II:孤島の横穴
「レジギガスは今、シンオウ地方のキッサキ神殿に封印されている」
ダイゴさんが得意げな笑みを浮かべて俺の方へと振り返る。
「それがシンオウの契約での地だ。スウセルア教はアルセウス教にレジギガスを渡し、他のレジ三体をホウエンの各地に封印することで聖戦に終止符を打つ形となった」
だったら今更その封印を解いてレジ三体を回収しに行くっていうのは。
いや、それよりも。
「聞いている限りだとスウセルア教のほうが優勢だった風に聞こえるんですが」
「ああ、そうだな」
そう、もしスウセルア教がわざわざ最終兵器であるレジギガスを敵陣に渡したということが納得いかない。劣勢である側になぜ?
「だがアルセウス教にも切り札はあった」
「え?」
アルセウス教側の切り札。
「神の鉄槌だ」
「神の鉄槌……?」
実際にアルセウスが出てきたということなのだろうか?
「三獣神であるユクシー、エムリット、アグノムだ」
確か、その三匹はアルセウス教を代表するモチーフとなっているはずのポケモンだ。
「実在が確認されている彼らはその三獣神を使って聖戦を掌握しようとした」
「どういう意味ですか」
いくらなんでもたった三匹のポケモンでそんなことが可能なのだろうか? いや、レジギガスの話を聞く限り一体でも戦況は変わるのだ、ありえない話ではない。
「ユクシーの能力を使った記憶消去、エムリットを用いた感情コントロール、そしてアグノムを使った人心掌握による完全なる人間兵器の量産だ」
なっ。
「昔の連中の考えることはえげつないだろ? それをしかも味方側に行使したのがアルセウス教だ」
信じられない。そんな、非人道的なことが許されるはずが。
「昔ならありえる、しかもアルセウス教であらば信仰心を掌握する形でな。だからこそスウセルア教は対抗すべくしてレジギガスを開発した。迷いなく敵を殲滅できるような非人間兵器をな」
聖戦。その言葉の響きがこんな過去を隠し通す為の隠語だったとは思いもしなかった。
なぜなら教科書に書かれているようなことは、本当に簡素な概要でしかないのだから。
「でも、だったらなんで今レジギガスを」
「言っただろう? 俺達に足りないのは勢力だ。それを補うのにレジギガスの他にはいない」
確かにそのとおりだ。そのとおりだが、なにかが違う気がする。
俺達がレジギガスを使ってしまっていいのか? だが、牽制という形で用いるのには最適なのかもしれない。
「ちょっと、ダイゴ!?」
「どうしたカンナ」
突如としてカンナさんが声を荒げる。明らかな焦燥感を漂わせながら。
「レジロックとレジスチルがロケット団に奪取されたってマサキが!」
「なに!?」
な、なんだ?
「そんな、さっき封印を解いたばかりなのに!」
カスミさんまでもが取り乱し始める。
「ど、どうなって」
俺には何が起こっているのかわからなかったが、察しはついた。もしかしたらロケット団に先を越されたのか?
「泳がされていた。ならば、今までことがスムーズに運んでいた理由付けにはなる」
ナツメさんのその言葉に俺は気がつく。そう、少なくとも俺の行動は相手に見張られているのだ。なのになにも成されなかったのには訳があるはずなのだ。
なのに。
「急いでここから出るぞ!」
ダイゴさんの先導で俺達は急いで御触れの石室から退却する。
「サトシくん、俺だ。レジアイスのほうを頼めるか? そしたら連絡をくれ、ああ、頼んだ」
俺はダイゴさんのやり取りを片耳で聞きながら、アンズのそばについていた。カンナさんが殿をつとめている、というよりも走るのが苦手なナツメさんを引っ張っているために必然的に他より遅れてしまっているのだ。
「お前、自分で努力すること覚えろ!」
「カンナ、これからもよろしく……」
「ちっ!」
エリカさんがここの最深部へと来るときに辿っていたルートに【宿り木の種】を撒いていてくれたおかげで、俺達は難無く洞窟の入り口までへと戻ることができた。
「今まで干渉がなかったのは俺達がここまでやってくることを見越していたってことだ。くそっ、とんだ失態だ」
ぼそっとそう呟くダイゴさんを俺は見逃しはしなかった。悔しそうな、それでいて怒っているようなその声を俺は初めて聞いた。まさかここまでダイゴさんが敵意を剥き出しにするなんて。
「よし、来るときと一緒だ! カスミ、カンナ、頼むぞ」
「はい!」
「了解」
出てきた水ポケモンたちに俺達は掴まりながら順次【ダイビング】で抜け出していく。
「よし、わかった。引き続き調査のほう頼んだぞ」
潜り際、ダイゴさんがそうポケナビに語りかけるのを見て俺はそれがミツルさんあてのものなのだろうと予測した。言っちゃ悪いが、ミツルさんは良い人なんだけどいかんせん影が薄い。
そういえばミツルさんも別行動だったなぁ、と俺はそこで気が付いた。
「行くよケンくん!」
「ああ、行くぞアンズ!」
俺たちは一斉に飛び込み、大量に作り出される水泡の中を掻い潜り海底へと進んでいく。
ここが、レジアイスのいる場所なんだろうか?
