II:崩れ行く……
全木の実大百科より:
【この世に存在する幻の木の実は五つ。
荒げる猛火の如く攻を与えしナゾの実。それはかっこよさを極めん。
乱れる雷撃の如く防を与えしレンブの実。それはたくましさを極めん。
駆ける春風の如く速を与えしイバンの実。それはかわいさを極めん。
輝ける極光の如く念を与えしミクルの実。それはうつくしさを極めん。
栄える森林の如く智を与えしジャポの実。それはかしこさを極めん。
すべての実を食し受け入れられしポケモンこそ真の覇者とならん―――】
全木の実大百科より抜粋
ハナダ神社が祀っている神様の名前はもちろんアルセウス様。神社の門構えとして立派にそびえ立っている。荘厳な趣ある鳥居にはディアルガとパルキアがモチーフとして飾られている。
境内は初詣に来ているハナダの人でいっぱいで、スクールの子や先生をみかける。年初めのごあいさつをしあいながら、私たち二人はお正月の雰囲気に酔いしれる。
「今年もよろしくね、カナ」
「うん。私もよろしくお願いします」
舞い降りる雪のカーテンに包まれては私とカナは嬉々とした笑い声をあげる。
「へへっ」
「ふふっ」
カナの表情には笑みが戻って、私もほっとする。
「よーし、それじゃ〜デパート行こっ。お年玉もらったでしょ?」
私はカナの手を人混みの中で逸(はぐ)れないように、引っ張りながら尋ねる。
「うん、お姉ちゃん達皆がくれたから」
「えっ、よ、4人分?!」
「う、うん……」
そ、そんな、さすがはハナダジムを経営している美人四姉妹……。
「そ、それじゃ、お、おいくらぐらい?」
「え? このぐらいだよ?」
「っ!?」
私も少なくないぐらいもらっているのに、私のお年玉を軽く凌駕するカナのお年玉に驚愕する。
うわ〜ん、なんなのこの差はー?
でも黄昏てるわけにもいかないので、若干心を挫(くじ)かれつつも私とカナはハナダシティ一充実したデパートへと向かう。
毎月分のお小遣いより上乗せされた軍資金を手に、今宵の財布の戦力は屈強!
今日はおっかいものー!
神社から歩いて10分とかからないところに目的地はある。
ハナダシティで一番大きなハナダデパート。近くにヤマブキシティもあるから品揃えはとっても充実している。流行の最先端には少し劣っちゃうけど、ヤマブキシティとそんなには大差ない。それでもやっぱりファッションだと、一日の遅れが命取りなんだよねー。
見上げる建物は16階建てのデパートビル。カントーでは著名なブランド店のほかにも、イッシュやホウエンといった遠いところのお店もこのデパートでは見かけることができる。
ずらりと並んだ複数の自動扉の内の一つを通って、私たちは中へと入る。
「ふぅわー、あったかーい」
「あったかいねー」
入った瞬間に髪や首巻きについた雪の結晶がゆっくりと溶けていく。それくらい暖房がきいたデパートの中、私達は3階へと続くエスカレーターの方へと足を向ける。何回も来ている場所であるから、迷うことはない。
デパートや建物の類にはプロテクトセンサーが設置されていて、ある規定外以上の大きさのポケモンや重さのポケモンがいたらボールから出せなくなるようになっている。これは最近になって導入されたシステムで、古い頃に製造されたモンスターボールでは適用されはしない。
恐らくどのデパートも1階は化粧品売り場で、いろいろフェアとかしてて興味が湧く。私も新しいの欲しいけど、お母さんと一緒の時に選んでもらおっと。
「カナはやっぱり、新しいの買うの?」
「うんっ。結構珍しいの買えそうだし」
「そっかー。3階だよね?」
「うん」
カナは無類の木の実マニア。
そう、カナの部屋にはたくさんの木の実の標本で並べられている。
木の実の数は全部で64種類。そしてジョウト地方には特別に見受けられるぼんぐりもカナは集めている。結構大小様々に分かれているから、不揃いではあるんだけどね。まあ言ってしまえばメディターが用いる漢方とか薬とかも原料が様々あるからお互い様なんだろうけど。
「あ、見て見てルカちゃんっ! これ、ベリブの実だよ!」
「ベ、ベリブ……?」
じゅ、授業で一回か二回聞いたような聞いていないような……。
「で、でも結構大きくない?」
普通の木の実なら手で握れる程の大きさなのに、このベリブの実はケースに入っているせいもあるけど長さが30cmもある。
「そうかな? でも、この木の実滅多に手に入らないし、前から欲しかったの」
「そっか。なら、買っちゃう?」
「うんっ」
嬉しそうな表情でベリブの実をまじまじと見つめたり、ケースを掲げるカナを見て私も自然と頬を緩める。
カナの家の庭ではカナが自分で木の実を育てている。カナが言うには珍しくて高級な木の実ほど、それに順応した気候や肥料を準備しなきゃいけないみたいで……なにより根気とマメさが試されるみたい。わ、私には無理かも……。いや無理、絶対無理。
カナ自身、高級な木の実は1個や2個程度しかもっていない。こんなに目を輝かせてるんだもん、このべリブの実って高いんだろうなぁ。
「ちなみに、いくらなの?」
「え? あ、えっとね、5万8千円」
「ごっ………5万8千円!?」
「ル、ルカちゃん、しっー!」
そ、そんなにするの?!
