V:ガイ:発見
「サンキューな、イミテ」
「ううん、いいよ。気をつけてね」
ガイは今や自分しか暮らしていない、というよりも名義が自分のものになってしまった自宅前に設置されている公衆電話の受話器を手に取っていた。
本人は機械やそういった類のものには詳しくはないが、組織が裏切り者や離反者に対して行う監視のしかたは知っていた。前にも幾度かそのような任務をモモやジンと遂行したことがあるからだ。
基本的なカメラの設置場所やその角度、盗聴器などの隠す場所の基準や設定などが主だ。しかしながらガイの自宅にはそういった類のものは外側から観察しても見当たらなかった。むしろ設置された痕跡も残っていない。
それはつまりガイが組織から見限られたことをこれ以上とないくらいに語っていた。
「ま、そのほうがありがたいんだが」
たばこを一本口へと加え、ガイはイミテから受け取った情報を確認する。
本部に潜入してイミテとであった日の翌日、イミテは危険を承知でルカとカナについての追加情報をよこしてきた。
おそらく彼女はガイがここに滞在することがわかっていたのだろう。幼馴染としての、いや、女としての勘だろうか。
「本日レイハ・ニョロモンド幹部は新人である正規ロケット団員となったハヤミ ルカ及びテンドウ カナミをナナシの洞窟へと同伴させ、調査の続行を命じられました」
次いでガイは受話器越しに教えられた情報をポケナビにメモしていく。そして聞き終わると同時に受話器を下ろし、返答をすることなく連絡を切る。
「つまりはナナシの洞窟へ行けば、あいつらがいるってこった」
タバコの先端にライターを灯し、ガイは自宅のガレージへと向かう。ガイの母親が残していったバイクにまたがり、エンジンをかける。
「八柱力、それがあいつらなら話は早いんだがな」
そうこぼして、ガイの頭はヘルメットによって隠される。
「なんでレイハがこいつらを連れて行かなきゃならんにょ!?」
「任務ですので」
「だったら普段通りでいいにょろ!!」
「あなたは今は指導係もかねているのですよ? 部下の育成も立派な勤めです」
「に゛ょ〜〜〜!!」
いがみ合っているのはさきほど任務の内容を言い渡されたレイハ・ニョロモンドとサカキの専属秘書である。レイハにとって今回の任務はいままで度重なるほど遂行してきた任務であり常に同伴者はいた。がしかし、そのとき同伴した部下は腕の立つものが多かった……当たり前である、あのハナダの洞窟を調査したのだから。今回はルカとカナの二人のみを同伴、それはつまりレイハが余計な神経を使わなければならなくなるということだ。
「怒ったレイハちゃんもかわいいよね〜」
「ルカちゃん、頬たるんでるよ」
ロケット団へと入ってから早一週間、研修期間ということで組織内の決まりごとを包み隠さず二人は教えられた。
ルカとカナがロケット団を利用するために入った、だがそれはサカキにはお見通し。にもかかわらずルカ達は組織の様々なことを知りえることができた。
たとえば組織の人間の構成人数。ざっとルカとカナが感知するところでは100人弱。それは正規ロケット団員の数である。
そして少なくとも各地方の8つのジムにそれぞれ一人は審判として潜入していることを鑑みると大体40人をジムに配置。そして各地方の支部に派遣されているのが10人ずつだとすると、かなりの少数精鋭であることがわかる。
5つの地方の中にハイア地方が組み込まれていないのは、ハイア地方にはジムが存在しないからである。地方の大部分が砂漠で覆われてしまっているハイアでは特別保護区として協会により認定されている。
つまりハイアの住人はよっぽどのことがない限り他地方へは赴かないし、逆にハイアに訪れるのにも協会の許可が必要となってくるのだ。
以前は巨大都市オアシスとして名を馳せていたハイア地方の中心都市も今では閑散としているらしい。
そんな地方出身のサカキは何を思ってハイアから出てきたのか。そしてなぜハイア地方はここ十数年であそこまで廃れてしまったのか。
そういった疑問が残るが、今のルカ達にそのことを知るよしなどない。いくら夢で未来を予測できるカナであったとしても彼女が一体どういった理由でその未来をみるのか本人すらわかっていないのだ。
「命令に従わない場合は減俸ですよ」
「う、うにょ〜……わかったにょ!」
くいっとメガネを押し上げて、秘書は最終宣告を言い果たす。
歯をかみしめながら、うらめしげに敵を睨みあげながらレイハは悔しそうに承認するのである。といってもその姿すらルカにとっては愛くるしく見えてしょうがないのだろう。
「やったー! レイハちゃんと一緒だぁ!」
「えぇい、放すにょ! 離れるにょーーー!!」
そして最近ルカのそんな態度を見ているカナはあまり面白くなさそうにしていた。
『私だってルカちゃんといちゃいちゃしたいのに……』
普段は人見知りなカナでも、いやだからこそ親友であるルカを取られていい気分はしないのだろう。
「それでは早く行ってきてください」
「わかってるにょ!!」
レイハの悲痛なる叫びは、しかし、だれからの救済を受けることはなかった。
ナナシの洞窟、またはハナダの洞窟。そこがなぜ協会によって閉鎖されていたのかハナダシティの住人ですら知ることはない。
