II:決着!トクサネジム
「「【サイコウェーブ】」」
トクサネジムリーダーのフウとランが同時に発した命令。それは一匹で特攻していったニューラに対してではなく、ピンポイントにキュウコンを狙ったものだった。
「戦いの鉄則はなんだいラン?」
「それは敵勢力の孤立化だよフウ」
ダブルバトルにおいて厄介なのはどちらかの手持ちが先にやられてしまうということ。
二対二から一対一ならまだしも、二対一へと戦況が転じるのは言わずもがなにまずい。
「キュウコン、【妖しい風】!」
だが抵抗虚しく、不意をつかれた俺とキュウコンはあらがえるはずもなかった。ジムリーダーに先手を打たれたのだ。そうそうに覆せるようなほどの力量も機転も俺は持ち合わせてはいない。
【サイコウェーブ】による念動波状攻撃を諸にくらったキュウコンはその場に崩れ落ちる。
「キュウコン! くそっ!」
恐らくキュウコンは頭を直接狙われたのだろう。
ソルロックとルナトーンはキュウコンを挟んだ状態で攻撃を仕掛けてきた。そして技の発動のタイミングをわずかにずらしたのだ。そうすることにより波状となった念動力が交互にキュウコンを直撃、頭部を小刻みに揺らした。
「大丈夫だよ、ポケモンは人より丈夫」
「当分は目を覚まさないだろうけどね」
双子のジムリーダーに宣告され、俺はギシっと歯ぎしりする。
そう、キュウコンは脳を揺さぶられて昏倒したのだ。脳震盪だろう。
「キュウコン戦闘不能!」
審判が旗を揚げ、俺のキュウコンが戦闘不能であるとジャッジする。
俺の残るポケモンはニューラ一体。まあ一見眠り状態で無傷な二対を相手にするっていうんだから不利以外のなにものでもないよな。
「それじゃ決めよっかラン」
「そうしようかフウ」
お互いにお互いの手を会わせてそう呟きあうジムリーダー。そして彼らに呼応してソルロックとルナトーンがその場で高速回転しだす。
今ニューラは俺から一番遠い場所にいる。つまりは後ろに残っていたキュウコンを相手が狙った為ジムリーダー側にニューラが、そして俺の近くにソルロックとルナトーンがいるという状態だ。
ポケモンバトルにおいてポケモンに指示を出せないという状況……それもまたバトルにおいては致命的となる。そしてそれは追々にして一つの戦法としても成り立つ。
まあこの場合は全てをニューラに委ねるしかないんだけどな。
「ソルロック【炎の渦】!」
「ルナトーン【スピードスター】!」
自分達の周りに技を展開させるソルロックとルナトーン。自己の存在を最大限にアピールするかのような技の魅せ方に、俺はいつぞやテレビでみたポケモンコンテストの内容を思い出していた。
燃え盛る太陽の如きソルロックと流星纏いし三日月の如きルナトーン。どれほどまでに美しいかは、一番間近で見ている俺にはわかる。惚れ惚れする。そしてその技により俺の視界からニューラが隠されてしまう。
だけど何もしないで見ているわけにはいかないんだよ。
「ニューラァ! 【寝言】!!」
俺は精一杯の声で叫ぶ。
眠っている間のあいつの弱点は耳が遠くなること。いくら夢と現実を両立しているとはいっても器官機能の低下は免れない。
つまり諸刃の力を得ているとはいえ、指示がなければ本当に眠っているだけなのだ。それにこれだと相手にどんな対処法をされるかばれないからな。
巨大な火の玉と化したソルロックは回転しながらニューラへと飛来、突撃してくる。それはまるで地面と平行に発射された大砲の弾のように、空気を重くも力強く引き裂きながら進んでいく。
一方のルナトーンは纏った【スピードスター】を時間差を利用しながら次々と飛ばしていく。決して外れないとされるこの攻撃を徐々に全て当てにいこうというのだ。
その光景を後ろから直に眺める俺は、なるほど……敵側から見てみるっていうのも新鮮だな、と呑気に考えていた。
なぜって、後はあいつを信じるだけだからだ。
ニューラは目を瞑ったまま動こうとせず、じっとただ構える。
「これで決まりだねフウ」
「これで決まりだねラン」
