VIII:ヤマブキシティ
セキチクシティへと向かう19番水道に差し掛かった私たちは、街へと入ってからの計画について話し合うこととなった。
「舵はいいにょろか?」
「オートだ、問題ない」
カナを起こして、私たち四人は面と向き合って、レイハちゃんから切り出される作戦へと意識を集中する。
「陸にあがったら、すぐさまヤマブキシティまで行かなきゃならんにょろ」
「だがよ、飛行ポケモンがいなきゃどうしようもないだろ」
ガイさんの言うとおり、セキチクシティからヤマブキシティに入るまでには少なくとも違う街を経由しなければならない。タマムシシティか、クチバシティ、あるいはシオンタウンかを通らなければヤマブキシティへとは入れない。
でもヤマブキシティへと入る時にはそもそも関所を通らないといけない。私たちのことはすでに知らされているようだから、正攻法では入れる余地がないのも明らか。
「確かに陸路でヤマブキに入るには半日はかかるかもしれないにょ。それにレイハ達に使える飛行タイプのポケモンはいない」
レイハちゃんはおもむろにタウンマップを取り出して、私たちはあることに気が付く。
「陸路の整備は、全国の中でもこのカントーは雑な部分があるにょ。そしてここが、狙い目にょろね」
指で示された場所、それはクチバシティの湾港より少し北にあがった部分。そう、ディグダの穴が一直線に伸びている部分だった。
「つまり、セキチクにはいかないってこと?」
「いつだれがセキチクに用があるって言ったにょ」
てっきり陸路を行くと思っていた私は、そこで言葉を失った。でも考えてみればわかったことだ。
「クチバ湾から、一気にディグダの穴でヤマブキへのショートカットをはかるにょろ」
「また、どえらい作戦だな。とりあえず最短距離選んでみましたってことじゃねーか」
「それでいいにょろ。それにレイハの予感だと、ヤマブキはレイハ達にかまっているほど暇じゃないはずにょ」
「どういうことだ、そりゃ?」
「それはカナが知ってるはずにょろ」
私たち三人は一斉にカナの方へと見向く。するとカナは真剣な表情で、ゆっくりと口を開いた。
「ヤマブキシティは……近い内に無くなっちゃう」
「は?」
「え?」
「……そこまでにょろか」
カナは恐らく夢でみた内容を語っているだけにすぎないのだろう。でもカナ自身がとても信じられないといったような口調で宣言していた。それは聞いている私たちにとっても同じだった。
「なにか、巨大ななにかが、ヤマブキの街を破滅させる。あの大きなシルフカンパニーをも……」
「無くなるって言うの?!」
信じられなかった。
でも、それは良いことなのかな? ロケット団の本拠地が壊滅するんだったら、見過ごしても……。
ううん、そんなわけない。それにどれくらいの人が巻き込まれるのかわかったもんじゃない。
「おいおい、マジかよ」
「想像以上にょろね」
ガイさんとレイハちゃんも二人揃って頭を抱える。そりゃそうだよ、ヤマブキシティが無くなるだなんて信じられるわけがない。カントー地方の大都市が、無くなるだなんて。
「でもそれだけじゃ終わらない、そんな気がする」
カナはそう言い終わって、しばらくの間は沈黙だけが流れた。
「どっちみち、レイハ達には退路も逃げ道もないにょろ」
一拍置いて、「だから、行くしかないにょ」とレイハちゃんは告げた。
そして私たち三人は静かに頷いた。そう、私たちにはもうこうするしかない。こうするしかないんだ。
そうこうして私たちはクチバシティの湾港で船を乗り捨てて、ディグダの穴へと駆けこんだ。
「ディグダの穴に、まさか来るはめになるとはな」
「グダグダ言ってないでとっとと掘るにょろ」
「へいへい。頼むぞお前ら」
なんでもここは昔、整備不備で一回土砂崩れが起きたことがあったらしい。その原因はディグダ達が増えすぎて、新たに掘り進めたところ、地盤が緩くなった為のようだ。
今は工事もされて、ちょっとやそっとではびくともしない頑丈な補強がされたと聞いている。でも、こんなのは予想もしていないだろう。
だって、今ガイさんがやっていることは大量のディグダやダグトリオを捕まえて、強制的にヤマブキの方まで穴を開孔しているのだから。順調に掘り進められていく地下空洞を、レイハちゃんはしっかりとポケギアで方角と距離を計算しながらガイさんに指示を出していた。
「大丈夫、ルカちゃん?」
「え、なんで?」
「だって、なんか、力んでいるっていうか」
「私が?」
力んでいる。そう言われて、私ははじめて自分の体が硬直気味だったことに気づく。自然と力の入った拳に、姿勢もまえのめりになりつつあって、そしてなにより緊張しているせいで変な汗が首元を伝っていた。かすかにだけど、ずっと震えていたのかもしれない。
なんやかんやで肝の据わっているカナには、そんな風に見えたのかな。
「リラックスだよ、ルカちゃん」
「カナは、強いね」
「あんなことがあったから、かな。それに今はルカちゃんと一緒だから」
「カナは強いよ」
あんなこと、と一言で言えてしまうカナは本当に成長したと思う。それに比べて私は、なにかを成し遂げたと自信たっぷりに言えることがあるんだろうか?
