I:御触れの石室
「ぐっ!」
「ちゃんと捕まって、ケンくん!」
カスミさんの大声に俺は必死に答える。勢い良く流れる海流に身を制御できなくなりつつも、カスミさんのポケモンにしがみついて海水を飲まないように気をつける。
送り火山からフエンタウンへと訪れた俺達は、そこのジムリーダーであるアスナさんの行方不明情報を確認した後キナギタウンへと赴いた。
ダイゴさんの知り合いである民宿に俺達八人は一晩の休息を得ていた。マサキさんはトクサネシティに残り、サトシさんは別の用件で一旦カントーへと戻っていた。
俺達は翌日に御触れの石室へと向かう為、キナギタウンの西側である134番水道へと向かったはいいものの。
「ごふぁ!」
「ケンくん、大丈夫!?」
西方向に流れる速い潮流に逆らわないよう、一本でも筋を間違うとそのままカイナシティまで流されて逆行できないらしい。
リードはされているとは言うものの、ゴール地点のわからないジェットコースター(視界一面水)に乗せられたような気分だ。
横で声をかけてくれるアンズの為にも必死に堪える。てか良く他の面々は平気だな! さすがジムリーダーってとこかよ!!
「溺れる……」
「ナツメ、あんたちゃんと捕まりなさいよ!」
必死な俺をよそにナツメさんとカンナさんのいつもどおりの悶着はこんな時にでも健在らしい。というかナツメさんに体力がないからカンナさんがきっちりフォローしているんだろうな。
「楽しいですね」
そしてそんな二人を微笑んで見守るのがいつものエリカさん。着物姿でないエリカさんにもそろそろ見慣れてきたと言わざるを得ない。しかし彼女のおっとりとした雰囲気はこの状況下においても健全だ。
「大丈夫かーお前ら?」
潮に流されること20分。実際それだけの時間なのに永遠に潮流に運ばれていたような感覚に陥ったながらも、なんとか目的の場所へと辿りつく。
なぜここだけ潮が避けるようにしてぽっかりと穏やかな空間が構築されていた。なんとも不思議な異空間だ。まるで誰かに忘れ去られたかのような、そんな変な錯覚に陥ってしまう。
「ここからは【ダイビング】だ。頼むぞ」
「はいはい、わかってるわよ」
「了解です」
カスミさんとカンナさんのポケモンたちに連れられて俺達一同は海の中へと【ダイビング】を使って潜っていく。
【ダイビング】を使ったのは初めてだったが、なるほど確かに妙な技としかいいようがない。気圧の変化と酸素の供給をポケモン達がつくりだした気泡を人間が利用して対応するのだから。若干ポケモン達の生臭さが鼻にきついが、それも数十秒としないうちに慣れてくる。
奥へと向かえば向かう程に俺達の頭部をすっぽりと覆う気泡は小さくなっていく。でもそんなに奥深くまでは進まないみたいだな。ん、あそこに見える窪みは? 点字か?
先頭を進むダイゴさんが右手を上げて全員に合図を送る。後方でしんがりをつとめるカスミさんは俺みたいな不慣れな者をアシストしながら役目を果たしている。
「ぷはぁっ!」
「ふぅ!」
アンズと俺は同じタイミングで水面の上から顔を出す。そこは洞窟だった。
ただの洞窟、ではないだろう。なんなんだ、ここ?
「ここが御触れの石室?」
俺はカスミさんのポケモンに洞窟内へと押し上げられて、辺りを見回しながらそうつぶやく。
「ああ、そうだ。ここに俺達が開かなきゃならない扉がある」
「扉?」
この時、俺はダイゴさんの言っていた扉の意味がわからなかった。しかし思い知ることになるんだ、ここがどういった場所なのかを。
洞窟内に整列された岩壁に描かれた巨大な点字。それはかなり昔に彫られたものであることが明確にわかるほどに歴史を感じさせる。
「とりあえず見てな」
ダイゴさんがメタグロスを取り出して勢い良く地面を掘り始める。
「この下ってこと?」
カンナさんが訝しむようにメタグロスの動向に気を配っている。
「下から感じる、人々の怨念と魂の叫びが」
ナツメさんは目を瞑りながらそんな不穏なことを声にする。怨念ってどういうことだ? それに叫びって。
「それじゃ行くぞ!」
ダイゴさんが掘り終わった穴に飛び込んでメタグロスの上に着地する。その後は順々に飛び降りていき、女性陣のほとんどは俺とダイゴさんで受け止める形となった。
「それじゃナツメ、頼む」
「はい」
ナツメさんは超能力者としての実力を秘めているとはされているけど、古代学者でもあることはあまり知らされていない。古代のオーパーツ、そういった類のものにまで彼女は精通している。
俺たちが【穴を掘る】で降りた階層は最初の空間よりは小さいものの、見慣れた点字が存在していた。ナツメさんが点字を読み取り、それにしたがって部屋を移動していく。
俺だったらどれも同じ空間にうんざりするところだが、しかし一体どういうとこなんだここ?
「ケンくん、大丈夫? 顔色が……」
「いや、大丈夫さ。ありがとなアンズ」
海底にある洞窟だからだろうか? 体調が地上とは勝手が違うのか?
