X:キッサキ神殿
豪雪地帯としても有名なこのキッサキシティは、常に除雪車が運行していようとも靴が埋もれてしまうほどの雪が降り続ける。特に冬に至っては、街の者以外は外出するのも危うしというほどに雪による障害は大きい。
だがそんな悠長なことではアユミ達の目的は達成されはしない。
そんな意気込みでジムへと訪れたアユミ達一行であったが、突如として起きた爆発音に促されてその場所へと急行していた。
最悪の事態を想定しながら……。
ゲンが足の遅いアユミを担ぐようにして雪の中を闊歩し、そのすぐ後ろを荷物を持ったキリンが追いかける。視界を荒ぶる雪が阻害するも、彼らは歩みをやめない。
「わ、私は自分の足で歩けるのだよ!」
「えぇい、暴れるな。お前だとすぐ雪に隠れて見えなくなるわ」
「な、な、なんだって!? こら、もう一度言ってみたまえ!!」
バタバタと手足を動かしてアユミはゲンの腕から逃れようとするも、無駄な努力で終わってしまう。
雪の間を掻き分けながら、ようやく三人が到着したのはキッサキ神殿の前だった。
「ここは?」
肩やカバンにかかった雪を払いのけながらキリンはアユミに尋ねる。
アユミはゲンの脇下に収まったまま、真剣な表情で神殿のことを語り始める。
「ここはキッサキ神殿だね。もしかして、もうやつらの手が……?」
三人が臨む神殿の天井からは煙幕が立ち込めており、徐々に野次馬が集まり始めている。
「おいおい、なんだありゃ?」
「なにかあったのかな?」
「うお、すげっ」
ただただ状況がわからず、単に起きている事象を見つめるだけでは埒はあかない。ならば取る行動は一つ。
「行くしかあるまい、もしロケット団が動いているとなるとややこしいことになる」
「了解だ。これも作戦の一つなのか?」
ゲンがアユミがハックして集めた情報のことを尋ねてみる。
「そうだね、でも場所だけで日時や内容は書かれていなかった。つまり、サカキはこういうことも想定して作戦決行時と共に作戦内容の破棄も一緒に命じていたんだろうね」
それでも、場所を特定できただけでも不幸中の幸いと言えるであろう。だからこそ、一番近場のキッサキシティへとアユミは来たかったのだ。
しかしながら、それでも手遅れかもしれない状況になっているのかもしれない焦りが彼女を急き立てる。
普段ならばキッサキ神殿は一般に入れるような場所ではない。それはとある資格が必要としている為である。
しかしながら今はそのようなことを考慮している時間はなかった。なぜなら、固く閉ざされているはずの扉は開いており、その向こう側からも煙が流れ出ているからだ。
アユミはとうに下ろしてもらうことを諦めたのか、ゲンに担がれたまま移動する。そのほうが楽であることを思い知り始めたかもしれないが。
キッサキ神殿はさすがというべきであろうか、氷塊と化した岩盤や床に張り付いた氷が至るところで見受けられる。
そんな神殿の中を進む三人の前に現れたのはアユミの危惧通りの人物達だった。
「こちらキッサキ神殿班、準備完了。ホウエンからのレジアイスはまだか?」
リーダー格の印であろう、一人だけ黒いロケット団のベレー帽を被っている男が通信器越しにそういった連絡をとっていた。
「おや、お客さんのご到着だ」
そう、アユミ達の目の前にいるのは少数とはいえども十数人はいるロケット団の団員達だった。彼らはシルフカンパニーの一般社員ではなく、元よりサカキに仕えていたであろう生粋のロケット団員である。
そして彼らの後ろに控えているのは、巨大な石像だった。目と思われる七つの点が今にも動き出しそうなほどに、どこか不気味めいた雰囲気を醸し出している。
「レジギガス……」
アユミ達の登場にロケット団も気付き、アユミがぼそっとつぶやいた言葉をリーダー格の男は拾う。
「よく知っていますね、さすがは八柱力だ。しかし、お前たちの追跡班は何をしていたんだろうな。なんなら今ここで殺してやっても構わないんだぜ?」
