III:モモ:ロンリーシスター
シンオウ地方で最大の都市であるコトブキシティ。
その中でも一際その存在感をアピールしているのは、言うまでもなかろうテレビコトブキである。建物の正面に設けられた巨大モニターには天気予報や最近起きた出来事のピックアップを流し続け、通行人の関心を引いている。
「目新しいことは起きてない、か」
モニターに流されているのはロケット団の宣伝や近々行われる例祭についてのPR、そして気になることが一つモモの視界を過(よ)ぎる。
「ん?」
モニターに流されたテロップをモモは凝視する。
「トウガン、ヒョウタ、そして新たにナタネを死亡と認定。これでシンオウのジムリーダーの死傷者は三名にのぼる、か」
ふふっと微笑みを浮かべたモモはそのまま踵を返して近場のカフェへと入る。
ロケット団から支給された最新器のポケギアを起動させてメニューを開く。もちろん本部への自動更新機能はジンによって取り除かれている。
店の奥にある席を陣取って、モモはコーヒーを注文する。
あの組織がこの三人に最新機器搭載のボートと支給品を手配してまでミュウのいる島へと向かわせたのは、もちろん三人に自分たちが不用なものであることを勘づかさせないためだろう。
だが裏を返せば、彼女達に戦力を与えてしまったということに繋がる。恐らく冥途の土産として用意されたものは、彼らによって有効活用されているということになる。
「ミオからはじまって、クロガネ、そして今度はハクタイか……」
モモはふむふむと頷きながらコーヒーをちびちびと飲んでいく。
「もし私なら次はキッサキシティかな」
カップの液体が消えたところでモモは立ち上がる。ポケギアで調べていたのはシンオウのマップ、そしてキッサキシティへの最短ルート。
誰がジムを制覇しているのかをモモは知らない。だからこそ行ってみなければならない。分の悪い賭けではある。なぜならばモモが知っている八柱力の情報は、年齢は恐らく十代後半、そして特殊な能力を持っている者ということ。ただそれだけなのだ。
だとすれば、もしこのジムを制覇しているトレーナーが同一人物であるのであればビンゴである可能性が高い。
「私ってば頭イイ〜」
極端に単純かつ明快な導き方である。それはモモが考えるのが苦手なゆえに成せることなのだろうか。そういう点ではキリンと似ている部分があるのかもしれないが、彼女の場合はキリンより直感の働き方が異常なのだ。
懐からウォークマンを取り出して、寒空が広がる路上で耳へとイヤホンを装着する。
「ふんふふ〜ん♪」
どこまで自由なのか。はたまたなぜそこまで自由気ままでいられるのか。
それとも自由でないと、自由であることを自分に認めさせないと前へと歩き出せないのか。
これは数奇な人生を歩んできた彼女だけに許された行為なのだろうか?
昨日のミオシティにて、幾人もの行方不明者が出たらしい。
「ひいぃぃ! や、やめてくれ!」
一人の男が路地裏で悲鳴を上げる。
「あれぇーどうしたのかなぁ? 私はただ、知らないかってきいてるだけなんだよ?」
ぺちぺちと一匹のカメールが男の頬を叩く。その後ろには彼のポケモンであったであろうドクロッグが惨めな姿で地面に伏している。暗いために詳しくはわからないが、息をしていないように見える。
「し、知らん! 俺は知らないぞ!」
「元正規ロケット団って豪語してたから付き合ってあげたのに、役たたずな男なんだねぇ」
モモの顔を見れば笑っているようにも見える。それはとても冷たく、そして固まっている。
そして男は狂気を感じ取っていた。モモ自身だけでなく、彼女の周りからなにかすさまじい負のオーラが発せられているのを。だが彼にその正体がわかるための時間は残されることはなかった。
「なら私の為に綺麗な赤いバラ、見せてくれない?」
「へ……?」
「さようなら、バイバイ」
モモが踵を返すと共に、カメールが殻にこもって男の顔面へと突撃する。
路地裏の奥は闇に飲まれ見えないが、そこで一人の人間の命が惨く散ったのは確実であろう。モモの後に続いてきたカメールの甲羅には衝撃により付着した血がバラの花弁を咲かせており、それはすぐさまカメール自身の水によって流し落とされる。
「次は誰かな?」
「かめっ」
その日、ダウンタウンで行方不明になった人間とポケモンの数は常時よりも多かったという。
キッサキシティのポケモンセンターでポケモンをあずけて待っている間、モモは再度備えられているテレビへと視線を向ける。
コトブキシティからキッサキシティまでバスを使っていた為、彼女はコーヒーを立飲みしながらニュースを追う。座りっぱなしなのはやはり女性にはきついようである。
モニターにはライブ中継の映像が映し出され、なんだか騒然としていた。
「ご覧ください! キッサキシティのキッサキ神殿から白煙がこみ上げています! 一体どういうことなのでしょうか? あ、今警察から連絡がありました。どうやらキッサキ神殿で眠っていた古代のポケモンが目覚める余兆を見せたようです」
スクリーンに表示されるのは詰責神殿の周辺。かすかにだが野次馬の姿も確認できる。
