V:再会
「ふっふっふ、昔やってた私の趣味がこうもこんなとこで役に立つなんてねぇー」
やる気満々といった感じで先生は袖をたくしあげて腕をぶんぶんと振りまわす。軽装な格好の上にどこに隠し持っていたのかわからないけど、白衣を身にまとった先生は私が知っているいつもの先生だった。
「あ、あのサクラさん」
「なぁにぃ?」
サクラさんっていっつもなんかこう間の抜けた返事するよな〜。って、今はそんなことはどうでもいいんだった。
「先生とは同級生だって?」
「えーっとぉねぇ、一緒の専門学校だったのよぉ」
専門学校。
「まあ、といっても専門は別だったけど。コーディネーターに憧れながら、親にしょうがなく言われて医者になったのが運の尽きってもんよ」
いや〜、しょうがなくで医者にはなれないと思うんですけど。
私は内心冷や汗をかきながら、それでも先生の診断に見入る。
「手術後に一回カナちゃんの容態を診たんだけど、その時にはもう背中に刺さった棘の痕は綺麗さっぱり消えてたわ」
先生はカナを横たわらせて、背骨の方をなぞる。
「でも刺さった場所が悪かったわね。神経系がもろにやられて今のままじゃ修復はできないんだけど……このチイラの実、効果は知ってる?」
私から受け取ったポロックケースからチイラの実で作られたポロックを、先生は取り出して掲げて見せる。
「えっと、でも確かどんな病気でも治せるって」
「そうね、でもそれは昔の伝承。まあ医学界でもあまり詳しくはわかってはいないんだけど、チイラの実には再生医学に革命を引き起こすほどの効力が秘められてるの」
再生医学?
確か死んだ細胞や組織を復活させるための医学だったはず。でもそれには長い年月と費用がかかるって言われてたはずだけど。
「再生医学、まあ再生医療とも言われているけれどチイラの実自体に再生力を促す成分があることがわかったの。ま、原因もなにもかもが謎だらけだけど」
チイラの実にそんな効力があったんだ。
だからあの時も機能が停止しかけていた私の臓器や活力が一気に戻ったんだ。普通だったら長期の入院に加えて点滴漬けの毎日だったはずなのに。
それは恐らくチイラの実が爆発的に人間や生物が本来持つ再生能力を促進させるんだと思う。ポケモンの技でいうところの【自己再生】みたいな感じかも。
「てっとり早いのは注射で直接なんだけど、そんなのはないし。溶かして飲ませるしかないか」
先生は台所へと下りて言ってぬるま湯で溶かしたチイラの実のポロックに、レモン、塩、そして砂糖を混ぜ入れる。
「それじゃルカちゃん、カナちゃんの頭支えてくれる?」
「あ、は、はい!」
本格的ではないけれど、これが医療に携わることなんだろう。そういった感覚が私に使命感を漂わせて、気が引き締まる。
とくっ、とくっ、とくっとカナの小さな唇に少しずつ液体が流し込まれていく。
人間の体、強いては生物には脳が働かずに反応するものがある。例えば無意識のうちに出てしまう反応……ものを食べる時に出る唾液や膝小僧の下を打たれて足が勝手に動くといった類がそれ。コップに入れられていた最後の一滴までカナの口へと消えていき、先生は一息つくとカナの顎に添えていた手を離す。
「チイラの実がどれほどの効果があるかはわからないけれど、今日明日中には目を覚ますでしょうね。できればもらって研究したいところだけど」
先生はポロックケースを私に返して、そう言った。
「す、すみません」
「いいのよ。それに、自分で見つけてみたいっていうのが本音だから」
まだこれからこのポロックが必要となるかもしれない。だから、先生には悪いけど手放すわけにはいかない。
それにカナに一番に見せたいものでもあるから。
「それじゃ、私は下に降りてるわ。もしなにかあったらよろしくね」
「は、はい!」
私はカナの部屋の中で、一人カナの看病をすることにした。お姉さんたちには悪かったけど、それでも私がいた方がいいからよろしくねと言ってくれた。
カナの手をぎゅっと両手で覆って、私は親友の目覚めを待つのであった。
「んっ……」
私はいつの間にか眠ってしまっていたようだ。
部屋の中は真っ暗で、自分の肩には一枚の毛布がかかっていた。きっとサクラさん達の誰かがかけてくれたのだろう。
私は瞼をこすりながら、自分が看病をしていた友達を確認しようとする。するとベッドの上には誰もいないことがわかった。
「え?」
そんな馬鹿なことがあるはずがない。だって、ここにはカナがいるはずなのに。
はじめに湧きあがった不安が、ある一つの希望へと変換されようとするより先に、私を後ろからぎゅっと抱きしめてくる感触があった。
「おはよう、ルカちゃん」
それは、私がずっとずっと待っていて、今までの間失っていたものだった。
そう、ポケ人のじゃない、正真正銘なカナの声。
「カナっ……」
私は首に回された腕に自分の手を置いて、静かに涙した。
ぎゅっ、と次第に込められる力が強まっていく。
「カナぁ」
「うん、大丈夫。私はここにいるよ」
嗚咽に涙と鼻水がまざり、私はただただ泣いた。その間もずっと、カナは私に体を密着させてくれた。
やっと、私達は再会したのだ。
そんな実感が私の心をそおっと勇気づけた。
「ご、ごめんね、な、泣いちゃって」
「ううん、いいの」
改めてこうやって面と向き合ってみると、なんだか妙に照れくさくなってしまう。
う、うれしいからかな。あはは。
「ルカちゃん」
「う、うん!」
なんでこんなに緊張してるんだろう、私。
「本当にありがとう」
「う、ううん、そんな、私はただカナを助けたかったから……」
誤魔化し笑いを浮かべてはみるものの、カナには通用しないんだろうな。そう言っている間にも私の両目からはやっぱり涙が止まらない。
なんだか今のカナはなんて言うんだろう、前とはなにか違う雰囲気を醸し出している。
「なんかカナ、変わったよね」
「え、そうかな?」
「なんか、しっかりしたっていうか……」
「それ、ルカちゃんには言われたくない」
「うっ、ご、ごもっとともで」
ですよねー。
「あの日からね、私でも良くわからないんだけどずっと夢を見てたの」
夢?