挑発的な言葉で煽られるが、しかしそういった行動を相手は取りはしなかった。
「お前ら、一体何してんだよ!」
そしてここにいて何が起きているのか唯一わかっていないキリンが一人叫ぶが、アユミに腕で制される。
「相手の目的はこのポケモンを蘇らせることだよ」
「よ、よみ? おいおい、まさかこのでかい石像がポケモンだって言うのかよ?!」
アユミはキリンとレジギガスを交互に一瞥して頷く。
「その通りだよ。これはレジギガス……さっきあの男がつぶやいていたレジアイスが揃えばってことは、つまりもう彼らはレジロックとレジスチルを手中におさめている」
「おいおい、どういうことだよ!」
キリンはますますわからないといった声を上げる。
「あの石像を動かすには三つのポケモンがいる。その残りがレジアイスということだ」
そしてゲンが補足するように説明し、キリンは再度レジギガスを見上げる。
「ふふふ、しかし良くそこまでの情報をそんな少人数で集めたものだ。だがお前たちに俺たちを止める術はない。この女のようになりたくなかったら、おとなしくしていることだ」
くいっとリーダー格の男が首を向けた先を見れば、そこには傷つきポケモンたちと一緒にダウンしているスズナ、キッサキジムのジムリーダーの姿があった。
「関係ないね。それなら君たちの計画に支障が出ている間に片付けるだけだよ」
アユミはしかし、そんな脅しに屈せず、モンスターボールを握る。
「ふん、威勢だけはいいようだな。やれ、お前たち」
「「はっ!」」
アユミは勘づいていた。
レジアイスが到着していないということは、作戦が遅れているということ。本来ならばホウエンからレジ三体が揃ってからキッサキ神殿を襲撃するはずだったのであろう。
しかし彼らは乗り込まざるを得なかった。あるいは、そうせざるを得ない状況に陥ったか。その理由付けとして最も有力なのはスズナの状態であろう。彼女がロケット団を見つけ、それを阻止しようとし返り討ちにあったのだろう。
残されている時間は少ない。
それまでにロケット団を倒し、この神殿からレジ達を遠ざけなければならない。
できるであろうか?
しかし、やるしかない。もしレジギガスが蘇ってしまえば、シンオウは無くなるかもしれないのだから。
「ストライク、ピジョット、ユンゲラー! 総力決戦だよ!」
「そういうことなら俺たちも行くぞ! サイドン、キリンリキ!」
「ここは加勢しなきゃならんわな。頼むぞドクロッグ」
繰り出される6体のポケモン達。
対するロケット団は各々が一匹ずつの10体。リーダー格の男は通信器を片耳に当てたまま、ただ指示のみを出す。
「レジアイスの到着はもうまもなくだ。それまでの時間を稼げばいい」
「「はっ!」」
ロケット団員の手持ちはヘルガーやゴルバット、ヤミカラスにニドキングといった面々。どのポケモンも相当な訓練と場数をこなしてきたポケモンであることは一目瞭然であった。
「おいおいアユミ、行けるのかこれ?」
「やるしかないのだから黙っていたらどうだい?」
とは言いつつも、状況がすこぶる悪いのはアユミにもわかっていた。頼りになるのはゲンの実力なのだが、アユミは不確定要素があるものは信用しない。
だからこそバカ丸出しのキリンのことを逆に信用できるのだ。
次々と指令を出されて躍り出てくる相手のポケモンたちを見据えながら、アユミは定まりつつある戦法を整える。
「キリン、君が盾だ。ゲンと私はフォワード、いいね?」
「ああ。サイドン、【鉄壁】だ!」
「いいだろう。ドクロッグ、【泥爆弾】!」
サイドンの肩へと登り、ドクロッグが広範囲に【泥爆弾】で相手ポケモン達を牽制する。
「ピジョットは【吹き飛ばし】!」
「ピジョオオォォォ!」
ドクロッグ自身は飛ばされないように必死にサイドンにしがみつき、ピジョットによる広範囲な風が吹き荒れる。
