VIII:二人の答え
私達がサカキに捕まり、この独房に入れられてから一晩が明けた。
一睡もできるわけなんかなくて、私はカナの右手をずっと握ったままだった。
「ルカちゃん、ごめんね」
「そんなこと言わないでよカナ。カナがいてくれなかったら、私はきっと真実から目をそらし続けてたと思う」
「ルカちゃん。でも、でも、こんなことになるなんて」
思っちゃいけないけど、でも確かにここに来なければこうならなかったってのはわかる。
「どうしようルカちゃん。私ケンさんやお姉ちゃんに立ち向かうなんて無理だよ」
「……うん」
でも私達はあそこでサカキの条件を飲むしかなかった。じゃなきゃ、殺されていたから。
「でもね、カナ。私思うんだ、チャンスかなって」
「チャンス?」
「だってもしサカキに従うってことはどっちみちお兄ちゃんやカスミさんを見つける一番の方法じゃないかなって」
「それは、そうかもしれないけど」
私は馬鹿だからわからないけど、でも従っておくのが一番なんじゃないかなって思う。そりゃ納得もいかないし、嫌だけど、でも他に私に思いつくことは何もないから。
「あのね、ルカちゃん」
「うん?」
「私ね、一つ気になることがあるの」
「なに?」
「私の能力である【未来予知】の弱点をサカキは知っていたでしょ?」
「うん」
「私はまだ起きてから時間が経ってないし、あれから一度も寝てない。でもね、私が見た未来がどんどんと形を無くしていくのがわかるの」
「え?」
それって、どういうこと?
「なにかはわからない。でも、私はここでの未来を見たからここに来たの。こうなるって言う未来は見えていなかったから」
えっと。うんと。それはつまり、カナはサカキに会っても大丈夫だっていう未来を見ていたから乗り込んだ。
でも現実は違って、それでカナの見たはずのこれからの未来の出来事が変わっているってこと?
「私もよくわからない。私がきちんと夢を覚えてないからかもしれないし、まだ能力が完全に開花したわけじゃないかもしれない。でも、私は寝るのが怖いの……」
「カナ……」
そこでカナは私の胸に縋ってきた。
「大丈夫。寝る時も私は一緒にいるから」
「ありがとう、ルカちゃん」
「それじゃお話してあげるよ」
「え?」
「私がホウエンに行く時に出会った新しいお友達のお話」
「うん、聞かせて」
きっとカナは不安で一杯なんだ。
だったらそれを緩和してあげるのが私の役目。それが親友ってものだって私は思うから。
私はサント・アンヌ号で出会ったスグラノ ハルちゃんとカイチ スミレちゃんの話をした。ハルちゃんがアルセウス教の巫女であることやスミちゃんがスウセルア教の布教を目指していることなど。
一杯、一杯の話をした。
「私達と同い年くらいなのに、スグラノさんもカイチさんも凄いんだね」
「うんうんそうなんだ! それにハルちゃんはバトルがすっごい強いんだよ!」
「凄いなー。でもルカちゃんも凄いよ」
「え?」
「アルセウス教とスウセルア教は犬猿の仲なのに、ルカちゃんがこうやって二人の間に入っているんだもん」
「え? えへへ、そ、そうかなぁ?」
カナに称賛されて自然と頬がにやけてしまう。
「あの聖戦締約以降、二つの教徒はお互いの存在を認めあったけど、存続までは認めあってはいないから……」
「そうだったんだ」
二人の仲が悪いのはそのせいなのかな、やっぱり?
「あれ?」
「ん、どうしたのカナ?」
「もしサカキが言っていたイニシャルインシデントの話が本当なら、二つの教徒の対立が納得行く……」
「え、どういうこと? だってスウセルア教は科学でアルセウス教はポケモンなんだよ? あれ、待って、だったら矛盾するじゃん! サカキの言っていることと」
そうだ、だってアルセウス教はポケモンと人間の共存を唱えてるんだよ? スウセルア教が科学を重んじているのに、どうしてこうなってるの?
「ううん違うよルカちゃん。この二大教徒の本題は、人間は科学の力を得てポケモンから優位性を得たと思い込んでいるってことなの」
「え? え……?」
「人間はポケモン達が妥協したことを知らなかった。それは私達も一緒。だって私達は潜在意識の中で自分達はポケモンより優秀だって思ってる」
「そ、それは、そうかもしれないけど」
「だからポケモンと敵対関係になくなった人が次に敵としたのが同じ人同士なの」
「え?」
前まで天敵だったポケモンの次の天敵が同じ人間?
「宗教は、力を持っている人間が他の人間を統べる為にあるもの。つまりアルセウス教の訴える神のアルセウスは偶像なの」
「ぐ、偶像ってそんなことハルちゃんに言ったら失礼だよ!」
「そうかもしれない。それにアルセウス教もスウセルア教を立ち上げた人間も同じ人間の為を想っていたかもしれない。でも現実は二分化、ううん対立化だった」
「そ、それは……」
「厳密に言えばアルセウス教の発端が最初だったけど、それでも人間が次なる敵を同じ人間を見始めたと言える理由としては十分なの」
人間が人間を見始める。それはポケモンにはもはや目をくれないということを示す。
つまりイニシャルインシデントがもたらしたのは科学だけじゃなかった。
「そしてそれ以上の対立化をややこしくしない為にポケモンはなおさら従ってきた。だってポケモン達には宗教の違いで対立するという原理が理解できなかったから」
「それって、人間がどんなに愚かなのかってことしか出てこないよ」
「愚か、なんだよルカちゃん。私達人間は……」
私達は、愚か?
私は愚かなの?