「その夢はとっても現実的で、いくつものことを見たの。それでさっき起きてからその事柄を全部調べてみたら、その全てが起こっていた」
え? それってつまり……。
「うん、私が見ていた夢は全部正夢だった」
そこで私はカナがどれほどのショックを受けて、それを出さまいとしていることに気付く。
だから私はそっとカナの手をとって、今までの二カ月に起こったことを喋った。
「そう、だったんだ。ケンさんも、やっぱり……」
「うん。でね、これからどうすればいいか私にはわからないんだ」
私の目的はカナを助けることだった。
でもそれが達成された今、どうしていいのかわからない。
私はこの時、自分がどういった状況に置かれているのかすらきちんと理解していなかったのだ。
「あのね、ルカちゃん」
「う、うん」
「もしもね私がお正月の時に見た夢が、私の能力が開花した瞬間だったとしたらきっと私の力は前よりも増していると思うの」
「う、うん?」
「だから私も一緒にルカちゃんと旅に出る」
「え?」
突然のことに私はきょとんとしてしまう。
「ちょっと待ってて」
カナはすくっと立ちあがって、すたすたと下へとおりていった。
あ……。
そしてその時、私はカナの着替えていた服がわずかにだけど乱れているのに気がついた。
いつもなら、どんな急に訪れても、どんなタイミングでカナに襲いかかろうとも、カナの身だしなみはきちんとしてた。それがコーディネーターとしての基本だからとかなんとか言って。
目が覚めて、まだ気が動転しているのかな? でも、それにしては今までの会話を通してそんな気がしない。
下の方からはカナのお姉さんたちとカナの声が聞こえてくる。最初は歓声が沸いていたけれど、だんだんと真剣な声色が届いてきた。きっとさっきの話をしているんだと思う。
「お待たせ、ルカちゃん」
そして戻ってきたカナの服装は、なぜか病院服なのにかわいらしげなワンピースのように見えてきて、さすがカナなんだなと思ってしまった。
「う、ううん」
「それじゃ、行こっ」
「え? でも、どこに……?」
「真実を探しに」
真実?
その時のカナの表情は、どこか使命感を帯びていてそれでいて凛々しかった。
「ルカちゃんがポケ人から言われたこと、それと私達が八柱力だということ。それはもう決まっていることだけど、私達はなんで? どうして? かを知らないといけないんだよ」
「う、うん」
優秀だけど、どこか抜けていて、恋には一図でとにかく頑張るような良い子だったカナ。だけれども、今ここにいるカナはカナだけど、えっと、なんていうのかもっとすごい。
私なんかよりも、ずっと、ずっと……。
「カナは凄いね、やっぱり。私なんかにはとっても考え付かないよ。あはは……」
そしてなぜか涙がまたもこぼれてきた。
ただカナを助けたいが為にここまできた。だけど、本当に私が思っていた以上に世界は大きくて大変なんだって。うぅ、ひぐっ……。
「ルカちゃん。大丈夫、私がいるから」
やっぱりカナには敵わないよ。
私はカナの抱擁に顔をうずめて、静かに泣いた。
その時、部屋の外にお姉さんたちと先生が聞き耳をたてていたことはまた別のお話。
恥ずかしい……。
「それじゃ、いってきます」
「頑張って来なさい。私達一家は皆、一度言ったら聞かないから」
アヤメさんが苦笑して、そう私達二人を見送ってくれる。きっとカスミさんのことも含めながら言っているのかな。
「またいつでも戻ってらっしゃいね」
柔和な笑みを浮かべてサクラさんは手を振ってくれる。
「いつまでも待ってるから」
ボタンさんは涙を堪えているようで、それでも笑顔を絶やさないでいてくれた。
「うん、行ってきます」
「行ってきます!」
私は若干緊張していたんだろう、それでも最後に視線は先生へと向けられていた。
「ルカちゃん、頑張ってね。まあまたなにかあったら頼りなさい、その時までにはあの病院取り返してやるんだから」
「はいっ!」
私は最後に先生に抱きついて別れを告げる。
こうして私とカナはハナダシティを離れた。私はまだカナからちゃんと目的地を聞き出せてはいなかったけど、でもカナと旅に出ることに自然と気分が昂揚していた。
私達が八柱力である理由を探りに行くこと、それを第一の目標にして。
「ルカちゃん」
「なぁに、カナ?」
「なんか嬉しそうだね。顔がにやけてるよ」
「え? えへへ、そうかなぁ? あ、そうだ!」
私は思い出したようにシャワーズの入ったボールをカナに手渡す。
「はい!」
「ありがとう、ルカちゃん。おかえり、ごめんねシャワーズ」
「それとねカナ、見せたいものが―――」
そして私はカナにチイラの実でつくったポロックを見せようとポーチの中を探すけど、見当たらなかった。あれ?
「それじゃ行こっかルカちゃん!」
「え? あ、うん!」
こうして私達の新たなる旅がスタートした。そう、やっと始まったんだ。