I:散った彼ら
「そして、こうなるわけか……」
セキチクシティ郊外に存在する飛行場にイッシュから帰ってきた男がいた。
バンダナで髪をまとめ、スーツを着崩した姿で降り立ったのはガイ。ハナブキ ガイである。
彼は、ミュウにより言い渡された任務を果たしにきたのである。
「あの野郎、何が期限が五年だ」
ミュウがガイ達に言い渡した任務、それは下記の通りである。
『各地に散らばっている八柱力を探し出してこのイッシュにつれてくること。それがあなた達の新しい任務よ』
ガイはカントーとジョウトを。モモはシンオウを。そしてジンはホウエンを。
それぞれが来るべき時の為に、五年以内に八柱力をイッシュへと連れてくる。それが彼らに課せられた任務である。
しかしいくらミュウといえども、完璧に八柱力の存在を特定できない。本来ならばミュウ自身が赴けばはるかに時間は短縮できるであろうが、ミュウはイッシュを離れるわけにはいかなかった。
「手掛かりでもあるといいんだが、あいつもいい加減な野郎だ」
ガイは荷物を肩に担いで、そのまま飛行場の出口からセキチクシティ行きへのバスへと乗る。
『八柱力の特徴は前述したとおり、アルセウスによってなにかしら特殊な能力を得た存在の者。そして、おそらくはあなたたちに年齢が近いか低い子ね』
ジンが忘れないようにとメモっていた紙切れをガイは眺めながら、舌打ちをすると共に窓の外へと意識を向ける。
「なにが、グッドラックだ」
最後にミュウがガイ達に向けた言葉を、彼は口にしながらゆっくりとまぶたを閉じた。
カントー空港はセキチクシティの郊外に存在する。それはサファリパークもあることもあり、ここ一帯は平原が広がっている。
ロケット団を追放され、彼はカントーとジョウトにいる八柱力を探す。
ここカントー、そしてジョウトに存在する八柱力は合計で3人。それらはガイが見たことのある人物であるのは言うまでもない……。
「うぅ゛〜、寒い……」
雪がまだその勢いを滞らせることのない土地へとたどり着いたのはモモ。
桃色のマフラーを首に巻いた彼女は深く顔を埋めて、白い吐息を吐いていた。キリンやアユミ同様に船でシンオウのミオシティへとたどり着いたモモは一先ず宿を求めてホテルを探す。
「まあジンくんとガイくんはわからないけど、私は結構組織入る前から稼がせてもらってるからお金には余裕があるんだよね〜。んふふ〜♪」
心の中でそうつぶやきながら、彼女は寒さに負けじと宿を探すのであった。
そして値段も手頃なホテルを見つけたモモは、その一室でベッドの上にくつろぎながら天井を仰ぐ。
「八柱力……か。連れてこいって、やっぱり生きたままなのかな? まあ、考えるまでもないけど」
モモはカメールの入ったボールを眺めながら呟き、ぽいっとボールを枕へと放ってシャワーを浴び始める。
スレンダーな彼女の身体が湯粒によって濡らされ、沸き上がる湯気がもくもくと彼女を包み込む。
「期限は五年って。五年後に私ってもしかしなくても28? うわぁーオバサンじゃん」
などと彼女は一人で愚痴り、ローブに身を包んでシャワーから上がるとそこにはボールから出ていたカメールが寝息を立てて眠っていた。
「シンオウには八柱力が二人か。もうちょっと情報が欲しいところだけど、情報収集は私の専売特許だからいいかな別に」
昔、このダウンタウンで鍛えた諜報技術は今尚モモの体に染み付いている。
そう、ここミオシティは彼女が家族に見捨てられた因縁深いところなのだ。その地へとモモは戻ってきた。
それがミュウの謀るところなのかどうかはわからないが、だがあの性悪の考えることだ、いかんともいいがたい。
「ふふ、久しぶりに行ってみようかな」
髪を乾かし続けながら、モモは部屋のカーテンを開けて外を見る。そこに広がっているのは夜になり目覚め始めたダウンタウン、闇の世界である。
モモの呟きにぴくっと耳を反応させたカメールが起き上がり、彼女のそばへと寄ってくる。
「あ、カメールも久々に味わいたい?」
「かめっ!」
「そうだよね。暗闇で輝くあの血の臭い、忘れられないよね」
そのとき部屋の窓に映ったモモとカメールの表情は、嬉々としていた。
そしてその日、ダウンタウンにて行方不明となった人物とポケモンはいつもより多かったという……。
「ここは暖かいな」
イッシュから飛行機でホウエンへとやってきたジンは、上着内のシャツをぱたぱたとさせながら飛行機を降りた。
「新しい任務、ちゃんと成功させなきゃ……」
そうした固い意志をもとにジンはここホウエンへと赴いたのだ。
「でも、どうやって」
しかし、あまりにも任務内容が漠然としている。それは組織というものに所属していた身としてはとても心許ないのだ。
通達されるときも報告するときもきっちりと決まった内容のものであったのが、今や五年という期限の間に八柱力をイッシュへと連れ帰るというあまりにも大雑把なものだ。
「いや、でも……」
そしてふとジンは思い至る。
「内容が漠然としているってことは詳細な情報が欠如しているということ。それはつまり、不確定な要素が八柱力にはあるということになる」
と、一瞬だけ思考を巡らせたジンはため息をつくと共にポケモンセンターのソファに寄りかかる。
「そんなの当たり前か。ミュウ自身、知らないことなんだし」
ここホウエンに現在いる八柱力は二人。
そしてここホウエンには彼の兄も存在する。
「不確定だからこそ、やりがいもあるってことかな」
フシギソウのボールにそう問いかけながら、ジンは決意をあらわにする。
これもまたミュウの計らいなのか? それとも、また別の?