俺はアンズと、カスミさんと一緒に105番水道にある孤島の横穴へとやってきていた。
ダイゴさんと他の面々はレジロックとレジスチルの方へと赴くと言って、別れたばかりだ。予定通りに行けば、すでにサトシさんが中にいるはずだ。
俺達の仕事はサトシさんが無事に任務を終えて出てくるまで邪魔が来ないようにするためだ。つまりは入口付近の監視ということになる。
「大丈夫かな、サトシ……」
カスミさんはやっぱり心配なのだろう。中にいるであろうサトシさんの安否を気にしている。任務とはいえここ暫く会っていないのだ、気になるのも仕方がない。
「大丈夫ですよカスミさん、サトシさんならきっと」
「うん、そうだね。ありがとうアンズちゃん」
カスミさんとアンズが仲良くしている様を俺は傍目に捉えながら、周辺への警戒を怠らない。
孤島の横穴がこんなところにあるとは思っていなかった。ほかの場所が陸続きであるから、ロケット団の魔の手からは逃れられたのだろうか? それともサトシさんがすでに始末した後なのか。
「でも、私が言うのもなんだけど」
くすっと悪戯っぽい笑みを浮かべたカスミさんは俺達二人を見たまま、
「なんだか妬けるなぁ、二人を見てると」
「「え?」」
俺とアンズの声は重なり、同調する。そして、お互いの視線も……。
な、なんで俺こんなに顔が熱く、って!
「も、もう、カスミさん!」
「えへへ」
アンズがカスミさんへとちょっかいを出されたことに反撃しに行くが、二人の仲睦まじさに俺の方が嫉妬してしまいそうになる。
なに考えてんだ、俺?
「あ、カスミ!」
そんなこんなで三人で過ごしていると、突如として背後から聞こえてくる声があった。
振り返ると、そこにはサトシさんの姿があった。
「サトシ!」
俺達の前だということも忘れて、いや忘れるほどにカスミさんは待ち望んでいたのだろう。お互いに抱き合い、カスミさんの瞳は潤いをふくんでいた。
ってか、いつのまにこんなに二人は進んでたんだ? いや、こんなことを考えるのも無粋か?
と同意を求めるようにアンズへと視線を移すと、アンズは両頬を染めていた。
「アンズ?」
「え? あ、う、ううん、いいなぁなんて思ってないから!」
「は?」
「な、なんでもない!!」
あわてふためくアンズをよそに、サトシさんは一言二言交わした後俺の方へと歩み寄ってきた。
「お疲れ様です」
「ううん、案外そうでもないさ。それよりこれから僕はシンオウへと行かなきゃいけない」
「え? まさか、レジギガスを?」
「そういうこと」
ダイゴさんはサトシさんにワンマンプレーをさせる気なんだろうか?
いや、まあ俺がついていったところで何も変わらないというか、逆に足でまといだろう。
「大変じゃありませんか? 前までカントーに行っていたのに」
「うーん、そうだね。でもカントーへ行ったのは僕のわがままだったから」
以前サトシさんに口調について言及したことがあるが、今考えると差し出がましいことしたなと反省する。
「でもここからシンオウまでって」
「心配には及ばないよ。それに僕にしかできないことは僕がやらなきゃいけない」
そんな風に言われたら俺は何も言い返せない。
「あ、そういえば」
サトシさんは思い出したかのようにしてジャケットの裏へと手を入れる。
「それって……」
「そう、ヒートバッジだ」
な、なんでそれをサトシさんが? だって俺達がフエンシティへ行ったときにはジムリーダーのアスナさんすらいなかったのに。
「これはね、ルカちゃんから預かってきたものなんだ」
え?
「サトシさん、なんて?」
「カントーで偶然ルカちゃんに会ってね、ケンくんにこれを渡してくれって頼まれたんだ」
サトシさんは何を言ってるんだ? だってルカは、母さんの実家にいるはずじゃ。
「なんでルカがこれを?」
「詳しいことはルカちゃんに聞いた方がいいかもね」
放心状態の俺の手のひらにヒートバッジが乗せられる。
俺はそれを眺めながら、ぎゅっとバッジを手に握りしめる。
「あいつ……あの、バカっ!」
あの野郎、ホウエンまでやってきて。それにこれを手に入れることがどんなに危険なことなのかを、俺は実感していた。
あのばかやろう。ばかやろう、ばかやろう、ばかやろう!!!
「ケンくん」
アンズが俺が握り締めた拳をぎゅっと手にとって包んでくれる。
「ルカ」
俺の呟きに、サトシさんは肩へと手を置いてくれた。
「帰りたいかい?」
「いいえ、あいつは今カントーにいる。それだけわかれば十分です」
ヒートバッジを再度確認して、
「あいつはずっと待っててくれますから。そんなことあいつは自覚してないかもしれないけど」
あいつは、ルカはそんな奴だ。
きっといろいろ悩んでも、結局は自分に一番正しいことをやってのけている。そんな奴だから、俺はあいつを信じることができる。
毎度毎度、突拍子過ぎて、ヒヤヒヤさせられるけどな。
「ありがとうございます、サトシさん」
「ううん。それじゃ、行ってくる。カスミ、二人を頼んだよ」
サトシさんがカスミさんへと目配りして、カスミさんは胸に手を当ててみせる。
「任せて。それより、サトシも気を付けて」
「ああ、行ってくる」
サトシさんはリザードンをボールから出して、そのまま天高く空へと飛び立った。
「それじゃ私たちも」
「「はい」」
俺達はこのあと、マグマ団のトップと会わなければならない。次の作戦の為に。
「ありがとな、アンズ」
「ううん、妹さんの為にも頑張ろうね」
「ああ」
俺の手を包み込んでくれていたアンズの両手を俺はぎゅっと握り返し、そのままカスミさんの後を追う。
一刻も早く、俺はルカや母さんの待つハナダシティへと戻るのだ。いつもの日常を取り戻す為に、俺は……。