II:つながるピース
所狭しと保管されている大小様々な脳を見続けるというのは精神的におかしくなっちゃう。というか、レイハちゃんは何かわかったみたいだけど、わかろうとするほうが絶対におかしい。
早く、出たい……。
そしてそれが顕著に一番表情に出ているのはカナだった。私の胸の中で縮こまって震えている。今にも嘔吐してしまいそうな雰囲気だ。
「前にカントー地方行きのフェリーが野生ポケモンによって襲われたのを覚えてるかにょ?」
それは覚えていた。確か五年くらい前に起こった事件だったはず。それが関係してるっていうの? だって、マサラの悲劇は20年も前の出来事なのに……。
「それにその数年前には謎のジョウト電波ジャックがあったのを覚えてるかにょ?」
「謎の電波ジャック? ああ、なんでも野生ポケモンの突然変異種が確認されたっていう」
「そうにょろ」
その事件も知っている。謎の組織が一時期ジョウト地方のラジオ塔を占拠して、怪奇電波を流したという事件だったはず。電波ジャックされたのはおよそ半日だったけど、各所でその時間帯に進化を遂げようとしたポケモン達のいくつかが突然変異したみたい。その組織は手際良く姿をくらませたって、ポケポリがニュースで発表していた。
「それとこれとどう関係があんだよ?」
ガイさんの質問は妥当だった。なんで、そんなばらばらに散らばっている事件が……って、まさか?!
「ルカは気づいたみたいにょろね?」
「う、うん……。でも、そんなことって……」
「こんな場所を見せられて、その可能性を否定することはできないにょろ」
「そ、そうだね、うん」
気づいてしまった。
「ルカちゃん? なにか、わかったの?」
「うん、カナ。これは、こんなのは人でもポケモンでも許されない行為だよ……」
未だに怯えているカナを優しく抱いて、私はぎゅっと腕に力をこめてから放す。うん、これできっと話せる。
「ポケモンの脳って実は人間のものとは異なってるんだ。そして脳波もね。そもそも脳波には二種類のものが存在していて、自発脳波と誘発脳波って言われてる。誘発脳波っていうのが今回鍵になるんだけど、外部からの刺激によって発生する脳波のことを指すの」
そうだ、きっとこういうことなんだ。そしてさっきから私の視界に奇妙な感覚が宿っていくのを感じていた。
「外部からの刺激、それは聴覚で拾う音だったり視覚で捉える光だったりね」
人間に影響せずともポケモンにだけ作用する電波。それによってポケモン達の脳波に乱れを生じさせる。
「ポケモンの進化の時っていうのはまだ色々研究が行われている。でも一つわかっているのは、それがとてもデリケートな行程だということ。その間に脳波に乱れが生じていたら、突然変異することだって十分にある」
私の説明にガイさんは後頭部を苛立たしく掻いてみせる。
「つまり、あれか? ここでやっていたのは脳波を弄る電波の開発だったのか?」
「ううん、違うと思います。それはきっと、すでに完成していた」
そう、それにそういった代物があったとしてもそんなにメリットはない。
「それに脳波はいじるんじゃなくて、いじられた結果出てくるものだしね」
脳波に乱れを生じさせる怪電波の正体はなんにせよ、それよりもっと重要なことがある。
「さっきポケモンの脳は人間のとは違うと言ったけど、きっとオーキド博士はポケモン達をある程度コントロールできるなにかを開発したんじゃないかと思う」
考えたくはなかったけど、そう考えてしまえば納得がいった。そして、あのサント・アンヌ号のことも説明がついちゃう。
「そしてそれはきっとあのサント・アンヌ号沈没事件にも関与してるにょろ」
やっぱり幹部なだけあってレイハちゃんは知ってたんだ。そう、あの時凶暴化したギャラドスによってたくさんの人が亡くなった。でもロケット団が所有する船艦によって救出されたんだ。でもロケット団があのギャラドスたちをどう処理したかなんてのは誰も知らない。
つまり、あのレベルでの運用が可能ということになったということ。
「オーキド博士は刑務所には入れられたにょろ。でもその当時のデータを回収する時にサカキ様はここを見つけた……あるいは託されたにょ」
長年の研究が一気に加速したのは、オーキド博士の復帰のおかげと見るのが妥当なところだと思う。だってこの20年で、ロケット団がもしその怪電波を利用していたのなら5年前のフェリーでの襲撃が手一杯だったと思うから。
「あのフェリーの事件ですら、群れに襲われたと言ってもトレーナー達がきちんと対処できていたにょろ。つまり、オーキド博士が一番の鍵にょろね」
レイハちゃんの言うとおりだと思う。そのために、そのためだけに、いままで何人の人間と何匹のポケモンが犠牲になってきたんだろう。
「しかしそう考えるとあのじじいは恐ろしいな。ポケモン達の生命エネルギーを採取するだけじゃなく、一緒に脳までも取り出してたってことかよ……。人間のやることじゃねーな」
極悪非道とはこのことなのかもしれない。だってガイさんの言うとおりだから。