勝利を確信したのだろう、ジムリーダー達に余裕の笑みが生じる。しかしそれと同時に俺自身も彼ら同様に微笑んでいた。
ソルロックの特攻がまさにニューラにダイレクトヒットしそうになった時、ニューラがその両目を見開いて地面に転がったのだ。
いや転がったというのは表現がおかしいか。
地面と水平になるようにして身を捩じらしながら、ソルロックの方へ向って跳んだのだ。ソルロックと地面の間に生じたわずかなスペースに滑り込むようにして。
「【メタルクロー】!」
そしてすかさずソルロックの下部から攻撃を与える。ヒット&アウェイならぬ、クロース&ヒットってな。
標的が自分の下をくぐりぬけ、どてっぱらに一発喰らうことでソルロックはバランスを崩した上に意表をつかれて困惑する。その間にもニューラは飛び退いた方向のまま地面を滑走、【乱れ引っ掻き】でルナトーンの【スピードスター】を弾きながら接近していく。
この一週間で俺がとにかく驚いたこと、それはニューラの身体能力の向上にあった。
いままでとは違った力強い走りと体の滑らかさ。それは本来のニューラが持つプラスな部分を更に特化させたといっても過言ではないほどまでに、ニューラの成長は著しかった。何があったのかは聞かされてはいないがカンナさんがどうやらニューラに指導してくれたらしい。さすがは氷のエキスパートといったところなのだろう。
「ルナトーン、かわして!」
予想だにしていなかった展開であったのにもかかわらず、そこはジムリーダーといったところか。迅速な対応もあって、ルナトーンは【スピードスター】を討ちながらニューラから距離を取ろうとする。
だが、素早さで言うならばニューラのほうが一枚も二枚も上手だ。そう簡単には逃がさないぜ?
「ニューラ、【氷の礫】!」
地面を蹴る右足に力を入れての急加速、一気にルナトーンとの距離をつめたニューラが右手に纏った氷塊を豪快にクリーンヒットさせる。
威力は低くともあの加速に交えての効果抜群攻撃だ。効いてないとは言わせない。
「もう一発喰らわせてやれ!」
「ニュラッ!」
軽やかなバックステップをフェイントにいれつつニューラは再度ルナトーンへと踏み込んで【氷の礫】を決める。
しかしルナトーンは片目を顰めてふっ飛ばされるも体勢を立て直す。
「これじゃ二匹ともあの子のペースに巻き込まれてしまうね」
「うん、そうだね。それじゃあれいっちゃう?」
見ればソルロックも臨機に戦況に応変していた。
「ルナトーン、【催眠術】と【夢喰い】」
今ニューラはルナトーンとソルロックの間に存在している。つまりは挟み撃ち状態だ。
もし相手の【催眠術】をソルロックに当てることができれば……。そう思っていた矢先、ニューラも同じことを考えていたのだろう、体勢を低くして【催眠術】を見切ろうとする。
予感が的中したのか、読みが当たったのか、ニューラはルナトーンから放たれた催眠波を意図も容易く避ける。
いや、これは、避けたというのか……?
そう俺が思ったのに数秒と時間はかからなかった。なぜなら、ルナトーンの【催眠術】は最初からソルロックへと放たれたような軌道を描いたからだ。
おいおいまさか味方に技をかけて体力を回復するっていうのか?
眠ってしまったソルロックからは闇色の靄が生じて、それは引きこまれるようにしてルナトーンに吸収される。
「ちっ! ニューラ、ソルロックに止めを刺せ!」
状況はあまり著しくない。もしソルロックを捨て駒にしようとしているのなら、戦力を削がなければならない。
まだ体力が残っているのなら、また同じ手を喰らいかねない。その前に叩く。
ニューラはルナトーンが回復し終える前に距離を取り、ソルロックへと駆けていく。くそっ……ニューラの体躯じゃフィールドの端と端を行き来するのは時間も体力も浪費するな。
しかしながら俺はまたもや変な違和感に囚われつつあった。なぜ今の段階で体力の多く残っているソルロックからルナトーンは体力を奪ったんだ?
なぜ?
ルナトーンにあってソルロックにないものがあるのか?
