであろうなにか。それらは青と白の美しい煌めきを魅せていた。
「なんだありゃ?」
「金剛珠と白珠だろうね」
「こんご、あ?」
「金剛珠と白珠、だよ。ここに眠っているディアルガとパルキアを呼び起こす為に必要な道具だ」
「ほ〜」
そしてアユミはサカキという男の存在が更に拍車をかけて理解できなくなっていった。なぜならサカキともあろう男が、失敗するとわかっているような作戦を部下に命令させたということになるからだ。
「サカキが一人ここに訪れていたのなら、こうはなっていなかったのだろうに」
「おいおいアユミ、何言って」
「つまり、彼らは捨て駒ということさ。こんなに大勢の正規ロケット団員を投入してのね」
キリンの目からでも、ここでやられてしまっているポケモンのレベルは並大抵のものではないことがわかった。キッサキ神殿で相手にしたのとは違う、さらに熟練されたトレーナー達にキリンは冷や汗を浮かべざるを得なかった。
そしてこの時点でアユミにはなぜサトシがこちらではなく、キッサキ神殿へと向かったのかわかった気がした。なぜなら、サトシものトレーナーであるなら、ディアルガやパルキアを捕まえることは容易であっただろう。だが、それをしなかった
のは、サトシを使っている人物がこうなることを予想していたから……としか結論することしかできない。
しかし、誰が?
まさかキッサキ神殿での顛末もサカキは仕組んでいたことなのか?
いや、だとしたらレジギガスを復活させることすらさせなかったのではないか?
様々な謎が謎を呼び、アユミはしばし自身に問答するのであった。情報はあったとしても、それらは断片的であり、情報とされない人の思惑は予想できても掌握することはできない。
「しかし、どうするんだこれから。あのおっさんとの待ち合わせはここだろ?」
「まあここでじっとしてる訳にはいかないからね」
「じゃあ、どうすんだ?」
「言っただろう、私たちができることはポケモンリーグへの挑戦だってね」
「おいおい、まさか」
アユミはそこでユキノオーをボールへとしまうスズナの方へ体を向け、すたすたと歩み寄っていく。
「ど、どうしたの、アユミちゃん?」
年下であるにもかかわらず、ここまで連れられてきた経緯からなぜか頭があがらないジムリーダーのスズナであった。若干の怖気が彼女の言動から見え隠れしている。
「君は曲がりなりにもキッサキジムのジムリーダーなんだろう?」
「そ、そうだよ。スズナはキッサキのジムリーダー、氷タイプ使いさ!」
「なら私たちにジムバッジを譲ってもらおうか」
「ほぇ?」
アユミのいきなりの要求に、スズナは面喰う。それはつまりジム戦なしに、ということをアユミが物語っていることをスズナは直感で感づいたのだ。
「え、え、え、でも、ジム戦もなしに……」
「君があそこにいたということはロケット団に神殿内部まで案内させられて、彼らの目的を知って阻止しようとして、無様にも返り討ちにあったのだろう?」
「う……。ど、どうして、それを………」
「激情に任せて行動するような人間の考えることは手に取るようにわかるさ」
と、アユミは目前のスズナと、後ろに控えているキリンが同種の人間であることに若干頭を悩ませる。しかし、スズナがジムリーダーということは大きなアドバンテージになる。それゆえにアユミは彼女を同行させた。
「ジム戦をすると言っても、もう君にそんな資格はないのだろう?」
「そ、そりゃ、そうかもだけど……」
「なら私たちがさっき話した野望の手伝いをしてみる気はないかい?」
「え?」
そう、スズナを仲間にすることにできれば戦力は大幅にあがる。なにより、タイプ的にも戦闘時のアユミの持てるゆとりが広がる。
「おいおい、ジムリーダーと行動するのかよ?」
「不服かいキリン? 大丈夫さ、彼女は裏切らないよ」
「いや、そういう心配はしてねーけど、お前はそれで大丈夫なのか?」
キリンのその言葉に、アユミは苦い記憶を思い出すも静かに押し戻す。
「心配いらないよ。私は大丈夫さ」
「そうか。なら、よろしくなスズナさん」
スズナの返答待たずしてキリンはそう手を差し伸べる。それはスズナに拒否権を与えないようにとのキリンの判断にも見えるが、あいにくキリンにそのような頭は持ち合わせてはいない。
