III:契約
「俺を待たせるとは良い度胸だな?」
マツブサは猛禽類のような鋭い視線を俺たちに向ける。
マグマ団を率いていたマツブサは昔、ダイゴさんによる妨害で壊滅的被害を受けた。今まではアジトでひっそりと復活を狙っていたところにダイゴさんからの誘いがあったわけだ。
念願の紅色の珠を手に入れ、マツブサは表面上ではあるが協力をすることとなった。そしてアクア団のアオギリもである。
ダイゴさんの次なる指示で俺とアンズ、そしてカスミさんは彼らとの待ち合わせである煙突山までやってきていた。
「…………」
表面上は協力関係にはあるが、お互いを信頼したわけではない。
俺はだんまりを通して、軽い会釈だけをする。
「ふん、まあいい。それよりも俺たちはどうすればいいんだ? グラードンは目覚めさせたが、いまだ仮死状態のままだ」
復活させて仮死状態にさせた? グラードン特化の研究において、頼れるのは文献ではなくマグマ団だとダイゴさんは踏んだのだろうか?
「あなた方の判断に任せます」
「なに?」
カスミさんがダイゴさんからの言伝をマツブサに伝える。
「グラードンはあなた方に委ねます。陸地を増やすも良し、ロケット団を殲滅するも良し、アクア団をつぶすも良しです」
「くっくっく、読めない男だなぁダイゴというやつは」
いくらなんでもそれはないだろう、と俺は思うが、マツブサは愉快そうに笑い声をあげる。
「マツブサ様?」
部下であるマグマ団の一員がマツブサに駆け寄る。
「いいだろう。それは今ここでお前たちをつぶしても構わないということだよな?」
天を仰ぐマツブサの片目が俺たち三人を睨み付けながら、見下す。
「っ!」
俺はアンズを守るようにして立ちはだかるが、マツブサはそんな俺を一瞥して豪快に笑いだす。
「くっくっく、まあいい。心得たとダイゴに伝えておくんだな。行くぞ、お前達」
「「はっ!!」」
複数人の部下を連れてマツブサは煙突山頂上から下りていく。
「いいんですか、カスミさん?」
「……ええ」
アンズがカスミさんを見上げながら心配そうな表情を浮かべるが、カスミさんは毅然としたままマツブサが消えるのを見送っていた。
「あいつ、本気だった」
「う、うん」
マツブサは本気で俺たちをヤる気でいた。何が奴の気を変えたかはわからない。でも、あのままにしておいていいのだろうか? いったいダイゴさんは何を考えているんだ?
「私たちも行きましょうか」
「え? あ、はい」
「はい」
カスミさんの言うとおりに従い、俺たちは次の目的地へと急ぐ。
なぜこのような回りくどいやり方をとっているのか? それはGPSによる位置特定を避けるためである。俺の不手際によってポケッチの電源を消さなかったために、ダイゴさんの作戦には狂いが生じた。
しかしそのことについてダイゴさんも、他の人も言及してこなかった。それはダイゴさんのミスであるからと、くくってしまったのだ。
だから俺は精一杯働かなければならない。とがめられることはなくても、俺の責任であることに変わりないのだ。
「ダイゴさん達との待ち合わせ場所は?」
「キナギタウンよ」
そういえばアクア団のアオギリへと会いに行ったエリカさん達は、もうキナギへと着いているのだろうか。俺たち三人はサトシさんとの合流で時間を費やしたため、もう日も傾きはじめていた。
「キナギに着く頃には夜になりそうですね」
「そうね。どうせなら下山してフエンの温泉にでもつかりたいところだけど」
「またみんなで来ましょう!」
アンズがそう言って流れ始めている陰気なムードを払しょくしてくれる。
「そうだな、またみんなで……」
俺は取り戻すんだ。ルカや母さんとまた一緒にいつものハナダシティでの日常を。
心のどこかでそれが絶対に叶わない幻想だと知っていたんだ。そう信じなければ自分自身の心が音をたてて壊れてしまうことを。
「あのカスミさん」
「なに?」
こんな不安を抱いてしまうのは、俺が完璧に皆のことを信じていないからだろう。信じたいのに信じられない。
仲間の内でもなにか闇があり、真相を隠してしまっている。そう、ダイゴさんはそういう男だ。だから今なら、カスミさんになら何か尋ねられるかもしれない。そう、ポケナビについてだ。
あの日、サカキに知れてしまった俺のポケナビの番号。それをダイゴさんに報告しても、ダイゴさんはそのままにしておけといっていた。その時はダイゴさんが前に話していた妨害プログラムを信用していた。
だが今、御触れの石室でロケット団にこちらの動きが掌握されていたとなっては、例え全ての非が俺にないとはいえ俺のミスだ。
「ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
「いいよ、私に答えられるなら」
「実は」
問いかけようとして、俺は口を紡ぐ。
もしダイゴさんが俺に何かを隠し、それをカスミさんが知っていたとしたら単刀直入に聴くのは。
「カスミさんはポケナビに振り当てられた番号については知っているんですか?」
