II:キリンの浅知恵とアユミの焦慮
クロガネシティからサイクリングロードでハクタイシティへとやってきたキリンとアユミ。
そしてなぜか着いて早々にハクタイジムリーダーのナタネに招かれ、そのままジムバトルへと展開してしまっていた。
「それじゃ私の初手はこの子、ずばりチェリム行ってきて!」
ナタネが繰り出したのはサクラポケモンのチェリム。日差しが出ていないときは蕾のままであるが、日の光を浴びると花開くとされている。
「なお今回のジムバトルで使用できるポケモンは二体! 交代はチャレンジャー、ジムリーダー共に認められています!」
審判はナタネのポケモンが出るのを確認してからそう宣言する。
その宣言にアユミは眉を軽くしかめる。そう、こういったルール変更がなされたのを聞いたのは初めてだったからだ。通常ポケモンの交代はチャレンジャーにのみ許される。しかしながら今ではジムリーダーたちの状況も変わっているためのジム側の処置なのだろう。
「へ、わかった。なら俺はこいつだ!」
キリンはバトルを早く堪能したいのか、審判の言葉を聞き流すように頷いてボールを投擲する。
キリンの手持ちは二匹。つまり審判のルール説明が行われたときに、バトルできる条件を満たしていないと抗議しなければならない。たいていの場合は、トレーナーたるもの手持ちを最大の6匹いるために必要ないのだがキリンのように少数体制だとそういう場合もあるのだ。
そんな話はさておき、キリンが最初に出したのはサイドン。岩・地面タイプを誇るドリルポケモンではあるが、ここはハクタイジム……ジムリーダーは草タイプ使い。
ミオの時とは違い、サイドンにとって草タイプは最悪の相性。
だが彼にはほかに手持ちが一匹しかいないのだから、しょうがないといえるのだろうか。
さすがにナタネもキリンのポケモンを見て面食らっていた。
「今までに私のポケモンたちが得意とするタイプのポケモンを出してきたトレーナーはいたにはいたけど、さすがに岩・地面両方のでくるなんてね! 私が聞き及んでいた情報とは若干違うのかな?」
アユミはナタネの言葉を聞きながらさまざまな憶測をたてていた。
おそらく彼女達の情報はシンオウ地方すべてのジムリーダーに知れ渡っているだろう。その中でアユミは自分達を客観的に分析し、わたっているであろう情報を自己分析してみた。
つまり先ほどのナタネの言葉は、キリン達が実力者であるということ。そんな彼らがまさかハクタイ戦において岩・地面タイプのサイドンを出すなどとは思いもよらなかったのであろう。そんな憶測をアユミは立てたのだ。
「へ、悪いが手持ちが二匹なんでね。最初はこいつで行かせてもらう!」
そしてキリンの返答にアユミは心底落胆と憤怒の情を沸き立たせるのであった。
『あの脳筋、なんでわざわざ自分のほうから敵に塩を渡すようなことを言うんだ!』
と。
「それでは試合開始!」
声高々にバトルの火蓋が切って落とされ、ナタネは冷静さを取り戻しつつ指示を繰り出す。
「チェリム、先手必勝の【日本晴れ】!」
チェリムがこもった声でなにかを呟くと、ジムの上方に擬似太陽のようなものが現れる。これもまたポケモン達の潜在能力が成せる技であり、それが一体どれほどの脅威となるかを人間はまるで理解していない。
自分の意思で天候を操ることさせ可能な生命体がポケモン。それは人が唯一の科学という力をもってしても、成功したとはいえないことをのうのうとやってのけてしまうのだ。
「サイドン、【火炎放射】!」
しかし今はバトル。人同士のポケモンバトルである場合、こういった思考など発生するはずもないのだ。
「そこらへんは常套のようね! チェリム、【影分身】!」
技を使用、あるいは使用中において生まれてしまうのが隙である。その隙をどうお互いに突いていけるか、それがポケモンバトルの本質である。
つまり上手(うわて)であればあるほどに隙を突くのと、隙を与えないことに長けていると言えよう。
チェリムは【日本晴れ】を繰り出したときからすでに【影分身】をする準備に入っていた。その隙をキリンは逃さまいとするが、【火炎放射】と命令を出すときに生まれるタイムラグがその隙を突くチャンスをつぶしてしまったのだ。
バトルは相手の先、そのまた先を読むことができなければ負けるのだ。
あいてが格上ならば必然的に……。
「サイドン、【地震】で追っ払え! それで【火炎放射】だ!」
「チェリム、【神秘の守り】!」
ナタネのチェリムは【日本晴れ】によりその花びらを開いていた。その分普段以上の動きを見せることが可能となっている。
しかしながらサイドンの【影分身】つぶしからの【火炎放射】は避けれないと踏んだのだろう、最悪の事態を想定してナタネは状態異常の発生を防いだ。
「ふーん、あなたも結構な場数踏んでるみたいね」
「なっ!?」
サイドンの魅力はその技の多様性にある。悪く言ってしまえば起用貧乏ではあるが、汎用性が高いとも言える。それはもはやトレーナーの腕しだいということだろう。
ナタネのチェリムは陽気そうな表情を浮かべており、先ほどの【火炎放射】をそんなにダメージとして負っていないのであろう。そこにキリンは焦りを見せる。
「チェリムの特性を甘く見ないことだね!」
