IV:ジン:受取りしもの
ツワブキ ジンはキンセツシティへとたどり着いていた。
情報を手に入れるなら少なくとも情報の行き来が盛んな場所、という安易ではあるが確実性の高い方をジンは選んだのである。
「戻ってきたんだな……」
そう、そしてホウエン地方はジンの生まれ故郷でもある。キンセツシティを西へ進むと位置するカナズミシティはジンの実家がある。
キンセツシティにジンは訪れたことが度々ある。それは父親の仕事に関連しているのだがそれは追々説明しよう。
「まずは」
ジンが最初に向かった先はキンセツジム。この街に相応した門構えは、このジムの主がどれほどまでにこの街を愛しているのかわかることができるだろう。
キンセツジムリーダーであるテッセン。
実に活発で陽気なことで知られるテッセンは、街の人間からも愛され、彼自身もこよなく人々を愛している。それはロケット団がこの国を乗っ取ってからも変わらない。いや、むしろ以前に増して彼はより元気な姿を人々に見せているといっても過言ではないだろう。
「お久しぶりです、テッセンさん」
ジンは早速ジムへと入り、ジムの仕掛けを修理している最中のテッセンへと話しかける。
「ん? おぉ、君は……ジンくんじゃないか!」
がっはっは! と豪快な笑い声と共にテッセンはジンのもとへと寄ってくる。
「相変わらずですね、テッセンさん」
「うむ、自分の仕掛けは自分で管理せんとな! 昔みたいに頼ってばかりではおれん」
昔? と、ジンは疑問符を浮かべるが話はそのまま進む。
「ところでジンくん、少し外で話をしようか」
「え? あ、はい」
ジンの視界に映ったのはキンセツジム専属の審判の姿。そう、彼もロケット団員である。
あいにくジンはカントー本部に勤務していた為、ホウエン支部の正規ロケット団員の顔は知らないし向こうも恐らくそうであろう。
「どうかされましたかジムリーダー?」
「いんや、なーにちょっと外へ出てくる。修理は終わったから試運転だけしててもらえるかの?」
「わかりました」
審判はジロリとジンのことを一瞥し、作業へと移る。
「さあ行こうか、ジンくん!」
「はい」
審判によるジムリーダーへの監視が一番大きいのはジムバトルの時、つまりジムバッジが譲渡されるか否かを確認するのが最優先事項である。そのため、私生活への干渉は極力は行われない。
それはある程度の自由をジムリーダーに許さなければ、彼らがロケット団の脅威となりうる可能性が飛躍的にあがるからである。人の心をも巧みに操り、管理する。そういった人心掌握能力にサカキは長けていると言わざるを得ない。
テッセンに連れられてジンは彼の家へと訪ねることとなった。
「ジムの方は大丈夫なんですか?」
「なーに、心配無いさ。最近は挑戦しにくるトレーナーが減ってしまったしの、悲しいことだわい」
「そう、ですか……」
とジンは言葉を濁す。テッセンはジンがロケット団に入っていることを知らない。
「それにしても久しいな。5年ぶりになるか? ジンくんは変わってなくてすぐにわかったぞ!」
がっはっは! と豪快な笑い声でテッセンはジンにコーヒーを渡す。
「ありがとうございます。テッセンさんもお変わりないようで」
「がっはっは! まあ多少白髪は増えたがな!」
ジンとテッセンのつながりは、無論デボンコーポレーションという大企業を経営する親がいるからというわけだけではない。それはジンが昔関わった事件による。
それは、野生ポケモン達が人間を襲うという事件。
今から約7年ほど前のことだ。カイナシティからカントーのクチバシティへと出るフェリーが突如野生ポケモン達に襲われた。
そのフェリーにたまたま乗船していたのがジン。彼は家庭内事情によりカントーのヤマブキシティのスクールへと通うことになり、その日が出発日だったのである。
そして同じフェリーにはホウエンのカナズミシティへとジムリーダーのツツジに会いに来ていた、ニビジムリーダーのタケシが一緒だったのである。
無論彼が岩タイプのエキスパートのことは周知の事実ではあるが、ツツジはカナズミシティにあるトレーナーズスクールの名誉教授を務めておりタケシに特別講演を頼んだのである。
美女の頼みとあったならば例え世界の裏側まですっ飛んでいくタケシである。彼女の頼みを聞き入れないわけがなく、カナズミシティでの彼の講演は大盛況だった。
そして当時12だったジンもカナズミシティのトレーナーズスクールに通っていたのだが推薦でカントーの方へと通うことになったのである。
そんな折に彼らは襲われた。
ジンは成績は優秀であったがトレーナー専攻でなく、技術部門だったのでポケモンを所持してはいなかった。フェリーの乗客の中には腕の立つトレーナーはいたのだが、指示無く無造作に襲い来るポケモンたちの前に次々とやられてしまった。
そしてタケシはジンのトレーナーとしての資質を見抜いたのか否なのか、サトシが別れ際にタケシにあずけたフシギダネをジンへと貸し渡したのだった。
「そんなことないですよ」
ジンは苦笑いを浮かべながらテッセンからもらったマグカップに顔を埋める。
