II:ガイ:再会
ガイが先ず最初に赴いた場所、それは自分が元いた組織のアジトである。
ミュウによれば、組織から見限られ、死亡とされているガイ達であるが、それはいわば帰って来れなくもないということにもつながる。
シルフカンパニーの社員兼正規ロケット団員であるならば本社から入ることも可能ではあるが、そうでない者、つまりガイやモモのような正規ロケット団員のみである場合は特殊な入り方をしている。
特殊とは言い切れないかもしれないが、彼らは本社の地下駐車場から入るのである。駐車場の奥に普段であればロケット団の専用車が並んでいるはずだが、今は大体が出払ってしまっている。
「ここに戻ってくるのが、なんだか久しぶりに感じるぜ」
そんなに日にちは経ってはいないだろうに、ここ数日でガイ達に起きた出来事が怒涛すぎた。そういった感想が漏れるのも無理はない。
ガイはカードでロックを外し、暗証コードを入力して扉を開ける。
今のガイは情報が欲しい。そして集める術等今のガイが持ち合わせているわけがない。
ならば、やることは一つしかないのである。
ガイは拳をぎゅっと握り、手首を二回ほど回す仕草をする。他愛もない癖のようにも見えるが、ガイのそれは入ってくる者を監視するカメラに向けた合図であった。
組織の者に見つかってはならない。それは当たり前である。なのでここへ来る前に逆立てていた髪を彼は下ろし、滅多に着ないスーツを着用している。そして常に頭に巻いていたバンダナもしまっている。
ロケット団の団員は基本重要な任務時には制服を着用させられるため、出動のない時や事務業務がない時は私服で構わないとされている。
そして正規ロケット団員とはサカキが世界を乗っ取る前より彼に仕えていた団員のことを指し、それにより組織内での差別化および律令を保っているのである。回りくどいのかもしれないが、今やこの国でロケット団のネームバリューは向上を続けており、巨大な組織なのだ。。
その本社がシルフカンパニーであり、その支部や支店は随所で見受けることができる。それこそがサカキの最大の強みでもあるのだ。
そんな、もう言わば敵陣の本部であるシルフカンパニー社へとガイが戻り、そのような行動ができるのには一つの保険があったからだ。
「頼むぜ」
うまくいくとは限らない、だがガイにはこれ以外の方法が思いつかなかった。
すると数秒後に扉のロックが外れ、ガイは微笑みながら奥へと進んでいく。各所に設けられている監視カメラに顔が映らないように気を配りながら。
「よしっ」
ガイは普段通り慣れた様子で通路を歩き、喫煙所へと入る。
ここにいれば誰かが入ってきたとしても背中を向けていられるし、見つかってばれることはない。胸の内ポケットからタバコを取り出して火をつける。
「しかし、おかしいな。いくら今が昼前とはいえ、もう少し人影があってもいいと思うんだが……」
そしてようやく考えを巡らせるガイ。
そう、実際普段であるならば様々な任務が課せられる正規ロケット団員の出動、帰還姿があってもおかしくはないのだ。それがさっき見かけた車両の少なさにつながるのだろう。
一本目のタバコが半分ほど終わった頃、喫煙所へと一人の初老な男性が入ってくる。
背丈はそれほどない(といってもガイ基準になってしまう)が、どこかしら華奢な人物だ。茶色のスーツに身を包み、ガイの方へと寄ってくる。
「隣、いいかな?」
男性はガイが入口でした拳を回す仕草をしてみせる。
「ああ、いいぜ」
「ありがとう」
男はそう礼を言い、懐からタバコを取り出してみるが火はつけない。良く見れば、それは子ども用のお菓子にあるタバコの形をしたキャンディであった。
「相変わらず好きだな、それ」
「イガイガもいる?」
「いや、いいさ」
そう気さくそうに話しながら、ガイは吸っていたタバコを捨てる。
言い出しにくそうにしながらも、ガイは男性に変装している自分の幼馴染に尋ねる。
「イミテ、状況を詳しく教えてくれねーか?」
「んなことだろうと思ったよ。でも、嬉しいよ、イガイガが帰ってきてくれて」
「心配、かけたな」
傍から見ればおかしな光景であろう。だがしかしこうするしか他、ガイに術はない。
「イガイガ達が特別任務で出払ってから、組織の中では結構ゴタゴタしててね。作戦コードPower and Graceが発令されたり、こっちのネットワークに侵入者がハックしてきて情報が盗まれたりしたんだよ」
「なっ」
「だからイガイガも分かるとおり、今、大体のメンバーが出払ってる」
「そんなことがあったのか……」
この初老な男性に変装しているのはガイの幼馴染であり、まねっこ娘として有名なイミテ。彼女はガイがホウエンから戻ったとき、彼がロケット団に入ることを知り自分も志願した。
ただ彼女の場合はサカキが声明を上げてからなので正規ロケット団員としての立場ではないが、監視課として監視ルームで働いているのだ。そのことをガイは知らされていた。だからこそ、事前に彼女に連絡を取ることでカードを受け取り合図の疎通を連絡したのだ。
昔、子どものころに二人で思いついた二人だけの合図を。
「Power and Graceって言や、あの?」
「うん。おかげで仕事が減ったり増えたりで大変なんだからね」
「忙しいんなら、良かったじゃねえか」
白煙を口から吹かしながら、ガイは郷愁の入り混じった微笑みを見せる。
こんなにも落ち着き、穏やかな笑みを浮かべるガイを見たことがあるだろうか? 少なくともモモやジンの前では無い。そう、イミテが相手であるからガイはこんなにも和やかになれるのだ。