「多分、このモンスターボールも転送装置もポケモンの力がなければ成り立ってないと思う」
「それはポケモンも科学の力を持っているから?」
「うん、そう。そうだと思う」
ポケモンは私が思っていた以上に大きな存在だった。
友達や家族だと思っていたけど、それ以上にポケモンは大きいんだ。私達がきっとそう呼ぶことすらおこがましいくらいに。
「でもきっとこのことは世界に新しい抗争を生み出す。サカキはあれほどのことを知っているのに公表していない。彼はわかっていた、それでいて私達にはこの話をした」
「もしかして、私達はサカキに試されてるの?」
「そうかもしれないね。だからきっとルカちゃんが言っていたことが一番だと思う」
「え?」
カナは決意のこもった視線で私を直視する。
「ケンさんも、お姉ちゃんも大切な人。でも、それ以上に私はルカちゃんが大事だから」
「カナ。いいの?」
「うん。だってルカちゃんだったら同じこと言うでしょ?」
「え、えへへ」
選べと言われたら迷うだろう。それが人間だから。
でも決断するんだ。どんなに迷ったとしても人間だから決めることができる。
「これからロケット団だなんて、いきなり就職できたね」
「カナったら、そんなにポジティブじゃ駄目だよ」
「うん……。でもね、割り切りたいんだ」
「そっか、そうだね」
私達は互いの額を合わせて、両手を組み合わせた。
「絶対見つけようね」
「うん。その為に強くなるんだ」
私達二人はその後すぐに社長室へと連行された。
改めて対面するサカキは、でも昨日最後に見たような恐い感じはしなくて普通に接することができた。といってもやっぱり緊張するけど。
「決まったのか?」
「は、はい! こ、これからよろしくお願いいたします?」
「ふ、まあいいだろう。期待しているぞ、それではお前達はレイハについてダイゴ達を探してきてもらおう。レイハ」
「……なんでレイハが新人の教育係なんだにょ!?」
ひょこひょことサカキの机の後ろから現れたのは小さな女の子。
だぶだぶなロケット団の制服に身を包み、頭の上にはニョロモを象った可愛らしい帽子をかぶっていた。
「かっわいい〜!」
そして私は真っ先にそのレイハという子に抱きついていた。
「な、なんだにょ!? は、はなれるにょ! はなせにょろ〜〜〜!!」
「まあ頼んだぞ。こいつに強くしてもらえ、そしてダイゴを止めろ」
私はその時夢中でレイハちゃんに抱きついていて良く聞こえなかったけど、カナが割って入って私を阻止してくれた。
「はー、はー、はー! お前、お前絶対に許さないにょ!」
「あーんカナぁ〜もうちょっと〜」
「お、落ち着いてルカちゃん」
だって、だってあんなにかわいい小動物この世に二人といないよ!?
「ん゛ん!」
そして重厚な咳払いに私は我に帰る。
「ボス! 本当にこいつら使えるにょろか!?」
「それは保証する。連れてけ」
こんなやりとりをしながら、いつの間にか私はロケット団という組織になじみ始めてしまっていた。
あれ、こんなはずじゃなかったのに……。
私とカナは社長室を出て、レイハちゃんに連れられて一つ下の階へと向かった。そこはどうやらロケット団の幹部の人達が集合している部屋らしくて、ちゃんとレイハちゃんの部屋が存在していた。
「ねえねえレイハちゃん。好きなおかしってなに?」
「ちゃん付けするんじゃないにょろ! レイハはレイハ様と呼べにょ!」
「ええ〜いいじゃんいいじゃんレイハちゃんはレイハちゃんでいいよー」
「抱くんじゃないにょろ! おいお前、どうにかするにょろ!」
レイハちゃんは私の腕の中でバタバタとカナに向けてなにか叫んでいる。
「いえ私は大丈夫です」
「なにが大丈夫なにょろ?! レイハは助けろと言ってるんだにょ!!」
「結構です」
「こいつはなに言ってるにょろ?! お前はお前でほっぺを触るんじゃにゃいひょろっ!」
う〜ん、どこからどうみても可愛すぎる!
カナはカナでなにか諦めてるし、それならもうちょっとだけならいいよね?
「ねえねえレイハちゃん」
「なんだにょろ!?」
「レイハちゃんって何才なんでしゅか?」
赤ちゃん言葉でそう訊ねるとレイハちゃんはじたばたと暴れながら私の腕から逃れて、両腕を腰に当てて天井を仰ぐ。
「聞いて驚くにょろなかれ! レイハは18歳にょろ、お前達より断然年上なんだにょ!!」
え〜! 18歳なの?! 18歳でこんななの!?
「な、なんだにょろ、お前のその顔は!? なんでそんなに目を輝かせてるんだにょ!」
「う〜、確保ぉ〜〜!」
がばぁっと私は勢いに任せてレイハちゃんに抱きつき、レイハちゃんはなにやら奇声を上げる。
「もぉ〜ルカちゃん!」
「に゛ょ〜〜〜!?」
そしてカナはカナでなにか怒り気味だけど、とりあえず今はこの可愛い小動物を愛撫することに私は熱心だった。
その後レイハちゃんの幹部室でレイハちゃんのニョロボンからげんこつをカナと共にもらったのは言うまでもないかもしれない。
でも、可愛いんだもん!
こんな感じで私とカナはロケット団へと入団した。それが私達にとって賢い選択だったのかはわからないけど、正しいとは思ってる。
待っててねお兄ちゃん。絶対に見つけてみせるよ。それでお母さんも見つけて、皆と一緒にハナダシティへと帰るんだ。
そう胸に誓いながら。
第十六章:完