IX:第四のジムへ
「ほぅ、これはなかなか」
バラッドは自分のユンゲラーがやられたにもかかわらず、そこに関しては冷ややかだった。
「【ふいうち】ですか、さすがのユンゲラーでもこれは無理ですね」
ドクロッグの右腕に埋もれるようにして倒れ込んだユンゲラーは、そのままバラッドのボールへと戻っていく。
「お前がロケット団幹部の一人か」
「ええ、そうですよ。お久しぶりですね、チーフ」
「っ!?」
バラッドが含み笑いを浮かべながらゲンを直視する。
ゲンは、バラッドが手を顔前にかざして変えた違う顔を見て驚愕する。
「お前は……」
「はい、お久しぶりです」
声色まで若干変えてバラッドは、そう言ってゲンに親しそうな声で答える。
そう、このバラッドが変装している顔は、ゲンがポケポリにいた時の自分の部下のものであったのだ。
「面白かったですよ? あなたがロケット団のことを必死に追っている背中を見守ってきた身としては」
くっくっく、と卑下な笑声を上げるバラッドをゲンは睨む。
荒々しい太い眉が微動しただけだが、それだけでも相手を圧倒しそうなほどまでにゲンの表情は殺気立っていた。
「俺もお前らの手中にいたってことか、笑わせるな」
ぎゅっと握った拳がぎりっと音を鳴らす。
相当なまでにショックだったのであろう。それもそのはず、ゲンがポケポリにいたとき、彼と彼の部下であったバラッドのコンビは高名だったからだ。
ゲンはバラッドのことを信頼していた。だがしかしその信頼も今ここで再度裏切られたのだ。
「まさかここでお会いするとは思ってませんでしたが、これは少し分が悪いですね」
「逃げるのか、また?」
バラッドはユンゲラーが入っているのとは別のボールを取り出して、ネイティオを出す。
「ええ、あなたとはまた改めて決着の場を設けたいと思っていますので」
「ふんっ」
ゲンは鼻で一笑し、【テレポート】で消えたバラッドのいた場所をただ見つめていた。
「おいおいおっさん、こりゃどういうことだよ!」
一部始終を何もわからぬまま見つめるだけで終わったキリンも、そろそろ限界が近づいていた。自分の大切な人が八柱力であったり、敵だと思っていた幹部がなぜかゲンと通じていたり等……頭の整理が追いつかないのだ。
「俺はあいつと昔ポケポリにいたときに組んでいた。今思い返せば、なるほど……怪しい点はいくつかあったんだな」
ゲンは加えていたタバコを地面へと落とし、靴裏で踏みにじる。
「あいつがハナダの惨劇の時、妙に落ち着いていたのはそのためか……」
一人で合点しつぶやくゲンに、いらだちを覚えたキリンはゲンの胸ぐらをつかむ。
「おい、おっさん。何一人で納得してんだよっ!」
「落ち着け、ミサカ キリン。今一番に優先しなければならないのはカンバル アユミのケアなんじゃないのか?」
「くっ」
キリンはゲンの指摘により慌てて背後を振り返る。
彼の視界が捉えたアユミは、今にでもその場に崩れ落ちてしまいそうなほどに弱々しく、そして脆かった。
「小屋にもどるぞ。俺たちに残された時間は少ない」
そうゲンが言い、小屋へと踵を返すのと同時にアユミは膝から地面へと崩れ、それをキリンが慌てて受け止めたのであった。
アユミが気を失ってから一晩が経ち、ゲンはキリンにわかりやすく今までのいきさつを説明した。
「つまり……お前の家族はサカキによって殺されて、それでその復讐の為にいろいろやってきたってことか?」
「それを理解させるために、俺がどれほど苦労したかわかるか?」
さすがのゲンもげんなりしたのだろう、キリンの理解力の乏しさに逆に感銘を受けてもいいほどだ。
「う、うっせぇ。俺は覚えるのが苦手なんだよ」
「これで君も私の努力がどれほどまでのものか実感したようだね」
投げ捨てるように言い切るキリンに答えるようにして、ソファで寝ていたアユミがそうつぶやいて身を起こす。
「ア、アユミっ。大丈夫か?」
「心配をかけたね……でも、大丈夫だ」
アユミは自分の額を手の甲にあてながら、ゲンの方を向く。
「大丈夫なのか?」
「微熱だよ、直に治まるさ。それよりも、一つ確認したいことがある」
心配して声をかけたゲンに必要最低限な言葉でしか答えず、アユミは質問する。
「私達と君が協力するのは構わない。私は組織の情報を、君はサカキ本人の情報をどうやら持っているみたいだしね」
アユミの提唱する事項にゲンは首を縦に振って肯定する。
「だが問題は、全てを一方的に話しはしないということだ。当然、私が隠している情報もあるし、君も口は硬そうだからね……言わないだろ?」
そう、そしてそれがネックとなる。
互いの情報を欲しい為に協力するにしても、ここが問題点となる。情報とは時に最高の切り札となりうる。自分の手持ちのカードを自分以外の相手に全てさらけ出すようなことを人はしないのだ。
するとしても、それは相手に騙された時か、自分が油断した時だけである。
そんな爆弾を抱えたままでも、彼らは結託するしかない。
「これを見な」
ゲンはコートの内ポケットから小型機器を取り出して、キリン達に渡す。
「なんだこりゃ?」
「小型テレビだと思えばいいさ」
指定されたチャンネルを視聴すると、キリンはその内容に驚愕する。