「むっ……。まあでもよかったね私が出世とかしないで、まだ監視課にいて」
「お前がそうそうに出世するようなタマかよ」
「べーっだ」
「ははは」
ポキッと口にふくんでいたお菓子を折ったイミテは、軽く笑うガイをよそに寂しげな表情を浮かべる(といっても老人の顔でではあるが)。
「あのね、ガイ」
「ん?」
「ガイは今自分がどんな状況にあるかわかってて、それで、ここへ戻ってきたんだよね?」
「ああ」
イミテはガイの手を取って、目を潤して懇願する。
「だったら危険なマネしないでさ、私と一緒に暮らそうよ! 私は嫌なの、イガイガが、ガイが、また遠くに行っちゃうのが……」
「……イミテ」
イミテの変装能力は以前と比べて格段に上達している。それは長年付き添ってきたガイだからこそわかることだ。そんな彼女が変装時に欠かしてはいけない平常心を崩してまで自分に訴えかけている。
だからこそ、ガイは言葉を選ばなければならなかった。
「悪いなイミテ。でもこのヤマは俺だけの都合でやめたりできないんだ」
「ガイ……」
「だから、教えてくれ。他に何か変わったことや、おかしなことをな」
イミテはガイの手を離して、ハンカチで涙を拭き取って暫く黙って静かに「うん」と答える。
「ありがとな、イミテ」
「勘違いしないでよ、これはイガイガの為じゃなくてイガイガに早く帰ってきてほしい私の為にしてることなんだから」
「ああ、ありがとう」
「ばか」
今度はイミテからタバコ型のお菓子をもらいながら、二人は話を再開する。
「最近起きたことは、ボスが新たに二人の正規ロケット団員を配属させたことかな」
「なに? 今更正規の団員を?」
「うん、でも年齢が若いの。多分15才くらいじゃないのかな? 今はレイハちゃんの下についているみたい」
おそらくレイハはどこへいっても、内部の人間からはちゃん付けされてしまうほどにマスコット的立ち位置にいるのだろう。
「詳しいことはわかるか?」
「え、その新人二人のこと?」
「ああ」
「確か名前はハヤミ ルカとテンドウ カナミだったかな。以前まで組織の監視対象だった人間が組織に入ることは珍しいことじゃないけど、まさか追跡中のジムリーダーの妹が入ってくるとは思ってなかったからね」
「なん、だと」
どうしたの? とでもいいたげな表情でガイの顔色を伺うイミテ。
ガイは過去を思い起こすように逡巡し、そして口を動かす。
「そいつらは今どうしてる?」
「詳しいことはさすがに私は知らないけど、きっと任務に参加させるために準備してるんじゃないかな?」
「そうか。他に変わったことは?」
ハヤミ ルカとテンドウ カナミ。少なくともルカのことは知っている。
だがテンドウ カナミもガイは知っている。いや、知っているというより見たことがあるといった方が正しいだろう。ハナダシティでの任務でハナダジムへと潜入したときに危うく見つかりそうになったからである。
どうしてその二人がここへ? しかもロケット団へと正規メンバーとして入っているのか? 様々な疑問が浮かぶが、今は保留するしかない。
「さっきも言ったけどハッキングの件だね。あのせいでシステムは一時停止しちゃったの。その間に何が起こったかは確かめようがないんだけど」
「そうか。そこらへんの詳しいことは俺にはわからないな」
「そうだね、でもそのおかげでなにかとPower and Graceの実行に支障が出てきてる」
「本当か?」
組織の大掛かりな任務(まさにこのPower and Graceがそうなのであるが)は時間がものを言う。それが狂い始めれば後々に問題が浮き彫りになり、それが原因で任務そのものが破綻する恐れがあるからだ。
ハッキングの発端はアユミにある。だがアユミ以外にもどこかしらからの干渉があったとイミテは踏んでいるらしい。
「ガイ」
「なんだ?」
「私はそろそろ戻らないといけない」
「そうか」
昼休憩の間に出てきてもらったイミテにはそんなに時間があるわけではない。移動中に人目とカメラを避けてこの変装を済ませたのは彼女の手腕によるものであるが、迫る時間を止めることは叶わない。
「この子、あずけてもいいかな?」
そしてイミテはスーツのポケットの中から一つのボールを取り出す。
「おい、こいつはお前の」
「私がイガイガの傍にいられないのなら、せめてこの子には居て欲しいんだ。私がイガイガを守ってあげられない分、この子がイガイガを守ってくれるから」
「イミテ……」
ガイは力強く、イミテの手を握る。変装の達人らしく、手の感触まで男性のものではあるが、しっかりと熱は伝わってくる。
「絶対、帰ってきてよね」
「心配すんな。俺を誰だと思ってる」
「そうだよね、イガイガは弱いけど誰よりも優しいもんね」
「ぬかせ」
そう言い残し、ガイは本部の地下から出た。
イミテのおかげなのか、うまく抜け出せただけなのか、ガイはマークされずにシルフカンパニー社を後にすることができた。
欲しい情報は粗方揃った。
何者かによってロケット団は妨害を受け、その処理に追われている。ならば、こちらも多少派手に動き回ったとしても、問題にはならないだろうとガイは踏んだのだ。懸念事項は山ほど残るが、それはおそらく時がくれば解決されるだろうと踏みながら。
「イミテ、待ってろよ。五年なんて時間いらねぇ、すぐに連れ帰ってやるよ、八柱力とやらをな」
ガイはイミテから譲り受けたボールをぎゅっと握りそう誓うのであった。