VI:モモ:発見
「ハハハハ! どうだ、みろ! 動き出したぞ、レジギガスが!!」
モモの遠目に映るのは、シンオウへと配属の決まった正規ロケット団員の一人。カントーでのポストを狙っていたのだが、それが叶わずその日から更に態度が横柄になっていったと噂で耳にした。
彼女がミオダウンタウンで出会い殺した男も以前まではそいつの部下だった者である。
「これはまずいよねー」
岩陰に隠れながら、モモは状況を静観しつつも焦りの色をみせつつある。
徐々に動き始めるレジギガス、それを取り囲んだロケット団員達。そしてなにより気がかりなのは、自分の弟であろう人物がいるという事実。
「よくやったぞ貴様! よし、お前らこいつを取り押さえろ!」
「「はっ!」」
ロケット団員の服装に身を包んだサトシが渡したボールから出たレジアイスは、手際よく他の団員によって規定の配置へと移動させられた。
レジギガスを三方向から取り囲んだとたん、あの巨大な石像は動き出したのだ。その配置の基準、そしてなぜレジギガスが動き出したのかはモモにもアユミ達にも知る由もない。
「確か、あいつの名前はシュラカ……」
モモがそう呼ぶ男の名、それは今視界に映るロケット団を率いている者の名だ。
「これで俺はカントーに戻れる! この任務さえ終わればな!」
シュラカはそう叫び、懐から一つのボールを取り出す。
「させるかよ!」
するとゲンがシュラカに向かってボールを放り、中からガブリアスが現れてシュラカにその鋭い鎌を突き立てようとする。
「させないよ」
シュラカを守るようにしてサトシが現れて、ゲンのガブリアスの攻撃をリザードンの尻尾で薙ぎ払う。
「くっ!」
「あなたは……」
「まさか、お前!?」
ゲンは苦渋な表情を浮かべるが、次の瞬間、サトシの顔を見た瞬間に驚愕する。それは興味無さげな風貌であったサトシの表情にも色を灯した。
「よくやったぞ貴様! さあ観念しろよレジギガス、お前のことは俺たちが都合よくつかわせてもらうぜ!」
まだ身体の自由がきかないのか、レジギガスはロケット団からの攻撃に反撃も防御もせずにダメージを受けていた。レジギガスの特性までもを熟知した上でのことだろう。だからこそ彼らはアユミ達が仕掛けに来た時、あえて加勢も応戦もしなかったのである。
シュラカが雄叫びをあげながらボールをレジギガスへと放る。そのボールの形状は紫色をしており、それはアユミもキリンもみたことのないボールであった。
しかしモモをはじめ、ゲンやサトシはその存在に気が付いていた。マスターボール、その存在を知っている理由は様々であるが、それがどういったボールかは三人は知っていた。
「リザードン、【火炎放射】」
だがそのマスターボールはレジギガスにあたる前にリザードンによる炎の放射によって遮られてしまう。サトシはゲンに向けていた視線を名残惜しそうに背けて自身の任務を全うする。
「なっ? キサマァ!!」
シュラカは目の前にいるサトシに詰め寄ろうするが、リザードンによって腕をねじ伏せられる。
「悪いけど、これも僕の任務なんだ」
「貴様、何を言って……」
サトシはリザードンが自分の尻尾で弾き返したマスターボールを手に取る。
「試作品だけあって、トレーナー登録はされてないみたいだからね」
「お前、どこでそれを!」
寂しげな表情を浮かべながら、サトシはシュラカを見下ろす。
「リーダー!」
「貴様、リーダーを離せ!」
サトシの暴行に他の団員達が気付き、シュラカを助けようとする。
「リザードン、【エアスラッシュ】」
ただ、リザードンが両翼を一羽ばたきさせただけで生まれた陣風が団員達を吹き飛ばす。
「それじゃあね」
「おい、待て! やめろ!」
サトシはリザードンに乗り、そのままボールをやっとこさ立ち上がったレジギガスへと投擲した。一瞬にしてボールへと吸い込まれたレジギガスをサトシは受け取り、そしてそのままやってきた穴から出て行ってしまう。
その時、サトシは最後にゲンの姿を振り返ってとらえる。それはほんの一瞬であったが、それで十分だった。もはやゲンはサトシにとっては過去の人物なのだ。
そしてサトシが去ると、残された者たちには異様な静寂が残った。あっという間の出来事に、誰しもが状況判断を正確にできないでいた。
体感覚にして僅か5分だろうか? そんな短時間の中でロケット団が結構な人数で成し遂げようとしていたことを一人で敢行してしまえる実力とはいったいどれほどのものなのか。
「一体、なにが……」
アユミは茫然とするしかなかった。キリンとアユミの手持ちは残っていない。そして頼りのゲンもあっさりとあしらわれてしまった。
そして想定してもいないことが起こってしまったこと、それがなによりもアユミを苦しめる。さっきの人物は、アユミの記憶が間違ていなければ史上最強のトレーナーであるサトシ。彼のリザードンを見て間違えるはずもない。記事と動画でしか見たことはないが、それほどまでにあのポケモンの圧倒的な力があることは見間違えるはずもない。
「おい、アユミ。何がどうなって……」
キリンも同様だった。そしてなにより自分たちの無力さにただただキリンは歯がゆかった。
そしてそれは相手側でもあるロケット団も同じであった。
「おい、早くあいつを追え!」
「は、はい!」
