I:隠された真実
なんとかレイハちゃんの許可を得て、車での軟禁状態を解除してもらった私は、トボトボとカナの隣に付いて同行する。
なんでもミツルさんとお兄ちゃんと最後に別れた、このオーキド研究所に何かがあるみたい。カナの能力でも、まだこの場所のイメージが湧いたことはないみたい。でもぼんやりとだけは見えたとか言っていた。それがどういった感覚なのか私にはわからないけど、わかりたい。カナだけが重荷を背負うのを看過できないのに、私にはなにもできないから。
「オーキド研究所へは写真とかでみたことしかなかったし、こんな廃墟になっていると思ってなかったから、あんまり自信がないけど、この輪郭は見たかもしれない」
「……そっか」
あの立派だった研究所は今や跡形もなく焼き払われてしまっている。残っているのはあの大きな建物を支えていた立派な支柱と研究の為に用いられた耐久性のある一部の壁や屋根などだけ。解体作業はなぜかまだ行われてないみたいで、ハロウィンとかに子供たちがはしゃいで使いそうな雰囲気をすでに醸し出している。不気味悪さはMAXで。
「なんか改めて来ると懐かしいな」
「そういえばルカちゃん、ここでケンさんと別れたって」
「うん。あのバカ兄、なんで私を置いて行っちゃったんだろう。もう……」
冗談めかしに笑ってみせたら、カナは意外にも私が待ち望んでいた答えを教えてくれた。
「でも、私ならケンさんの気持ちわかるかも」
「え?」
「なんでケンさんがルカちゃんを置いて行ったのか」
どうせカナもあのバカ兄みたいに私を危険に晒したくなかったから、とか言ってくるんだろうなと踏んだ。でも、出てきた答えは違った。
「ケンさんがもしルカちゃんを一緒に連れていったら、もちろん危険かもしれないけど……それは同時にケンさんにとってはとっても心強かったと思う」
「え……」
なら、なんで連れていってくれなかったの。と、私の中で葛藤が渦巻きだす。
「私も、もしケンさんと同じ立場だったらルカちゃんと同じことをしてたかも」
「それって……あの事件の時みたいなこと?」
「うん、そうだね」
ハナダの惨劇でカナは私のことを庇ってくれた。カナは【未来予知】の能力で未来が見えていたからこそ、私を守るようにしながら周囲を警戒していた。
「わかんないよ。私は、だって」
私はこんなにしてまで庇ってもらったり救ってもらうような人間じゃないのに。
「ルカちゃんが大切で大事な人だからこそ、私は、そしてきっとケンさんも自分の都合で振り回したくなかったんだと思う」
「そ、そんなの屁理屈だよ! 私だって、カナの為なら!」
私が続きを言いかけようとしたとき、カナが人差し指で私の唇の上へと置く。
「だから、ごめんね」
「ぇ?」
「気持ちの整理も時間もなかったら、ルカちゃんにちゃんと説明できなかった。できなかったから、ルカちゃんには怖い想いをさせちゃった」
カナが眉をひそめて、私にむけて柔和に微笑んでくれる。私はすぐさま反論しようとしたえけど、そのままカナは優しい声で続けたんだ。
「それでね、それは多分ケンさんも同じだったんじゃない?」
そう言われて思い当たる節はあった。急いで身支度もしたし、ミツルさんだってあんなに重要な情報を提供してくれた。私は、部外者のはずなのにだ。そう考えたらいろいろと合点がいった。
バカ兄は待っていてと言った。私を危険な目にあわせたくないから。でも、こうも言っていたのを思い出す。別行動にしようって言ったり、当面の資金もくれたし、ミツルさんはラルトスをあずけてくれた。それはきっと私にも自分の道を諦めず、探し出せっていう合図だったのかもしれない。
あの時は感情的になりすぎて、向けられた言葉を正面からしか受け止めていなかったけど……腑に落ちる点はあったんだ。だってあのバカ兄が私がメディターの道を諦めることなんてないことは、前に一度大喧嘩したときの話で決着がついている。それに、こんな状況でメディターを目指すんだったら、この現状を打破するしかない。
「そう、だったんだね……」
あはは、私ってバカみたい。こんなに自分が空回りしてたら申し訳ないじゃん、みんなにさ。
