VII:ジン:発見
キンセツジムに凛とした声が響き渡る。
「私たちに必要なもの、それは人が生み出した科学の力です。自ら活路を創り出さなければ、未来など予測できるはずがないのですから!」
その一言でジム内で拍手が喝采する。
用意されているフィールド上に設けられた特設ステージの上でカイチ スミレのスピーチがなされている。
ジンはその様子をジムリーダーのテッセンとともに眺めていた。
「すごい人気ですね」
「あの年齢での、あのカリスマ性は目を見張るものがあるからの」
「ですね」
カイチ スミレを生で見たことのなかったジンにとって、今目の前にいる彼女は同じ人間とは思えないほどに才気にあふれていた。
一度ステージに立ち、口を開ければ誰もが黙って彼女の言葉に聞き込む、いや聞き惚れてしまうのだ。
「私たちは遠い昔、アルセウス教から離反しました。それは別に神を信じないからではありません、神頼みでしか自分たちの人生を示せない同類の姿に未来が見えなくなったからです!」
ずいぶんと辛辣だな、とジンは思ってしまうも彼女の意義主張になぜか強く反対できない自分がいることに気が付いてしまう。
「人の祈り、それが生み出す力の科学的根拠はあります。しかし、いえ、そもそもこういったことが分かり始めたのも科学の力があってこそ」
檀上でスポットライトを浴びるスミレの表情は輝いていた。それはサント・アンヌ号で彼女が見せていた表情とはまったく異なっていた。そう、今やこのステージは彼女の独壇場なのである。
「アルセウス教の教え、それは人を癒す万能の薬となります。でも私たちは身をもって知っている、その使用法を間違えれば猛毒にもなりうることを。そう、あの聖戦を私たちは忘れてはなりません」
聖戦、それはジンにとっても、そしておそらくシンオウの人間にとっても耳の痛い話だろう。発端は子供同士の喧嘩だときいているが、それが国をも巻き込むほどの戦争となった。
神対科学、それを人が代行した醜い争い。それでいくらの人間とポケモンが犠牲となっただろうか。
「人間とポケモンとは違う生命体です。彼らに対抗し、同じ線上に並ぶために私たちは科学の力を身に着けました」
スミレの話は続く。
「そして私たちはポケモンをも生み出した。それはポケモンが私たちに同調しなければならなくなった、彼らの存在がその証明なのです!」
他の面々が聞き入っている間、ジンは違った観点からスミレの論説を聞いていた。彼がミュウからあの話を聞いたからだろうか?
確認のしようがない、だからこそどちらの意見も通る。そう、単なる存在証明の話にもつれ込むだけなのだ。
ベトベター、ポリゴン、ギアルやロトムなどのポケモンは人の介入がなければ存在すらも怪しかったポケモンたちである。そして人と触れあうことでその体を進化させたポケモンたちもいる。
そう考えれば、そういった面からみればスミレの話は筋が通っている。そう思えてしまう。
「だからといって私たち人がポケモンを支配していいというものではありません。ただ自分たちの主導権を放り投げてはならないのです。それはポケモンたちへの裏切りであるとともに、自我の放棄にもなるからです!」
そこでまたも拍手がジム内に轟く。徐々に立ち上がっていく人を見ながら、ジンもそれに倣う。
歓声とともにジムの空気が震える。スミレはその大声量をその身に受け止めながら、右手を掲げて応える。
「私たちは!」
スミレが声を張り、それと同時に観客は黙る。
「なにもアルセウス教と対立する気はありません! ただ、彼らに認めさせるのです! この国のため、私たち自身のために必要なものは実態のない神という存在ではなく、自分たちの力で未来を切り開く人間であるということを! 科学なのだということを! スウセルア教は皆様のより良い世界のために、これからも、そしてこれよりも一層精進してまいります!」
一呼吸が置かれる。
「そして忘れないでほしいのは! 私たちだけでなく、あなたがたの力もあってこそ私たちは! スウセルア教は未来を切り開いていけるのです! 御清聴、ありがとうございます!」
そして沈黙。
スミレの表情は輝いていた。熱のこもった演説で彼女の額を伝っていた汗が照明によって宙を舞い、きらめく。
「「ワアァァァ!!」」
突如として湧き上がる嬌声にジンは床が振動しているかと錯覚してしまう。
これを自分より年下な、16歳程度の少女が唱えたのだ。何か特別な魅力が彼女にはあるのだろう。
「どうだったジンくん?」
「すごい、ですね」
お互いに寄り気味になりながらテッセンとジンは相槌を打つ。
「あれがカイチ スミレ嬢の魅力なのだろう。ここキンセツで、スミレ嬢の人気はすさまじいからの」
「そうみたいですね」
ジンの視界からでも観戦席にいる観客の幾人かがスミレのおっかけであるような出で立ちをしていた。タオルや特性のバンダナを身に着けている男達の姿や、パネルやうちわを掲げている女性の姿が確認できた。皆、さまざまな格好ではあるがスミレ嬢やスミレ様のプリントが垣間見える。
それほどまでに幅広い人からスミレは慕われているのだろう。
「それでは最後に、ここのジムを使わせていただいたテッセンさんにちょっとした仕掛けを用意していただきましたのでそれをもって今日はお開きにしようと思います」
檀上に設置されていたマイクをスミレは両手で抱え、そのまま深い一礼をする。
大体の場合、客が退屈しないように見世物や表示物は最初か途中に持ってくる。しかしスミレの場合はそんなことをしないでも十分に素晴らしい演説をやってのけた。
「どれ、行ってくるか」
「いってらっしゃい」
テッセンが腰を上げて、裏方の方へと回っていく。
「今日ご紹介するのは、スウセルアがカントーのシルフカンパニー社と共同で開発に着手しているプロジェクトについてご紹介します」
そこでジンは驚きを隠せないでいた。いや、忘れていたのだ。
