VI:襲来者
だったら、私たちはどうしたらいいの? サカキがいなくなれば、また国は窮地に追い込まれるのに、どうやってサカキの野望を止めればいいの?
「レイハ達がしなければならないことは、サカキ様の野望を阻止することだけ。それでおいて、この国の統治を続けてもらわなければならないにょろ」
うん、それはわかるよレイハちゃん。そしてそれがとてつもなく難しいってことも。
「まあ手っ取り早いのは、サカキをぶん殴って言うことを聞かせるってことだ」
「む、無茶言うんですね、ガイさんって……」
さすがの私もガイさんの、その一言には黙ってはいられなかった。
「まあな。だけどな、これしかねえんだよ」
「気に食わないけど、ガイの言う通りにょろ。それに、カナの話が本当だとして、ガイの話も合わせると……世界は大変なことになるにょろ」
カナの話とはきっと、サカキが私たちにした話のことだと思う。サカキは世界の変革を望まず、求めているのが力と優しさだと言った。そしてその言葉をレイハちゃんは知っていた。
「サカキ様が出した現段階の作戦名が、それだにょ。Power and Grace……力と優しさ、それを行使することで世界の安定を望む。それは、すなわち異分子の排除にょろ」
異分子? 異分子って、それは……。
「でも、なんだっていうの? だったらサカキはこのままでいいじゃん? なんで、私たちは……」
混乱してきて、なにがなんだかわからなくなってきた。だったら真の敵は誰だっていうの? 私たちは何と戦わないといけないの?
「お前が混乱するのもわかる。実際俺にも全てが把握できたわけじゃねえが、ややこしくなるのはここからだ。俺たちを各地方にばらまかせたミュウが、八柱力を求めている」
ミュウ?
「あいつがなにを望んでやっているかはわからねえが、話を聞いている分だと……もう一度イニシャルインシデントを起こしたがっている。サカキへの嫌がらせの為だとか言ってな」
ミュウって、あの伝説だか幻だかのポケモンだよね? なんで、ガイさんはミュウと一緒にいるみたいなこと言ってるの?
「サカキ様がなにをやりたいかを知る為にも会わなければならないにょろ。それができるのは今のタイミングしかないということにょろ」
また言いくるめられそうな気がしてならない。でも、やるしかないのかもしれない。
そしてガイさんの言葉で一つ合点がいった。サカキが話していた、変革を求める者はミュウである可能性が高いということ。そしてサカキはそれをさせたくない。
「それじゃ、もう一度研究所に行ってヤマブキに戻るにょろよ。ガイ、車!」
「へいへい」
私はカナと顔を見合わせて頷きあう。わからないことは多いけど、だからこそわかりたいと思う気持ちは大きくなる。宿舎のマスターにお礼を言った後、私とカナが外へと出ようとしたとき目の前の大きな背中に阻まれる。
「……ガイさん?」
「静かにしろ」
「え?」
扉のノブに手をつけたガイさんがゆっくりと後退していく。隣りにいたレイハちゃんも同様に、ゆっくりゆっくりと扉から距離を取り始める。その表情は真剣そのもので、雰囲気が一変した。
すると二階の方から一匹のニョロトノが素早い動きでレイハちゃんのところまでやってくる。その動きに音はなく、とてもスムーズだ。
「やられたにょろね」
「……おいおい、マジかよ」
レイハちゃんとガイさんは額に冷や汗をかきはじめていた。一体扉の向こう側にはなにがあるというんだろう? 熟練なトレーナーだからこそわかる特殊な感覚があるんだろうか。
二人からの指示が来るまで何もできない私は、ただじっと様子を伺うしかなかった。
「ルカ、カナ、お前たちは裏口から車に乗り込んどくにょ」
「鍵だ」
前のほうに意識を集中させながらレイハちゃんがそう言ってきて、ガイさんが鍵を放り投げてくる。
「え? ふ、二人は?」
私の呼び掛けに二人は反応してくれず、それの意図がわかったようにカナが私を引っ張って裏口のほうへと向かわせる。
「ルカちゃん、とりあえず言う通りにしよう」
「う、うん……」
