IV:作戦内容
ここにこういった面子が揃ったことは恐らくホウエンの歴史に残るものなんだろう。
元ホウエンチャンピオン、ツワブキ ダイゴ。
マグマ団のリーダー、マツブサ。
アクア団のリーダー、アオギリ。
そしてカントーを彩るジムリーダーと四天王。
もう一人、ここにいれば……どんな軍隊でも敵わない布陣が完成するのかもしれない。
そう、この場にサトシさん、ミツルさんとマサキさんの姿がないのだ。
今俺の目の前にはそういった面々が集まっていた。アンズと和解して一時間もしない内に続々と人が集結し、会談が始まろうとしている。
「任務ご苦労」
ダイゴさんはマツブサを連れてきたカンナ率いるカスミさんとナツメさんに礼を言うと、そのままアオギリとマツブサへと向き直る。
「さてわざわざ幹部以上の方々にここへと赴いてもらった理由を話すとしよう」
そうだ、その通りだ。なんでわざわざこんな場所へ? 送り火山には何かあるのか?
「俺達は一時団結し、古代のポケモンを使ってホウエンを奪還する」
「なん、だと?」
「貴様何を言って……」
険しい顔つきをしているマツブサとアオギリの表情の彫りが更に深まるのを俺はその時感じた。
「ここ送り火山には以前両組織から取り返した藍色と紅色の珠がある」
後からアンズから聞いた話になるが、マツブサ率いるマグマ団とアオギリ率いるアクア団は以前に伝説の古代ポケモンを復活させたことがあるらしい。
俺はその時のことをホウエン事変という記事で読んだことがあるが、まさかそんな大事になっていたとは知らなかった。やっぱり情報規制がされていたんだろう。
そりゃそうだ。もし古代ポケモンが現れて国を変えようとしていただなんてことが知れ渡ったら、恐怖と混乱を生み出す。
「まさかあの時一番に私達を妨害してきた貴様がそんなことを言いだすとはな」
アオギリが不敵な笑みと共に両手を宙へ掲げる。
「そういうことならいいだろう。お前が俺達を利用するように、俺もお前達を利用させてもらおう」
マツブサが猛禽類のような目つきでダイゴとアオギリを見据える。
おいおい、こんな空気で共同戦線って言えるのか?
けどダイゴさんがここまでの人脈を、いやこういった人選をしなければならない程にロケット団は強力なのだろう。考えてもみれば、以前世間を騒がしていたテロリスト集団のリーダー二人がこうやって今目の前にいることがこの事態の異常性を証明している。
「ああ、俺達は何も絆を結んで協力するわけじゃない。あくまであのロケット団をこのホウエンから追い出す為だけにやるんだ」
「言われなくても」
「わかっている」
だからなのだろう。
不服そうながらにも、この三人はある意味団結している。それは下についている俺達にもなんとなくわかる。
「で、具体的には俺達に何をやって欲しいんだ? まさかマグマ団の野望をやり遂げろって程お前は優しくはないだろう?」
これまたアンズに聞いた話なんだが、マグマ団は藍色の珠を使ってグラードンを目覚めさせたものの制御できずホウエンに異常気象をもたらしたらしい。そしてアクア団もカイオーガなる古代ポケモンを復活させ、同じ状況を生み出したらしい。
この事件の時、ホウエンで異状気象があったのは知っていた。でも巨大な低気圧発生で気象が乱れたとまでしか聞き及んでいなかった。
「ああ。今度はちゃんとした珠を使ってしばらくの間暴れてもらいたい。それ以降は自由にしてくれていい」
ダイゴさんは何を言ってるんだ?
もしグラードンとカイオーガが天候を自在に操れるような化物だとしたら、暴れさせたら甚大な被害が生まれることとなるのは避けようがない。
「貴様、何を企んでいる?」
そりゃアオギリやマツブサの立場からしたら、ダイゴさんを疑うしかないだろう。
「言葉通りの意味さ。マグマ団には紅色の珠を、アクア団には藍色の珠を。それで俺が指示した期間、二匹と共に両団に暴れてもらう。そうすれば後はお前達が好きなようにすればいいさ」
一体ダイゴさんは何を考えているんだろう?
