VI:八柱力
「ほわぁ……久しぶりに来たよ、ヤマブキシティ」
カナと一緒に旅をしている。それだけで私は終始浮かれっぱなしだった。
ハナダシティから南に位置する大都市ヤマブキシティ。そこにはこの国の全てが揃うとされている程、流通のクロスポイントである。
「そうだね」
カナも私と一緒で楽しそうではあるんだけど、でもなんだか表情に陰りがあった。それは正月にカナがしていたものとは違うけど、だけどそれでも私にとってはしてほしくない顔だった。
まだ私はカナとちゃんとした話をしていない。しなきゃいけないと思う。でも、それをしてしまえば私が夢にみていたカナとの旅はそこで終わってしまうと思ったから。
このまま、世界とは関係なしに自分夢をかなえたいと思うのはわがままなのかな?
それはいけないことなのかな?
「ルカちゃん、どうしたの?」
「え? あ、ううん、なんでもない!」
私がカナに心配かけちゃいけないよね。
「それじゃカナ、ヤマブキデパートに行こうよ!」
「え? うん、いいよ」
これじゃショッピングになっちゃうけど、いいよね。カナがヤマブキシティに行こうって言ったんだし、ここに来たからにはヤマブキデパートに行かなきゃ損だし!
こうしながら私とカナはヤマブキシティで目一杯遊んだ。ウィンドウショッピングにゲームセンター、一緒に昼ご飯を食べて夕方近くになるまで街を練り歩いた。
それでもやっぱりここで一番大きな建物であるシルフカンパニー社に目が行ってしまった。
あそこに諸悪の根源がいる。私達の世界を乗っ取ってしまった人がいる。
でも今はこの時間を大切にしたい。カナと過ごせるこの時間が。
そうこうして、私とカナはポケモンセンターの無料宿泊施設で部屋を取って一息ついていた。
「楽しかったね」
「うん。ありがとう、ルカちゃん」
「え? な、なにが?」
「今日は楽しかったよ」
「え? う、うん、私も楽しかったよ!」
カナと面向かいに座りあいながら、私は置いてあった水をコップにいれて飲む。
「カナも飲む?」
「ううん、大丈夫。あのね、ルカちゃん」
「うん、なーにー?」
ごくごくっと水を飲み干しながら、私はそう訊ね返す。
「今日は本当に楽しかった。前みたいに一緒に遊べて、うれしかった」
「え?」
え、どうしたのカナ、突然?
「でもね、ルカちゃん。このままじゃ、駄目なの」
「駄目って……何が?」
自然と私の唇は震えていた。
カナが言う駄目……それを私は知っていたし理解していた。でも、嫌だった。ソレを聞くのが嫌だった。だって全て終わっちゃうんだもん。
カナは私をじっと見つめながら、優しい眼差しで告げてくれる。
「私達が八柱力である以上、そしてこの世界で何が起きたか知っている以上、私達は自分達のわがままで旅をしてちゃいけないの」
「…………」
私は俯いて、そして涙が両目からにじみ出ていた。でもそれをカナに見せたくない。
わかっている。それが私達の責任だってことは。
そしてカナはそんな私のわがままに、今日一日何も言わずに付き合ってくれた。
それがどれほどうれしくかったか、わかってたんだ……。
「ルカ、ちゃん?」
「ぁ、えたの」
「え?」
「わがってだの。カナが今日ずっと黙っててくれたこと、わかってた……」
涙は留まることはなかった。
この涙の意味は私にもよくわからない。だけど、カナには見せたくないってことだけはわかってた。でも、止まることはない。
「ルカちゃん」
私はカナの呼びかけに泣きづらで顔を見上げると、
パーン!
一瞬にして視界がぶれて、私の右頬には針が刺さるような鋭い痛みが走る。刺激を受けることで血行のあがった頬がじんじんと熱を帯びながら腫れていくのがわかった。
「え?」
そして、カナはがばっと私に抱きついてきた。
「ごめんねルカちゃん、でもね言わせて。私もずっとずっとルカちゃんとこうやって旅がしたい。辛いことも楽しいことも全部全部一緒に経験したい。でも、やらなきゃいけないの、やらないといけないことがあるから」
カナの告白に、私はなおさら自分が情けなくなってしまう。
「私もルカちゃんと一緒なの。だから、私もぶって」
「できないよ。できないよ、カナ。だって、だって……うぅ、うわぁぁん」
カナに抱きつかれたまま、私はカナを抱き返して泣いた。もうなんでもよかった。
ただわかるのはカナが私と一緒にいてくれているということ。
そして私達の旅は、ううん、旅を始める為にはやらねばならないことがあるということ。
「ルカちゃん。うん、うん」
縋るようにカナの温もりを自分の体に寄せて、そしてカナも私の肩に頭を乗っけて涙していた。
こうして私達は泣き続けた。人目なんか気にもせず、そこでしきりに泣いたんだ。
だから、もう泣かない。なにがあっても私はカナと一緒に世界を取り戻すんだ。
「だ、だからって、いきなりこれは無理じゃない?」
私は今カナと手を結んで決意を新たにして、ここにいる。
そう、シルフカンパニー社のロビーに。
もう夜は遅く、そろそろ会社も閉まる頃だというのに。もう私は冷や汗だらだらもので、立っているのがやっとだった。
だって、あのサカキがいるんだよ?! ここに!!