マスターは何くわぬ表情で私たちを裏口へと案内してくれる。このマスターさんって一体なにものなんだろう? 妙に落ち着いているのはわかるけど、それでも変に感じてしまう。
ガイさんが道中で調達したと言っていたバンに乗り込んだ私とカナは、静かに後部座席で待つ。しかし静寂がただ過ぎるだけで、なにかがあるのかな? と、考えた時に事は起きた。
鼓膜がはじけてしまうかと思ってしまうくらいの衝撃音と共に、横殴りの衝撃波がバンを襲って危うく傾きかけてしまう。最初は、その音源がどこかはわからなかったけど、今ならわかる。レイハちゃんとガイさんが見つめていた扉の向こう。そこから衝撃が伝わってきている。
「きゃっ!?」
「ルカちゃん、捕まって!」
「え、ちょっとカナ?!」
なんとカナは身を乗り出して、運転席へと移動していた。ま、待って、カナ! 運転するつもりなの?!
「運転できるの、カナ?!」
「ううん!」
そ、そんな自信満々に!?
「でも、わかったも。ここを、夢で見たのを覚えてる!」
「だ、だからって!」
カナの見る夢の順番は、今のところランダムで断片的なものが多いみたい。しっかりと覚えているようなものは、カナが繰り返し昏睡状態にあった時のものだけ。それ以降に見た夢は、本当に予知かどうかもわからないと本人は言っていた。
デジャビュって言葉があるけど、その感覚に頼るしかないみたい。
制止するも叶わず、カナは鍵をぐっと強く回してアクセルを踏む。急に発進するバンの座席におもいっきり引き寄せられて、私は声を上げることしかできない。
窓から宿舎の屋根を望めば、さっきの衝撃の影響なのか、白煙が立ち上がっていた。な、なになに、どうなってるの?!
勢い良くハンドルを切って、表側へと回る車体は、いくらなんでも初心者の操縦とは思えないほどに的確なコーナリングをしていた。カナ、すごっ。って、今はそこじゃなくて!
「ルカちゃん、しっかり捕まってて!」
「え!?」
そんな私の目に映ったのは懐かしい顔だった。あれからさほどの時は経っていないけど、すごく久しぶりに拝んだ顔。そう、リョウさんの……ううん、サカキ リョウの姿がそこにあった。
でもそれを視界に捉えた瞬間、車体は大きく左へと傾いた。それがポケモンの技によるものだということに気づくのに数秒かかったけど、なんとか目の前のカナの座る座席にしがみついていたおかげで体は無事だった。
ひしゃげながら転がるバンの中で悲鳴を上げ、シートベルトの痕が残ってしまうほどに体に食い込んだけど、どうにか転がるのをやめたバンからそそくさと逃げ出すことには成功した。
「ルカちゃん、大丈夫?」
「あ、う、うん。それよりもどうなったの? それに、あれは……」
カナの方もエアバッグのおかげでさしたる外傷からはまぬがれたみたいだけど、お互いに視界の焦点がきちんと定まってはいない。でも、それでも、わかった。
前方にいるのがサカキ リョウであるということが。そして彼こそがカナをひどい目に合わせた張本人であるということも。
「助かったにょよ、二人とも」
「悪いな」
そして先程のポケモンからの攻撃をカナが身を挺して守ったのには、きっと夢でみたんだろう……埃まみれになったレイハちゃんとガイさんの姿があった。
そう、カナは建物の裏から飛び出すことによって襲来者の注意を引きつけた。それはきっとサカキ リョウのポケモンの視線に映り、標準がずれたことによってレイハちゃんとガイさんを救うことにつながったんだ。
「まさか、外からまるごと仕掛けてくるなんて思ってなかったにょ」
「ったく、やってくれるじゃねえか……ボンボン様はよお!」
サカキ リョウの横で太い尻尾を地面へと叩きつけているのは……ポケモン? うん、ポケモンなんだろう。人間に近いような体躯には、でも、人間とは異なる部位が存在していた。頭を支える二本の首らしきもの、三本指の両手、さっき言った独特な尻尾、それに頭の後方に突き出している角らしきもの。今まで見たことのないようなポケモンだ。
そして奇妙なことに、ポケモンの弱点を見抜ける私の能力が示していたのは、そのポケモンの体全体であった。どの部位も、弱点ってこと?
