III:アユミの予感
「行ってきなさい、ロズレイド」
ナタネの二番目のポケモンはロズレイド。スボミーの最終進化系であると共にロゼリアの進化系である、草・毒タイプのポケモン。
「おいおい、まためずらしいやつが出てきたな」
キリンははじめてみるポケモンをにらみつけながら興味津々に声を張る。
「きりりっ、きり!」
キリンリキに至ってはさきほどのバトルでは物足りなかったのだろう、しきりに蹄で地面を蹴って鼻を鳴らす。
「おお、おお、わかってるって。とっととケリ着けるぜ!」
一方のナタネはキリンたちを見据えながら、さまざまに思考をめぐらせていた。彼女もまた、この新しい制度になってから改めて世界を再認識したうちの一人であるからだ。
それでも彼女は負けなかった。
今までに挑戦しにきたチャレンジャーの数は以前と変わらない。強い者もいれば弱い者もいた。しかしなぜであろうか。最近、強いだけでなく確固たる意志を持つ者が多く現れてきたのだ。
『一体、なんだっていうの……?』
彼女はそのとき、その抱いていた疑問への答えを見つけることができないでいた。
だから彼女のやるべきことは、一つ。勝つこと、それだけだ。
負ければ殺される。
殺されなくても、逃亡の身となることは最近のジムリーダー達の相次ぐ死亡や失踪で明らかであるからだ。
『私は、負けられない!』
そう、彼女には負けられない理由がある。キリンと同じく、絶対に敗北は許されないのだ。
「キリンリキ、【サイケ光線】!」
キリンリキの頭部にある角からは七色に分解された光が放たれて、ロズレイドへと向かう。
「ロズレイド、【マジカルリーフ】!」
どうたとえれば最適なのだろう。
お互いのポケモンから放たれた七色の光は衝突しあい、そして拡散していく。その残滓はどことなく幻想的に見えるが、激しい技の衝突によって起きた副産物でしかない。
「【高速移動】で【踏みつけ】ろ!」
攻撃を繰り出すと共に、次への態勢をとっていたキリンリキはすばやい瞬発力で一気に敵との距離をつめようとするが、
「ロズレイド、見極めて【草結び】!」
「ロズッ!」
「きりっ!?」
軌道をジグザグにしながら進攻していたキリンリキであったが、いともたやすく足元を見極められてしまう。【草結び】……そう、このフィールドは全体が草花に覆われている。
ジムにおいてジムリーダーに勝つのが難しいと言われているゆえんはこれにもある。
フィールドはポケモンたちの住んでいる自然界を模して作られている。そのため【不思議な力】や【草結び】といったような技のアドバンテージをジムリーダー側は所有していることになる。
そのディスアドバンテージを乗り越えることこそチャレンジャーがバッジを得るために必要な要素である。
「相手に隙を与えるな! 【サイコキネシス】!」
「させない! 【リーフストーム】!」
次の一手、次の一手……その考察が求められるポケモンバトル。なので強い者ほど頭が良い……と、思われがちであるがそうではない。それがポケモンバトルの醍醐味ともいえよう。
そしてそれこそがポケモンに人が興味惹かれる実態でもある。
頭がよくてもポケモンとの信頼関係が築かれていなければバトルにおいては見事に惨敗することもある。そしてたとえトレーナーが有能でなくとも、ポケモンが自らそのトレーナーを守りたいと思う意志があればバトルで勝ってしまうこともできる。
そしてキリンにおいては、直感的にバトルをするタイプであるがゆえにポケモンと同じ視点でものをみることに長けている。
それは己自身がファイターでもあるからなのだろうが、常に相手に隙を見せてはならないということを良く心得ているのだ。
飛び舞う草の嵐をキリンリキが念動力で阻止しようとしているが、キリンリキの体勢が体勢なために押し切られてしまい直撃を受ける。
しかし先のバトルで特防のあがっているキリンリキはまだ体力には自信があるようで、すぐさま立ち直ってロズレイドに身構えている。
「あのポケモン、なかなかやるな」
「きぃり〜!」
「こうなったら接近戦に持ち込むぞ、【ダブルアタック】!」
ロズレイドは高い特殊攻撃、特殊防御を誇っている分、防御力が低い。その要素をキリンが見抜いたかどうかは別ではあるが、キリンリキは先ほどのチェリムから攻撃力を上乗せしている。
もし当てることができたら、キリンたちにとっては良い一手となるだろう。
しかしながら素早さの面で言うと、ロズレイドのほうが上回っている。たとえキリンリキが【高速移動】をさっき使っていたとしても見抜かれてしまった。
「ロズレイド、【毒づき】!」
「ろずれいっ」
キリンたちが情熱的であるとするならばナタネたちは悠然としている。
とくにロズレイドの華麗なる足運びはどことなく沈着冷静でいながら優美さをまとっている。両手に咲いている薔薇がそう見えさせているのかはわからない、だが……。
キリンリキが首を振り回しての攻撃と、後ろ左足を使っての【ダブルアタック】は見事ロズレイドの両腕にいなされてしまう。
攻撃がうまい具合にあたらなかったのを身で感じたキリンリキは反撃を食らわないように数歩距離を置くが、瞬時にひざから崩れて倒れこんでしまう。
「おい、どうしたキリンリキ!?」
キリンも不思議でならなかった。なぜならロズレイドはナタネの指示した攻撃をしたそぶりをまったくもって見せなかったからだ。
「私のロズレイドに接近戦をのぞむなんて、ね」
「な!?」
キリンが困惑する前で、いとも簡単に勝負は決してしまった。
