I:トキワの街
あのポケ人との出会いから三日、私は戻ってきていた。
そう、カントーに。ホウエンでチイラの実でできたポロックを手に入れた私はそのままカントーへと戻るべくして戻ってきた。
アスナさんには悪かったけど、でも今の私にとってお兄ちゃんに会うことよりも先ずはカナのとこへと戻ることが最優先事項。
ううん、戻らないといけない気がした。だってポケ人は言っていた。
何かしらの能力に目覚める八柱力、その内の二人が私とカナであること。そしてハルちゃんにスミちゃん、リョウさんまでもがそうであると言っていた。
「お嬢ちゃん、悪いがここまでしか送ることはできないよ」
「あ、はい! ありがとうございます!」
カントーに戻ってきたと言っても、ハナダまではまだ遠い。
ここはジョウト、カントー間にできた高速道路のカントー出口付近のサービスエリア。
私はジョウトまで船を使って渡航して、波止場で知り合った運送会社の人にお願いしてここまで連れてきてもらった。
なんでもフレンドリィショップの商品を運んでいるとかで、こっそりいくつか記念品としてもらっちゃったんだけど……やっぱいけないよね?
ここまで連れてきてくれた若いお兄さんにお礼を言って、私はポケギアのタウンマップを開く。
えっと、ここから近い町はやっぱりトキワシティか。
場所的な説明をすると、今いるサービスエリアからはシロガネ山が見える。なんでもあそこは立ち入り禁止ゾーンに指定されていて、協会の許可がなくては入ることができないとか。
実際に許可無く立ち寄った際の安全性は保証されてなくて、例えそこで死んだとしても法律上協会には責任が問われないらしい。
怖いなー……。
見ている分には美麗な山脈を連ねているシロガネ山。あそこには一体どんな秘密が隠されているのだろう。
ぎゅるるるるる。
お腹、空いたな。突如と鳴った腹部のうねりに、私はトラックに乗っている間に音が出なかったことに感謝しながら辺りを見回す。
そういえば朝が早かったからきちんとした朝食は取っていなかったことを思い出して、私はサービスエリアの食堂に入ることにした。
あ、そうだ。
また乗せてくれる人探さなきゃな。お兄ちゃんの渡したくれたお金を極力使わないように、そしてなるべく早くハナダに戻らなきゃ。
この世界には心優しい人がたくさんいるなー。
と、ここまで高級車両で送り届けてくれた紳士のおじいさんにお礼をしながら私はそんなことを思っていた。
「本当にありがとうございました」
「可愛らしいレディが困っているとあらば、ジェントルマンとしては放ってはおけないのでの。ほっほっほ」
ダンディさの残った雰囲気に初老な感じを合わせたようなそのおじいさんは、そう笑って返してくれる。
「それではの、良き旅を」
「はいっ!」
去っていく車を見届けて、私は今トキワシティへとやってきていた。
何度かここへは立ち寄ったことがある。といっても結構前になっちゃうけど。
時刻は丁度お昼過ぎ。今からニビシティへと向かうのもいいけど、冬は日が暮れるのが早いから、きっとトキワの森を抜ける前に暗くなっちゃうな。
「ん〜っ」
私は一つ背伸びをして、体を震わせる。
「なんかこう、もっと楽にびゅーっとハナダまで戻れないかなぁ」
あ、そうだ!