タケシは的確な指示で野生ポケモン達から乗客を守っていた。対するジンもフシギダネをうまく立ち回らせて対応していた。そこはさすがはサトシのポケモンと言ってもいいだろう、フシギダネはジンの不慣れな指示に200%以上の働きでこたえたのだ。
そしてなんとか危機を免れようとした状況で、疲れと安堵の表情を浮かべたジンの一瞬の隙を狙って襲いかかってきたサメハダーの牙からタケシが身を挺して守ったのである。
サメハダーの猛牙はタケシの胸部へと深く食い込み、彼は瀕死状態となった。
そしてその時に本土から救援にかけつけたテッセンの乗る船が合流したのである。
「あの時はお世話になりました」
「いや、あの時はジンくんがいなければもっとひどいことになっていただろう。惜しい人間を亡くしはしたがな」
「……はい」
二人が語っているのはタケシのこと。だが彼のことを今話すのには時間が無かった。
「時にジンくん、ここへはどうして?」
「今、人を探しているんです」
「ほお」
ジンは極力自分がロケット団にいることと八柱力のことを伏せながら話を進める。
テッセンに保護されたジンはそのときタケシに縋り付いて泣きじゃくっていた。自分のせいで人の命が奪われたのだ。
ジンが実家のカナズミシティへと戻るまでのケアをしてくれたのがテッセンであり、ジンにとってテッセンは恩人なのだ。そしてジンはテッセンのところへと良く訪ねることになり、その都度エンジニアリングの話に花咲かせるのであった。
「ふむ、そのジンくんが言う秀才の類の人物に心当たりがないこもない」
「本当ですか?!」
まさかここまでうまく話が進むとは思っていなかったのか、ジンの瞳に活力がみなぎる。
「ちょうど今日の夕方からスウセルア教代表の講演があるんだが、行ってみるといい」
「スウセルア教……」
ジンは身に覚えのある単語を再度口にして思い出す。
「確か、今の代表は」
「うむ。カイチ一族の御息女であるカイチ スミレ女史、彼女が今この街へと来とる」
盲点だった、とジンは考えを巡らせる。
スウセルア教、その単語をホウエンに住む者が知らないわけがない。ここホウエンは自然、緑と青に富んだ地方であるが、それと同時に自然と科学の共有に特化しているのだ。
それを実現可能にしているのがスウセルア教。昔、アルセウス教から離反した組織団体ではあるが、その勢力は今や元祖と並ぶほどまでに声明を轟かせている。
科学を著しく発展させたスウセルア教、その代表が15才の少女であることはホウエン地方でもかなりの話題となった。そのことをジンが忘れていたのは、そもそも彼女が代表に選ばれたのが去年の秋……ちょうどジン達がカントーでサカキの作戦を実行するためにてんやわんやとなっていた時なのである。
「ちなみにその講演はどこで?」
「わしのジムでやるんじゃよ」
「もしかして、さっきのは?」
「うむ。ちょっとしたリクリエーションを頼まれての、その準備をさっきまでしとったのだよ」
今までスウセルア教の代表は年配の、少なくとも50の齢を過ぎた男性であった。それが今スミレであるということならば、彼女が何かの能力に長けている、つまりは八柱力の候補に上がることは必然。
ジンはテッセンにその講演に参加できるかどうかを確認したところ、快く席を用意してくれることを約束してくれた。
「ありがとうございます」
「いいや、おやすいごようだ。ああ、そうじゃジンくん」
「はい?」
「これを受け取ってくれるかの?」
テッセンから一つ小さな袋を受け取ったジンは中身を確認する。
するとそこに入っていたのはダイナモバッジ、そうキンセツジムを制覇した証であるジムバッジが入っていたのだ。
「テッセンさん?」
「受け取ってくれ、ジンくん。君もわかっているかもしれないが、今の世の中は歯車が狂ってしまっている。そして我々ジムリーダーが置かれている状況、公表はされていないが、アスナくんとわしの友人であるクリちゃんとも連絡がとれん」
クリちゃんとはテッセンの友人であるカラクリ大王のことである。
そう、テッセンはカラクリ大王とは旧知の仲であり、二人でニューキンセツの再開発に着手していたのだ。だが突然起きた謎の爆発事故、それを期にカラクリ大王との連絡が途絶えたのだという。
「わしは恐らく自由に動くことはできん。大人の事情を若者に押し付けるのは気が引けるが、受け取ってくれんかジンくん」
「で、ですが……」
ジンはジムバッジを見ただけでバッジから発信機が取り外されていることがわかった。新しく支給されたジムバッジを見てテッセンは最初から何が起ころうとしているのか一技術者としての見解から理解したのだろう。
その覚悟を、ジンは汲むしかなかった。
そしてテッセンはわかったのだろう。ジンがしようとしていることが、目指しているものがこの世界とは違うものであるということを。
「頼む、ジンくん。この国の負を正してはくれないか」
「テッセンさん、頭を上げてください。似合わないですよ」
ジンは柔和な笑を浮かべて、そのバッジを受け取った。
「約束はできません。ですができる限りのことをします。そのためにも、僕はカイチ スミレと会わなければならない」
ぎゅっと手渡されたジムバッチを握りしめながら、テッセンに向きなおって決意を口にした。