しかしながらキリンのような体躯の良い人間に、そう迫られればそう勘違いするのも止む無し。凄みに負けた元気印が売りのスズナは萎縮しながら、その手を握るのであった。
「は、はい……。こち、こちらこそよろしくです」
「まあなにはともあれ、君も話には聞いているんだろう?」
「え、な、なにが?」
「ジムリーダー達が次々と謎の死を遂げていることを」
「そ、それは……」
そこでアユミは件の人物が自分たちであることを説明した上で、ジムリーダー達がどういった最期を迎えたのか、知っている限りのことを話したのだった。
そして彼女たちが今までに集めたバッジについても。
「そんなことになってたなんて……」
「そこで教えてもらいたいんだ。君たちジムリーダーがどういう風に、この新しい制約について説明されたのかを」
文字であげられた命令書だけではジムリーダー達がどう感じ、受け取ったのかまではわからない。これまで会ったジムリーダー達は全員が全員なにかを悟ったかのような印象を今まで彼らは受けてきた。そしてスズナにしても、そういった心情で
あったからこそロケット団に立ち向かったのであろうとアユミは予想したのだ。
「スズナは、最初は冗談だと思ってた。詳しくは知らないけど、サカキっていう人のことはシルフカンパニーの社長だってことは知ってたし、あんな地位にいるくらいなんだから、その人なりのジョークなんだって」
地面を見つめながら、ゆっくりとだがスズナは語りだした。
「でも、トウガンさんが亡くなったって聞いて、それではじめて戦慄を覚えた。それまではジムバッジが一つしか支給されなくなったから、取られたくない一心でやってたし、それにそもそもキッサキにジム挑戦にくるトレーナーも少なかったし…
…」
キッサキシティはシンオウの中でも寒さの厳しい場所にあるために、挑戦しにくるトレーナーは極一握りでしかない。それに加え、大体最後の事務として挑戦しにくる為、挑戦者の質は高いのだがそれでもスズナは今まで一敗もしたことがない。
そういった要素もあるからこそアユミはスズナをここまで連れまわしたのだ。組織に殺されてしまうには惜しい人材、と言ってしまえば他のジムリーダーには失礼かもしれないが、それがアユミの持つ価値観なのであった。
「だからこのまま恐怖で縛られるなら、あいつらに立ち向かおうって。しかもあんな恐ろしいことを企てていたなんて、知らなかったから……」
「それはレジギガスのことかい?」
「そう」
「そうか、大変だったねスズナ」
アユミは本心からその言葉をスズナへと送り、キリンの持っていた鞄から数種類の道具を取り出す。
「とりあえずこれで応急処置をしよう」
出されるのはすごい傷薬や元気の塊など、高級道具ばかり。ピーピーマックスなどもそろっており、これだけあるならばポケモンセンターなどに行かずと十分なポケモン達の回復が行える。それらはコツコツと資金を調達しながら買い揃えていた
ものであった。
「いいのかい、使って?」
「ああ、構わない。それに今から始まるのは激闘だ、備えておかないとね」
「激闘?」
キリンの疑問にアユミは一直線にキッサキ神殿を見つめて応える。
「でもディアルガやパルキアはもういないんじゃ」
「二体がいなくても、まだもう一体いるのだよ」
「もう、一体?」
アユミが感じていたのはこの神殿の状況にあった。ディアルガとパルキアを呼び出す時に必要とされる祭壇は、きちんと残っている。それはまるで、ここへと訪れた人間が次に呼ぶポケモンがなにかを示しているかのように。
ロケット団の命令書にはディアルガとパルキアの二体の名前しかなかった。だが、アユミはここまで読んできた文献でもう一体、ディアルガやパルキアに並ぶポケモンの名とそれが住まう世界の存在を知っていた。
そう、ギラティナと呼ばれるポケモンが住むといわれている世界。破れた世界だ。
その入り口がここであることをアユミは知識として覚えていた。そして、いざなわれるようにしてこの場所へ来たことも。そう、この時点でアユミの中でこの顛末の黒幕の正体が段々と見えてきていた。だからこそ、彼女はその目でギラティナと
出会いたかった。
なぜなら、ギラティナが住むとされている破れた世界、もしくは反転世界と呼ばれる場所は、アユミの父親が彼女を孤児院に預けた時に一緒に置いて行った本の内容が記していた場所であったからだ。