そう、チェリムの特性であるフラワーギフト……それは晴れのときに攻撃と特防があがるというもの。つまり草タイプにとっては致命的である炎技を上げる【日本晴れ】の弱点を自らの特性でカバーしているのである。しかしだからといって威力の上がっている炎技を受けても余裕の表情を浮かべられているのはさすがジムリーダーのポケモンといったところか。
「ちっ! ならサイドン、【メガホーン】だ!」
とはいえ、サイドンの【メガホーン】をくらってしまってはひとたまりもないだろう。
だがしかし、
「正面突破は関心しないね。チェリム、【ソーラービーム】!」
「根性見せろよ、サイドン!!」
チェリムのかわいらしい甲高い声と共に発射される眩い光線は、一直線上にいるサイドンへを容赦なく包みこんだ。
「なっ!?」
ナタネは勝利を確信したのだろう。しかしながらサイドンの猛進はとどまることを知らなかった。
「まさか、【メガホーン】は【ソーラービーム】を無効化するために?!」
「虫タイプの技に草タイプの技はあまり効果がないからな!」
しかしいくらサイドンが【メガホーン】で【ソーラービーム】の直撃からのダメージを軽減しているとは言え、相手はナタネのチェリム……そんな無茶苦茶な戦法が通るほど甘くはない。
「でも君のサイドンはずばりボロボロ寸前みたいだけど?」
意表を突かれはしたが、見るからにサイドンはダメージを負い過ぎて倒れそうである。
それもそうだろう、キリンは最初からサイドンでチェリムに勝とう等とは思っていなかったのだ。
「くっ! いい加減にとまったらどうだい!?」
余裕そうだったナタネだったが、【ソーラービーム】を全身に浴びながらも突進を止めないサイドンを見ていて焦りを見せ始める。
そう、サイドンは多大なダメージを追いつつもその足を止めないのだ。
「おしきれ!」
「……ォオン!!」
まるで持久走を完走しようとする、へとへとなランナーが最後の気力でゴールラインへと達したようにしてサイドンは倒れこみながらもゴールラインのチェリムに【メガホーン】を掠めさせて戦闘不能へと陥った。
「チェリム! よけて!」
そしてサイドンが力果てる直前まで技を使っていたチェリムは当然サイドンからのダメージを受けると共に倒れこんできたサイドンから逃れる暇がなかった。
「サイドン、戦闘不能! チェリムの勝ち! チャレンジャー、次のポケモンへと早く交代してください!」
そしてこれがキリンの狙いだった。
チェリムの体重は重くて10kg、それに対してサイドンは120kg。自分の12倍重い相手がのしかかってくるとしたら、それは相手に焦りという精神的ダメージを与える。
しかものしかかってくる相手は微動だにしないのだ。
そんな彼のたくらみをナタネと審判はようやく理解したのだろう、もがくチェリムを見ながら審判はキリンへと交代を促す。
「チャレンジャー! 交代を!」
「ああ、悪い悪い。へへ」
そしてキリンはもったいぶるようにサイドンをボールへと戻して、ナタネを一瞥する。
ナタネはチェリムを心配しながらも、はっきりとした敵意と憎悪をキリンへと向けていた。それもそうだろう、こんな卑劣な手を使ってきたのだから。
そしてそんな戦況を見据えながらアユミは熟慮していた。なぜキリンがこんな戦法を取っているのかを。
普段なら力勝負や直球勝負が好きなキリンであるはずなのに、ああいった姑息な手を使った理由に彼女は思考を巡らせる。
確かにキリンは【ソーラービーム】を根性で乗り切ろうとした点ではいつもどおりといえばいつもどおりである。しかしサイドンが戦闘不能となることをわかった上での、あの卑劣な手は明らかに敵からひんしゅくを買うのは明らかだ。
それを狙ってやっているということはつまり……。
「あのバカ、そういう意味じゃないだろうに!!」
そしてアユミにとってしてみればキリンの浅知恵なぞお見通し。キリンはどこまでいってもキリンであることを、アユミはここでまたも思い知らされる。
「行け、キリンリキ!」
キリンリキ。まさにキリンの手持ちとしてはふさわしいといえるのだろうか?
「珍しいポケモンだね。でも……チェリム、【ソーラービーム】!」
まだ【日本晴れ】の効果は続いている。
「キリンリキ、よけろ! そして【パワースワップ】&【ガードスワップ】!」
「なっ!?」
【パワースワップ】と【ガードスワップ】。それは相手の能力変化を自分と交換するといった特殊な技。
さきほどのサイドンとチェリムの戦いでナタネが言っていたチェリムの特性。その特性を無効化することができると同時に能力の低いキリンリキにとっては非常にプラスとなるのである。
「ちぇ、ちぇりぃぅ……」
晴れのときに顔を見せるチェリムにとってこの特性はいわば必需的要素。それが奪われてしまえば晴れていても表情は弱々しくなってしまう。
「これで御相子といこうか! キリンリキ、【噛み砕く】!」
「チェリム!」
【ソーラービーム】連射による反動と能力値を下げられたチェリム。そして先ほどのサイドンからのプレスによってチェリムはその場から素早く動くことはできなかった。
「チェリム戦闘不能! キリンリキの勝ち!」
キリンリキの攻撃をもろに喰らったチェリムはもちろんダウン。
これで残るポケモンはお互い一匹ずつ。
一見互角……。しかしアユミは観戦席で一人下唇をきつく噛んでいた。
そしてその理由(わけ)に応えるかのようにしてナタネは二匹目のボールをフィールドへと放るのであった。