私はおもむろにラルトスのボールを取り出して、呼び出す。
「らるぅ?」
「ねえラルトス! 【テレポート】で私をハナダまで連れて行ってくれない?」
そうだよ、だって前はお兄ちゃんと一緒にハナダからマサラまで行けたんだもん。ここからならもっと距離は近いし。
といっても、自分では内心気が付いていた。
「…………」
そう、なにをって、目の前のラルトスは委縮しながらも首を横に振るから。
「やっぱ、駄目か〜」
「らーるぅ」
二人して落胆の声を上げながら、私はありがとうとラルトスに告げてボールへと戻す。
【テレポート】という技に存在するいくつかの制限を私は熟知している。怖い技だから、失敗したくはないし……ラルトスに負担かけすぎるのも良くないもんね。
じゃあ、やっぱり明日地道に歩こうかな。
乗せてくれるような人物がいたとしても、ここからニビシティへは経路が若干面倒で大概の人はハナダシティからかここまで来て徒歩でニビへと向かう。その理由としては、ニビがトキワの森とオツキミ山に囲まれているという特殊な場所にあるということと、やっぱりそんなに車を持っている人が少ないからだろう。
私が今日乗せてもらった人も仕事の都合でトラックに乗っていたし、おじいさんはお金持ちだからこそ車を持っていて快く乗せてくれた。
「贅沢ばっかりは言ってられないか」
私はそう自分に言いきかせてポケモンセンターへと足を運ぶ。
今日はちょっとゆっくり休もうかな。
そう、いままでの長旅を思い出しながら私はそう思っていた。極力お兄ちゃんのお金を使いたくなかったのと、早くカナの元に戻りたいという二つの意地によるせめぎ合いはじわじわと私の心を疲労させていた。豪華客船なんて使っておいてどの口が、って感じなんだけどね。
意地っ張りだと思われるかもしれない、事実ここまで帰ってくるのに三日もかかっちゃったし。
そういった後ろめたい気持ちを払拭するためにも今は熱いシャワーを浴びながら、ポケモン達とおいしいごはんが食べたいな。
そう思っていた矢先だった。
「きゃっ!」
瞬間、私の体は180度もの回転を味わい、それが無理矢理腰をひねらされたものによるものだとわかるのに数秒を要した。
地面へと前のめりに倒れ込む痛さに意識がひっぱられながらも、私は自分の身に何が起こったのかを確認する為意識を集中させて視線を巡らす。
「ひゃっほぉー!」
見ると、私の前方を二人乗りのバイクが走り去っていく。
そして後部座席に乗っている男が奇声を上げながらその手に振りかざしていたのは、私の腰につけていたポーチだった。
「!?」
地面にたたきつけられて痺れた右手をなんとか腰あたりまでもっていき、本来あるはずの所在の有無を確かめようとして顔が青ざめていく。
ないのだ。そこにあるべきはずのものが。
とられた?
「ま、まって……」
あれには、あれにはハギさんからもらったカナのポロックが入っているのに。
なんとか立ち上がろうとしても、鈍痛が前進をくまなく走りまわり、衝撃による麻痺で脳からの信号が筋肉へと伝達されない。
追いかけなきゃ……。
そう頭では訴えても、体は言うことを聞かない。
動いて、動いてよ! ここまで帰ってきたのに、こんなの、ないよ!
遠ざかっていくバイクを視界にとらえながら、私がなんとか半歩右足を前に出す。でも、右足が地面に触れても踏ん張ることができず、そのまま私は意識が遠のいていくのを感じながら倒れ込む。
「君、大丈夫?!」
再度地面へと叩きつけられる感触を覚悟していたのに、私の前面を捉えたのは人に支えられる感触だった。
「か、ばん……」
鞄。ポーチを取り戻さないと。
「ぁ、とぃ……」
言葉すら、出ない。
そこで私の意識は、その受け止めてくれた人の腕の中で途切れた。
「ん……」
私が目を覚ますと、そこには見知らぬ天井があった。
「あ、起きたんだね」
「こ、ここは?」
背中に伝わる感触から、自分が入っているのはベッドだということを認識しながら声のした方へと首を傾げる。
「ポケモンセンターだよ。結構擦り傷とか多かったから、近くのポケモンセンターに一先ず預かってもらったんだ」
