IV:新たなる和解
レイハちゃんの過去は私にとっては初めて聞くもので、それでとてつもなく重要なことのように思えてしょうがなかった。
前に出会ったポケ人の話もそうだけど、なんでこうも話のつじつまが恐ろしく合うように世の中は回っているのだろう。ううん、だからこそ、世界は回っているのかもしれない。
私が手に入れるピースの一つ一つが真っ白ななにもないキャンバスをどんどんと彩り、真実が見えてくる。その完成する作品が例え、世界の終わりを意味するものなのだとしても、完成せざるを得ないのだから。
「レイハちゃん、お願い」
「なんだにょ」
「これからする話を信じてくれないかな」
「そんなこと言われたって内容によるにょ」
それはそうだ。そのとおりだ。でも、伝えたいことはちゃんと伝えたい。
「もしサカキがレイハちゃんをいいように利用していたとしたら、どうする?」
「……いきなり突拍子のないことを言うにょろね」
「真面目に答えてほしいんだ」
「サカキ様は命の恩人にょろ。こういった形で組織を裏切るようなことをしちゃったにょろが、別にあの人への忠誠を捨てたわけじゃないにょろ」
「あんなのを見た後でも?」
「見た後でも、にょろ。そしてこれからどんなことがあろうともにょ」
私はレイハちゃんの両目を直視したまま、一旦視線を外して続ける。
「あのね、もし、サカキがレイハちゃんの一族を殺した犯人だとしたら……どうする?」
「なっ……。ルカ、さすがのお前でもそんなこと言っていいと思ってるにょろか!!」
「考えてみて、お願いだから!」
激昂するレイハの肩を抑えながら、私は嘆願する。ここをちゃんと整理しないと、私もレイハちゃんも前へは決して進めない。あくまで私の直感だけど、そうとしか思えない。あのサカキという人物なら、しかねない。
「だって、サカキ様は、あの時レイハを、レイハを助けてくれたんだにょよ?! そんなのあるわけ---」
「でも!」
私はレイハちゃんの言葉を遮って、続ける。
「でも、そんなのおかしすぎるよ。だってレイハちゃんの言っていることは、あのハイアが崩壊しはじめた時期と重なるし……。思い当たる節とかない?」
「……」
あるのかもしれない。レイハちゃんは少なくとも十年くらいはサカキと一緒にいたはずだ。ずっと彼のそばにいたのなら、レイハちゃんが不思議に思っていることの一つや二つはあるかもしれない。そして現に彼女の沈黙がそれを物語っている。
「嘘だにょ! そんなこと嘘だにょ!」
まるで駄々をこねる子どものように、レイハちゃんは大粒の涙を両目に潤わせて、わなわなと震えていた。だがきっと彼女も薄々気がついていたのだろう、オーキド研究所を訪れてから。ううん、もしかしたらもっと前から疑問に思っていたのかもしれない。
でもその時はまだロケット団にいるという実感が……幹部という立場だったからあったのかもしれない。レイハちゃんは、きっと確かめたかったのかもしれない。それはレイハちゃんに聞かないとわからないことだろうけど。
「レイハちゃんは知ってたよね!? ここまで来るってことはロケット団にはもういられないってこと! なのに、だったら、なんでここまで一緒に……ううん、私たちを連れてきたの?」
激情に激情で当たるのはいけないことだとはわかってる。それはカウンセリングにもおける重要なことで、こちらが感情的に応えてしまった場合、相手のテンパーは上がってしまう。でも、これが有力な時もある。
「そ、それは……」
相手に考えさせる時間を与えることで冷静さを出させる。そうした後にゆっくりと語りかけるようにしてあげれば、相手は集中できるようになる。
「考えて、お願いレイハちゃん。レイハちゃんのそれが私たちに対する気遣いだけじゃなかったって、私にはわかる。レイハちゃんは確かめたかったんじゃないの?」
「……レイハは、レイハは、そうだにょ。確かめたかったんだにょ。あの人には逆らえない、でもあの人のことを知りたい。ここ十年間思ってたにょ。だから、あいつがやってきた時、話に乗ろうと決めたにょろ」
あいつ、とはガイさんのことだろう。
「サカキ様はここ数年で飛躍的に活動することが増えたにょろ。でも、まさか、国のトップになるだなんて思ってもみなかったにょ」
それはそうかもしれない。いわばサカキは、レイハちゃんにとってお父さんみたいな存在だったのかもしれない。事故で家族を亡くし、保護してくれた張本人がまさかの仇だと知ったらどんな気持ちになるだろう。そんな経験をしたことのない私には、レイハちゃんの心情を察することはできない。そして、してはいけない。
「だから、レイハも色々と調べたにょ。でも、知りたいことの中核は知ることができなかった……にょろ」
レイハちゃんのキャラが素ではないことを私は薄々勘づいていた。かわいかったから、そのままだったんだけどね。レイハちゃんはきっと怖かったんだと思う。
彼女の閉じた瞼から涙が逃げ道を見出して落ちていく。瞼の輪郭をなぞり、こぼれ落ちる彼女の涙は十年間にも蓄積された……忘れられていたはずの涙だ。
「あんなのを見せられて、どうすればいいのかわからなくなった……にょ」
