IV:帰ってきた故郷
ニビシティへと出た私は、その日の内にバスを使ってハナダシティへと向かった。
ニビからハナダまではバスを使って二時間ほど。オツキミ山があるせいで山を迂回しなければならなくて、それが原因であまりニビハナダ間の交通は便利じゃない。
まあそれでもオツキミ山の中を通るよりはましだからいいんだけどねー。私はオツキミ山の連峰をバスの車窓から眺めてそう考えていた。昔はスクールの遠足で入ったことがあるけど、あんな不気味の悪いところ頼まれたって行きたくないよ。
オツキミ山はピッピが出ると言うことで一部の女子には人気があるけど、あまりにも出くわさないから最初は意気込んでいても途中で諦める子が多い。それでもたまに一人がピッピを捕まえて戻ってくると、また躍起になって戻っていく子も多かったりする。
カナも昔にピッピが欲しいとか言っていた気もしないでもないけど、ちょうどその時にイーブイをカスミさん達からもらって忘れちゃってたなぁ。
そんな懐かしいことを思い出しつつも、ガタゴトと揺らされて私はハナダの街を視界にとらえるようになる。
あの謎の女の人が作り出した氷の花弁は今ではすっかり無くなっていてハナダデパートは完全に取り壊されていた。
あれから二カ月か。街の外観はさほど変わりなくても、やはり自分がいた時とは若干違っていた。
「あ……」
バス停で下りて車道沿いに歩いていると、目に入ってきたのは私の家だった。決して大きいとは言えないけれど、たくさんの思い出が詰まった私達の家。
二カ月、それは意外にも長い時間なんだなってことを感じさせる。なんかもう一年以上いなかったような、そんな錯覚に見舞われる。でも私は家へと帰ることはしなかった。だって帰る時は家族皆一緒じゃなきゃいやだもん。
ハナダデパートのある市街を抜けて、その先にある病院へと私は一直線に向かって行く。
「あの、テンドウ カナミさんの病室は……」
「テンドウ カナミさんへの面会は許可されておりません」
「え?」
そ、そんな。
そういえば前もそうだった。私はあの事件以来、カナに会っていない。その時は検査とかいろいろ大変だったからと諦めていたけど、まだ駄目だなんて。
「そ、そんなにひどいんですか?」
「こちらから提供できます情報はございません。どうぞお帰りを」
これもロケット団のせいなの?
「あっ、ちょっとお客様!?」
私は踵をひるがえして、そのまま受付を抜けて病院の階段を駆け上がっていく。働いているナースさんやお医者さんを横切っていきながら、私はある違和感を抱いていた。
そう、ハナダ病院へ私は結構遊びにきていた。だから知り合いの人も結構いたのに、今見るのは知らない人ばかり。嫌な予感だけがふつふつとわき上がってくる。
「ガーディ!」
病院の中でポケモンを出すのはいけないこと。でも、今の私にそこまで配慮する余裕などなかった。
「カナの場所わかる?」
「がうが!」
ガーディならきっと見つけてくれると信じて。
するとガーディが立ち止まり、階段を駆け上がっていく。私は急転回してガーディの後をついていく。
この病院では二階三階を普通患者の病棟にしていて、四階より上を特別な患者さんを収容している。
消毒液の醸し出す独特な薄い匂いが、この病院を外界とは遮断された異空間であることを一層認識させられる。こんなところなのにカナの匂いを嗅ぎつけるガーディは本当にすごい。
「がうっ」
そしてガーディがその鼻先を向けるのは一つの病室。その先にカナがいるんだね!
ガラッ! と勢い良く開けた扉の奥、ベッドに横たわっているのは一人の少女。そう、カナの姿がそこにはあった。
「カナっ!」
私はベッドに横たわるカナの傍に駆け寄って、親友の寝顔にほっとしながらも悲しみを払拭できない。
まだ、カナは……。
カナのベッド横には心拍や血圧を示すモニターが点灯していて、ピッ、ピッという電子音が聞こえてくる。
静寂に包まれたこの病室で、なぜカナだけはここにいるのだろう。他にも、あの日に犠牲になった人はたくさんいるはずのに。
もしかしてカナがポケ人の言っていた不思議な能力の使い手だから?
「おぉ〜っとー、懐かしいなー」
!?
私はその声に即座に反応して病室の扉へと視線を向ける。
そう、そこにいたのはリョウさん。サカキの息子、ロケット団の……。
「リョウ、さんっ」
「そげに恐い目せんでごしない」
私はきっとリョウさんのことを睨みつけていたんだろう。彼はいつものひょうひょうとした雰囲気で話しかけて続ける。
「またこうして会うことになーとはな〜、わーもびっくりだけぇ」
「…………」
私はじりじりとカナの方へと下がっていき、カナの左手を握りしめる。冷たいカナの手の感触に、私は新たに恐怖を覚える。
「まー、そこどいてもらってもええかぁ? わはその女に用があーけん」
リョウさん。
ポケ人が言っていた、もう一人の八柱力。八柱力にはお互いを引き合わせる力があるって、そうポケ人は言っていた。でもなんでいまごろになってリョウさんがカナを必要とするの?
もっと時間があったはずなのに。なんで私がここに来てから?
「ああ、そうそう。それとそげがもっとぉチイラの実も渡してもらおかー」
!?
なんで、そのことを……。
「わはな、変な特技、それこそわいがもっとぉよーな特技と一緒だけん。それがあるけんここにきたんだけ」
つまりリョウさんもすでに八柱力としての、なにかしらの力を持っているっていうことになる。
「わいが【見破る】を継承しとぉなら、わはどうやら【欲しがる】を継承しとぉみたいだけ」
【欲しがる】? えっと、確か相手ポケモンの道具かなんかを攻撃したら奪う技だったはず。
でもどういうこと、私が【見破る】を継承してるって? もしかしてリョウさんは誰が八力柱でどういった能力を持っているか知ってるってこと?
