「裏」:正面衝突
マサラタウン上空に、ツワブキ ダイゴはいた。レックウザを従え、ダイゴがマサラへと来た理由は一つ。そう、オーキド研究所である。
しかし彼の目的であった研究所地下室は、先にルカ達によって見つかってしまった。だがダイゴ本人にそれを知る由もなく、ただ予期していた相手を見据えて地上を注視していた。
そう、噂に聞いていたサカキの息子であるリョウの姿である。彼が連れている白色のポケモンについても、ダイゴは知り得ていた。
「あれが、ミュウツーか。なるほど、とんだものを生み出したもんだ」
しかし彼が以前まで抱いていた焦燥感はどこかへと消え去っていた。レックウザとレジギガスを手に入れたことによって、今のダイゴが恐るるものなどなにもない。
かつて奪われてしまった彼の野望。それを成就する為の駒は揃っていたのだ。
彼が合流したジョウト地方の各ジムリーダー達五人であるハヤト、マツバ、ミカン、シジマ、イブキは、それぞれにカントー地方に潜入している。彼らの役目はジムの制覇にある。ジムリーダーがジムに挑む、それは馬鹿げたように聞こえるかもしれない。
だが、ダイゴにはバッジが必要だった。それも、自分が以前管理していたのではなく、サカキの新体制の下で採用された一つきりのバッジがだ。それは裏切ったカントーの面々と共通しているが、今回の狙いはジムリーダーが直接バッジを狙う点にある。ジムリーダー達が消え、ジムバッジを狙う、それによる国民への不安感をサカキの統制体制へと向けることが狙い。地方毎で戦術を変えることで、一貫性を無くし、錯乱を起こす。
「レックウザ。挨拶変わりだ、【破壊光線】!」
この程度の技でミュウツーが倒せるとはダイゴも思ってはいない。そう、さきほどダイゴが目視した爆発……あれが、彼の知る【シャドーボール】だとしたら、あのミュウツーの力は恐ろしいものであるからだ。
ここマサラタウンはマサラの悲劇にてオーキド博士による極悪な実験が発覚すると共に、とある組織によってある人物が殺された。その人物の名は公開されておらず、そのようなことがあったのも闇に葬られたままである。
だが、知っている者は知っている。あの時の事件に通じている者が誰であるかを。それを確かめるべくしてダイゴはここに来た。
咆哮と共に一条の閃光が放たれ、一直線に地上のミュウツーへと向かう。ミュウツーの従者が何か指示を出したのだろう、暗黒に染まった負のオーラが突如として展開されて【破壊光線】を拡散する。
「なるほどな。エアームド!」
「エアァアァ!」
ダイゴは自身の誇るポケモンを、ボールから呼び出す。触れただけで指が切れてしまいそうな程に磨きあげられた自慢の鋼の翼が、陽光を浴びて鋭く輝いている。空中にて留まる為に鳴らされる翼の音は、豪快でいて空気を切り裂く音が耳に残る。
「このボールを持って、ヤマブキシティで落としてくれ」
「エア!」
そう言ってダイゴがエアームドに渡したボールの中身に眠っているのはレジギガス。指示を受け取り、クチバシを開いたエアームドはボールを加えて勢い良く飛び出す。
「さて、俺も久しぶりのバトルといこうか。レックウザ、地上に降りるぞ」
体を震撼させるほどの重低音がレックウザの口中から響きわたる。
その巨体をうねらせて、レックウザは己の獲物の前に降り立つ。地上に近づくにつれ、ダイゴはミュウツーが破壊したであろう家屋にいる人間の姿を目にする。
ミツルが収拾してくれていたデータバンクに入っていた、ロケット団幹部のレイハがそこにはいた。しかし同じ場所にロケット団の幹部が二人いることは稀であるはずだ。
「ん?」
もしかしたらリョウはレイハの始末に来たのか、と一瞬勘繰ったダイゴだが、当のリョウ本人の表情を伺えばそのような可能性は無に帰した。
