VIII:八人目
「仮にだ、もしお前の憶測があたってたとしたら……どうする?」
「起こさせはしないよ。それに、得た情報によれば八柱力の内、一人はこの世を去っている」
ゲンの不安の種をアユミはそう言って答える。
しかし真実を語るアユミの表情はどんどんと悪化していくのにキリンは感づいていた。
「それなら、あいつの野望は終わったんじゃないのか?」
「いや、どうやら代役ができるものがいるみたいだね」
「代役だと?」
「ああ、ポケ人さ」
その表現にゲンは固唾を飲み込まざるを得なかった。
もはや都市伝説とも言える存在であるポケ人。ゲン自身、ポケポリにいた頃はその類の資料を目にしたことはある。だがしかし、近年ポケ人による表立った行動や発見情報がなかった為にそれほど気にしていなかったのだ。
「ポケ人は自然な存在なのか、はたまた私たち人類とポケモン達の新たなる姿であるのかはわからない。でもサカキはそのポケ人を使ってイニシャルインシデントの再来を望んでいるのかもしれない」
「……なるほど。ならばこれからどうする?」
「君みたいな大人が私みたいな子供に意見を求めるのは、愚直であるとは思わないのかい?」
アユミは憎たらしそうにいつもの口調でそう言い切るが、ゲンはそんな彼女に肩をすくめてみせる。
「そんなもん関係ないさ。俺には時間も余裕もないからな、なりふりかまってなんていられない」
「そうかい」
このゲンという男がどれほどの覚悟を持っているのかは二人には計り知れない。だがそうは言ってもアユミとキリンにもあまり猶予があるとは言えない。
「それなら仕方ないね。私たちは結託する必要がありそうだ」
「みたいだな」
「アユミに手出したら、俺が許さないからな」
ゲンが差し出した右手をアユミがつかむ前に、キリンがそう釘をさす。
「き、君はいきなりなにを言うんだね!?」
「はっはっは、大丈夫さ。俺には妻も子もいる」
「べ、別にそういう答えを期待していたわけではないからね!?」
顔を真っ赤にしてあたふたするアユミに対して、まるで父親のような柔和な笑を浮かべるゲンと頭をぽんぽんとなでるキリン。
「ふんっ!」
自分がからかわれているのに不満を感じたアユミはゲンの右手を弾いて、そのまま小屋の外へと出ていく。自分が弄ばれるという状況は未だ彼女にとっては不慣れなのだろう。
「付き添ってやりな」
「言われなくても」
ゲンにそう言われ、キリンは即座にそう答える。
「だが覚えておけよ。あいつを苦しめるようなことがあったら、俺はお前を倒す」
「ふっ。お前たち二人にはもう少し目上に対する礼儀を学ばせた方がいいかもしれんな」
どん、とゲンの胸元に指を突きつけてキリンは宣言し、アユミの後を追いかける。
「やれやれ、若いってのはいいもんだな」
と一人ぼやくゲンは、窓の外でアユミに追いつくキリンの姿を見て苦笑するのであった。
古風な雰囲気を町全体に漂わせるこの場所では、冬の季節も相まってか静寂を包み込んでいるように感じる。
カンナギタウンには古くから祠があり、そこにはパルキアとディアルガの姿が彫られている。
その方へとアユミはすたすたと向かっていき、キリンは頭の後ろに手を組んで黙ってついてきている。
「やっぱりね……」
「おいおい、どういうことだよこれ」
しかしながらその古き歴史を誇る祠は、いまや見る影もなくなっている。
「ここには昔、祠があってね。パルキアとディアルガというポケモンに関する情報が眠っていたらしい」
「へぇ……。でもなんでこんなことになってんだ?」
キリンが目の前にするのは入口が破壊され、ガレキの山とかしている祠であったらしきものであった。
「ロケット団の作戦は確実に実行されているってことなんだろうね。どこかで新聞でも買わないとわからないかもね」