そこへ警察の人間が警告ランプを回しながら人の誘導を行なっている。
考えてみれば、ずいぶんとポケモンセンターには人が少なく感じた。しかし彼女はそれはここがキッサキシティであるからなんだと早合点していたのだ。
「ロケット団の方々がただいま神殿内にて対処を行なっているようです。市民の皆様には最悪の事態を想定して街まで避難するように勧告がなされています!」
モモは最後の一滴を飲み干して、眉をひそめて考察する。
『キッサキ神殿? あそこって確かPower and Graceの中にあった場所の一つだったような……』
作戦Power and Graceの行動目標の一つは伝説、幻と呼ばれうポケモンたちの捕獲にある。サカキがなぜこのような行動を取るにいたったかは謎ではあるが、ただの余興ではないだろう。
しかしモモが懸念しているのはそのことではなかった。
『もしロケット団、しかも正規の連中が動いているならこんな派手な行動には出ないはず。なにかあった、そう考えるのが普通よね』
モモ自身、正規ロケット団員として数々の任務を果たしてきた。あのハナダデパートの襲撃も正規の連中の仕事であり、その際も迅速かつ淡々と任務は遂行されたのだ。
なのにあれほどまでに表立った、いや目立ったことは任務完遂前にはしないはずだ。作戦が大規模で重要なものであればあるほど、だ。
『そういえば』
モモは今ではひと月ほど前に起こったことを思い出した。そう、正式にロケット団内でツワブキ ダイゴが要注意人物としてあげられた日だ。
あの日、ダイゴが仲間とするカントーのジムリーダーと四天王が銀行で起こした事件。あれも正規の連中がやろうとしていた仕事を邪魔された時なのだ。
つまり、それほどの実力者でない限りは正規の連中がへまをしないということである。
「面白いことが起きてるんじゃない? もしかしたら、ね」
テレビの前で突っ立ってはいられない。空いた缶をゴミ箱へとスローインを決めたモモは受付へと踵を返す。
「行くしかないでしょ」
丁度良くジョーイによって名前を呼ばれたモモは、礼を一つ言うと共に急ぎ足でポケモンセンターを出ていく。
軽い身のこなしで雪をかきわけながらモモは疾走した。
それはまるで雪がモモの為に道を開けてくれているかのように見えるほど、彼女の身のこなしには無駄がないのである。
「もしこの騒動の発端がリーダー殺しに絡んでいるんだったら、早くもビンゴね」
「これは凄い野次馬ね」
街の外れにあるキッサキ神殿へ向かう道にはたくさんの人で溢れていた。
怒号と野次が飛び交う中、サイレン音が鳴り響いて止まない。
しかしモモはその中をかき分けながらどんどんと奥へと進み、警官が張った立ち入り禁止のテープを問答無用で入っていく。
「あ、こら!」
「ロケット団でーす、騒ぎの連絡を受けて駆けつけましたー」
モモは自分の持っている正規ロケット団の手帳を見せる。
「に、任務ご苦労様です」
と明らかに不服な態度を取られながらもモモは「ども〜」と一言流して現場へと直行する。
今では正規ロケット団員の立場は警察よりも上である。この急な制度の変更にほとんどの警察関係者は不満をこぼしている。そして今ではモモがロケット団から追放の身であってもそのことを下っ端の警察官が知る由も、確かめる由もない。特に今のように混乱している状況下でなら
厳重体制をとっている神殿前の警官を通り抜け、モモはいそいで駆け出す。
こういう場合、警察へロケット団がなにをしているかが伝えられているのが常である。詳しく言うのであれば、警察は今やロケット団の駒であるということ……ただの見張り役として扱われるということである。
「あそこね」
小型双眼鏡で遠目ながらに起きている戦闘を確認するモモ。そこには対峙している2つのグループが存在していた。モモが向かっている方向に近いのは少年少女と中年男性のグループ、そして向こう側がロケット団。
バトルは終わっているのだろうが、そもそも戦う気がロケット団側にあったとは思えない。彼らはいつでも任務最優先なのだ。バトルに負けようが、彼はバトルをする意義などそもそも存在しない。
モモは神殿内部の影に潜み、彼らを観察する。
手前の三人の顔は見ることができないが、奥にいるリーダー格の男をモモは知っていた。名前までは覚えていないが、かなり横柄な態度の男だったことは記憶にある。
そいつが高笑いしながら、彼のゲンガーがユンゲラーを倒すのを目撃する。そしてその次に現れたのはリザードンと共に現れた青年の姿であった。
そのときモモは青年が放ったボールを受け取ったロケット団が三体のポケモンを繰り出すのを見た。レジ系の三体であるレジロック、レジアイス、そしてレジスチル。
すると正規団員達の後ろに控えていた巨大な石像が音を立てて動き出したのであった。
「うそっ……」
モモは予期せぬ出来事に身の危険を感じながらもその場を動かなかった。そして彼女はそこでアユミへと振り返るゲンとキリンの顔を目視する。
そう、モモはそこで自分の弟であるキリンの姿を見かけるのであった。