自分たちのボスであるサカキがどういった人物であったのかを。彼ならばスウセルア教と組まないわけがない、そう、なぜならスウセルア教はその教団自体で孤立した企業であるのだ。デボンコーポレーションなんかとは格が違う。
たとえサカキがデボンを掌握できようともスウセルア教は下手をすればロケット団よりも強力な組織体を持っている。ならば組むことのほうが明らかに有益なのだ。
しかし、いや、いったいなにを? そう思っていたジンの目の前にいきなり飛び出すものがあった。
「これは……」
それは立体映像で現れた、とあるポケモンバトルの模様であった。ただ単なるポケモンバトル。二人の少年による一対一、バシャーモとラグラージの試合(バトル)である。
だが途中でバシャーモの【火炎放射】とラグラージの【濁流】が狙いを外れ、相手のトレーナーにあたってしまった。もちろん、ポケモンたちの技である。ただ事ではない。
そうポケモンバトルとは究極のスポーツなのである。それも死を隣り合わせにした。
普段であるならば相手のトレーナーを故意であっても偶然でも傷つけてしまったら、公式試合では中断される。そうしなければどうなるかをジンはあのミュウのいた孤島で嫌というほどに体験した。
「ポケモンバトルにおける事故、それがいかに多いのかを皆様はご存じかと思います」
スミレが続ける。
そう、ポケモンバトルにおいてトレーナー自身も過酷なバトルという状況になれなければならない。ポケモン達と一心同体、それほどまでに以心伝心しなければ頂点をとることなどできないからだ。
それはサトシであったりダイゴの体を見れば一目瞭然だった。特にダイゴの弟であるジンにとって、彼が毎日どれほどのトレーニングをしてきたかは口では表せない。
「危険を人が負うことはない。未来のバトルはより安全に、そしてより安心に行われていく。それがこれです」
スミレが上着のポケットから取り出したのはインカムと、とあるチップであった。
「技マシンのロム化に成功した技術を応用し、一時的にポケモンたちに負担をかけずとも遠距離からトレーナーの指示が届くようにします。それによりトレーナーはフィールドをより細かに見渡しながら、相手に送られた指示を聞くことなくより高度なバトルを強いられることとなります」
立体映像は切り替わり、フィールドには二体のポケモンしかいない。バシャーモとラグラージとのバトルとなり、その二匹の戦いは先ほどのものより、より白熱したものとなっていた。
「これが実用化されることとなれば、いつでもどこでも人間にもポケモンにも安全なバトルが実現します」
スミレのプレゼンに一同は唖然としていた。それもそうだろう。ここまでに技術が発展しているとは思っていなかったのだから。しかしながら反応は大絶賛だった。
たくさんの拍手を受けながら、スミレは檀上を下りていった。
ジンは観客席に残ったまま、テッセンを待った。かなりの観客が演説を聞き終えジムの外へと出て行った頃、テッセンが戻ってくる。
「どうだったかねジンくん?」
「テッセンさんはどう思ってるんですか? あのバトルのこと」
ジン自身、実感がわかずにいた。スミレの理想はわかる、だがそれがはたしてうまくいくのかはわからないのだ。画期的であるのは認めざるを得ない、が。
「ふむ、そうだな。これもまた新しい時代の幕開けなのかもしれんな」
「え?」
「今はどこでもバトルが楽しめるが、昔は正式な立会人がいなければバトルは行われてはいけなかったのだ」
「そういえば、そうでしたね」
もはや歴史の授業となってしまうが、今のようにポケギアなどの端末が出るまでは立会人不在のもとでのポケモンバトル及び金銭の受け渡しは協会の法律で禁止されていたのだ。
だがそれもまた時代の流れとともに変わり、どこでもいつでもバトルを楽しめる時代となった。そして今度はより安全にという傾向に人の思考がなっていくのも仕方のないことなのか。
「まあそんなことは本人に聞くのが一番だろう?」
「そうですね」
ジンは立ち上がり、テッセンについていってジムリーダー専用の控室へと案内される。扉にはカイチ スミレ様という紙が貼り付けてあった。
ノックと返事の後、テッセンは扉を開ける。
「あ、テッセンさん、この度はありがとうございます」
「いやいやスミレ嬢の演説を生で聴かせていただいて、こちらとしてもお礼を申し上げますぞ。がっはっは」
スミレは礼儀正しくテッセンにお礼を言うと、ちらりとジンの方へと視線を向けた。
「ああ、そうじゃそうじゃ、実は紹介したい者がおってな。こちらデボンコーポレーションの次男で、時々世話をしているツワブキ ジンくんだ」
「よろしくお願いします」
ジンは一歩前へと出て、スミレへと手を差し伸べる。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
勇猛果敢という言葉が女の子にしては似合うと檀上にいたスミレには抱いていたジンであったが、こうやって直接会うと実に可憐な少女なんだなとジンは思ってしまった。
「彼が君に話があるというのでな、老いぼれは退室させてもらおうかの。それでは若いものはゆっくりな」
と言って、テッセンは控室から出ていく。そのほうがジンにとってもありがたい。部屋にはスミレと、スミレの従者であるサル、そしてジンだけが残った。
「あの、お話とは?」
さすがにスウセルア教とあってデボンコーポレーションの関係者ってだけではくいつきはしないか、とジンは思いつつもさっそく口を開く。
自分でも驚くくらいに大胆になったのかな、あの二人のおかげで……と思ってしまうくらいにジンははっきりとした声で尋ねた。
「カイチ スミレ、君は八柱力だね?」
逃がさぬようにとつかんだままのスミレの手が急に力が入らなくなったのを、ジンは見逃すことができなかった。