それでもレイハちゃんは私より大人だった。
だって、あの時レイハちゃんは確信したんだ。サカキがやってきたことがなんだったのか、そして自分の家族を殺したのが誰だったか。でも信じたくなかった。信じちゃいけなかった。
彼女のこのキャラ作りもきっと、サカキに見放されないようにする為に、わざと印象をつけるためにしたものなのかもしれない。女の子にはわかる。異性に気に入られる為に行える努力というものが、底知れないことを。だから女の子は恋に強い。精神的にも肉体的にもね。
私はレイハちゃんの方へと椅子を引っ張って、彼女の頭を抱いた。
「ありがとう、レイハちゃん。ありがとう」
片目を閉じると、なんでか涙がにじみ出た。それはきっとレイハちゃんが打ち解けてくれた感動から来たものだったのかもしれない。
暫くの間、レイハちゃんが無言のまま泣いているのを胸元で聞きながら……私はずっと彼女の背中を撫で続けた。
「こ、これは、借りにしておくにょろ」
「あ、やっぱりニョロ語は続けるにょろか?」
「ニョロ語ってなによ! あ、じゃなくて、なんだにょ!!」
えへへ〜、かわいいなーもう。やっぱり年上には見えないや。
「抱きつくんじゃないにょろ! いい加減に離せにょーーー!!」
無論、それから一時間程私はレイハちゃんで遊ばせてもらった。
これだけのことでレイハちゃんの抱え込んだ悲しみを取り払えたとは思えない。でも、これから一緒にいるんだ。その間に、少しでも緩和できるなら、いつでも全力で向き合える覚悟はできた。
それにレイハちゃん、かわいいもん。かわいい生物は放っておいたら寂しくて死んじゃうもんね。
と、変な持論を妄想しながら、私はレイハちゃんと一緒に寝た。もちろん嫌がってはいたけど、頭を撫でてあげたら布団の中でまたレイハちゃんが背中を痙攣させたから。そのまま優しく介抱してたら眠ってしまっていた。
翌日には、カナからの叱咤で私は叩き起されるんだけどね。
あはは〜、やっぱり人気者って辛いな。
「もう、ルカちゃん!」
「わ、わかったからカナ! 起きる! 起きるって!」
私のパジャマをしきりに引っ張るカナに抵抗するのを止めて、眠気眼をごしごしと擦りながら欠伸をする。
「……最初は私のベッドで寝てたのに」
「え、なにか言った?」
「な、なにもいってないよ! それよりも、朝ごはん食べに降りよ?」
「もう、そんな時間?」
良く見れば、カナはすでに着替えが終わっていた。そしてレイハちゃんの姿はもう見えない。
「あれ? レイハちゃんは?」
「もうとっくに下に行って、ガイさんとお話してるよ?」
あちゃー、気持ちよすぎて寝過ぎちゃったかな?
だってレイハちゃん、すんごい柔らかいんだもん。
「悪いけどカナ、先に降りてて! 急いで行くから!」
洗面所へと駆け込みながら、私は前髪を結って顔を洗い始める。
「いそいでねー」
と、カナが部屋を後にするのを耳にしながら洗顔フォームを手にのっける。弾力性のある泡を優しく肌へと染み込ませていきながら、いつものような順序で顔を洗っていく。
カナ、もう少し早く起こしてくれてもいいのに。まあ、でも、立場が逆でもおんなじようなことになってたと思うけど。
「ぷっはぁー!」
最後に顔を水で流して、鏡を確認する。化粧水でお肌の荒れを防止して、張りを出させる
歯をブラシで磨きながら、部屋へと戻って着替えを取り出す。片手でブラシを、もう片手で櫛を使いながらおおまかに髪を整えて洗面所へ。
今日はまたあの研究所へと行かなければならない。そして今後の方針も決めないとな。
と、ちょっと考えてもみるけど、考えれば考えるほどに突如として嫌な予感が脳裏を走った。お兄ちゃんが今、ホウエンにいる。それは耳伝いに聞いたことだけど、なんだろうこの感覚。
私はロケット団に入っていたけど、今は逃走中……になるのかな。つまりは目をつけられてしまった。この時点でお兄ちゃんとの約束は守れなかった。でもおかげで今は元ロケット団のメンバーとなる四人構成という奇妙な集団で行動している。それが強みになるのかわからないけど、私にとっては心強い。
サカキが八柱力を使って何をしようとしているのかは、まだ確定はしないけど、阻止しなきゃいけないことはわかってる。でも、だとしたら、今後私たちはどうするんだろう? ロケット団本部に乗り込む? この人数で立ち向かえるのだろうか?
でも一応レイハちゃんは幹部だったわけだし。んーっと、でも、なんでサカキはあんなことを言ったんだろう。ああ言っちゃうとレイハちゃんみたいに、ここに訪れる組織の人間もいるはずなのに。それとも、レイハちゃんにだけ言ったのだろうか? でも、なんで、わざわざ?
考えても仕方ないか。
「ぺっ」
口に残った歯磨き粉を吐き出して、私は着替えを始める。すると、どかどかと部屋の外から階段を駆け上がってくる音がして、乱暴に洗面所のドアが開かれる。
「ど、ど、どうしたのカナ?!」
「ル、ルカちゃん、大変!」
え?
カナの表情にはかなりの焦燥が含まれていることはわかった。いや、でも、どうしたの?
「ホウエンが!」
え?
「ホウエンが、大変なことになってる!」