ポケモンバトルとは常に少人数での対戦が見込まれる。そのため、今回のような大人数でのバトルというスタイルはロケット団の特権とも言える。そういった訓練を受けてきた連中に対応したアユミの策でも退けられたのは数匹だった。
「ヘルガー【火炎放射】!」
「ゴルバット、【妖しい光】!」
「ヤミカラス、【追い風】!」
「ニドキング、【岩雪崩】!」
ピジョットの【吹き飛ばし】にて強制的にボールへと戻らされたポケモンは6体。どうやら残った団員が班長並みの実力者なのであろう。
強制的に距離を取らされた為、相手は遠距離戦法でくる。
「読み通りだね。ストライク、ヘルガーに【シザークロス】!」
「サイドン、【破壊光線】! キリンリキは【サイケ光線】!」
「ドクロッグ、【毒針】でゴルバットを狙え!」
アユミとキリンの連携は以心伝心しているかのようにぴったりだ。そしてその作戦の全貌をゲンは即座に汲み取る。
向かってくる【火炎放射】と【岩雪崩】をサイドンが全身で受け止め、【破壊光線】を放つ。しかし体勢が崩れた状態では命中性は下がる。それを補う為、キリンリキの【サイケ光線】がヤミカラスを狙う。
ストライクはヘルガーに向かって疾走し、それを視認したロケット団員がストライクを狙うように指示する。しかしストライクはギリギリのところで交わし続け、サイドンから放たれた【破壊光線】の真下を潜ってヘルガーへと近づく。
そう、サイドンの【破壊光線】はそれが目的。ストライクを敵陣へと近づけさせる為のもの。
そしてキリンリキの【サイケ光線】とドクロッグの【毒針】が空中のポケモンから悟られないようにする為の牽制なのだ。
「ヘルゥ!!」
ヘルガーへとストライクの【シザークロス】が炸裂し、【真空波】で止めを刺される。
そして牽制を受けて戸惑っているヤミカラスとゴルバットに、アユミのピジョットが【ブレイブバード】で畳み掛ける。
「ニドキング、サイドンに【冷凍ビーム】だ!」
「サイドン、【炎の牙】!!」
少しでもダメージ軽減と相殺を目論むキリン。しかしながらさすがにノーガードで耐えるまでにはいたらず、サイドンは膝から崩れ落ちる。
「キリンリキ、ニドキングに【サイケ光線】!」
「最後に【岩雪崩】だ!!」
キリンリキの攻撃が最後に残ったニドキングに当たるよりもさきに【岩雪崩】が【追い風】の効果によって早められ、サイドンの盾がない今、ピジョットとストライクが倒される。
残ったドクロッグも痛手を負い、キリンリキは最後の力を振り絞ってニドキングとの相討ちに成功する。
「くっ!」
ポケモンを倒されたロケット団員達は歯噛みする。ポケモンが【吹き飛ばし】で戻された団員はしかし新たにポケモンを出そうとする気配はなく、慌ただしく何かの準備に取り掛かろうとしていた。
そしてバトルの様子を見ていたリーダー格の男が「ひゅ〜♪」と口笛を挟み、自分の顎下に突如として現れたアユミのユンゲラーを目下に確認する。
そう、アユミのユンゲラーは最初から【テレポート】で身を隠し、右手のスプーンを男の顎に突き立てていたのだ。それはいつでも技を繰り出せるという警告を表していた。
「やるなぁ、さすがだぜ。だが詰めが甘いんだよ」
獰猛的な表情で笑みを浮かべた男は、自分の左手を鳴らす。
「……っ! ユンゲラー!」
アユミは気付いたのか、ユンゲラーの名を叫ぶが時既に遅し。ユンゲラーは自分の影から現れたゲンガーに【シャドーパンチ】を見舞われてノックダウンする。
状況は打破したと思われた。だが彼もまた幾千の死線をくぐり抜けてきた戦士なのだ。そんな彼らにアユミ達が太刀打ちできる時間も実力もまだ備わっていなかったのだ。
「それに、ほらよ。レジアイスが届いたぜ?」
と男が目を向けた視線の先、つまりは外壁が壊された神殿の外から一人の団員がリザードンと共に現れた。
「ここがキッサキ神殿か。ダイゴさんもいろいろと僕に無茶させるよな」
しかしロケット団員の服装に身を包んで現れたのは、史上最強のトレーナーと謳われるサトシの姿だった。
第十七章:完