私は自身の考えのなさと無鉄砲さを恨みながら、それと同時にバカ兄へと怒りと感謝の念を抱いていた。こんな回りくどいこと言って、やっぱりあのバカ兄は口下手なんだな、うんうん。と、自分に言い聞かせて、私は改めて友人の顔を見つめる。
でもまずは、気づかせてくれたカナにお礼を言おう。
「ありがとう、カナ」
「ううん、どういたしまして」
お互いにえへへ、と笑いあう。
すると私たち二人の先の方へと進んでいたガイさんとレイハちゃんから声がかかる。
「おいお前ら、こっち来てみろ!」
「早くするにょろ〜」
カナが私の手を握って先に駆け出す。
「行こっ、ルカちゃん」
「うん!」
わだかまりは溶けてなくなった。そして改めて自分の大切な人たちの気持ちを受け取った。頑張るぞ、私! と己に激を入れる。
研究所跡に未だに健在する石柱の裏にレイハちゃんとガイさんはいた。なんだか地面を睨んで二人でぶつぶつ言い合っている。
「おう、来たか」
「遅いにょ! まあ、それはいいとして、ここを見るにょろ」
レイハちゃんが足でつっついた先にあったのは頑丈そうな鉄板プレートみたいなものだった。表面は火によって焦げていて、他の木材によって埋もれていたんだと思われるのを二人が見つけ出したみたい。
そのプレートが存在している位置は恐らく普段ならば見えないような場所にあったんだろうと思う。こうやって建物全体が壊れたからこそ、その一部が地表へと顔を出した。
「お前たちはマサラの悲劇の概要を覚えているかにょ?」
「概要って、過程をですか?」
カナの質問にレイハちゃんはちょっとだけ首を傾げて、言い直す。
「違うにょ。オーキド博士が捕まった時のことだにょ」
確か以前読んだ記事にはマサラタウンの住民に見つかって通報されたって。
「あれは確か、一般人に見つかって捕まったんじゃないのか?」
「そうにょ。それで、不思議に思うことはないにょろ?」
「不思議? なにが不思議だって言うんだ。見つかるようなへまをしたのはあのじじいだろが」
ガイさんが毒舌を吐く。あくまでも今はロケット団じゃないから、身内にいる人のことをどうとでも言えるのかな……。あ、でもガイさんは最初からこうかも。
「確かに、おかしいですね」
するとカナがレイハちゃんの言葉に納得がいったみたいに頷いた。
「もしあのような実験をしていたとしたら、それもオーキド博士のような人物なら、見つからないように考慮するはずです」
「そこだにょ」
私とガイさんはお互いに並びあって頭を傾げる。二人共に?マークを頭上に浮かばせながら。
「ええい、頭が悪いのが二匹もいるにょろね! いいか、良く聞くにょろ。博士が昔からサカキ様とのコネクションをもっていて、この実験もその一部であったのなら、博士自身が捕まってしまうというのも段取りにあったんじゃないかということにょろ!」
そこで私の脳内に衝撃が走った。つまりオーキド博士はわざと捕まったってこと? でも、なんでそんなこと……。
「ポケモンの生命エネルギーを抽出して人工的な命、あるいはそれにかわる媒体物を創造するという発想は馬鹿げているし脅威にょろ。もしその脅威の根源が取り除かれたという報道をすれば、人々は安堵する。でも、その安堵こそがサカキ様の望んでいたものなら……。これはとてつもなく巨大なプロジェクトだったっていうことだにょろ」
愕然とした。
レイハちゃんの推理力にもだけど、もしそれが事実だとしたら、サカキが狙っているものがなんなのかますますわからなくなってくる。
「おいおい、もしそれが本当ならあの野郎は相当やばい奴だぞ」
ガイさんも呆れるしかないようだった。こんなにまであのサカキという人物の器量が計り知れない者はいないんじゃないのかな、と思い知らされる。
タブーを犯した科学者を、自分たちの計画の隠れ蓑として使い、しかも何年も前のことが今に活かされている。その事実だけで、私にはとても考えられるようなものじゃない。
「とりあえず【穴を掘る】を覚えているポケモンを持っているやつ、ここを掘らせるにょ」
「ちっ、指図すんじゃねえよ」
ガイさんはリザードをボールから取り出して命令する。あの時、カナのシャワーズでたたかったリザードだと思い出す。本人も私のことに気付いたのか、目をこちらへと向けて軽く腕をあげて挨拶してきてくれた。うわぁ、トレーナーと違って律儀な性格なんだ!
