VI:陸の頂点に立ちし者
「ふはははは! もう手遅れだというのに、来たか!」
煙突山から、その巨大な頭角を露にしていたのは俺達が復活に助力したグラードンであった。その全身に溶岩を身にまとい、大きく見開かれた眼球が下界を見下ろしている。全身がもうもうと白い気体を放っていて、途方もない熱さを誇っていることがわかる。
「愚かだな!」
そして仰々しく両腕を開いて天に向けて笑っているのはマグマ団のリーダー、マツブサであった。
俺とアンズ、カスミさんとナツメさんの四人がグラードンの足止めを任された。マサキさんからサカキが行なった会見のことも耳に届いている。
つまり俺達がなさなければならないことはなるべくグラードンを牽制し、マグマ団の戦力をできるだけ削ぐ。それがいかに無謀であり、無鉄砲であることかは皆が承知の上だ。
でもやるしかない。
俺達にできること、そして俺達にしかできないこと、それがこれなのだ。たとえロケット団を助けることになるとしても、やらねばならない。
「アンズちゃんとケンくんはグラードンの相手をしてくれる? いくらマツブサがグラードンをコントロールできるとはいっても、相手は野生ポケモンだから」
カスミさんが俺達両方の手を取って勇気づけてくれる。それでも、やはり緊張はする。
だが自然と負ける気はしなかった。いや、負けるというよりはしくじるといった方がいいのかもな。
「はい! アンズ、頑張るぞ」
「うん」
フエンタウンに隣接している煙突山の麓に俺達はいる。上を見上げれば、マグマ団のアジトであろう三合目辺りにずらりと団員が並んでいる。そしてロープウェイがある八分目に、マツブサが仁王立ちしているのが確認できた。
遠目でわかりにくいが、それでもグラードンの姿は視認できる。
空気そのものを震撼させるグラードンの雄叫びは、耳を塞ぐものではないにしろ、その振動がまるで臓器を殴りつけてくるような重みをまとっている。それほどに、グラードンというポケモンが伝説と謂われる所以を感じ取れる。
「それじゃナツメさん、頑張りましょう」
「先手必勝」
ナツメさんのバリヤードが現われ、マグマ団員達のいる周りへと十枚の【マジックコート】を展開させた。
「【怪しい光】」
バリヤードが【バリヤ】や【リフレクター】を繰り出しながらそれを踏み台にし、煙突山を駆け上がっていく。そしていきなりの宣戦布告に戸惑っているマグマ団員達に向かって【怪しい光】をかけた。
マグマ団は各々にポケモンを取り出し対処しようとするが、それもナツメさんの術中の中であった。
基本、特殊技を防ぐには特殊技を用いる。だが、彼らの周りには【マジックコート】が展開されている。それが意味することは、彼らの自滅及び破滅である。
「行くぞ、アンズ!」
「うん!」
俺達はバリヤードが作り出してくれた【バリヤ】を踏み台にしながら山を駆け登っていく。基礎体力はお互いに鍛えてはいるが、走っても走っても頂上へと辿り着けるのが逆に遠くなってしまうような幻覚に苛まれる。
それはグラードンの特性によるものだろう。事前に得た情報も、今ここで感じているものも、全ては異様な熱気が原因である。さっきまではカスミさんのポケモンの【水遊び】によって暑さは軽減されていたものの、この状況下においては焼石に水である。
「情けない者共だ。グラードン、全てを焼き払ってしまえ!」
マツブサが右手に握っている紅色の珠が光り出す。自身の肩をクロバットによって持ち上げられたマツブサは、上空へと上がりグラードンからの攻撃を避ける。
またも空気が震える。ビリビリとまるで肌がしびれるような咆哮と共に現れたのは、大量に噴火した溶岩であった。
「「!!」」
俺とアンズは噴出された紅蓮の液体に、危機感を覚える。
「【光の壁】」
まるで雪崩のようにして押し寄せるマグマに、俺達が成す術はなかった。だが展開されていた【光の壁】が一気に収束して二人を囲み始める。ナツメさんのおかげだ。
何十という層に、分厚く特殊技を防ぐ壁に守られる俺達であるがグラードンの【噴火】を正面から受ける。ニューラを呼び出し、【凍える風】を展開するもあまりの熱さに焦げ死にそうになる。
「ぐっ……」
「う、くっ」
全身から汗が吹き出し、それが蒸発して乾いてしまいそうになる。マグマを真正面から体感できるのはこれが一生に一度きりでありたいと願いたい。次々に【光の壁】が割れていき、その度に熱さが襲いかかるようにして上がっていく。
「ひぃぃ!」
「マ、マツブサさまぁ!!」
麓の方では身動きができなくなったマグマ団が取り残されていた。ポケモンの大体が【怪しい光】で混乱したままなのだ。
「ナツメさん!」
カスミさんの合図に合わせてナツメさんがこくりと頷く。
「【ハイドロポンプ】!」
俺たち同様にある程度の高さまでやってきていたカスミさんがマグマ団達に向かって大量の水を放出する。だが、あの程度ではマグマを防ぎきれる量にはならないだろう。
しかし熱さにめげそうになるも、ナツメさんとカスミさんがジムリーダーであることを実感させられる。あの短時間でナツメさんはマグマ団を覆っていた【マジックコート】を反転させたのだ。
そのおかげでカスミさんのポケモンが繰り出した【ハイドロポンプ】はその威力を倍増して、迫り来る溶岩へと直撃した。大量の湯気が生まれ、視界が奪われるもなんとか耐え切れることができたようである。
