「裏」:陸と海を憎む者
数十年前、ホウエンの地にて産声をあげた二人の男の子がいた。
その二人は幼少の頃より優秀で、いずれはお互いの両親が営む会社を継ぐであろうと言われ続けてきた。そして彼らもまた、それが自分たちの人生のあるべき道だと過信していた。
しかし、とある事件をきっかけに彼らの道は大きく変動することとなる。
それは彼らがホウエンでトップを誇る大学へと入り、地球学を専攻としていたときである。お互いの顔は見たことがあれども、名前も素性も知らない頃にそれは起きた。
ホウエン地方を突如襲った大地震である。
この災害により、ホウエン地方の東岸沿いが壊滅的な被害を受けた。そしてそれに巻き込まれたのがお互いの家族であった。
二人の内の一人、マツブサという男は大学にて海洋地質学を受講していた。そしてもう片方の男、アオギリは地質学に熱中していた。しかしその地震を堺に、二人は己がとっていた専攻分野を憎むようになった。
それは自分達がとっていた学問で全てを失ったと思ったからである。マツブサは家族を巻き込んだ津波を恨み、アオギリは家族と家を巻き込んで倒壊させた地震を恨んだ。
それからマツブサは海を憎み、アオギリは陸を憎み始めた。
不幸中の幸いと言うべきであろうか、彼らのもとには両親が残した多大な財産が残った。二人は学生運動から各々の活動をはじめた。それがマグマ団とアクア団の前身である。
最初は二人の気合に興味を持っていた者は多かったが、それでも学生時代が終われば一人、また一人と抜けていった。熱気になっていた学生も、それぞれに自分の仕事、家族、人生の為に消えていった。
しかし二人はあきらめなかった。全てをそれぞれの野望の為に人生を費やしてきたのだ。
マツブサはボランティア団体の総括をするという企業を立ち上げた。ボランティアという名義で植林や伐採活動の廃止を徹底的に訴え続けた。しかし、その裏ではそういう状況下に運んでいく為の策略などを他社と練り、その上場金で稼いでいた。グループはたちまちに大きくなり、その時にはすでにマグマ団という少数精鋭ではあるが幹部候補の人員は揃っていたのだ。
知らされてはいないが、マツブサの会社が大きくなるにつれ、年を追うごとに火山の活性化と砂漠の広大化が続いていたという。それは植林をするために苗木を集め、伐採会社を貶めることを続けてきたからであった。
そしてアオギリという男も、また、悪事を働いては自身の企業を肥大化させていった。彼は水ポケモンを救う為に、徹底的な公害を海水に及ばせた企業をことごとく潰していった。起訴に次ぐ起訴、勝訴に次ぐ勝訴でその圧倒的強さを世間に誇示させた。
一見、合法的に見えても彼らは内部告発を促すために誤情報を各企業へと流したりなどの情報操作を行なっていた。そしてその悪徳な手段を見抜いたアオギリの試練を乗り越えた者たちが、その成果を認められてアクア団の幹部として迎え入れられ、名を連ねている。
そんな彼らが一斉にこういった活動を本格化しはじめたのは数年前。とある研究者が古代のポケモンにまつわる古文書を発見したのがきっかけであった。その古文書の発掘に手助けしてたのがマツブサとアオギリの二人が経営していた子会社だったのだ。
その古文書に興味を示した両人は、同じタイミングで古文書を盗み出した。それが彼らの事実上初めての接触となった。発見された古文書は三つ。陸の書をマグマ団が、海の書をアクア団が、そして残ったのが空の書。
独自に莫大な費用を使って研究所をお互いの基地に作り、それぞれ読解に力をいれた。封印された古代ポケモンであるグラードンとカイオーガは発見したものの一向に復活の兆しをみせない二体に彼らは頭を悩ませた。それもそのはず、なぜなら陸と海の書には彼らの復活方法は記されていなかったのだ。記されていのは彼らが封印されるに至った経緯とその生態についてのみ。全てが書かれていたのは空の書、だがマツブサもアオギリもそれに気付かなかった。
だからこそ彼らは煙突山を故意に活性化させることで異常現象を引き起こし、古代ポケモンが刺激されること望んだ。しかし、彼らの計画はとあるトレーナーによって拒まれた。その後、彼ら両組織は徐々に衰退していった。たくさんの部下を犠牲にし、一丸となって日々努力した日々が彼らには存在した。
だが、追い込まれ、何もできなくなって窮地に立った彼らに残された道は、今までに積み上げてきた事業を続けることだけだった。
それから数年、彼らはまたもや思いがけぬ人物から助力を得た。そう、ダイゴである。
両組織を破滅へと追い込んだ協力者が敵対していた組織へと手を差し伸べたのだ。その存在を世界中にテロリストとして名を馳せた後にだ。
二人は彼の提案を飲んだ。というより飲むしかなかった。ダイゴは紅色と藍色の珠を入手していたのだから。そしてダイゴの提案はただ古代ポケモンの復活のみであった。そこに二人は引っかかった。ただでこんな男が珠を提供するはずがない、と。だがそれならそれでダイゴの策略に飲まれるのも悪くはないと二人は判断した。
一度は失敗し、身を滅ぼしかけた二人である。世界征服のチャンスがもう一度あるのならば、今度こそ全てを投げ捨てられる覚悟ができていたのだ。
それから二人はさらにその覚悟を深めた。
陸に溺れた男マツブサと海に埋もれた男アオギリの新たなる戦いは、こうして始まったのだ。そして今、彼らはホウエン地方を巻き込んだ新たなる波乱を巻き起こしたのであった。
