V:ハイアの役目
「これは、厄介なことになったにょろね」
下へ降りると、真剣な面持ちでテレビの画面を凝視しているレイハちゃんとガイさんの姿があった。
「そうだな。ジンも上手くやってるといいが」
ガイさんに連れられてマサラに来る時、ジンさんのことを聞き出した。なんでもモモさんはシンオウへ、ジンさんはホウエンへと行ったらしい。なんで三人がバラバラに行動しているのかを、ガイさんは口にしてはいなかったけどなんとなくわかるような気がした。
それはポケ人が言っていた、八柱力という単語が鍵を握っていると思うから。現にガイさんは、私に尋ねた……私が八柱力であるかどうかを。
でも、だからといって、決してガイさんは悪い人ではない(ようにみえる)し、すぐさま私とカナをどこかへと連れていかないってことは時間にゆとりがあることの表れなのかもしれない。カナは最近未来の夢を見ることができていない。それは、疲れることの連続でレム睡眠が取れていないということだ。
それはそれでいいことなんだけど、人はノンレムとレム睡眠を繰り返す。ノンレム睡眠の間が深い眠りで体力の回復ができるんだけど、レム睡眠は脳がある意味活発状態で眠りが浅い。夢を見る時は、このレム睡眠の時だから……カナの八柱力としての能力もここで発揮されるんだと思う。
「おはよう、レイハちゃん。おはようございます、ガイさん」
「やっと起きたにょろか」
「おはようさん」
返事はしてくれる二人だけど、視線はテレビのモニターを見つめたまま。
「えっと、ホウエンがどうかしたんです……」
か? と聞こうとしたとき、テレビからのアナウンスが自ずと答えを発していた。
「ご覧ください! ただいま中継班はカイナシティにいるのですが、空をご覧ください! シダケタウンの辺りでしょうか? 空の色が真っ二つに別れております! 煙突山方面が噴火の影響もあり煙が立ち込めておりますが、快晴です! 一方のミナモシティ方面は曇天で、豪雨が降り注いでおります! 先程の会見にて公式に発表されましたグラードンとカイオーガによる仕業と考えるべきでしょう!」
なに、これ?
天気雨という言葉は知っている、そして現に体験したこともある。でも、そんなものとの比ではないことが、見れば明らかだった。
「これ、やばいんじゃないの?」
そう、だってあそこにはお兄ちゃんが……。
「やばい、なんてどころの話じゃないにょろ」
「さすがに想定外だな。ホウエンは、こんなにも事態が深刻化してたのかよ」
さすがのガイさんも毒突かなければいけなかったのか、渋面を浮かべていた。そうだ、確かジンさんも今はあそこにいるんだ。
「レイハちゃん」
「なんだにょ……」
「どう、するの?」
私にはただそれしか聞けなかった。本当ならホウエンには行きたい、今すぐにでも。私があそこにいたのは割と最近のことなのに、テレビの向こう側を見ているだけでどこか遠い所にいるみたいになる。実際そうだけど、これは心の問題でもあった。まるで違う異世界を目にしているかのような、そんな不思議な錯覚だ。
「ルカはどうしたいんだにょ?」
「私は……」
ホウエンに行きたい、と言おうとしたが言葉はでなかった。そして割って入るようにしてカナが私の右手を掴んでいた。
「ホウエンに行こうよ、ルカちゃん」
「え?」
その言葉でレイハちゃんとガイさんが立ち上がる。
「そう言うだろうと思ったさ。でも、その前にやらなきゃいけねえことがある」
「そうにょろね……。今がチャンスかもしれないにょろ」
私とカナはこぞって疑問符を頭上に浮かべたまま、二人のことを間抜けな顔のまま眺めていた。
「絶好のタイミングにょろね、ロケット団という組織を瓦解させるにはちょうどいいタイミングにょろ」
ロケット団を瓦解させる? それって、つまり……。
「そういうことだな。俺たちでロケット団をぶっ潰すってこった」
私はガイさんを見つめ、そのままゆっくりとカナと顔を向き合わせて、お互いに。
「「えぇぇぇ?!」」
と、叫んでしまっていた。驚かせてしまったのか、バーの向こうの人も慌てて拭いていたグラスを落としそうになってしまっていた。でも、そんなことにかまってはいられなかった。
「まあいろいろと考えた結果にょろね」
「そういうこった」
なんとも手早く話を進めようとしている二人に、私たちはつっこまずにはいられない。
「ちょ、ちょっと待ってください」
カナがいつにもなく取り乱していた。それもそうだ、さっきホウエンに行きたいって言ったばかりなのに、話が見当違いのところへと向かってるんだもん。
「二人なら、あのロケット団の組織がいかに強靭であるか知ってるはずですよね? それを破る秘策があるっておっしゃるんですか?」
そうだ。そのとおりだ。秘密兵器でもない限り、いくらこの二人が率先して行動するとしても、この人数だもん。無理だったことくらい私にはわかる。
「秘策というよりも自信だ」
「秘策というよりも勘にょろね」
え?