それはタイプや技の有利性から来ているのか? そもそも俺はあまりホウエンのポケモンには慣れていない。ただ両方が岩タイプでエスパータイプであることは知っている。
けど、技までは……。
そこでふと、俺はジムリーダー達の表情を窺う。二人はほくそ笑んでいた。
罠か? いや、絶対にそうだろう、だが相手がなにをしようとしているのか俺には即座に理解できなかった。
「ソルロック【大爆発】」
二人の内のどちらが言ったのだろうか? しかしその唇の動きを俺は読みとっていた。そしてその指示はニューラがソルロックにまさに襲いかからんとしていた瞬間であった。
激しい閃光と爆発にニューラは一瞬にして取り込まれ、爆音が追って轟く。
「ニューラ!」
爆風と風塵によって吹き飛ばされたニューラが背中から地面へと激突する。
「ソルロック、戦闘不能!」
そこで審判のジャッジが下る。しかし続け様にニューラが戦闘不能に陥ったというコールはなされない。
ってことは、まだニューラは……!
俺は咄嗟にニューラの様子を確かめる。わずかにだがまだ戦える。戦えるよな?
「にゅ、らっ!」
弱弱しくも両足に力を込めて立ち上がるニューラ。寸前で爆風に構えて受身の取れたおかげで瀕死は免れたのだろうが黒い皮膚についた火傷痕が痛々しい。俺達に取り残された術は、やっぱりあれしかないか。
ルナトーンの体力は万全。こっちは瀕死間近。まさかダブルバトルでああいった風に【大爆発】を使うなんて、さすがはジムリーダーといったところなのか。いや、にしてもとんだ派手さだったな。
「ニューラ、【氷の礫】だ!」
「同じ手は何度も喰らいませんよ?」
こっちの特権である素早さは、しかし先読みされてしまえば格段にその魅力を落としてしまう。だからこそ、そこに漬け込むしかない。
ルナトーンは宙に浮きながら、ひょいひょいとニューラの攻撃をかいくぐる。
「ねえねえラン、中々に予想外な展開だったね」
「そうだね、これでラン達も勉強になったね」
俺を倒すこと前提かよ、などと思っている余裕を俺はその時持っていた。なぜなら俺もまさしく同じことを思っていたからだ。
「ニューラ、【シャドークロー】!」
「ルナトーン、【ストーンエッジ】です!」
「ニューラ、【守る】!」
「ルナトーン、【岩落とし】!」
考えてもいなかった。トレーナーを二人相手にするということがこんなにも脳を苦しめるものだとは。
俺が攻めたらフウが防御の対策を、俺が守ればランが攻撃の手段を……役割を分担し、それに専念するからこそこの二人は例え一匹になっても強いのだ。それが例え反則のように思えても、相手はジムリーダーでありトレーナーは彼らのルールに則って勝つしかない。
だからこそ負けてられない、力押しでもなんでもここで負けるわけにはいかないんだ!
ニューラは落下してくる岩塊を辛くもよけながら少しずつルナトーンに攻撃を当てていく。
「さすがにしつこいね」
「侮りすぎていたね、例えあのニューラが種族一だとしても……あの身体能力はおかしいよ」
そりゃそうさ、俺のニューラは特別なんだからな。
そう、俺はその時気がつかなければならなかったのだ。ジムリーダーが指摘したニューラの異常さが、本当に異常であるということに。だが俺は勝てるかもしれないという高揚感に囚われていたせいでそれに気付くことはできていなかった。
「決めろニューラ! 【冷凍パンチ】!」
ルナトーンの顔面を捉えたニューラ。ダメージはそれなりだったのだろう、ルナトーンは倒れジャッジのコールが試合終了を宣言した。
「負けちゃったねラン」
「負けちゃったねフウ」
悲しそうにつぶやきお互いを労う双子のジムリーダーはソルロックとルナトーンをそれぞれボールへと戻す。
その後、俺は無事マインドバッジを手に入れた。
自分の手の中で輝くバッジの光は、しかし鈍く輝く。そう、この試合は醜かった。俺の戦い方は、ただニューラの身体能力にかまけただけの、ただの力押しでしかなかったのだ。
そう思うと、そう思えば思うほど、俺はバッジを力いっぱいに握りしめていた。
久しぶりに手にしたジムバッジの感触はとてもじゃないが心地の良いものではなかったのだ。
「ケントくん……」
アンズの気にかけてくれる言葉は俺の耳にまで届かない。
俺は、どうしちまったんだ?