「ポケギア使わないのかよ?」
「衛生を使って私たちの居場所を教えるよりかはね」
「な、なるほど……」
アユミは祠を見下ろしながら一息つく。傍のガレキに腰をかけ、休息を取る。
「ふぅ」
「おい、アユミ大丈夫か?」
「……大丈夫なわけないよ」
そしてキリンはわかっていた。ここまで怒涛といっても過言ではないほどのことが連続して起こったのだ。
眠っていたとは言え、移動しながらの睡眠では体力はそこまで回復しはしないだろう。
「仕方がないとはいえ、キララから託されたポケモンを、私は、私は……」
そう、ポリゴンZは犠牲となった。短い時とはいえ、アユミが心を許した数少ない人間が消えたのだ。しかし彼女がそれでも自身を見失わずにいられたのはキララが残していたメモにあった。
それはキララがアユミ個人へと残したものではなかったが、彼女の日誌手帳に記されていたのはミキキ キララの覚悟であった。
その意志を受け継ぐことが、彼女に対するアユミのせめてもの手向けなのだ。
「アユミ、俺はお前がどこまで知ってるのかわかんねえ」
キリンは一歩アユミへと歩み寄って右肩に手を置いて、引き寄せる。
「ぁ」
「別に無理して抱え込む必要はねえよ。俺はさ、バカだし、考えるのは苦手だけどよ」
キリンはぽりぽりと右頬を指で掻いて、アユミを見つめる。
「お前のことだけを見ることはできるからさ。お前のことだけを俺は守ってやれるから、だからだな、えっと」
アユミは自分の肩に置かれたキリンの手に自分のを重ねる。
「君は実にバカだな。ちゃんと物事は整えてから喋りたまえよ」
そう言うアユミの口調は穏やかさを取り戻し、安寧としていた。彼女にいつもの皮肉が交じった返答があり、キリンはホッとする。
「その様子じゃ、心配ないな」
「ああ、おかげさまでね」
アユミは自身のコートを翻して小屋へと戻ろうとする。その後ろ姿を数秒ほどキリンは見守りながら、微笑して後を追う。
すると、
「やあ、探しましたよ……。ミサカ キリンにカンバル アユミ」
「「!?」」
両手を上げて仰々しく二人の真後ろに立っていたのはロケット団の幹部の一人、バラッドであった。
突如として現れた人物に二人の警戒心は一気に上昇する。
「君は誰だい?」
アユミは注意深く相手の男を観察する。
「おや? あなたならばすでに私の素性などわかっているのではないのですか?」
「まさか、ロケット団幹部の……」
「御名答」
アユミのいやな予感が当たるや否や、彼女はベルトへと手を伸ばしてキリンを呼び寄せる。
「おっと、さすがはカンバル アユミですね。さすがは八柱力と言うべきですか」
くすくすと口元を指で隠しながらバラッドは笑いを浮かべる。
「八柱力? アユミがなんだって……?」
キリンは訳の分からないといった表情でアユミとバラッドを交互に見やる。
「っ……」
「まああなたほどの者でもさすがに動揺は隠しきれないですよね」
アユミがシルフカンパニーのデータバンクから探り出した情報の一つにあった八柱力に関するデータ。その中に自分の名前があったこと、ケンケンの妹がいたこと、同級生のリョウがいたことにアユミの疑問は深まるばかりだったのだ。
そしてなによりもミキキ キララの名前も上がっていたことにも。
「自分が一体どんな能力を有しているのかわからない。でも安心してください、あなたはもうすでに発揮したのですよ。我々の組織データを入手したのが良い証拠です」
「っ!!」
アユミの目は見開き、瞳孔が揺れる。
そういうことだったのか、と。
「あなたが見た八人の名前。どういう因果かそういうことなのですよ」
バラッドの含んだ言い方に、アユミはさらに苦渋な表情を濃くする。
「おいアユミ、なんなんだよこいつは!」