ガイさんとレイハちゃんが同時にしゃべった為に、余計にお互いの意志の誤認が強まったんだと思う。
「「は?」」
二人はお互いの耳を疑うようにして振り向きあって、口論を始める。
「なんだよ勘て。それが元幹部が口にできる言葉かよ」
「お前のほうこそ、よくもぬけぬけと自信なんて言えるにょろね! お前より強い人間なんて組織には五万といるにょろ!」
「あの組織に五万も人間がいるかよ、バカかお前」
「バ、バカって言うほうがバカなんだにょ! このバカ!」
レイハちゃんムキになってる、かわいいな。でも、今はそんなことで感傷に浸っている場合じゃない。
「落ち着いてください二人とも! それよりも、詳しくお願いします」
そんな中でカナが仲裁に入って、二人をなだめる。
「ちっ、俺としたことが……。ガキ相手に熱くなりすぎちまったな」
「ぐっ! 後で覚えておくがいいにょ」
さすがは自称大人なレイハちゃんなだけあって、最後の挑発には乗らずに説明を始めてくれた。
「まず始めに、今のロケット団本部にいる団員の数は圧倒的に少ないにょ。それは今回のホウエン騒動も関連しているし、なにより他の幹部が出払っているからにょ」
「幹部っつっても、カントーの本部を守るはずのお前がこんなとこにいるんだもんな、そりゃいねえだろうよ」
「そこ、黙るにょろ!」
そうか、そういうことだったんだ。レイハちゃんからはロケット団の幹部は四人いるって説明された。そのうちの一人にリョウさんが入っていて、他の二人はホウエンとシンオウにいるとか。でもホウエンの幹部は二人一組らしくて、なかなか厄介そうな感じが伝わってきたのを覚えてる。
つまり、他の幹部が出払っていてもレイハちゃんは常にカントーにいたということになる。そしてあのサカキがあれだけのトレーナーだとしたら、本人は別にそんなに外部からの襲撃に備えるなんて無粋なことをしなくてすむということだ。
「そうなってくると、レイハ達が気を付けなきゃならないのがオーキド博士、リョウ、それとサカキ様本人だにょ」
「リョウさん……サカキ リョウは、カントーにいるの?」
「それはレイハにもわからないにょ、あいつは自由奔放過ぎて意味がわからんにょ」
「って、あれ、待って。ってことはレイハちゃんとサカキ リョウって兄弟になるの?」
「レイハをあんな奴の兄弟になんかするんじゃないにょ!!」
向こうの家族構成は、それはそれで結構複雑なのかも。だって確かサカキにはもう一人子どもがいて、その人はジョウト地方のチャンピオンをしている。
「こほん。それよりも、一つ明確にしておきたい点があるにょろ」
明確にしておきたい点?
「なにもレイハ達はサカキ様を退けて、この国を乗っ取ろうとは思ってないにょろ。そもそも、この国は安定しているにょろ。だからこそ、こういったイレギュラーを排除しようとして人員を的確に動かせる人間がいなくなったら……この国は崩壊してもおかしくはないにょろ」
崩壊? だって、今までも国はサカキ無しに回っていたのに、そんなこと……。
「お前たちは知らないかもしれないにょろが、この国は終わりかけていたにょろ」
え?