こんなとこまで来て、改めてそう思うようになった。
いろんな人には会ってはきたけど、その人達との関わりは短くて浅いものばかりだ。会っては別れての繰り返し。なにかを誰かの為にできたことはあるんだろうか?
「どうしたの?」
「うん、ちょっとね。私はここまでなにをしてこれたかな、って思っちゃって」
「……なに言ってるの」
「え?」
カナが一旦足を止めて、そうつぶやいた。私はカナを見つめて、ただただ聞き返すことしかできなかった。
「ルカちゃんは私の命の恩人なんだよ?」
そう涙目に語尾を強めたカナに、私はハッとした。そしてまた考えなしに失言してしまったことを後悔する。
「また自分が何もできない人間みたいに言ったら、許さないから」
「ごめんなさい」
「わかればいいんだよ」
「え、えへへ」
カナは私に自信を持ってもいいと言ってくれる。でもカナこそ私の命の恩人なんだよ。でもあえてそれは言わない。言ったらきっと、またカナに叱られそうな気がしたから。それにきっと、私たちの立場が逆だったとしても同じような口論に陥るだろうから。
だから私は胸を張って言える。
私は友人を救ったって。世界がどうなったって、カナとは一緒にいるんだって。
「よし、着いたぞ」
「すっかり暗くなってるにょろね」
どこかの廃棄場にでも出たのか、私たちはヤマブキシティのベッドタウンへとたどり着いていた。ガイさんが、ここまで掘り進めてくれたポケモン達を逃がしているのを横目に、私は遠くにそびえるシルフカンパニー社を望む。
今日はきれいな満月だった。それゆえにシルフカンパニー社のシルエットが余計際立って見えた。
いろいろありすぎて、昨日せっかくとった休息も、今では消費しつくしてしまった。なにより不法な穴掘りのおかげで、服は埃まみれだ。
辺りを見回すと、とても最新鋭都市の一部とは思えないほどに土地も建物も荒廃してしまっている光景が広がる。まあ出てくるにはうってつけの場所なんだろうけど、いくらなんでも可憐な乙女が訪れるようなとこではない。
「こっちにょ」
レイハちゃんが少し駆け足気味になって、私たちを先導してくれる。どこへ向かっているのかはわからないけど、ここから出られるのならどこだってよかった。
「リザード、あのフェンスを頼む」
「リザ」
遠くに見えてくる高いフェンスへとガイさんはリザードを呼び出して、そう命令する。するとリザードは一目散にフェンスへと飛び掛かり、その強靭な爪を使って人が通れるほどの穴を切り開ける。
「静かにょろね」
市街地の方へと距離を縮める一方、その異常に私も気が付いていた。普段なら、行きかう人の足音や声がにぎやかな時間のはずだ。なのに、ヤマブキシティに入った所ではビルや建物の光は灯っていても人の気配が感じられなかった。
「もしかして、カナが言っていたことの予兆か?」
不吉そうにガイさんは推測する。しかしカナは首を横に振って、付け加える。
「夢で見たとき、街は混乱の渦に巻き込まれているようでした。音、という認識はないですけど、静かな感じではなかったです」
じゃあ、一体何が起こってるんだろう? もしかしたら、何も起こっていない。ただ、それだけなのかもしれない。
「とりあえず、行先は決まってるにょろ」
「どこ?」
私がそう聞くと、レイハちゃんはただ一方を見据えて指を差す。
「シルフカンパニーと、その地下研究棟にょ」
「ちか、けんきゅうとう……」
その響きに私もカナも息を飲む。短い期間ではあったけど、私とカナはロケット団に所属し、本拠地がどういった構造をしているのかを知っている。もちろん地下研究棟には用事も何もなかったけど、誰かいるくらいかは知っている。
そう、オーキド博士だ。
マサラの悲劇の引き金となった張本人。でも、このことに首を突っ込めば突っ込むほどに謎は深まっていった。それはオーキド博士本人に対しても同じことが言える。あの人が地下で一体なんの研究をしているのか、あまり詳しくはしらない。でもサント・アンヌ号を襲撃した水ポケモン達やサカキ リョウが保持していた人工的につくられたポケモンを生み出したキッカケとなったのはオーキド博士であることはレイハちゃんから教えてもらった。
もちろんサカキにも会わなければならない、けどそれ以上に私は……私たちは、マサラの悲劇の真相が知りたかった。
「緊急連絡用通路は、使えるにょろね?」
「おそらくな。とりあえず急ぐしかないぞ」
きっとIDの類はまだ生きているんだろうけど、使えば即刻ばれるのは目に見えている。でも進むしかない。
ビル群の中に形成される小路地の中には、他の建物と通じる地下への入り口が存在する。だから路地裏に普段入らない人間が頻繁に誰かの影を見たりするのは、これが原因だとヤマブキでは実(まこと)しやかに噂されている。
そして私たちは街が静かな理由を、路地から路地へと移動している時に理解するのであった。それは中心街へと進むにつれて静けさが無くなり、騒がしくなりはじめたのだった。
街中を駆け抜けている時、私は傍目に巨大な真っ黒いシルエットが道路の真ん中で佇んでいるのを確認した。あれを中心に人が集まっているのだ。サイレンはなくとも、赤いランプがチカチカと路上を照らし、たくさんの人がカメラやポケギアを掲げては写真を撮っていた。
あれは、なに?
胸中でざわめく嫌な想いを吹っ切るように、私は三人の背中を追って、裏道へと消えるのであった。
第二十章:完