そしてそれは俺達も同じであった。
「行けるか、アンズ?」
「行けるよ! アリアドス、【糸を吐く】!」
煙突山の斜面を溶かし、焦がし尽くしたマグマの残骸をよけながら俺たちはナツメさんが示してくれる道を目指す。アンズのアリアドスに掴まり、俺達は飛ばされた強靭な糸の方へと飛んでいく。
最初からこうしたかったが、戦力は少しでもキープしなければならなかった。だが今は時間が惜しい。次にもう一度【噴火】を使われたら一溜りもないからな。
眼下でカスミさんがマグマ団の避難を手伝っていた。一瞬にして戦況は転化していく。
「ほう、やるな。だがこれはどうだ? グラードン、【地震】だ!」
グラードンが天を仰ぎ、哭(な)く。すでにその全長を露にしたグラードンはその両腕をかざし、地面へと叩きつけた。煙突山の斜面が振動し、巨大な亀裂が発生すると共にいきなり岩盤が崩れ、隆起しはじめる。
用意されていた道筋である【光の壁】や【バリヤー】の足場が、真下から蜂起した岩盤によって次々と壊されていく。アリアドスの糸によって空中移動をしていた俺達は、一旦残っていた足場へと下りて体勢を立て直す。しかし被害はそれだけではない。残っていたマグマが辺りに散乱し、飛び跳ねる。これでは迂闊にグラードン自体に近づけはしない。
こうなったら、いちかばちかだ。
「アンズ」
「なに?」
「いちかばちか、やってみていいか?」
「……それしか、ないみたいだね」
ナツメさんに頼めば成功率は保証されているだろう。だが彼女は今、下の方で俺達のサポートに回るほど手が空いていない。だったら!
「はははは! どうしたどうした!」
巨大な力を手に入れ、己に陶酔してしまっているマツブサを見上げて俺は賭けに出ることにした。そう、グラードンは今苦しいはずだ。野生でありながら、強制的に従わされているのだから。
「このままロケット団を待っている余裕はない。ならせめて、これ以上被害が広がるのを防ぐ」
「そうだね。それしか、ない」
俺とアンズはお互い、新たにボールを手に握る。
「いくぞ!」
「うん!」
お互いに身を寄せ合い、俺はボールから呼び出すと共に叫んだ。
「【テレポート】!!」
異空間へと引っ張られるような嫌な感覚を感じながらも、意識を集中させて目標地点をイメージする。
視界がぶれ、俺たちが現れたのは上空。そう、眼前に見えるのはクロバットの四翼だ。
「なに?!」
「フォレトス、【大爆発】です!」
ケーシィをボールに戻し、アリアドスが出した【クモの巣】の上へと落ちていく。
その最中に空中では閃光と共に巨大な爆発音が轟く。
爆風を計算に入れ、大きく外れることはなく俺たちは【クモの巣】によって受け止められる。
「やったか?」
「あ、あれ!」
アンズが落下してくるフォレトスを戻し終えると、何かが落ちてくるのが見えた。赤く光るその珠は、紅色の珠だった。さすがは古代兵器と称されるだけあって、あれだけの衝撃じゃ壊れないんだろう。
「くそっ! 小癪な真似を!」
咄嗟にクロバットがマツブサの盾となったのだろう。その背中は焼けただれ、右翼は半分ほど吹き飛んでいた。それでも主人を安全に地面へとゆっくりと下降して着地させる。
「珠はどこにいった?!」
「これの、ことですか?」
「貴様!!」
降下していった紅色の珠をアンズがアリアドスに命令して回収していた。これが紅色の珠、触れただけで狂気に取り込まれそうになる。その力を乱用したくなってくる。
それほどまでに人を魅了する力が備わっているように見受けられた。
「わかってはいたがな、貴様らが俺達を利用していようとしていたのは」
「それはお互い様です」
「ふんっ!」
お互いの腹を探りあっていたのは最初からわかっていた。それをぶり返すということは、マツブサは完全に俺たちのことを舐めきっている。子どもだと思って甘く見ると、痛い思いをするぜ?
いくらマツブサがマグマ団のトップであろうと、こっちは二人。しかも一人はジムリーダーになるほどの腕前を持っている。負けるはずがない、そう思っていた。
だがこの時、俺は失念していた。そのジムリーダーのポケモンが発動した【大爆発】をゼロ距離で喰らって、マツブサのポケモンはギリギリであるが耐えていたということを。
「ぐっ!」
「きゃっ!」
「大丈夫か、アンズ!?」
そしてもう一つ忘れていたことがあった。
そう、野生と化したグラードンだ。ギロリと鋭い眼光が俺達三人へと向けられる。頂上近くまで来てわかったことが一つ。いかにグラードンが巨大かということだ。
コントロール下に置かれていた怒りと、長年の眠りから覚まされた苛立ちがどれほどまでにグラードンの中で増幅されているかはわからない。だが、その両目が血走っており、明らかに興奮しているのはわかる。
殺気だ。途方もない殺気。その怒りを鎮める為には……やるしかないのか?
「ふ、ふふ、ふははははは! いいぞグラードン! その怒りをぶつけろ! そしてこの世界を陸地で埋めてしまえ!」
焼け野原と化した煙突山の斜面では、もはや火山灰で覆われていた過去の姿は見る影もない。怒気に満ちた古代ポケモンの咆哮と、狂気に駆られた一人の男の奇声が山全体を覆ったのだ。