「ケンくんのは何番だっけ?」
「7です」
「そっか。ごめんね、私は知らないんだ」
カスミさんは何かを知っている。
知っていないならば俺の番号なんて聴くはずもない。だが、会話はこのまま続けなければならない。
「俺のポケナビが逆探知されていて、これは破棄した方がいいんじゃないですか?」
「うーん、そうだね。でもきっとダイゴさんはケンくんのポケナビを囮として使うことも考えているかもしれない。ちょっとひどいかもしれないけど、ダイゴさんならそう考えているかもしれない」
だろうな。
そう、ポケナビを俺が未だに持たされている理由はそこにあると考えていた。それだと合点がいく。いくんだが、一つのわだかまりが俺の中から抜けない。
ダイゴさんは侮りがたい。だからこそ、こんな単調な考えでかたづけて自分を納得させていいのかってことだ。
それに囮である俺と一緒に行動してもらっているカスミさんやアンズに申し訳がたたない。
「そろそろ行きましょうか」
「あ、はい!」
俺とカスミさんはアンズが先に用意してくれた三匹のペリッパーに捕まり、キナギへと急いだ。
上空へと飛び立ち、煙突山を見下ろす標高に至った時、俺はなにか紅く光るものをみた気がしたが、確証を持てないままその場から離れていった。
キナギタウンの民宿に辿り着くと、そこには予想だにしていない人がいた。マサキさんである。
「よぉケンくんやないか。えろう頑張っとるな」
「あ、ども」
カタカタとノートパソコンをいじっているマサキさんに軽く会釈した後、先に到着していたエリカさんに事情を伺う。
「あの、エリカさん」
「私達が、お連れしましたの」
「あ、そうなんですか」
「ええ、ですから私達もたった今到着しましたのよ」
そうだったのか。しかしマサキさんまでここに来てるってことは本格的にことが動き出すんだろう。
「なんだか急に降り始めてきたな」
言いながら民宿のロビーに入ってきたのはダイゴさんだった。その後ろにはミツルさんがぴったりとついていた。
「そうですね」
一体今から何を話し合うというのだろうか。
「皆集まってるな。それでは次の作戦に移行する」
ダイゴさんの一声で俺達は別室へと移動し、小さなホールへと場所を変える。
「マツブサとアオギリへの交渉ご苦労だった。奴らが取る行動は早々にわかる、今降り出した雨がその合図だ」
合図?
なんの合図だと言うんだ?
「そしてサトシくんがシンオウへと出発した。恐らく明後日までにはレジギガスを連れて戻ってくる」
明後日って、早すぎないか? いや、サトシさんならありえるのか。
「サトシくんが戻ってくる間、俺達は空の柱の攻略に移る」
空の柱って、確か古代に造られた建造物で、雲を突き抜ける程の高さのやつか。だがなんであそこに? あそこにはなにもないってホウエンリーグ協会調査団が記していたはず。
その時のホウエンリーグ協会のトップは……そうか。
「空の柱にて俺達はレックウザの捕獲に専念する。その為には全員に協力してもらう必要がある」
だから全員がここに集結するというのか。でもマサキさんは?
「わいはレックウザのデータを取る為に一緒に行かせてもらうで」
そういうことか。
しかしレックウザ、聞いたことのないポケモンだ。グラードンとカイオーガについては古伝で名前だけは知っているが、実際どんなポケモンなのかは知る由もない。
でもこんなメンツで挑まなければ負けてしまうほどにレックウザというポケモンは強敵なのだろうか。いや、そうなんだろうな。
「出発は明朝。霧に紛れて出発する」
確かにそれなら人目を凌げる。
「質問、いい?」
カンナさんが腕組みをしながらダイゴさんを睨みつける。というかいつもカンナさんはあんな目付きをしているな。疲れないのか?
「ああ、どうしたカンナ?」
「私らにマグマ団とアクア団にあんなこと言わせたのはグラードンとカイオーガを復活させること。そして暴れさせるつもりね」
暴れさせる? なにを言ってるんだカンナさんは。
だって復活させるのはさせたけど、それはロケット団を壊滅させるために。
「そうだ」
「そうだって、あんたねぇ! このホウエンを潰す気でいるっていうの!?」
カンナさんはその二体のポケモンがどれほどの力を持つかを知っているんだろう。きっと俺にも想像を絶するほどなんだろう。
「そう取られても仕方はないが、言ってなかったか? 俺達の第一目標は、この国を取り戻すことだって」
「奴らを見逃してたら、また私たちのことでとやかく言われるのわかってるじゃない!」
そうだ。あのテロ行為もダイゴさん達のせいにされた。なら今回も同じことが起きるだろう。
「言われたら言われたでいい。お前たちは俺の言った通りに動いてもらう。それは契約した時交わしたことだ」
俺はそこで言葉を失った。
ここにきて発せられるこの人たちの繋がりだ。契約、だって?
ダイゴさんがその言葉を口にした時点で、他の人たちは押し黙ってしまった。
一体、なんだっていうんだ? この人達はなにがあってダイゴさんについてきたっていうんだ?