私は笑みを浮かべて手を振り返す。それが気に食わなかったのかガイさんは急かすようリザードを促す。
両手の屈強な爪で鉄板プレートは取り除かれ、その下へと続いているらしき場所を掘り進める。さきほどから土を掘っているとは思えないような金属音があたりに響いている。どうやら熱によって通路内が変形してしまっているようであった。
「一体、この下になにがあるんでしょうか」
「わからないにょ。でも、きっとなにかがわかるにょろ」
カナの疑惑ももっともだった。この下になにが埋まっているっていうんだろう。
人が一人ずつ入れるような穴道が形成され、私たちは順にその穴からゆっくりと降りていく。先にガイさんが入り、そのあと続いた私たちを下で受け止めてくれた。
穴の深さは約5メートルくらいあった。足元に地面があることがわかってても辺りが暗いためによくはわからない。
「ラルトス、【フラッシュ】お願い」
「らるぅ? らるらる!」
私はベルトのホルダーからラルトスのボールを取り出して呼び出す。最初は困惑していたようだけど、頭を撫でられてラルトスはご機嫌になったのか、勢いよく腕を振り上げて光球を生み出した。
「ひっ!?」
「うっ……」
「これは」
「ひどいにょろね」
ラルトスも私たちの感情を読み取ったのか、動揺して【フラッシュ】の眩さが低滅する。
目も背けたくなるような情景があたりには広がっていた。今では駆動されておらず、何年も前から放置されていたんだろうけど、私の視界を覆っていたのは培養液のケースに敷き詰められた大量の脳だった。
カナは見慣れてはいないだろうけど、私は授業で脳の模型や実物に触れたことはある。でも、目前にあるものはおぞましかった。無数の大小様々な脳が所狭しと整列されており、臭いはしないものの、その光景が与える衝撃はおびただしい。全てがポケモンの脳なのだ。
「な、なんなの、これ」
「…………」
いつもなら私の為に気丈でいてくれるカナも、私にすがるしか他なかった。だって、私も一歩も動けないもん。
「これが、あのじいさんがやっていたことなのか?」
「…………そう結論づけるしかないにょ」
レイハちゃんが悔しそうに下唇を噛んで、周りを凝視していた。一体こんなところでなにが行われていたというんだろう。私が思いつく限りでは、脳研究において未だに解明されていないことは多い。とは言うものの、ここまで大規模な研究を一人で達成できたとは思えない。
「大丈夫か、二人とも? なんなら上で待ってても……」
ガイさんが気を遣ってくれるなんて思ったけど、状況が状況である。
「いや、残っててもらうにょろ」
「おい、いくらなんでもそれは」
「いろいろわかったにょろ」
「「「え?」」」
レイハちゃんが私たち三人の前に立ちはだかり、私のラルトスを抱きかかえてつぶやいた。
「覚悟して聞くにょろよ」
そのレイハちゃんが浮かべた表情は悲愴と激怒が入り交じった複雑なものだった。