「やっぱりの! 待っとったでー、ツワブキ ダイゴ!! 最高のバトルをしなあかんけんな!」
「俺は俺の成すべきことを遂げる!」
リョウが両手にボールを握り、その全てを地面へと落とす。対するダイゴも同様にホルスターのホルダーを解除し、留められていたボールが膨らんでは落下していく。ダイゴはレックウザの体躯から飛び降り、リョウと対峙する。
リョウ側に現れたのはドサイドン、サンドパン、プテラの三体に加えてのミュウツー。
ダイゴ側に現れたのはメタグロス、ネンドール、ボスゴドラの三体に加えてのレックウザ。
タイプの相性から言えば、五分と五分となるだろうか。そして勝敗の鍵を握るのは、お互いの切り札であるポケモンになることは疑いようの無い事実である。
両者のポケモンが自身の敵対する相手と睨み合う。まるでこれから行われるであろう激戦を楽しみにしているかのようにして、不敵に笑みを浮かべているようにも見える。
リョウとダイゴはお互い、口早に指示を自分達のポケモンへと出していた。もはやバトルという協会が定めた形式にとらわれない死闘。一瞬の油断が許されない戦闘において両者が考えることもまた同じ。
自身もバトルの駒となるときに、いちいち自分のポケモンに指示を出すことは難しいのだ。
そして一番最初に動き出したのはリョウだった。
ミュウツーの不可視な波動が空を裂き、つむじ風を生み出しながらダイゴの首元を狙う。しかしそれを予知していたのか、ネンドールが間に割って入って【光の壁】と【コスモパワー】を同時展開する。淡い光を放つネンドールに、しかし今度は容赦なくサンドパンが飛びかかり、【切り裂く】が繰り出される。
ダメージは多く食らわなくとも、攻撃の勢いで弾き飛ばされるネンドールは、地面へとぶつかる。しかしネンドールが守っていたダイゴの姿はなく、変わりに出現したボスゴドラの強烈な一振りの【アイアンテール】がサンドパンへと炸裂する。サンドパンは受身を取りながら地面の中へと消え、すぐさまドサイドンの【アームハンマー】が、容赦なくボスゴドラを横から襲う。
メタグロスは【バレットパンチ】にてミュウツーを狙いにいき、それに呼応するかのように、プテラが【炎の牙】を突進してくる敵へと向ける。その間にレックウザが真上からミュウツーの頭部を噛みちぎろうと襲来するが、【テレポート】によりレックウザの猛攻がかわされると、そのまま手に生み出した念動力をミュウツーがレックウザの顔面へと叩き込む。
悲鳴を上げるレックウザだが、その巨体を繊細な動きで捻って尻尾による殴打をミュウツーへと食らわせる。
「はっはっはー! ええが、ええが!!」
ダイゴの居場所を自身の能力で直感的に知りえるリョウは、一目散に敵の懐まで潜り込んでくる。起き上がろうとするネンドールの【シャドーボール】を体を飛翔させて避け、そのままネンドールの頭部を踏み台に更なる加速をつける。右手を背後へと隠し、目標のダイゴへと全力で振り切った拳をぶつけにいく。
「その程度で俺を倒せると、思うな!」
リョウの繰り出した右拳にはいつの間にか岩石が装着されていた。その衝撃をダイゴはクロスさせた自身の両腕で受け止める。普通ならばダイゴの両腕が骨ごと粉砕されてもおかしくはないが、彼は不敵な笑みを浮かべて完璧に攻撃を防いでいた。そう、ダイゴの両腕にもなにかがはめられていた。それは青色に輝く、二体のダンバルであった。
「まだまだぁ!」
そしてリョウの手にがっしりと付いていたのはイシツブテ。しかしリョウはそのイシツブテを殴った勢いと共に投擲する。するとダイゴに向かって放たれたイシツブテは瞬時に発光し、それは巨大な爆発音と化す。そう、【自爆】だ。
「もう一発!」
今度は左手についたイシツブテを構えたまま、リョウは爆発によって巻き上がった砂塵の中へと突っ込んでいく。その右腕にボスゴドラがプテラに放った【雷】の熱が横切り、火傷を負ってしまうも脚を休めることはなかった。
