VII:制限時間5分
くっ……どうする?!
狂乱したグラードンが唸り声を上げている。このままだと先ほどコントロールされて制御されていた力が暴走する恐れがある。
しかし今の俺とアンズにはこんなグラードンを倒すどころか、足止めすることも困難だ。それは例えカスミさんとナツメさんが加わったとしても、状況は変わらないだろう。
「全てを焼き払え! 焼き払うのだ!!」
まるで全てをなげうってしまっているようにマツブサは吼える。この場所にいれば自分も巻き込まれかねないというのにだ。
「とりあえずここから離れるぞ!」
「わかった!」
グラードンがもし紅色の珠による支配下から脱した時の想定はしてはいた。それは完全沈黙に陥るか、暴走しだしてしまうかのどちらかだ。前の事例ではグラードンによる暴走は確認されてはいない。その前に無力化されたからだ。
しかし今回に至っては、グラードンは依然無傷のままだ。そして俺は切り札を使ってしまった。
そう、ケーシィだ。あいつの【テレポート】でグラードンの隙をつく為の賭けだったが、先のマツブサとの戦いで使ってしまった。
「アリアドス、【糸を吐く】でロープウェイまでお願い!」
「ァリドス!」
俺とアンズはアリアドスに掴まり、そのまま吐き出された糸に引っ張られるようにしてロープウェイまでたどり着く。ぐるぐるとロープウェイのロープに巻き付けられた糸の束ねの上で更に近くにグラードンを視認する。
とりあえずでかい。とにかくでかい。大きさ的にはそうでもないが、グラードンというポケモン自体が被っているそのオーラに圧倒されてしまう。
「作戦通りに行く?」
「どうだろうな。なんか通用する気がしないんだが」
「私も、同感」
苦笑いでアンズも濁すが、ケーシィを用いる手がなくなってしまった今となっては事前に考えた作戦は上手くいこうにない。それはグラードンの手足を封じてどうにか時間を稼ごうとするというもの。しかしあの暴走っぷりではいとも簡単に拘束が解かれてしまうだろう。
「マサキさん、後どのくらいでしょうか?」
耳につけたインカム越しに指示を仰ぐ。向こうとの通信は常に保持しているが、先ほどまではカイオーガの方面で混戦していたみたいだ。
「おお、ケン君かいな! こっちは今ようやっと落ち着いたところや!」
「それじゃロケット団が?」
「そういうことや! そっちにロケット団がつくんわ……5分後や!」
5分。それがなにを意味するのか、俺よりアンズのほうがわかっているみたいだ。
「きついね」
「そんなにか?」
「5分でしょ? ちょっと厳しいよ」
たしかに、ここまでやってくるのにも数分としか経っていない。それはマツブサがグラードンをコントロールしていたから、可能であった。
支配下から逃れ、本能に従い、怒りのままに暴れまわるグラードンを五分間拘束するのは確かに骨が折れそうだ。
「くるよ!」
「げっ」
アンズの視線の先、そこで雄叫びをあげたグラードンは猛火の如くに炎を吐き出した。まるで空気そのものが焦げてしまうかのような圧倒的火力に、俺とアンズはよけるのに必死であった。跳躍してなんとかかわすものの、足場にしていたロープは完全に蒸発してしまう。
ここのロープウェイは設計上、もし火山が噴火した場合に備えて巻き込まれない位置に設置されている。そしてそれはさきほどの【噴火】による攻撃もまぬがれてはいた。だがこうとなってしまっては完全に消滅するほか道はない。
「マツブサ、あんたも逃げろ!」
未だ高笑いを続け、目の焦点があっていないようにも見えるマツブサに声をかけるも反応は返ってこない。
「ケンくん! マツブサはもう……」
「あいつをここで放っておけば死ぬぞ!」
そうだ、さっきの業火が俺たちに放たれたのは良かったものの次にマツブサを狙った場合、あいつに生き残る術はない。
「でも、マツブサは!」
「だからだよ! だから見殺しにする気はない! しちゃ、ダメだ!」
俺の訴えをアンズは理解してくれたのかどうかはわからない。だが、賛同はしてくれたみたいだ。
「わかった」
「さんきゅー」
マツブサの頭部めがけて俺はボールを投球する。コントロールだけは良いみたいで見事に命中。マツブサがくらっとバランスを崩したところでボールが開きニューラが飛び出す。
睨むようにしてこちらを向くニューラに俺は両手で謝り、そのままマツブサの目の前に【冷凍ビーム】による壁を形成する。
その輝きに気がついたのだろう、グラードンがマツブサ達の方を目視する。
「今だ、アンズ!」
アンズは煙突山の斜面を駆け抜けてマツブサの方へと駆け寄っていく。さすがくノ一、動きが敏速だ。手刀によりマツブサを昏睡状態にさせた後、即座に追いついてきたアリアドスの糸でグルグル巻きにされたマツブサは引っ張られるようにして後方へと放り投げられる。
アリアドスの糸は良い緩衝材となるため、たとえ高くほうられたとしても衝撃を吸収してくれる。といっても乱暴なやり方に変わりはない。
繭状になって放り出されたマツブサは、麓にいたカスミさんとナツメさんによって無事受け止められる。