「だけん、わいがその【未来予知】をもっとぉそいを目覚めさせぇのは都合が悪いんだがん」
!?
ポケ人は言っていた。
特殊な力を持つ八人の柱、八力柱。もしリョウさんが言っていることが真実なら、その人達はそれぞれにポケモンの技を継承しているということになる。
でも、なんで?
そのことはまだわからないし、考えている暇もなさそうだ。
「まあこの技はわが導かれるだけだけん。まさかこうも二つの都合が見事に重なるとはおもっとらーせんかったし、ケンケンの妹にこうやってまた会うとも予想だにしなかったわ」
飄々としたハイア方言で喋るリョウさん。
リョウさんの能力は、自分の求めるものに導かれるというものみたい。ということはやっぱりポケモンの技そのものとはニュアンスが変わるということなの?
「もしかしてハナダのデパートに来たのも、何かに導かれたってことですか?」
「あ? ああ、ああ、そうだけん。ケンケンのことを片した後に、次に倒さなと思って導かれたのがあそこだっただが。でも、まだ腑に落ちんことがあったけぇ」
腑に落ちなかった点?
「あの時、わがあそこに到着した時、あそこにわが求めるもんはいなくなっとーただが」
え?
「だけんど、また同じ感触をわは味わった。つまり、あそこにいたわが求めとった人物が消えて、違う標的に変わったっちゅーことだけん」
どういうこと……?
「わもよぉわからへん。でも、今なら言える。わい達二人は、ここで死んでもらう」
リョウさんの手が腰へと回っていくのを見て取った私は、すぐさまカナを握っている手に隠し持っていたボールのスイッチを入れる。
「ラルトス、お願い!」
私は目を瞑って、しっかりとカナの手首を握る。移動先のイメージを強く頭の中でイメージして次の瞬間、私達は【テレポート】した。
次の瞬間、私とカナがラルトスによって転移させられたのは見覚えのある場所だった。
ある家の中に私達は来ていたのだ。普通、【テレポート】では他人の家や建物へは侵入できない。それはこの国の建築基準法で定められていて、ある装置が発する特殊な電波によってポケモンの【テレポート】による人の侵入をさせないとかなんとか。
恐らくはポケモンの思念を妨害することで座標ポイントを決める演算を邪魔しているんだと思うんだけど。
ただ移動したい座標先に演算を手伝うエスパーポケモンがいた場合はその限りじゃないし、そういった装置の影響を受けないポケモンも稀にいる。
そしてきっとミツルさんのラルトスはその影響を受けないんだろう。普段はおっとりしているのに、やっぱりすごいんだなこの子。
私のイメージがよかったんだとは思うんだけど、それ以上にきっとラルトスはカナの念を強く感じたんだろうな。
そう、だってここはカナの部屋だから。
「ありがとう、ラルトス」
「ら〜ぅ」
カナは自分のベッドの上に病院の時と同じようにして眠っており、私はとりあえずカナをそこにいさせて下へとおりた。
「え……? ル、ルカちゃん?!」
「ど、どうしてここに?」
「あらー、いらっしゃい」
カスミさんを除くカナのお姉さん三姉妹に驚かれ(若干一名を除く)ながら私は事情を簡単に、そして真意には決して触れずに説明する。
でも結局冷静に説明することなんてできなくて、あたふたと手振り身振り説明していたところ―――。
「ねーサクラ〜、私の着替えどこにあるか知らない?」
え?
「あれ?」
突如としてリビングに現れたのは、ブラジャーとホットパンツだけをこの寒い冬の中に穿き、髪をタオルで拭いている人物。
その人は私の存在に気付くと、目を見開いてこちらのほうにやってくる。
「ルカちゃん! 無事だったのね!」
「せ、先生……!?」
そう、この人は私がハナダ病院で一番親しかった先生。あのカナが運ばれた時に、私のことをカウンセリングしてくれていた人。
ぎゅ〜っと先生は私を抱きしめてくれて、それがとっても温かくて私は抱き返していて泣きそうになった。
「あの後、なんにも連絡なかったから心配していたんだけど無事でよかった。家に行っても誰もいなかったから」
「……ごめん、なさい」
「ううん、いいのよ。それに警察ときたら何も教えやしないんだから! しまいには病院から追い出されて狙われるわ、もう散々よ!」
普段は大人しそうで茶目っけのある先生だとは思っていたけど、ここまでさばさばしてたんだ。やっぱり仕事場と違うとこうなんだ、と思ってしまう。
「でもどうして先生がここに?」
「私サクラと同級生で昔からの仲なのよ、それで匿ってもらってるの。ここジムリーダーの家でしょ? 隠れるならここかなーってね」
確かに、ここなら安全かも。んー、なのかな?
「それよりもルカちゃん、一体どうして急に?」
ああ、そうだった!
私はカナのことと彼女と一緒に逃げてきたこと、そしてチイラの実を持っていることを告げる。そのことを聞いて、サクラさんたちはカナの部屋へと階段を上がっていく。
「チイラの実? 本当に?」
「は、はい! ここに」
私はポーチの中からポロックケースを先生へと渡す。
「いままで見たことが無いけれど、きっとそうなんでしょうね。よしわかった、これでカナちゃんを元気にしましょっ!」
「はい、お願いします!」
その時見た先生の顔はとても凛々しくて、そして頼もしかった。