「ハイア地方の崩壊。それは財政難から来た、経済の破綻とされてるにょろ」
そういえば、そうだった。でも当時の私にはハイアの重要性は理解できていなかった。
「ハイアはこの国の自然エネルギーを唯一量産してこれたとこにょろ。広い砂漠地帯にもかかわらず、地方の半分以上が海に面していたにょろからね」
レイハちゃんはハイアの出身で、サカキも同じくそうである。そしてレイハちゃんがサカキによって引き取られたのが、ハイア崩壊の時期と繋がる。
「本来エネルギーというものは蓄積できないにょ。各地方はハイアからの供給を頼ることができなくなり、自身でのエネルギー開発を余儀なくされたにょ」
そう、だったんだ。幼い頃にテレビでそれらしきニュースはあったけど、今ではほとんど放映されてないから知らなかった。
「ここ数年間、各地方はより一層の協力体制に乗り出したにょ。それにより各地方のバッジシステムを改変したり、交通規制の緩和なんかも行なったにょ。それでも、それだけではダメだったにょろ」
それもそうかもしれない。今まで頼りきっていたのに、独自に自給自足のエネルギー開発をするのは難しいだろう。でも、それでもやってこれたってことなのかな?
「そこでサカキ様は、この作戦を決行したんだにょろ。レイハにも予想外だったけど、それでこの国の財政難は地方が各自分担することはなくなったにょ」
「なるほど」
と、そこでカナが納得のいった表情で頷いていた。え、え? どういうこと?
「つまり、今までは各地方がお互いに競い合うようにして繁栄してきたけど……それを支えてこれていたのが、協会によって特別保護区化されていたハイア地方のおかげなの。ハイアはエネルギー供給の他に、各地方との密接なパイプを頼りに繁栄してきた、いわゆるウィンウィンの関係にあった。そのパイプ役、中継役がいなくなったことが、この国にとっては痛手だった」
そういえば社会の授業で習ったような、習っていないような。
でも待ってよ、もしそれでハイアが繁栄できてきたのなら、どうして財政難で崩壊するようになったの?
「お前が思っていることは最もにょろ。ハイアがあるおかげで各地方が繁栄し、その恩恵をハイア自身も受けてきた。ただ問題だったのは、当時の指導者がそれを驕って極端な開発計画を通してしまったことに原因があるにょ」
「それは、急速に肥大していく資金を当時の指導者がハイアの発展ではなく、更なる利潤を追求したために起きてしまった」
砂漠地帯が連なるハイア地方にとって、特化した技術を持ち合わせていても、現地で暮らす人たちの生活は質素なものだったみたい。当然地方間で行われるエネルギーの供給は中央機関が行っていて、その利益はハイアのインフラ整備などにあてがわれることがなかった。それによってハイアの中核は大幅な発展を遂げると同時に、大幅な格差社会を築いてしまい、住民による暴動と行き詰った行政悪化による資金持ち逃げなどの不祥事が多発して崩壊に至ったとか。詳しくはわからないでも、そういう風にレイハちゃんとカナは教えてくれた。
「そして、それを瞬時に一つにしたのがサカキだった。もしサカキが裏工作で他の地方に働きかけていたとしても彼の実力は本物なんだよ」
サカキという人物は崩壊していくハイアの中で、なんとか地方を特別自治区になるよう協会に認定させ、ハイアが技術提供をすることによって地方としての維持をされることを認めさせた人物である。彼の功績はハイアの中でも英雄視され、それ以降彼の知名度は鰻登りしていった。
それが、サカキの実力。なんで私は毎回サカキについての話を聞くたびに、かなわないなんて思ってしまうんだろう。
でも、やるしかない。
もし彼が世界の英雄だとしても、彼のやり方は間違っている。だから、私はやらなきゃいけないんだ。