う、うわー、なんかすごくついていけない……。
でも木の実の組み合わせと育て方をマスターしてこそ一人前のコーディネーターだって先生言ってたな……。骨や筋肉覚えるみたいな感じなんだろうな、カナにとっては。
カナは店頭に置いてあるベリブの実が入ったケースを指差して、店員を呼ぶ。こういう時、人見知りなカナの性格はどこかに飛んで行ってしまってかなり積極的になる。
まあ、限定1個って書かれてたら興味は注がれるけどねー。
だってモモンの実なんて1個100円で売られてるし……。あ、干しキーがある。
「お待たせー。ルカちゃんは何買うの?」
「あ、そうそう。私は新しいアプリ欲しくて」
「アプリって、ポケギアの?」
「そうそう、ポケギアの最新アプリケーション。自分のポケモンの骨のデータを取れるんだって」
「す、すごいね」
えっと、確かアプリケーションが売ってある階は5階だったかな?
私はエスカレーター近くにある地図を見ながら階を確かめる。
お正月であってもデパートにとっては1日でも多く開店して売上を伸ばしたいのかな……? でも、こんな日だから着物でいてもあんまり違和感無くて目立たないなー。
「そういえば……今朝のニュース見たルカちゃん?」
「ニュース?」
エスカレーターでぼけーっとしていた私は唐突に言われたカナの言葉に反応が遅れる。
「うん。最近大きな街でおかしな事件が多いんだって」
「へえー、そうなんだ。でも、大事(おおごと)じゃないんでしょ?」
「う、うん……。でも犯人は捕まってないんだって。なんでも集団犯行みたいだよ?」
「そうなんだ。でも今日はお正月なんだから楽しまなきゃ」
「そ、そうだよね」
また神社の時に見たカナのどこか暗そうな表情が垣間見える。なにかを心配しているような、そんな感じ。
カナは大げさなんだから、そうそう変なことは起こらないって。
だけどこの時、悲劇は始まった。
私の人生を揺るがす程の惨劇が……私の日常が崩れたのだ―――。
ドドン!! ゴオオオオォォ!
横から殴りかけられるすさまじい衝撃音に、デパート全体が震撼する。
「きゃあっ!」
「ル、ルカちゃんっ!!」
突如と揺れる私達の足場。
エスカレーターが停止させる衝撃と轟音が私達に襲いかかる。
手摺(てすり)に必死にしがみついて、私とカナは落ちないように耐える。でもデパートの電気は停まって辺りは真っ暗になる。
直後に微弱ながらも予備電力が復活するけど、今のこの状況だとパニック状態は一つとして軽減はされない。
「な、なにっ?」
「カ、カナ、とりあえずエスカレーターから降りよう!」
「う、うん!」
わからない。何が起こっているのかはわからないけど、ここにいたら危険。
私とカナは残り少ない段数を着物の裾を持ち上げて上りきる。
すると、またも衝撃。今度はビルの反対側から。
ドォン!!
という震動と共に、鼓膜に危険信号を知らせる音が鳴り響く。
私の視界には店員もお客さんも全員がパニックに陥っていることは見て取れたし、現に私たちもそう。なにが起こっているのか皆目見当がつかない。
「ルカちゃんっ」
カナが必死に私の袖を握ってくる。
私達周辺の他のお客さんも悲鳴を上げたり、店の人も何が起きているのかは理解できてないみたい。
「カナっ……」
私もカナの握ってくる手を握り返して、その場にへたり込んでしまう。ぎゅーっと互いに握り合った手は震えていて、それでいて冷たい。
そして、3度目の衝撃が容赦なくビル全体を襲う。
ドオン!!
ついには予備電力も切れたのか、一瞬の点滅を最後に電気が消える。
視界は暗転し、デパートへと流れ込む天窓からの陽光は雪も降っていることから微弱。
悲鳴と悲鳴が重なり合って、更なる衝撃音に掻き消され揉み消される。
そして遂にはフロアが崩れ始めた。
目の前を落ちていく上階の床。天窓のガラスも破片となって、鋭い刃として降り注いでくる。
その上にどれくらいの人が乗っていたのか、わからない。でも、その人達は堕ちていった。そして下敷きにされる人も落ちていく。
視界が暗い。
そ、そうだ、こんな時にガーディを。
私はガーディを呼び出す為に巾着をあさってボールを取り出す。でも手が震えていたのか、ボールがぽろっと手から滑り落ち、床の上をころころと転がっていく。
「あ、ガーディ!」
「ル、ルカちゃん、危ないよ!」
必死にボールへと追いついて、私は四つん這いになりながらもしっかりとボールを抱える。
すっぽりと天井が崩れたところにできた穴が開いたようで喧騒と鳴りやまない衝撃音に皆が慄いていた。
「ガーディ、お願い辺りを照らして」
「ガウっ」
【火の粉】を辺りにまきちらすわけにはいかない。でも、口で溜めることによって若干の視界は確保できる。
お客さんの中でも冷静な人もポケモンを出して明かりを確保したり、力のあるポケモンで瓦礫をどかしたり、飛行タイプのポケモンを持っている人は足に掴まって下へと降りて行ったりし始める。
非常事態となった今ではプロテクトセンサーは作動してはいない。
私達も非常階段を使って、脱出しなきゃ。
恐怖はあった。でもそれ以上にこの場から抜け出したいと思った。カナと一緒に、生きたいと。こんなところで死ぬわけにはいかないから。
私は立ち上がってカナの方へと戻ろうとする。
その時私の視界に写ったのは……ガーディが仄かに照らしていた天井が、丁度カナの頭上へと落下していく瞬間であった―――。