シュラカは怒鳴り散らしながら指示を送る。もはや統制など取れてはいない。シュラカ自身の言動も
「おい、お前ら、ここは退くぞ」
と、ぼそりゲンが口に出す。キリンとアユミにとってその言葉が意味することはわかっていた。
『逃げるぞ』
つまりはそういうことだ。
ゲンがアユミを担ぐタイミングで、キリンとアユミは出ていたポケモンをボールへと呼び戻す。そしてそれを確認した団員の数人がシュラカに指示を仰ぎはじめる。
「お前はジムリーダーを頼む!」
「わかってるっての! サイドン、キリンリキ最後の一仕事だ!」
ポケモンが離れた場所にいる際、ボールへと戻してから特定の場所に改めて出現させるほうが効率がいい。キリンはポケモンたちをいったん戻して倒れていたキッサキのジムリーダーであるスズナのもとへと投球する。
キリンはスズナを背負い、キリンリキがユキメノコを、サイドンがマニューラをそれぞれ担いで退散を始める。
「あいつらを逃がすなぁ! ゲンガー、【黒い眼差し】!」
「ゲンガァ!」
シュラカのゲンガーにより動きを封じられそうになるが、その前にゲンのガブリアスが躍り出て殿(しんがり)をつとめる。
「【流星群】!」
突如として天空から降り注ぐ隕石がキッサキ神殿の天井をぶち抜く。瓦解してくる神殿の一部がアユミ達とシュラカ達との間に仕切りをつくる。
「くっ、撤退だ! レジ共の回収急げ!!」
最後に降り注ぐ瓦礫が吹き上げる白煙の向こう側で見えたのは、シュラカが指示を声を荒げて出す姿だけであった。
「ガブリアス、こいつを頼む!」
ゲンは担いでいるアユミをガブリアスに託し、ドクロッグをボールへと戻す。
「どこまで逃げるんだよ!」
「とりあえずここから出るぞ!!」
キリンがゲンに指示を仰ぎ、洞窟の外を目指す。
「はぁ〜い、ちょっと待ってねー」
アユミ達の背後で舞い上がる粉塵が迫りつつある中、一人の女性が立ちはだかる。そう、モモである。
「誰だ、お前……」
ゲンはモモを見るや否や、険しい顔つきへと変わる。
「まあまあそんなに怖い顔しないでよー。実はね、一つ助け舟を出そうと思ってね〜」
そう突然言い出してモモはボールを取り出す。
「あまりロケット団を甘く見たらだめよ?」
「おいお前、何言って……」
この切迫した状況においてモモは冷静でいた。彼女の態度からしてみればそうは感じないかもしれないが、彼女にはこういった事態における対応方法を熟知しているのだ。
「カメール、お願いね」
「かめぇ!」
カメールはモモからの命令を待たずとキリンのサイドン目掛けて【冷凍ビーム】を放つ。
ゲン達がそれに目を見張った時、カメールの技はぎりぎりサイドンの右肩の上を通り過ぎて背後に迫ってきていたグライオンに命中する。
「なっ……」
「どうしたのおじさん? こんなことで注意が散漫するような人じゃないでしょー?」
そしてモモは感づいていた。ゲンがサトシを見てから明らかに動揺していることに。だからこそ、それを払拭したいがためにガブリアスにあんな強行技を駆使させたことも。
「あなたは……」
アユミは必死に記憶を探り、ひとりの人物と照合させる。
「まさか、トウリョウ モモ」
「ごめいと〜う♪ すごいのね、あなた」
嬉しそうにモモは手を一回叩く。
「なぜ君がここに? だって君はKIA……」
「KIAかぁー、そうなるんだねやっぱり」
ゲンはその単語に眉をしかめ、キリンはスズナを担いだままただただ会話を聞いている。
「おいアユミ、なんだよKIAって? ていうか、こいつ知ってるのか?」
「こいつは死んだことになっているはずのロケット団員だよ、それもさっきの男と同じ正規の団員だ」
「なっ……」
ガブリアスに背負られたまま、アユミが注意深くモモのことを観察する。
「あははー、よく知ってるね〜」
モモは嬉しそうに手を一回たたき合わせる。
「お前の目的はなんだ? 俺たちの敵か? 悪いが見ての通り、こっちは急いでいるんだ」
ゲンの睨みが凄みを増し始めるのを見て、モモは微笑みながら「こわ〜い♪」とおどけてみせる。
「ふふ、それはあなたたち次第かな」
「なに?」
「私の質問に答えてくれればいいんだよ、あなたたちの中の誰が八柱力なの?」
モモの質問にキリンが即座に表情に変化を加える。
「なに言ってんだよ? 俺たちが八柱力なわけないだろ?」
「ありがとう坊や、やっぱりあなたなのね」
キリンが必死にごまかそうとしてもそれはことごとくお見通しのようである。
モモは微笑を浮かべるとともに、なめるような視線でアユミへと標準を合わせる。
「アユミに触れるんじゃねぇ!」
モモがガブリアスの方へ歩み寄り、アユミに近づこうとするがそれをキリンが阻止しようとする。だがモモのカメールの吐き出した【水鉄砲】によって弾き飛ばされる。
「キリン!」
アユミが叫び、その声が神殿のある洞窟内で反響する。ガブリアスもモモのカメールの実力よりも、カメールが自分のどこを狙っているのかが本能的にわかってしまいアユミを背負ったままでは動けずにいた。
そう、カメールはガブリアスの急所だけをただ見つめているのだ。
誰もが絶望的な状況にあったと思った、だが一向にモモが動きを見せない。いや、むしろカメールによって吹き飛ばされたキリンの方をじっと見つめている。
「キリン? やっぱり……」
それは自分が幼い時に生まれ、離れ離れになった弟の名前であった―――。