だが実際に無断で入った者達の証言によれば、とてもではないが洞窟内の野生ポケモンたちには太刀打ちできなかった。むしろ殺されかけたというものが専らであった。
協会側もバッジを最低8つは所持する者には特別な時には許可を与える。しかしそれはごく稀であり、過去協会の許可によってこの洞窟に入ったことのあるトレーナーは一人だけ……そう、サトシである。
彼がなぜ協会の要請あって洞窟へと入ったのは定かではないが、彼が今も無事であるということはその任務を達成できたということなのだろう。
「ナナシの洞窟……」
「入ったことないよね」
ルカは好奇心は旺盛ではあるが、あまり怖いものが得意なわけではない。自分の母親からも立ち寄ってはならないといわれた場所である、恐怖を感じない方がおかしいだろう。
しかしカナはいたって冷静であった。
「レ、レイハちゃん、ここでなにするの?」
「黙ってついてくるにょ!」
「カ、カナぁ〜」
レイハにあしらわれてしまいルカは泣き入るようにカナに縋る。
「大丈夫だってルカちゃん。きっとレイハさんが助けてくれるって」
カナは冷静でいなければならなかった。なぜなら、彼女はみたのだ。【未来予知】を。
『私が夢でみたのはここまで。つまり、ここでなにかが起きる。私がルカちゃんを守らなきゃ、私が……』
そう、カナはロケット団に入ってから未来を予知する夢を見ることがなくなった。そして彼女がサカキのことを夢見た後に見た最後の記憶がナナシの洞窟に入るまでであった。
カナはここで一人の知らない人物と出会うこととなるはずなのだ。
今、ナナシの洞窟の奥へと探索しているのはレイハ、ルカ、カナの三人。レイハのニョロゾ二匹が彼女たちを先導している。その横に展開するように四匹のニョロモがついてきている。ナナシの洞窟という場所でなければ一種微笑ましい様子でもある。
「いいかにょ、よく聞くんだにょ」
レイハは慣れているとはいえ決して気を弛まさず、一人後ろでびくびくしているルカに特に力強く宣言するのであった。
「もしレイハから離れたら、その時は命はないと思えにょ」
今までは腕の立つ部下がいた。しかし今はそうではない。ならばなぜサカキはこのような危険な任務をレイハに下したのか?
『納得、絶対に納得いかないにょ。ここでの任務内容をこいつらに教えてもいいってことかにょ?』
そう、レイハの本来の任務。つまりルカ達が入ってくるまで彼女が遂行していた任務、それはいったい。
「ベーロー!」
「ニョ!?」
突如として大きな雄叫びと共にルカの目の前をなにかが通り過ぎる。そしてその先にいたニョロモが一瞬にしてさらわれる。
「ニョロゾ、【地球投げ】と【気合パンチ】!!」
連れ去られたニョロモの後を続くように暗闇の中をニョロゾ二匹は追跡し、指示された技を繰り出してニョロモを救い出して戻ってくる。
レイハは持っていたライトを灯して襲ってきたベロリンガを見下ろす。
「こいつもかにょ……」
「い、い、一体さっきのなんなの!?」
「ルカちゃん、落ち着いて!」
ヒステリーをおこしかけるルカをカナは必至になだめる。ここで大きな声を出すのはよくない、しかしそれを注意する以上に気がかりなことがまだカナを縛り付けている。
「とりあえずこいつも持って帰るにょ」
とレイハはボールを取り出してベロリンガを手際良く収容する。
「いつまでついてくる気だにょ?」
冷ややかな視線をレイハは背後へと向ける。
そこには地面に屈んだままのルカがおり、困惑した表情でレイハを見上げる。
「え?」
「お前じゃないにょ」
レイハの視線の先、つまりはルカの背後に彼女の視線は向かっている。
「さすがにばれるか、さすがだな先輩」
「お、お前は!?」
そう、そこにいたのはガイ。イミテから情報を得てルカ達のことを尾行していたのだ。
リザードを従え、その後ろからなだれ込むようにして野生のサイドンがどしんと地面に顔を伏せる。
「昔、親父がここを究極の修行場として武道家達の間で噂されてた理由がようやくわかったぜ」
すまし顔でガイはそう笑みを浮かべる。
「ガイさん!」
「よぉ、ハヤミ ルカ。何かの縁かもな」
「ジンさんは?」
「すまないが俺一人だ」
「えぇー……」
ガイ本人は格好よく登場したつもりなのだろう、しかしルカとのやりとりで台無しに終わる。というよりルカの最後の一言でガイが寄りかかっていた岩壁から若干ずっこけたのだ。
「お前は、お前は死んだはずにょ! ボスからもKIAって発表されて!」
「ひゅ〜KIAね。やっぱりそういうことになってんのか俺たちは」
元上司とこうやって威風堂々とガイがしゃべれるのは、もはや彼が同じ組織に属していないからだろう。そしてこんなちびっこを上司として認めたくなかったガイの鬱憤も、返事に含まれているのは確実である。
「一体、なにしにきたにょ」
レイハは落ち着きを取戻し、冷静になる。
彼女が今しなければならないのは目の前の男の処遇をどうするかの判断にあるのだから。
「お前には用はねぇよ、蛙女。俺が用のあるのはそこの嬢ちゃんたちだ」
ガイはレイハに向けていた指を、ゆっくりと呆け顔のルカと表情を曇らせているカナへと向ける。
「お前ら、八柱力なんだろ?」
目を細め、鋭い視線が二人を射抜く。
そしてガイはにやりと微笑む。なぜならルカとカナの肩が跳ね、背中が一瞬にして萎縮したからである。