ここに集められたポケモン達は、たった数人のエゴの為に研究材料として処理されてしまったのだ。そう考えれば考えてしまうほどに怒りと悲しみを覚えてしまう。
「いくらレイハでもこれは許せないにょ……」
レイハちゃんは、どうしてロケット団に入ったんだろう。この惨状と真実を知って、ああ言ってくれるということは嫌悪感を抱いているということになる。私はまだ心理学は教わっていないけど、雰囲気からしてレイハちゃんは素直な子なんだなと改めて思う。
「それで、どうすんだよ? こんな薄気味悪いとことっととおさらばしようぜ」
「そうもいかないにょろ。こんなもの見せられて黙って帰るわけにはいかないにょ」
「おいおい、まじかよ」
「ぶつくさ言ってないで手伝うにょろ!」
レイハちゃんが率先して中の方へと進んで行く。ラルトスを彼女の懐に抱えたまま。
私はカナの傍について、背中をさする。
「大丈夫、カナ?」
「う、うん……ルカちゃんはすごいね。平気、なの?」
「平気、じゃないけど授業で見たことあったから」
「そっか、ごめんね」
「ううん、気にしないで」
「ありがとう」
そこで私は自分の視界に映り込んでいた奇妙な感覚の正体を把握する。私が昔からポケモンの体の構造を瞬時にわかるけど、それはポケモンの体の一部であるなら全部同じことが言えるみたい。
そう、今ここに並べられている脳の全てが私には違って見えた。大きさだけの違いじゃない、ごくわずかなお互いの違いが手に取るようにわかった。そしてどの脳が、どのポケモンのなのかも……。
きっと私が今までに見てきたことのあるポケモンに限られるんだろうけど、カントー地方のポケモンなら大体がわかる。そして結論に至る。ここにある脳が主に水タイプポケモンのものであることが。
ギャラドスはもちろんこと、ジュゴンやアズマオウ、カメックスにゴルダックのものまで確認できる。でも、なんで? なんで水タイプのポケモンばかりが……。
「ルカ、カナ! こっちに来るにょ!」
遠くのぼんやりと光のある先で、レイハちゃんの呼びかける声が聞こえてきた。
「カナ、行ける?」
「うん、だいぶ良くなったと思う」
私はカナの手を引いて、薄気味悪い通路を通り抜けていく。中には知らないポケモンもいたけど、中にはなんとホウエンのポケモンのものまでが存在した。その中にはキバニアやホエルコのものもあった。
「これを見るにょ」
奥の方に存在した扉を通り抜けたら、そこには神妙な面持ちのガイさんとレイハちゃんがいた。
「うくっ……」
「カナ! 見ちゃだめ!!」
でも遅かった。カナは堪えきれなかったのか、口元に手を当てても喉から逆流してくる胃酸を止めることはできなかった。
私はカナを部屋の外へと導き出して、そこで安静にしていてもらう。親友の瞳孔は明らかに動揺を隠せていない。ここで大人しく待ってもらうほかない。
「これは……ひどい、ですね」
私は目を疑った。なぜなら、そこにはポケモンの無残な姿……頭部から脳が抜き取られた状態の標本が様々なチューブや機具につながれていた状態で保管されていたからだ。そして、それはポケモンだけではなかった。
「人間、まで……。ん?」
そう、そこには一人の人間の姿が……ううん、人間じゃない?
これを、私は知っている。会ったことがある、同じようなモノに、私は会った。
「ポケ人?」
「なに?」
ガイさんが耳を疑うようにして私の言葉に食いかかる。
「そういえば、そうも見える……。あいつが真似てる奴の本物ってことかよ」
私はガイさんが何を言っているのかわからなかったけど、ガイさんにも思い当たる節があるみたい。
「レイハの知らないところでお前たち二人が納得いっているのは腑に落ちないにょろが、今はおいておいてやるにょろ」
若干拗ね気味なレイハちゃんもまたかわいらしいけど、今はそんなこと言っている場合じゃない。
「でも、なんでポケ人がこんなところに?」
「それは私にもわからないにょ。でもこれがポケ人にょろなら、なにかがあるということはわかったにょろね」
人とポケモンの間に生まれる禁断の生き物。中にはなんの能力も持たずに生まれる者もいれば、ポケモンの技を行使できる者もいたりする。それは八柱力とある種、似ているのかもしれない。ただポケ人にはある特徴が存在していて、それが額にあるマークである。そのマークは恐らく色素細胞の異常や先天的血管の異常と見られているけど、それでも皆が皆同じ場所にそのマークを持っているとは限らない。でもポケ人の目印は、必ず同じ場所に現れる。
その原因はまだ解明されてはいないけど、オーキド博士は何かをつかんでいたってことなのかな。そしてそれをサカキも知っている?
「とにかく、サカキ様が成し遂げたかったことはただの全国征服じゃないっていうことにょろ」
「あのおっさん、とんだタマだな」
私も同感だった。権力と知力を備え持ったあのサカキが、ここまでする……ううん、させた理由というのが必ずあるはずなんだ。
そして彼の目的が、少しずつではあるが見えてきた気がした。