「裏」:会見
レックウザが捕らわれてから半日、ホウエンの各所で異変が生じていた。
「ご覧ください! ホウエンの各所にて異常事態が起こっています!」
今やどこの家庭のテレビでも同じ内容のニュースが随時報道されている。
「冬だというのに、ここカナズミシティの気温は真夏日を超えています! もはや外に出ることすら、紫外線が強く、かないません!」
何十回と日焼け止めを塗ろうが、この直射日光の下では役には立たないだろう。アスファルトが燃えるように熱くなり、外気がそれによって歪みはじめている。
いくつかの箇所ではすでに火災被害も生じており、各所の消防署が消火活動に奔走している。
「こちらはトクサネシティです! 見てください、この大雨! この天気ですと車を運転することも難しく、視界もこれ以上雨が強まりますと前方も定かではありません」
バケツをひっくり返したみたいな、とは良く言ったものであろう。叩きつけてくる雨の多さに、その場で立っているのもやっとだ。それでも報道を続けるのは、プロ魂の賜物である。
彼らのレインコートは降り続ける雨の重みに耐えきれなくなり、衣服や肌に密着してしまっている。
「一体このホウエンで何が起こっているのでしょうか!? 先ほど、協会の方からはまもなく会見を行うとされていましたが……初の試みとなっています!」
会見。
それはこの危機的状況において試される、サカキの策略でもある。このチャンスを見逃さない、それがサカキという男でもある。
ホウエンの西半分が強い日照りに悩まされ、東半分が豪雨に苛まれている。それを引き起こしているのはマグマ団及びアクア団。しかしその元凶は彼らにグラードンとカイオーガの封印を解く為の鍵を与えたダイゴにある。
そうした状況の中、会見は開かれる。
あふれんばかりのフラッシュと拍手によって迎えられたサカキは一張羅に身を包み、片手を上げて騒音をやめさせる。
「ホウエンでの異常事態は恐らく封印されていた伝説のポケモン、グラードンとカイオーガによって引き起こされている可能性が高いことがわかりました」
画面の向こうでも、会場内でのどよめきが伝わってくる。
「そしてポケポリの協力もあり、犯人の特定も確認しました。以前我々の団体名義で活動し、複数のジムリーダーと四天王と結成したテロ組織の主格であるツワブキ ダイゴであることが確認されました」
どよめきは広がる。それは画面の向こう側でも同じことである。
自分たちの地方を統べていた元ホウエンチャンピオン。その張本人がこの異常気象を引き起こしているのだという真実を突きつけられたのだ。
「ただいまポケポリと協力し、ロケット団から正規団員をホウエンへと派遣いたしました。事態は必ず収束させます、ご安心ください」
サカキの声を聞いてしまうと、その重鎮さにどこかしら安心感を覚えてしまう。それは敵にしてしまいたくないと思わせてくれるほどに信頼の置けるものでもある。
「そこでホウエンの皆様にお願いがございます。むやみに外出するのは控え、今日明日と自宅で待機していただきたい。激しい作戦が展開されることによりどこまで人的被害が及ぶかわかりません」
丁寧な手振り身振りに慎重な説明に誰もが危機感を覚えるもパニックへとはいたらない。誰もがサカキの次の言葉に夢中となっている。
「そして他の地方の方々にもお願いがあります。ただいまをもってホウエンへの渡航を全面ストップいたしました。ホウエンは今より厳重体制下に置き、事態が収拾されるまで立ち入りは許されません。いかなる二次災害が起こるかわかりませんし、ホウエンの方々は常に地域の最新情報をご確認ください」
それはホウエン地方の孤立化を意味していた。
それがサカキの狙いなのかはわからないが、もはや一般市民にとってはそれは仕方なのないことだと割り切ってしまうだろう。
「それではこれにて臨時会見を終了いたします。ありがとうございました。それでは質問の方へと移らせていただきます」
この国はもはやサカキ無しでは回ることはないのだろうか。
「大丈夫ですか、スミレ様?」
「あ、ああ。しかし、これは……」
キンセツシティは丁度ホウエンの中央にあることから異質な天気雨を受けていた。
「ありえません! 藍色も紅色の珠は両方ともスウセルア教の本部で保管されているはずです!」
「だが、他に説明がつかない。誰かに盗まれた? だが、どうやって?」
カイチ スミレが今や次期頭首として一目置かれているスウセルア教の本部であるカイチ家。その実態はロケット団からの干渉などを受けずともに独立しており、その資金繰りはホウエン全土にまで及ぶ。
科学という名目を追求してきた彼らはもちろんホウエンに伝わる伝説のポケモンについても調べはついていた。そして彼らが目覚めた時に現れるとされているレックウザの存在についてもだ。
だがそれを科学的に証明は未だにできていない。だからこそ彼らは珠二つを自分たちで厳重保管し、謎が解明されるまでは世間への公開及び発表も控えていたのだ。
そう思っていた。
「スミレ様、これをご覧ください!」
「……っ!」
スミレとサルは今、キンセツシティのホテルにいた。サルが指さした先のテレビでは丁度サカキの会見が行われている頃であった。
「これは……しまった! サル、家へ連絡を入れろ!」
「は、はい!」
親指の爪をかじり、スミレは焦りを覚えていた。