後は、こいつだけだ。
グラードンはまたもや一条の火炎を吐き出し、マツブサのいた場所……つまりはアンズが今いるところを狙う。直撃の前にニューラの設けた氷の壁は蒸発してしまいそうになるが、なんとかギリギリ回避する程度の時間は稼げた。
駆け回るアンズを狙ってグラードンは炎で追っていく。その時間稼ぎは長くは持たない。だからこそ俺は、アンズのスピードについていけるニューラを送った。スピードでいうならば俺は足手まといになってしまうからだ。
アンズから借りたボールを手に、俺はグラードンめがけて走り出す。ダイゴさん……いや、ダイゴの別荘地下で鍛錬した成果はあったみたいだ。こっちには背を向けているグラードンに向かって、俺はアンズから託されたボールを投擲する。
「頼んだぞ」
傾斜の激しくなった凸凹斜面を必死に登りきって、肩が呼吸に連動していても気には留められない。早くしなければさすがのアンズも体力の限界が近いだろう。あの熱気の中では死んでしまう。
「グライオン、【砂地獄】!」
自分のトレーナーとは違う指示でも、さすがはアンズのポケモンだ。ちきんと言うことを聞くようにしつけられている。
ボールを放ったスピードからによる加速でグライオンは一秒とかからずグラードンの背後につく。たとえグラードンが溶岩内にいたとしても、グライオンはたちまち【砂地獄】を出現させてしまう。
アンズが一体どういうトレーニングをすれば、これほどまでに技の練度を高めることができるのだろう。恐らく、俺には一生かかっても無理だろう。俺にできる精一杯のことは相手の思いもよらない戦略を考えることだ。それで常に勝ってきた。それでも負ける時は相手が俺よりかしこいか、単純にポケモンの力の差でしかない。
つまり、俺がアンズとバトルをした場合……結果ははっきりとしているというわけだ。って、今はこんなことを考えてる場合じゃない。
なにが起こったのかというと、グラードンがもがき始めたということだ。
これで俺達の役目は終わった。
単純明快だ、それでいい。これが可能だったのも、今までの鍛錬の成果だ。どっと疲れが押し寄せてくる。だが、きっと今からが一番大変なのだろう。
「ケンくん、グライオンに掴まって!」
遠くからのアンズの声が耳に届いたのと同時に、グライオンが俺の背中を鷲掴む。
「うぉっ!?」
すぐそばにクロバットに掴まってアンズも麓まで滑走していく。途中でニューラとアリアドスをボールに戻し、混乱しているグラードンを俺達四人は見上げる。
「よくやった」
それがナツメさんの精一杯の賛辞なのだろう。いつもクールなナツメさんが、息を乱しているすがたは早々お目にかかれそうになさそうだ。
「お疲れ様、二人とも」
カスミさんは目一杯の笑顔で出迎えてくれる。麓のほうが【水遊び】のおかげで上のほうとは比べ物にならないくらいに冷えていた。通常ならこれでも暑いと感じてしまうだろうにだ。
「いえ、それよりもここからだ厳しいですね」
「そうね」
そう、ロケット団が5分以内に来るということの本当の意味。それは5分までにグラードンの足止めと、俺達が無事に撤退できるまでの時間ということだ。今のところ、制限時間は1分を切っている。
それに俺達には見放すことのできないマグマ団の連中がいる。いくら悪事を働いていたとはいえ、最後の最後でリーダーから捨てられたのだ。俺達のように。
しかし見捨てられてもなお、マグマ団の団員達はグルグル巻きにされたマツブサの介抱にあたっていた。それほどまでにマツブサという男が彼らにとって大きな存在なのだろう。
「助けていただき、感謝する」
と、そこで俺達四人の前に現れたのは幹部らしきマグマ団の一人だった。
「いいえ、それよりももうすぐロケット団が来るわ。あなたたちも逃げないと……」
「そのことについてだが、詳しい話を聞きたい。それで、提案がある」
提案。その単語に俺達の視線は一気にその幹部へと集まる。
「私たちも組織の人間だ。非常時に取るべきことはわかっている」
それはつまりリーダー格の人物が居なくなったときの想定だろう。
「隠し通路がある。一先ずはそこへ避難しよう」
「ナツメさん」
カスミさんが一番年長であるナツメさんに確認を取ると、彼女は厳しい目線をその幹部に向けて目を閉じて頷いた。
「わかりました。それではお願いできる?」
「ああ、承知だ。者共! マツブサ様を連れてゲートGRに向かえ!」
その幹部の鶴の一声で、団員たちは統率のとれた動作で麓近くに生えている林へと移動する。大きな声を出さずに、迅速な対応を見せたのだ。今の今まで困惑していた彼らがだ。
「それではお続きください」
罠、であるかもしれない。だが、今の俺達に彼らを見捨てて行くという選択肢はなかった。ましてや、今となってはばれずに撤退することもできない。
幹部である彼女に続いてカスミさん、ナツメさん、俺、そしてアンズが追いかける。
俺は最後に苛立たしく火山から抜け出せないグラードンを一瞥して、そのまま林の影の中へと消えるのであった。