良くみると、手首のまわりや膝周りに包帯が巻かれているのがわかる。
ポケモンセンターなら普通は人の受け入れをしてくれないんだけど、緊急時にはポケモンとトレーナーが同時に傷を負うこともあるために人間用の病棟も備えられている。
「……ありがとう、ございました」
私は言葉を発すると、口の中に地面へと叩きつけられた時にまじった砂利の味がするのがわかった。そこで私はポーチを奪われてしまったことを思い出す。
「君が眠っている間、勝手かもしれないけど、これ」
私をここまで運んできてくれた人を、その時私ははじめて直視した。
おとなしそうな風貌、でも黒髪の中で見え隠れする彼の瞳には燃え滾る闘志が隠れ潜んでいるのがわかった。毒気が抜かれてしまったような言葉回しには、でもどこか聞きおぼえがあった。
「取り返してきちゃったけど、これでよかったかな?」
と、その人が手にかかえていたのは、若干汚れてしまってはいるものの盗られてしまった私のポーチだった。
「ど、どうして?!」
「うーん、どうしてっていうか。あんなの見たら、放っておけなくて」
その人は爽やかな微笑を浮かべて、そっと私にポーチを手渡してくれる。
「迷惑、だったかな?」
この人は良心が時に人の心を傷つけるのかを知っている。でも知りすぎているからこそ、相手が必ず感謝するようなことをしてもそう自分から言わないと恐怖を感じてしまうのだろう。
人との距離間を取るのが苦手なのかもしれない。それとも、苦手になってしまったのか。
「いえ、本当にありがとうございます!」
私はぎゅっとポーチを胸に抱えて、感謝の意を示す。
「あの、お名前きいてもいいですか?」
そっと目を上げて、私はその恩人と目を合わす。
「僕はサトシ、しがないポケモントレーナーさ」
サトシ……? どこかで聞いたことがあるけど、それが明確に誰かとは思いだせなかった。
「サトシさん。私はルカ、ハヤミ ルカって言います」
「……え?」
え?
その時私はサトシさんの表情が固まったのを見た。
「あの、申し訳ないけど、君の知り合いでハヤミ ケンという人はいるかな?」
「え、あ、はい。ハヤミ ケンは私の兄です」
サトシさんは右手で口を覆い隠して、何か考えを逡巡させて口を開く。
「えっと、彼らから鞄を取り返した時に、少しだけ中身を見てしまったんだ」
え?
「君はヒートバッジを持っているよね?」
もしかして、この人っ!
私は反射的にポーチを握る腕に力がこもり、ベッドの上でサトシさんから遠のくようにして上半身を反らす。
「あ、いや、警戒しないで!」
と、私の反応を見てサトシさんの方が慌てだすのを見て私は様々な考察を巡らせる。
バッジを一番に確認しにきたってことは、ロケット団かその関係者じゃないの? でも、お兄ちゃんのことを知っているってことは、もしかしてミツルさんの?
「えっと、今君のお兄さんのケンくんと一緒に行動をしているんだ。ダイゴさんのところでね」
特定の人間しか知らない名前が出てきたことに、私は警戒を弱めると共に表情は変えず相槌をしながらサトシさんの話を待つ。
「僕は今別行動なんだけど、ダイゴさん達はフエンシティへと向かってる。このヒートバッジを受け取る為にね」
え?
「それをなぜ君が持っているのかはわからないけど、でも、ということはやっぱりアスナさんは」
「ど、どういうことなんですか?!」
話が読めない。だって、だってアスナさんは私にこれを自分に危険が及ぶかもしれないからって渡してくれたのに。それをお兄ちゃん達は知っていたってことなの?
もう何が何だかわからないよ!
「お、落ち着いてルカちゃん」
落ち着いていられるわけないよ! もしかしたら私がこのバッジを受け取ったせいで、アスナさんだけじゃなくてお兄ちゃんにも危険が及んでるかもしれないのに!
「まずはお互いの情報を交換しあおう。いい、かな?」
「っ! はい」
自分がいかに取り乱していたのかをサトシさんの言葉によって察知した私は、顔を真っ赤にしながらも首肯する。
一体、今何がどうなっているの?
私は頭を冷やしながらも、自分が置かれている状況、そして知らないところで起こっている現状に当惑するしかなかった。