「あなたも行かなくてよかったの、ミュウ?」
「私はそんな柄じゃないわよ。それに、調べたいこともあるしね」
「そ、そうしてくださると助かりま、す……」
書類の山の中で埋もれ死にそうになっているマコモを引っ張りだしながらアララギはミュウに尋ねる。
そう、ミュウは未だにこのアララギとマコモのいる研究所に身を置いていたのだ。
「ん? これおいしいわね」
「ココアよ、それならあなたも飲めるでしょ?」
アララギは自分のコーヒーの入ったマグカップをすすり、微笑む。
「ええ。甘いのね、これ」
興味津々と好奇心露にさせてミュウはココアをすすり続ける。
「それで? 調べたいものってなに、八柱力について?」
「それもあるけれど、歴史についてかしらね」
ミュウは今一度ここではっきりとさせたいことがあったのだ。
「たしかにね。まあいいわ、おさらいでもしておく?」
「お願いするわ」
「それじゃあ、マコモ……準備して」
やっとこさ、崩れ落ちてきた書類をまとめあげたマコモはアララギの合図で反応して立ち上がる。
「あひっ!?」
しかしその反動で、ドサァ! とまたもや書類が散乱してしまう。
「いいから、早くね」
「ご、ごめんね」
アララギに詫びをいれながらマコモはパソコンを操作しながらプロジェクターを下ろす。
ミュウが見つめる壁に天井からおろされたパネルを見つめながら、アララギは説明を開始する。
「2000年以上前、それはつまりイニシャルインシデントが起こりこの世界に科学という力が誕生した日」
そのイニシャルインシデントが起こったのは、ここイッシュ。
「その日から私たち人類の歴史は誕生した。けれどもそれは人間が望んだものであり、ポケモンが望もうとしたものではなかった」
自然界においてポケモンたちは世界を支配してきた。たが人類による抵抗、つまりは八柱力の存在により異世界へのゲートを開くことができたのだ。
「その異世界へと通じる門、それがこの地方にあるとされるハイリンク」
スクリーン上にはイッシュの地方が浮かび上がり、真ん中に赤く光る円形の場所……それがハイリンクだ。
「そしてあなたが言う通りならサカキという男はこの時代に揃った八柱力を使って異世界への門を開けようとしている。それでよかったのかしら?」
「ええ、間違いないわ」
「でもなんの為に? 私ならもしこの世界のトップになったのだったら、ほかになにもいらないと思うけど?」
「それは私にもわからない。でもね、アノ人は常に求めているものがあるような気がする。そしてそれはまだ成し遂げられてはいない」
ミュウはそう自己完結し、アララギは眉をひそめながらも説明を続ける。
実際のところサカキが何を望んでいるのかは、憶測の域でしかない。それにサカキ自身は八柱力に興味はないと言っていた。
「まあいいわ。それでポケモン達は潜在意識の中にのみ科学の力を許容して、人間たちの発展に障害が出ないようにした。それはこの自然の摂理を重んじる彼らだからこそ成し得たことだった」
うんうん、とミュウは納得しながら頷く。
「あなたみたいに長生きしていると、やっぱりこの世界は壊れて見えるのかしら?」
「あら、そんなことないわ。面白いものよ、世界がどんどん変わっていくのを見つめているのは」
そういう性格なのであろう。
おそらくはミュウのようなポケモンもいれば、反対もいる。
「ただ他の長生きしている連中はどうかは知らないけどね」
ココアをまたもやすすり、ミュウは続ける。
「でもね、最近人間は驕り過ぎているとも思う……」
「え?」
「いいえ、なんでもないわ。こっちの話、よ、どうぞ続けて」
マコモはカタカタとパソコンのキーボードを動かしながら、次のスライドへと移る。
「そして現代に至るまで私たち人類は発展し、社会は人間主体で統括されている。でも実態を晒せば、自然をポケモンが主体で統括していることを私たちは知る由もなく生活している。そのツケは近い将来くるのかしら?」
アララギの質問にミュウはマグカップにうずめていた視線を二人へと向けて、にやっと微笑んだ。
「さあ? どうかしらね?」
と。