「な、なんだと……」
そこで報道されていたのは、キリン達が助けられたジムリーダーが事故で死んだという内容のものであった。
「ここまで来たら、もう限界だろうね」
「そういうことだ」
キリンが釘付けにされている報道を片耳で聞きながら、アユミとゲンは互いの意思疎通を行う。
「おいおい待てよお前ら! 人がまた一人死んだんだぞ!? なにそんな余裕かましてんだよ!」
キリンの激昂。それもそうだろう、自分の窮地を救ってくれたジムリーダーが死んだのだ。おそらく自分達のせいで、だ。それをゲンとアユミは一現象として片付けようとしている。それがなんともやるせなかった。
「キリン、前にも言っただろう。犠牲はつきものなんだ……」
「っ!」
アユミの言葉にキリンは再度、自分達の誓いを思い出して座り込む。彼は頭を抱え込み、眉間にしわを寄せる。
だが、これでジムリーダーの失踪、または死亡が確認されたのはシンオウで三人目。もはや偶然の一致ではおさまらないだろう。
「今までは親子でジムリーダーをしていたトウガンとヒョウタになにかが起きた事件が絡んでいるという見方が強かったが、ナタネまで消された以上……ほかのジムリーダー達も動き出すだろうな。ジムリーダー達に課された新しい制約については?」
ゲンは淡々と事実を整理し、アユミの見解を待つ。
「ロケット団側としてはジムリーダーの存在は邪険されている。でも彼らにはそれ相応の力があるから、特定の人間が現れる為に、ふるいにかけているっていうところじゃないかな」
つまり、ジムを制覇する強いトレーナーをロケット団は欲しているということで間違いはないだろう。
「だがなぜ殺す必要がある?」
「確かに殺すことによってジムリーダー達もなにかを画策する危険性は否めない。でもね、自身が殺されるということ以上に相手を制限させる脅しはないんだよ。それも確実なね」
ゲンは合点がいったのか、顎に手を当てる。
「なるほどな。確かに俺たちは殺されたという事実を知っているが、報道はオブラートに包まれてはいる」
「そうだね、それにホウエンで行方不明となっている双子のジムリーダーもロケット団の幹部だ」
ゲンはその事実を初めて聞いたのか、眉を片方ぴくっと反応させる。
「なに?」
「別段不思議じゃない話だよ。それにジムリーダーに幹部がいたからこそ、きっとこのジムリーダー達への制約は遂行できたと見て間違いないだろうね」
「これからどうするつもりだ?」
「とりあえずは次のジムへと行くつもりだよ。そうだね、キリン?」
突然話を振られたキリンはとっさにニュースから視線を逸らして顔を上げる。
「ぁ? あ、ああ、そうだな」
するとゲンは表情を険しくして問い詰める。
「なぜだ?」
そう、もしジムリーダー達が懸念を持ち始めているのにわざわざジムへと向かおうとするアユミの行動をゲンは理解できずにいた。
「だからこそだよ。それにどちらにせよ私たちは狙われているのだろう? ならここにじっとしているより、迎え撃つ方が情報も入るんだよ」
「えらい自信だな」
「君がいるからね」
「ふっ、なるほど」
アユミはとことんゲンをこき使う気でいるらしい。
「ならいいだろう、次はどこだ?」
「氷煌めく雪の街……キッサキシティ」
あの後、すぐさま身支度を済ませた三人はキッサキシティへと向かった。
雪道だけあってか、追っ手に見舞われることはなかったが、ゲンが言うには監視する者が近くにいなくとも居場所はつきとめられているとのことだった。
まだ時期は冬。案の定、雪が絶えず降り注いでいる。
立っているだけで体温が根こそぎ削がれるという過酷な状況で良く生活できるものだ、とアユミはずっと道中心の中でぼやきながら辟易としていた。
しかしいずれ来なければならないのならば、早いに越したことはない。そしてアユミには確認しなければならないことがあった。
「それじゃ早速、第四のジムに挑戦といこうか」
アユミはキッサキジムを目前に意気込みを吐く。
「次は、アユミがやるのか?」
「ああ、交代制だからね」
「そっか……」
キリンは若干渋るようにしてため息を漏らす。
「なんだいキリン? 君は負けたんだからおとなしくしておくことだね」
「へいへい」
アユミ達が挑む四つ目のジムはキッサキジム、氷タイプ専門のジムである。
ゲンとキリンを引き連れてアユミがジムに挑戦しようと、扉を開けようとしたがそれはびくともしなかった。
「?」
ジム内の電気はついているし、特段張り紙などの掲示も見当たらない。誰かがいるはずなのだが、呼び鈴を鳴らしても誰かが来る気配はない。
「どういうことだ?」
アユミが首をかしげると、ゲンも注意深く当たりを見渡す。
すると、ジムの奥、突如の爆発で大量の白雪が舞い上がるのを三人は目視した。
「「「なっ!?」」」
アユミは想定していた事象を思い返し、一人駆け足で爆発のあった場所へと進みにくい雪道を疾走する。
「おい、アユミ!?」
「行くぞキリン!」
アユミの突然の行動にゲンはすぐさま対応し、後を追う。
「おい、ちょっと待てよ!」
そして一拍置いて、キリンも後を追うのであった。
突然起きた爆発。それは一体何を意味するのか?