「あなたみたいなトレーナー、二度とごめんだわ」
「チャレンジャーのポケモン、戦闘不能! よって、ジムリーダーナタネの勝利!」
そしてせかされるようにしてキリンとアユミはジムから追い出された。
そのあまりのことの運びにキリンは呆然とし、アユミに至っては怒りで頭が沸騰していた。
「あ、あのぉ〜?」
「君はバカか!? いや、訂正しよう……バカだったな!」
「な、なに怒ってるんだよアユミ? そ、そりゃ負けはしたけどよ……」
「そういう意味ではないのだよ! このバカ!」
キリンはジム戦で負けてしまった。
しかしこれで一つはっきりとしたことがある。チャレンジャーがジム戦に敗北したとしても、ペナルティの類は無いということだ。
「私がこんなに騒いでも何も起きないということは何も無いということなんだね」
「じゃあさっきのはわざと怒ってたのかよ」
「いいや、本心からの怒りだよ」
「……」
二人はジムから出た後に、近場のレストランへとやってきていた。
「なあ、なんで俺負けたんだ?」
「そんなのすぐにわかることだよ。君はロズレイドの【毒づき】にやられたんだ」
「でもよ、技出すとこなんて見えなかったぞ?」
「簡単なことだよ。キリンリキの攻撃がいなされた……そのときに触れたロズレイドの花二つ、あれが原因だ」
アユミはメニューを長々と眺めながら、呼び出しスイッチを押す。
「大体なんでだよ? もしかして花自体にダメージがあったなんていうのかよ?」
「お待たせいたしました、ご注文お決まりでしたらお伺いいたします」
「この端から端まで、全部」
「え……? 全部、でございますか?」
「そう言っている」
キリンの言葉を聞き流して、アユミは来たウェイトレスに注文を済ませる。
「君はなにも食べないのかい? 私の分はやらないよ」
「……このセットメニューを一つ、大盛りで」
「はい、かしこまりました」
去って行くウェイトレスを横目で確認したアユミはグラスに注がれた水を飲んで、キリンへと口開く。
「ロズレイドの二色の手の薔薇、あれには二種類の違った毒が入っている」
「なっ……」
「ロズレイドは基本攻撃力がそんなにない。特殊アタッカーとして有力だからね」
「だったら勝ち目ねーじゃん」
「それをどうにかするのが君の仕事だろ」
「まあ確かにな」
常に格好良くバトルを終えたいと思っているキリンにとっては、今回のバトルの終わり方は不服なのだろう。
「といっても、君の手持ちならナタネ攻略は難しいだろうね」
「んなこたないだろ」
「それに私は怒っているのだよ。なぜああも簡単に敵に塩送るんだい」
「敵に塩? 俺なんか言ったか?」
「向こうは私たちのことを知っていたんだよ? なのになんでわざわざ情報を提供しなければいけないんだ」
たとえ敵側が自分達の情報を掌握していたとしても、それは不確定であるという事実は変わらない。そう、本人達がそう言わない限り。
「悪かったよ」
「それと君はサイドンを使ってジムリーダーを挑発し優位に立ちたかったのだろうが、浅はかだったね」
「いやー上手くやれると思ったんだけどな、向こうが一枚うわてだったな」
「笑い事じゃないよ、まあそれでも収穫があっただけマシとしておこう」
ジムバッジを手に入れることができなかったが、先述した通り敗者へのペナルティはチャレンジャー側にはない。
こういった一つ一つとした情報を入手することは今後の旅において有益だ。そして先ほどアユミが叱責した通り、できるだけ情報を相手側に流すことはあってはならない。
アユミとキリンは二人だけなのだ。情報管理は徹底しておかなければならないのだ。
「そうだ」
「ん?」
「キララ……」
「おい、アユミ?」
「ジムリーダー達が私達の情報を知っていてもおかしくはない。でも、それはロケット団という組織から提供されているものとは言い難い」
「は?」
アユミがなにかをこれから切り開こうとした時、
「お待たせいたしました」
大量の料理が次々とテーブルの上に並べられていく。
「おいアユミ……こんなに頼んだのかよ」
「いつものことだよ。それじゃ食べるとしよう」
「キララのなんたらはいいのかよ?」
「そうだったね。恐らくジムリーダー達はなにか弱みを握られている可能性がある」
「弱み?」
アユミは四種類のサラダを早々に平らげながら、続ける。
「考えてもみなよ? ジムリーダーの誰もが気付き始めているはずさ、自分が負けたら消されるってことをね。それでも任から下りないということは……組織からの命令に従わざるをえないということだ」
「ふぅーん。でもよ、だったら組織もジムリーダー達を勝たせるために情報提供してるんじゃないのか?」
「いや、組織としてはジムリーダー達には負けてほしいんだよ」
「は?」
五種類のスパゲッティがほとんど噛まれずといってもいいほどのペースでアユミの口へと消えていくのをキリンはまじまじと見つめながら、驚きの声を隠せずにいた。
「どうもおかしいんだよ、この新しい世界というのはね。矛盾点が多すぎる」
「矛盾点?」
「ああ、だって世界を手に入れたんだよ? それほどまでの実力者が公の前で力を誇示しようとしない……何か裏がある気がしてならないんだ」
「おい、それって……」
そしてアユミはオムライスとパエリアを同時に処理しながら、口の周りにケチャップをつけてこう言うのであった。
「面白いよ。面白いと同時にふざけている」
そう言いながら口を拭うアユミの声は嬉々としていた。