これがロケット団が引き起こしたことなのか、それとも彼が言っているダイゴの仕業かは定かではない。だが一つ言えることはある。この機をサカキが取り逃すわけがないということを。
サカキはこの事態を鎮めることでホウエンでの知名度を絶対的なものにしようとしている。長くこの地で拘ってきたスウセルア教を押しのけようとしているのだ。
「そうは、させない!」
そしてそれは決して見逃せるものではない。だが出鼻はくじかれてしまった。
「本家との連絡が取れません!」
「何?!」
もう乗り込んでいるということか! とスミレは未だ愛想笑いを浮かべているサカキという男の器量を甘く見ていたことを痛感する。
「戻るぞ!」
「はい!」
もしかしたら昨日出会った男もロケット団の者だったのか、とスミレは勘ぐりはじめていた。
キンセツシティでの講演後、ジムリーダーの紹介であるからと油断していたのかもしれない。今やジムリーダーの全てがロケット団の管理下に置かれていようとも、キンセツのジムリーダーであるテッセンは違う者だと思っていたのに。
そうスミレは後悔の念を露わにしながら、身支度をしているサルの尻を蹴り飛ばして怒鳴る。
「荷物は他の者にやらせておけ! 急ぐぞ!」
「は、はいぃ!」
呼び名よろしく、赤くなりそうな尻をさすりながらサルは電話で車の手配を済ませながらスミレのコートを取り出す。
スミレは素早い動作でコートに身を通しながら、ジンに言われた言葉を思い出していた。
『カイチ スミレ、君は八柱力だね?』
あの確信した笑みをスミレは見た。つまり、自分が八柱力だということがバレてしまったということだ。身内にも数人にしか明かしていない秘密をなぜあのような人間が知っていたのかはわからない。
そう、スミレにとっての一つの足枷……それが自分が八柱力という存在であることにあった。ポケモンの持つ技を継承する人間、それを昔から八柱力と呼ばれており同時代には八人の人間にしか現れないという希少な現象。
しかし同時代に八人の八柱力が現れる可能性は極めて低い。それは八柱力となった人間が死んだ後、誰が次に継承するのかも、その才に気づくのかわからないからだ。
「スミレ様、待ってください!」
「さっさとしろ!」
科学の発展を促すスウセルア教の私が、なぜ解明できないような八柱力という存在なのだ! と、スミレは胸中で煮えたぎる嫌悪感を自分へと抱いていた。
そのことが世間に知られればスウセルア教の名声は途端と崩れさってしまう。しかしスミレの扱える能力というものが、スウセルア教にとっては有効活用できるものであった。
それゆえに彼女はこの若さでスウセルア教を背負う立場にある。
ギリッ……スミレは奥歯を噛み締める。
自分が背負った業、それを必ず自分の手で終わらせる。八柱力? バカバカしい。私の価値がそれだけではないことをスウセルア教にも、アルセウス教にも知らしめてやるのだ。
それこそがスミレの野望であった。
その為に不必要で邪魔な存在はいらない。その一つがロケット団でもある。そのロケット団と思われる人物に、ばれてしまった。
だが今はそのことを念頭にいれている場合ではない。もしこの異常気象がグラードンとカイオーガによって引き起こされているものだとしたら、スウセルア教のトップとしてその事態を収めなければならない。ロケット団よりも早く、だ。
「一体、どうなっているというんだ!」
バタン、と強烈な音を立てて自家用車の扉は閉められる。オートであるというのに容赦なく、それほどまでにスミレは激昂していた。
「なんとしてでもカイオーガの進行を止めさせろ!」
カントー四天王が一人、カンナの怒号が皆に知れ渡る。
「くっ……! 頑張ってくれ、サーナイト、エルレイド!」
ミナモシティの沿岸部でカンナ、エリカ、ミツルの計三人がマサキのサポートを受けながらカイオーガと対峙していた。
「ほらほらどうしたどうした! お前らも思う存分暴れろ!」
「「イエッサー!」」
アクア団の元帥、アオギリ。彼は今手に藍色の珠を持ち、カイオーガを完全に支配下に置いていた。そして彼らアクア団も自らが対抗してきている。
この数を、いくら強者として名を轟かせているトレーナーであっても防ぎきることは難しいだろう。
「いいか! 直にロケット団からも部隊がやってくる! それまでの時間稼ぎに集中するんだ!」
「ですがカンナ、私たちのポケモンはレックウザ戦で……くっ!」
「わかってる! だが、やるしかない!」
エリカの草ポケモンが唯一アクア団の団員達のポケモンを食い止める手立てとなっている。だが、徐々に一匹、また一匹と数に圧されてボールへと舞い戻っていく。
カンナとミツルはカイオーガによる攻撃から市街を守るのに手一杯であり、レックウザの時より苦戦していた。
だが彼らにも勝機がないわけではない。マサキからの連絡によりサカキの会見模様が伝えられ、ホウエンのポケモンリーグ協会からもジムリーダー及び四天王達の出撃命令もくだされたという。
敵任せにするというのは癪に触るが、そうでもしないと彼らに勝ち目はない。敵の敵は味方、そういう捉え方ではないが今はそいつらに頼るしかない。
「しっかりやれよ……。ラプラス、【絶対零度】!!」
「ラープゥーーー!!」
それは今、グラードンとマグマ団の方へと向かったケン達へと送られた言葉であった。