「ここだな」
「ええ」
ダイゴさんとナツメさんが目標地点にたどり着いたのだろう、行き止まりとなった小部屋の壁面を見て頷きあっていた。
「あの、ダイゴさん」
「ん?」
「ここって、一体?」
俺はダイゴさんにそろそろ真意を聞き出す。ここが一体どういった場所なのか? ポケギアで調べてみても御触れの石室なんて場所は存在しない。
「聖戦って知ってるか?」
聖戦。その言葉はスクールに通う者なら一度は歴史の授業で習うものである。
「はい、アルセウス教とスウセルア教との戦争ですよね」
「ああ。聖戦を終わらせた契約の地、それがここだ」
聖戦を終わらせた契約の地?
「スウセルア教はアルセウス教打破の為につくりだした最終兵器があった場所だ」
スウセルア教の最終兵器。それが、あった場所?
「百聞も一見にしかずってな。カンナ、頼む」
「はいはい」
カンナさんは壁の前に立ち、二つのボールを取り出して壁にある二つの丸い窪みにはめ込む。
「そのボールは?」
見たことのないボールであった。
モンスターボールでもなく、全体的に黒く、そして表面が若干ではあるが荒い。いや、これってもしかして。
「あれはぼんぐりから出来たボールですわ」
そう告げたのはエリカさんだった。ぼんぐり……確か、モンスターボールの原型といわれている。そんなものをどうして?
すると突如として二つのぼんぐりで出来たボールは壁に吸い込まれ、壁面が揺れはじめる。
「きゃっ」
「だ、大丈夫か?」
「う、うん。ありがとう」
不安定となった足場でよろめいてきたアンズを俺は支える。アンズも体調が悪いのだろうか? いつもなら、こんなこと……。
そして震動は二つの雄叫びのような鳴き声によって静止する。もはや絶叫に近いような喚声が洞窟内に響きわたった。
「これで鍵穴は開かれたな」
ダイゴさんはどこかにポケナビをかける。こんなところまで電波が届くかは謎だが、誰かに連絡をとっているのだろう。俺はアンズの肩に手を添えたまま、様々な思考を巡らせる。
一体さっきのはなんだったのか。あのボールにもしポケモンが入っていたのなら、どうなったのか。ここはどういった用途でつくられたものなのか。疑問は残る。
「ナツメさん、ここはどういったところなんですか?」
「ダイゴの話、聞いてなかったの?」
「いや、まあ大体は。でも実際になにがというのは……」
「そう。カンナ」
普段のナツメさんの顔からは表情が汲み取れない。どこか儚げな感じはするんだが、だからといってそれだけではなにも計れない。
「あん?」
「説明、してあげて」
「エリカ、パス」
カンナさんは面倒くさいのかどうなのか、自分に振られたものをエリカさんへと渡し、
「カスミさん、お願いできます?」
「え、わ、私ですか?」
年功序列なのかどうなのか、このまま行くとアンズへと振られかけないがカスミさんはそんなことはしなかった。
「ここはね昔スウセルア教のつくりだした最終兵器であるポケモンが開発されたところなの」
は?
そのとき俺は、カスミさんが何を言っているのかわからなかった。ポケモンを開発?
「か、開発って……」
「スウセルア教は科学の力に長けていた。ならばポケモンも人間も苦しまずに戦争の戦況を変えようとして開発していたのがこの洞窟の主であるレジギガスなの」
スウセルア教。あいつらは科学を信仰し、すべての行いが人間とポケモンの未来のためだとする宗教団体だ。その活動の一端にポケモンの開発があるって言いたいのか? 馬鹿げてる。
「レジギガスプロジェクトと今の私たちは言っているけれど、昔は神殺しと呼ばれていたみたい。ただレジギガスをつくったはいいけど、レジギガスは単体では動くことはなかった」
「え?」
「あまりにも一撃の火力に念頭を置きすぎたせいで、最初の初期動力、つまりスイッチね。それが足りなかったらしいのよ」
「スイッチ……」
「レジギガスは稼動すればするほどに体内における力を増幅させる。でもそれには時間がかかるの。だからスウセルア教はホウエンからシンオウまでの長い距離を使って、レジギガスを投入したの」
「もしかして、敵地に着くころにはフルパワーになっているようにですか?」
「そのとおり」
さすがにわからなくなってきた。
「はじめての取り組みだったからかはわからないのだけど、スウセルア教は三体の新たなるポケモンを完成させた。それがレジロック、レジアイス、レジスチルとされているレジギガスのスイッチよ」
カスミさんの語っていることは恐らく事実なのだろう、だったらこんな場所が存在するわけがない。
「この三体がつくられた理由ははっきりとしているけれど、なぜそれら三体なのかはわからない。でも今から私たちはそのレジ系の三体を回収にしにいかないといけない」
「え?」
回収?
「それぞれのレジ系が封印されている扉を開ける鍵穴、そこがここ御触れの石室なの」
連絡を取り終えたダイゴさんと目線のあった俺は、彼の微笑みを見てなにか嫌な戦慄を覚える。
この人は一体、なにをしようとしているんだ?