「ついたぞ」
一人の男が車内から降りて、後部座席の扉を乱暴に開ける。
「んよいっしょ」
「大丈夫、レイハちゃん?」
「ちゃん付けするんじゃないにょろ!」
ここはマサラタウン、オーキド博士が引き起こした事件のあった町である。トレードマークであったオーキド研究所はすでに跡形がなく、彼が所有していた広大なポケモン用の広場しか残ってはいない。
「待って、ルカちゃん」
「あ、うん」
一番最後に降りてきたカナの手を取りながら。ルカは以前自分がこの町へと来たことを思い出していた。あれからほんの数ヶ月しか経っていないのに、もうずいぶんと昔のことのように感じる。あの時感じた冷たさも、季節が春に向かっていくようにだんだんと温かみを持った記憶へと改ざんされていく。
「ったく、まさかまたここに戻ってくることになるとはな……」
そしてここまで三人を連れてきたガイは、オーキド研究所跡を眺めながらぼやく。
「いいからとっとと案内するにょろ! お前の話したことが本当なら、レイハも思い当たることがあるにょろ……」
可愛らしい容姿であっても、レイハ・ニョロモンドはロケット団の幹部である。幹部である所以は確かに存在しているが、彼女に関して言えばそんなにバトルが強いからというわけではない。
そんな彼女があの危険なナナシの洞窟にて活動してたのはどういうことなのか、それを他の三人はさきほど知った。そう、レイハは野生の勘がずば抜けているのだ。だからこそああいった戦法を取って屈強な野生ポケモン達を倒すことが可能だった。バトルが弱くとも、類い稀なるセンスで勝ち抜いてきたのであろう。
それをガイはひしひしと感じてた。そこではじめてレイハの実力を見たからだ。だからガイは感じていたからこそ、あえてバトルを挑まなかった。レイハをあえて話の輪から外すことで、レイハの幼児心を働かさなければならなかった。
ルカとカナに突きつけられた八柱力という単語。そしてレイハも言葉は知ってはいたが本質を知らなかった。ガイから聞いた話をもとに、レイハは三人を連れてマサラタウンへと行くように促したのだ。そして確認したいことがある、と。
「一体この研究所になにがあるっていうんだ。ここはもう何回も調べられて……」
レイハは得意げに自身の帽子の鍔を抑え、不敵にガイに向けて笑みを漏らす。
「ふっ、わかってないにょろね。ここには一度たりともサカキ様以外の幹部は訪れたことがないにょろ」
「それがどうしたって……」
自信に満ちた口調で言葉を連ねるレイハに、ガイはその内容に触れるも、一人の少女は興奮気味に息を乱していた。
「みてみてカナ! レイハちゃん探偵みたーい! かっわいいー!」
「ちょ、ちょっとルカちゃん。落ち着いて」
そんな甲高い声が耳に煩わしいのだろう、ぴくぴくと肩を痙攣させながらレイハは振り向いて、
「黙るにょろー!!」
と、かわいいと言われたことに反応したのか顔を真っ赤にして両手を振り上げて叫ぶのであった。
「怒られちゃった! ねえ、抱きついてもいいかな!?」
「もう、我慢してよルカちゃん!」
と、しまいにはカナにまでもお咎めをくらい、ガイは一人三人の少女を眺めながら嘆息するのであった。
『やってらんねー』
と、心の内にこぼしながら。
「……こほん、続けるにょろ」
「……ああ、頼む」
ルカを一人車の中に閉じ込め置いたガイとレイハは、後ろにカナを控えさせて話の続きを再開する。
「幹部が訪れなかったことが、そんなに重要なのかよ」
「そうにょ。それはつまり、サカキ様の暗黙の圧力がかかっていたんだにょろ」
「どういう、ことですか?」
ガイの質問とカナからの質問に挟み撃ちされたレイハはオーキド研究所のある丘を登りきって告げる。
「つまり、レイハ達が来てしまえばわかってしまうことがあるということだにょ」
「……なるほどな」
「たしかに」
ドンドン! と、泣きながら車窓を叩いているルカなぞには目もくれず、ガイとカナの二人は納得したように首を縦にふる。
「でも、どうしてそんな圧力がかかっていたんですか? 知っていたら尚更興味が湧くんじゃ……」
「そんなのここに来る必要はなかったからにょ。そんなところに、ぶらっと立ち寄るほど幹部達は暇じゃないんだにょろ!」
と、誇らしげに胸を張るレイハではあるが、ロケット団に入りレイハのことを知っていたガイとカナは二人して疑問を抱かずにはいられなかった。それもそのはず、幹部たちの中でレイハだけがいつも本部におり、暇を見つけては彼女の趣味に没頭していたからである。だがあえて二人はそこに触れないでおいた。
「さあ早速拝むとするにょろ!」
そんな気楽そうに見える彼女ではあるが、レイハはガイからもたらされた新たなる情報をもとにオーキド研究所のことを指針した。それはつまり、オーキド自身も八柱力に関わっている可能性があると見出したのか、それともまた別の事柄についてなのかは知る由もない。
だがガイ、カナ、そして軟禁されているルカはこの後、知ることになるのだ、隠され続けられていた真相を。世界を支配しているロケット団のトップであるサカキが何十年も前に計画していたことの真相を。
「だーしーてーよー!!」
そんな時が一刻と迫っている中、ルカは未だに外からの鍵を開けてもらえることが叶わず叫び続けていた。