「大丈夫だよルカちゃん。だって会って挨拶するだけだもん」
「いやいやいやいや、それするだけでも相当だよ!」
カナちゃん、眠っている間になんかとんでもないものに感化されてない? されてるよね! ねえ!?
事実上国のトップなんだよ!? その人と面会なんて、一般人にはありえないって!
「ルカちゃん、言いたいことはわかるけど落ち着いて。ね? 顔が変なことになってるよ?」
「っ!?」
私は両手で顔を覆って、赤面する。
またなんか顔に出てたの? うぅ。
「あのお客様、そろそろ当社は」
きっと私達二人に違和感を覚えた会社の受付嬢の人が寄ってきて、そう伝えて来るんだけどカナは一歩でて一枚のカードを取り出した。
「ジムリーダー代理としてきました。社長にお目通りできますか?」
え?
カナのいきなりの言葉に私も受付嬢の人も虚をつかれてぽかーんとしてる。
でも本業であり、そのカードが一体なんなのか知っているのだろう。受付嬢の人はそのカードを受け取り、確認して一礼してテーブルへと戻っていく。
そして電話をかけて、一分ぐらいした後に戻ってきた。
「それではこちらですのでご案内いたします」
一体何がどうなって……。
「ほら、行くよルカちゃん」
「行くって、ちょっとカナ、どうやってこうなったの?」
そこではじめて知ったんだけど、ジムリーダーとなった人達には特殊なカードが発行されているらしい。そしてそのカードはジムリーダーの家族にも支給されるみたいで、その一枚をカナが持っていたということになる。
ジムリーダーというと、えっと言わば街の長でもあるわけだから結構地位的には高いんだよね。だからこういった面会って容易なのかな?でも全然セキュリティとか通らないし、一体どうなっているんだろう。
様々な自問自答をしているとあっという間に、私達はエレベーターで最上階へと辿りついていた。
受付嬢の人はそこで案内を終えて、私達は社長室と書かれた部屋へと入っていく。
な、なんだか緊張してきた。っていうか、物事が淡々と進み過ぎだよ!
「カ、カナぁ、わ、私無理……」
「大丈夫だって。ほら落ち着いて落ち着いて」
「落ち着いていられないよ!」
はっ!?
また大声出しちゃったよ!
「はっはっは、元気のある娘だな」
そして扉の向こう、そのまた向こうに鎮座している重厚なテーブルの奥にサカキはいた。やたら快活な声で喋るサカキは、どこか普通な人にも見えて不思議だった。
「さて、こんなにかわいいお客さんを私はどう御持て成しすればいいと思う?」
そ、そんなこと私達に聞かないでよ! って思ったけど、そんなこと言ったら殺される。そう思わせるほどに、このサカキという人物からは威圧感を感じた。
高級そうなスーツに赤色のシャツ。小柄ではあるのかもしれないけど、痩せてなくて面と向き合ったら例え身長が高くてもプレッシャーに負けてしまうだろう。
これがサカキ。この世界を手に入れた男なのだ。
「そんなに長居するつもりはありませんのでご心配なく」
「君はジムリーダーカスミの妹君だったな? わざわざご足労いただいたのはどういった了見かな?」
私はもう、ただカナとサカキの会話を傍聴することしかできなかった。
「あなたは八柱力を使って、何をしようとしているのですか?」
え?
八柱力を使って……?
「ほぉ、もうそこまでミてしまったということかな?」
「ええ。なので理由を聞きに来たんです」
「ふっ、なるほど。それではお答えしよう」
サカキは椅子の背もたれに手をかけて、なにかのカードを取り出す。
「私の倅(せがれ)も八柱力なのは知っての通り、八柱力とは世界の柱のことを指す」
世界の、柱?
「この世界には様々な現象を引き起こすポケモンがいる。そのポケモン達が持っている能力を継承した人間がたまに生まれてくる」
それが八柱力だとサカキは言いたいのかな? でも、だったら、それは説明になってない。
「しかしながらその稀な人間は確認されても一人や多くて二人だ」
え、どういうこと?
「同じ時代に、そして同じ世代に八人の稀な人間が生まれる時、世界は変革の時を迎える」
ま、ますますわからなくなってきた……。
「変革とは、なんなのでしょう」
「さあな、それは私にもわからぬさ。八柱力自体、私にとっても初めての事例だからな」
つ、つまり私達みたいな能力を持った人間が同時に八人もいたってことはいままでなかったってこと?
それで私達がどうにかこうにかしたら世界は大変なことになっちゃうの?
そういうことなの?
「いや、初めてではないか。この世界は一度変革を経験している、イニシャルインシデントがそうであったようにな」
「「え?」」
その時私とカナは同時に声を漏らした。恐らく、このことはカナも知らなかったんだ。
「イニシャルインシデント、ポケモンと人間のはじまりとされている瞬間だ。だがな、ポケモンと人間の歴史はそれよりはるか以前にさかのぼる」
どういうこと? だって歴史の教科書にはイニシャルインシデントが全ての始まりだって!
「イニシャルインシデントとは、人間がポケモンより優位になった時のことなのだよ」
そこでサカキが見せた凶暴な肉食獣のような表情を忘れることはないだろう。
「そうだ。イニシャルインシデントより古来、人間はポケモンより劣位だったのだよ。イニシャルインシデントによって『科学』なる力を手に入れるまではな」
イニシャルインシデントで科学を得た? もうわけがわからない。整理が追いつかないし、頭も沸騰しそう。
でももしサカキの言っていることが事実だとしたら、私たち人間とポケモンって一体なんなの?