I:攻略!トクサネジム
まだ実感として何かを掴んだわけでもないし、何かを得たわけでもない。
でも確実に貴重な時間が過ぎていってるのだけは実感している。
ホウエンに着いてから、もう一週間。連日連夜の特訓、それは俺とポケモン達にとっては喜ぶべきことなのだろう。だが俺は不完全燃焼になりかけ寸前であった。
ただポケモン達のバトルをじっと見ているだけ。なんの指示を出すことも無く、ポケモン達が自分達で自発的に戦う本能のバトルをただ観察すること。それが俺に与えられたここ一週間の特訓内容だった。
そんな訓練の中、俺は自分のポケモン達をはじめて客観的に観た気がした。それこそルカじゃないが、こいつらの動きの一つ一つが鮮明に脳へとインプットされる感覚に襲われたんだ。あいつがどういうふうにあの才能を使ってるかはわからないけどな。
ただそんな感覚を得つつも、それを検証することは叶わなかった。
なぜなら俺に言い渡されたのはバトル禁止。
バトルを極めることを求める者に与えられたこの苦行は、しかしとんでもない効果を発揮することになる。
だけど今の俺にはそのことを実感することはできない。いや、今から実感することになるのかもしれない。
なんせ今日は初のジム戦なんだから。
あの爆発のあった日、俺とアンズはダイゴさんをいろいろと問い詰めた。
もちろん俺はサカキから電話があったことを話したが、やっぱりダイゴさんにとっては予定調和だったようだ。
「悪いなケン、だがこれであいつらにも動きが出てくるだろう」
俺とアンズが入ったミーティングルームのような談話室には全員が集結しており、皆が皆神妙な面持ちをしていた。
つまり俺とアンズが出ていた間に、何かの話がされていたということだ。
「お前達はこれから一週間、ここから出るな」
「なっ?!」
「え?」
ダイゴはにっと笑い、ぽんっとアンズの頭と俺の肩に手を置く。
「一週間、こいつらが日替わりでお前を特訓する。その後、ケンはここのジムを攻略……バッジを手に入れたらすぐさま出発だ」
一週間、ジム戦、出発。この三つの単語が何を意味するのか俺にはわからない。
だが確実にダイゴさんの野望へと近づく為のプランであることは疑いようもない。
「わかりました」
「……はい」
俺は表情を押し殺してそう頷き、アンズは最初は渋った表情をしながらも承諾したようだった。
「そうか。頼むぞ」
そう言い残してダイゴさんはマサキさんやミツルさんと何かの会議に移ったようであり、俺とアンズはエリカさんに先導されて自室へと戻っていった。
ここ一週間、島内では少なからず動きはあったらしい。
俺は外へと出ることはできなかったがカンナさん達から話を聞いて知ることができた。
アンズと一緒にいられる時間が増えたのはよかったが、状況が状況だ。そんなに気を緩めることはできないし、アンズもジムリーダーとして俺の指導に専念していた。
何も不服や不満があるわけじゃない。
でも思うんだ。このままでいいのかって。いいんだろうが、納得するだけじゃ駄目な気がする。でもそれを確かめる手段も算段も今の俺は持ち合わせてはいない。だから今は自分の役目に集中するしかないんだ。
そのためにも、俺は必ず勝ってみせる。
「緊張してる、ケンくん?」
「ああ、大丈夫さ。それよりアンズはいいのか?」
「うん。準備は万全だし、ケンくんのバトル見てたいから」
「そっか、サンキューな」
今俺とアンズはトクサネジムの前へと来ている。
トクサネジム、それは数ある地方のジムの中で唯一ジムリーダーが二人組という異質なジムであることで有名だ。
故にバトル方式はダブルバトル。
二人一体となった相手をチャレンジャーは一人で対応しなければならない。その壁を超えることでよりポケモン達との間に更なる信頼関係と強みを得ることができる。
「やあいらっしゃいチャレンジャー。ぼくはフウだよ、よろしくね」
「やあいらっしゃいチャレンジャー。わたしはランだよ、よろしくね」