対するダイゴは予想外ではあったが、かろうじて死傷はまぬがれた。だが爆発による影響で腕と腹の皮膚が火傷を負う。その部分が麻痺してしまい、外気に触れることで更に痛みを増しはじめるが、ダイゴは次に来るであろうリョウの猛追を危惧し、ダンバルを腕から投擲する。ボスゴドラの放った【雷】によって強い磁場の形成された方向へと、ダンバル達を並んで飛ばしたのだ。まるでレールガンのように。
強い力で引き合って反発し、高加速化されたダンバル二体が捉えたのはリョウの右腕。一体100kgという弾丸は確実に肉を抉りにかかるも、リョウの腕に致命的なダメージを負わせることはできなかった。
「ぐっ!?」
高速で自分に迫る影を目視したリョウは体を反転させ、左手を前に突き出すことでダンバルからの直接攻撃をイシツブテによって免れることはできた。だが、その衝撃は凄まじく、後退する為に距離を置くしかなかった。
それを狙い、プテラと交戦していたメタグロスが後ろ脚でリョウの胴体を振り払いにかかる。しかし、穴を彫りチャンスを伺っていたサンドパンが地中から飛び出して攻撃を仕掛ける。自分の真下から繰り出された【爆裂パンチ】によりバランスを崩したメタグロスは、今度はプテラからの【炎の牙】による追撃をもろにくらって苦悶の雄叫びを上げる。
「ダンバル!」
レールガンの如く発射されたダンバルは、主人の呼び声に応じて戻ろうとするも、今度はミュウツーにより磁場を操作されてしまい、その場から動けなくなる。そして左手で作りだした【十万ボルト】の塊の中へダンバルをツッコミ、彼らの体を駆け巡る磁場を狂わす。
まるで内部から崩壊されるかのように、ダンバル達は逃げられることもなく体を激しく震わして絶叫する。しかしそんな仲間の姿を許すことなくネンドールが【サイコキネシス】による力でどうにかダンバル達二体をミュウツーから解き放つことに成功する。そして味方がクリアになったところに、レックウザが【龍の波動】を上空より解き放つ。
「おおっとぉ!」
リョウは軽やかなステップでボスコドラより射出された【冷凍ビーム】をよけると共に、ミュウツーの裏へと隠れる。ミュウツーは両腕をレックウザの攻撃へと突き出し、【バリアー】を張る。それは己のみならず、自分側のポケモンにも展開され、容赦の無い空からの攻撃を諸共せずに戦闘は続けられる。
ここぞとばかりにボスゴドラ、ネンドール、そしてメタグロスの【破壊光線】がそれぞれのポケモンへと追加攻撃を仕掛ける。その間に、ダイゴは羽織っていたシャツを裂いて、これ以上の出血を抑えるべく患部を巻いて締める。リョウも打撲を受けて内出血しはじめた腕を気にして、持っていた木の実を潰して押し当て、残りを口へと放り込む。
「ゾクゾクするわー。もっと、もっとだけえ!」
リョウは狂喜に満ちた嬌声を上げ、辺り一体を焼き消さんとする光線の中を疾走する。ミュウツーにより体を守る【バリアー】が張られているとはいえ、閃光が生み出す大量の熱によるダメージは少なくない。
「ダイゴぉ!!」
「くっ! サカキ リョウ!」
ミュウツーの背後より飛び出したリョウの両手に、今度はゴローニャが二体くっついており、それを大きく振りかぶって投擲する。
対するダイゴの回りには十数体のテッシードが展開しており、そして次の瞬間、お互いの新たに展開したポケモン同士がぶつかり合う。
テッシード達の体からは無数の刺が噴出し、ゴローニャは自身を生贄に殺人級の爆弾と化す。
鳴り響く轟音の中、後方へと吹き飛ばされるダイゴと【バリアー】を貫通した刺がリョウを襲い、吹き飛ばされる。
互いの肉体とポケモンがしのぎを削り、繰り広げられる死闘はしかし、まだ始まったばかりだ。