キリンは自分だけが話についていけないもどかしさと焦りを感じながらも、虚勢を張る。張り続けるしかなかった。
「薄々感じてはいたけどね。君の目的は私の拉致かい?」
「ふぅむ、どうでしょう。たしかにお達しのあった任務ではそうしろと出てましたが、個人的にはあなたたちと戦ってみたいのでね」
バラッドはそう言い、ボールを一つ二人の前へと放る。
「あなたのことですから、私の手持ちのポケモンのこともわかっているのでしょう?」
「エスパー使いの変装奇人、バラッド」
「おやおや、そんなことまで覚えていて下さるとは。さすがは八柱力、あなたの力はなんなのでしょうね?」
アユミはストライクをボールから出して、バラッドのポケモンと対峙する。
「願わくば同じユンゲラー同士で戦ってみたかったのですが、構いません」
バラッドのポケモンはユンゲラー。そうあの鉱山でバラッドが脱出するときに用いたポケモンである。
「なぜ君は勝負を望むんだい? 君ほどの者なら、私たちの前に姿を現さずにどうにでもできたのだろう」
「人生において波乱はつきものです。私はそういったものを人に提供するのが趣味なもので」
「調子に乗りやがって……」
バラッドの弁舌にキリンは、ぐっと握り拳をつくる。
「アユミ、こいつは俺が……」
「ここは私に任せたまえ」
「でもよっ!」
「何度も言わせるな!」
アユミが声を荒らげる。それだけでキリンはおしだまる。
そう、アユミは今憤っていた。バラッドに対してではない、自分の境遇についてだ。
「私はまだここで終わるわけにはいかないんだよ。全てを知った今、私はその理由(わけ)を知らなければならない」
「理由ですか、それが今あなたの中にある波乱なのでしょう」
自分が八柱力であること。キララもそうであったこと。彼女が死んだことでポケ人の必要性が出てきたこと。もしかしたら八柱力同士であったがゆえに、心を知らない内に許してしまっていたのかということ。
様々な葛藤が彼女の胸中で渦巻いているのだ。整理できないがゆえに、気持ちが荒ぶる。
「味のあるバトルが楽しめるといいですね」
嫌味たっぷりの微笑を浮かべながら、バラッドは腕をかざす。
すると、相手のユンゲラーが片手のスプーンに炎をまとい始める。
「【炎のパンチ】か。ストライク、【スピードスター】で牽制!」
「ユンゲラー、【テレポート】」
「見切るんだ、ストライク!」
大量の星による奔流がユンゲラーを捉えようとするも、その標的は姿を瞬時に消していなくなる。
ストライクは羽を振動させ、自身の周りにおける変化を感じ取ってユンゲラーの出現を見切る。
「ストライク!」
しかしストライクの予感は外れ、繰り出した鎌の一閃が切り裂いたのはユンゲラーの残像。つまり、ユンゲラーは最初の出現ポイントに自身の分身を出して隙をついたのだ。
その作戦が成功したのだろう、炎に包まれた右拳がストライクの胴を掠め取り、羽の一部を燃やし尽くす。
「おや、期待はずれですね。あなたの力はこんなものですが」
ぎりっ
アユミは奥歯を噛み締め、歯軋りする。
「終わりにしましょうか、ユンゲラー」
ユンゲラーが身悶えるストライクにとどめをさそうとスプーンを突き立てようとした時、
「「「っ!」」」
その場にいる三人が目の前で起きたことに動揺を隠せずにいた。
「面白いことやってるじゃないか」
ゲンが悠然と構えてタバコの煙を吹かす姿がそこにあったからだ。
「そいつを捕まえなきゃいけねえみたいだな」
ゲンのドクロッグがユンゲラーの懐に入り、ユンゲラーは一撃のもとに気絶していた。
その瞬間を少なくともアユミとキリンは見切ることはできなかった。バラッドですら、少し関心したような興味深そうな表情を向けている。
「手、出させてもらうぜ」
口から煙をふかしながら、ゲンはそう不敵に言ってみせた。