そんなはずはない。
だって今まで見てきたどんなポケモンも、同じ種族だとしても明らかに欠陥となっている体の部位が一箇所存在している。それは天性のもので、そうやすやすと無くなるものではない。でもこのポケモンからは致命的な部分が多過ぎる。ううん、多過ぎるっていうレベルじゃない。例えば指で一突きしたら風穴があいてしまうような程に、脆いのだ。
こんな感覚、初めて。
「気をつけるにょろよ二人共。あれはロケット団が密かに開発に成功させた、人工的につくりだしたポケモンにょ」
人工的、に? ま、まさか……!
「やあ久しぶりだが、ケンケンの妹」
普段と変わらぬ飄々とした態度。いままでどこにいたかは知らないけど、そんなに軽々しく私を呼ばないで欲しい。
「そして、久しぶりだな……ハナダの小娘」
「お久しぶりですリョウさん。今日という今日は、あなたを見逃すつもりはありません」
「面白いこと言うのー。そげなこと、できると思ってんか?」
「やってみせます」
カナとサカキ リョウの間で交わされる会話に私は違和感を覚える。二人は私の知らないところで会ったことがあるの? あのあとに?
「しかしおっかしーな。わが欲しがってたんは、お前たちやないにー」
「なんだと?」
ガイさんが低く唸る。
「わが求めとったんは、もっと強い奴や。わの【欲しがる】能力が示したのが、お前たちなわけないけん」
侮辱、されているのだ。リョウさんがなんでここにいるのかはわからないけど、何かを求めてここへとやってきたのだけはわかる。
「おっかしーの。だけんど、お前らでもええけん、相手になってやーよ」
「くっ!」
私たち四人が身構えて、手にボールを握る。直接見たわけじゃないけど、あのポケモンは相当強い。弱いけど、強い。
「ミュウツー、【シャドーボール】」
ミュウツー、というのがポケモンの名前なのかもしれない。ミュウツーは右手を突き出し、その球体のような三本の指の間にどんどんと闇に染まったエネルギーの弾が形成されていく。
今まで見てきた【シャドーボール】のどれよりも凄まじい威力を持っていることが、視認できる。あんなものを作り出せるようなポケモンを私は見たことがない。そもそも【シャドーボール】という技を見かけることが少ないからかもだけど、あの大きさは尋常じゃない。
「ルカ、カナ、下がって! ニョロトノ!!」
「ぜってぇ通すなよ! リザード!」
その時叫んだレイハちゃんは、ニョロ語を使わなかった。でも、そんなのは関係ないほどに、状況は生易しいものではない。
ニョロトノの【冷凍ビーム】とリザードの【火炎放射】がミュウツーの放たれた【シャドーボール】に直撃する。先ほど聞いた衝撃よりはるかに大規模な爆発が起こり、私の視界はすぐさま黒い爆風によって遮られ……衝撃によって立っていられなくなってしまう。
「きゃあ!」
吹き荒れる暴風のなすがままに私は地面へと叩きつけられる。鈍い痛みがお尻と背中を駆け巡り、痛みを抑えながら起き上がるも黒煙は依然として晴れない。
そしてその時、私の頭上から……全身が硬直してしまうほどに厳格で崇高な叫び声が鳴り響いた。