しばらくの沈黙と身内でのやりとりの後、マツブサとアオギリはダイゴさんの提案を汲んだ。
「ようは時間稼ぎと撹乱か、いいだろう。それでは早速、珠を渡してもらおうか」
「そうだな、これ以降私達が会う時は敵同士だ」
やっぱり。
「そうだな。ミツル」
「はい」
霧が立ち込めるもそんなに視界が悪いわけじゃない。でもミツルさんがいきなりテレポートでダイゴさんの傍に現れた時はさすがに驚かざるを得ない。
ミツルさんはそっと小さな子袋から紅色の珠と藍色の珠を取り出して、それぞれマツブサとアオギリへと手渡す。
「これは、確かに、紅色の珠だ……」
「ふむ、ただの戯言ではないようだ」
紅色と藍色。確かに古代ポケモンを復活させるほどの魅力的な輝きをその二つの珠は持っていた。なんか中で渦巻いてるっぽいし。
「綺麗だね、ケンくん」
「ああ……」
そう息を零すアンズ。
たしかにあの二つの珠にはどことなく人を惹きつけるような魔術めいた魅力を感じた。
「どうかした、ケンくん?」
「ん? いや、なんでもない」
遠巻きに見つめながらも、俺はしっかりと三人の会話に聞き耳を立てていた。
「しかしわざわざ呼び出さずとも良かったのではないか?」
アオギリが藍色の珠を幹部の一人に預けながら、ダイゴを睨む。ああいった類の人間だと人を見るだけの行為になぜあれほどの剣幕がつきまとうのか。
「なに、俺にとってもお前達にとってもここは記念すべき場所だろ?」
そう意味あり気な笑みを含めながらダイゴは肩を竦める。
一体、この三人の間に何があったのか。その詳細を聞くのは、これから少し先のことになりそうだ。
「お前達にも準備がいるだろう。それは承知の上だ」
ダイゴさんはそう最後に言い残して、マツブサとアオギリに二つのUSBを投げ渡す。
「それが俺達の行動パターンと日程だ。それをロケット団側に売るもよし、お互いに結託して俺達を狙うもよし、好きに使ってくれ」
そんな言い方をするということは、ダイゴさんには確信があるんだろう。この二人は約束を破らない、と。
「ふん、せいぜい良いように使ってやる、若造が」
「私達もここに長居する理由はもはやない、いくぞ」
そしてホウエンを揺るがした二大勢力の頭達は各々の幹部を引き連れて、この送り火山頂上から姿を消した。
さすがに立つ鳥跡を濁さずって感じで、彼らがいた場所はすっかりと何も残っていない。もはや人がいたかどうかも怪しまれる程に、痕跡すら残さずに消えたのだ。
「さて俺達も行くとするか」
「あ、あのダイゴさん、行くってどこへですか?」
多分俺だけ知らないんだよな……と、内心若干の疎外感を抱きつつ訊ねてみる。
「ん? ああ、そうだったなケンとアンズにはまだ言ってなかったか」
「僕達の行く次の目的地はフエンタウン」
フエンタウン。
ああ、フエンと言えばあの温泉で有名な所か。母さんが前に行ってみたいとかテレビの前で言ってたな。
あのバトルで貯めていたお金がその為の旅費だったなんて、今更言えねえよな。
それに母さんとは未だ音信不通。あの人なら大丈夫だとは思う……でもさすがにルカには連絡をいれてもらいたいもんだ。
「でもなんでフエンに?」
いくら次の目的地だからって、そんな人目のつくような場所に行っていいのだろうか。
「木の葉を隠すなら森の中、人を隠すなら観光地ってね」
どこからそんな言葉が湧いて出たのかはわからないが、今は従うまでだ。
「それにしてもケン、さっきのことは何も聞かないんだな」
「あ、いえ、別に。俺はダイゴさんを信じてますから」
そう、俺にはそれ以外の道はない。
「ふっ、そうか。ありがとな」
「え? あ、はい」
まさかそこで感謝されるとは思ってもおらず、俺は素っ頓狂な声をあげてしまう。
「ちゃんとアンズを守ってやってくれ」
そしてそう耳元でささやかれた時、俺は耳が温かくなるのを感じだ。な、なに、言ってんだよこの人?!
カァァと温度の上がる頬に慌てながら、俺はアンズの方へとみやる。
「?」
と可愛らしく首をかしげているアンズ。ああ、くそ! 言われなくてもわかってますよ!
俺はついさっきまでアンズと抱擁をかわしていたのを思い出し、それを払拭させるように頭を振る。
「ケンくんは意外と純情なんだからあまりからかわないでやってくださいよ、ダイゴさん」
「知ってる」
にひひ、と少年じみた表情で笑うダイゴさん。やっぱ、この人にはかなわねぇ。
「それにしてもナツメ、あんた結構こういう場所好きでしょ」
「……嫌いじゃない」
カンナさんは待っている間に一服してたのか、右手に煙草を持ちながらナツメさんの首元に腕をまわしてかまっていた。
「サトシはちゃんとやってるかなっ」
「あらあら、きっと大丈夫ですわ」
そしてカスミさんに至っては恋愛してて、それを好奇な目でエリカさんが対応している。
なんやかんやでこのチームってバランス取れてんのか? そう、最近になって色濃く理解してきた気がする。もちろん、アンズのことも。日を重ねるごとに近づいていっている気がする。
「なあアンズ」
「どうしたの?」
ダイゴさん達が周りにいないことを確認して、俺は冗談のつもりでこう言った。
「フエンに着いたら、一緒に温泉でも入るか」
「え……っ!?」
「ははは、冗談だよ、じょうだ―――」
ぼふっ! という音と共にアンズの頭から何かが噴き出す。
「お、おい、アンズ? だ、大丈夫か?!」
「い、い、いぃ、いっしょに……お、お、おん、おんせん…………」
な、なに急に赤くなったと思ったら支離滅裂なことを言いだし始めるアンズ。
「こ、こん、こんよ……く…………?」
「あ、アンズ? 冗談だから、な? おい、おぉーい?!」
彼女の肩を揺さぶってみるも、返ってくるのは何かを延々と呟き続けるアンズの呪文のみ。
「それじゃそろそろ行くか。ちょいとばかし急がないといけないかもしれない」
そう遠巻きにダイゴさんが言っているのを聞きながら、俺はアンズを急かすが彼女の正気が戻る余地は見いだせない。
えぇい、くそっ!
「おい、行くぞケン、アンズ!」
「は、はい!」
こうなりゃどうにでもなれっ!
俺はアンズを両手に掲げ、急いでダイゴさん達のもとへと駆け寄る。
「ラブラブだよなお前ら」
「いいから行ってください!」
そんな風にダイゴさんや面々に呆れられながら、俺達はミツルさんとナツメさんのポケモン達と共に頂上から【テレポート】して目的地へと向かった。
第十五章:完