ゲートをくぐるな否や、俺達の目前には手をつないだ双子がそう挨拶してきた。
年は俺よりはるかに下。いや、そう見える。おそろいの服を着た彼らは色の違う似たような着飾りをしており、顔は本当に瓜二つ。発する音声も見事にハモっていて、ここまでのシンクロ率を見せつけられるのはいささか調子が狂ってくる。
「ミハヤ ケント、ここのマインドバッジをいただきにきたぜ」
一応言っておくがアンズも俺も変装している。偽名もその一環だ。とは言ったものの俺はワックスで髪を立たせて、サングラスにイヤリングを耳に三個ずつつけただけの出で立ちだ。
ただジム戦を受ける時トレーナーは自身のトレーナーカードをジムに認証しなければならないという規則があり、それによって審判がトレーナーの情報を協会に登録・更新することによりトレーナー達の現状を確認している。
だから偽名を名乗ることは原則不可能なんだが、ダイゴさんの渡してくれた専用ポケッチにはミハヤ ケントというトレーナーカードが新たに登録され、これを使っている限り俺の正体はばれないといわれた。
正直あやしいもんだが、今はこれを使うしか術はない。
だからこんな格好して写真なんか撮らされたんだろうが……。
「こんにちはミハヤ ケント」
「早速こちらへ、バトルをはじめましょう」
さすがは双子、以心伝心もお手の物なのだろうか。二人の言語は途切れることなくそのまま一文として、まるで一人の人間に話しかけられているかのように耳へと入ってくる。
アンズは俺の後ろで両手を重ねて心配そうな表情を向けていた。
「大丈夫さ、行ってくる」
「う、うん。頑張ってね、ケントくん」
「……ああ」
ケントくん、か。
俺は含み笑いを浮かべながらアンズと別れ、バトルステージへと向かって行く。ちなみにアンズはデートをしたときの格好のままだ。ジムリーダーということもあり一度や二度は会ったことあるんだろうけど、フウとランにはバレていないみたいだな。
「それではこれよりチャレンジャー対トクサネジムリーダーフウとランのジムバトルをはじめます! ルールはダブルバトル。使用ポケモンは二体です、よろしいですね?」
「ああ、問題無い」
審判の確認に俺は頷いて見せた後、二つのボールを右手に展開させる。
「楽しみだねラン」
「そうだねフウ」
フウとラン。
エスパータイプの使い手であり、ダブルバトルのエキスパート。
「頼んだぜニューラ、キュウコン」
「ニュラ」
「コン」
なら、エスパーに耐性のあるこの二匹にはもってこいってことだ。
「いってくるんだルナトーン」
「いってきてソルロック」
出てきたポケモンはルナトーンとソルロック。月と太陽を象った形をしている二匹のポケモン。タイプはそれぞれに岩とエスパー。
相性はこっちに分があるが、そんなものはジムリーダーの前では無いに等しい。それは相手が特定のタイプのスペシャリストということもあり、弱点対策を万全にしているからだ。
「バトル、スタート!」
審判のコールと同時に、俺はチャレンジャーとして与えられる先手を最大限に利用させてもらう。
「ニューラ、【眠る】! キュウコンは【瞑想】!」
一週間、ただ指をかじって観察だけしてきたわけじゃない。いろいろと試したかった戦法……このジム戦でいろいろと試させてもらうぜ。
「ラン、彼はどうかしてるのかな?」
「フウ、私も同じことを考えてたよ」
二人が何かを呟いてはいるが、俺には良く聞きとれない。まあ何を言っているかは大体予想はできるけどな。
「ルナトーン、【目覚めるパワー】」
「ソルロックは【岩雪崩】」
【目覚めるパワー】……それはポケモンによってタイプが個別にわかれ、威力も別れると言われている技。これを見極めることこそポケモンマスターになる為の近道と言われるほどまでに、見極めが難しい技である。
なぜなら【目覚めるパワー】は、それ一つで戦況をひっくり返すかもしれない程の威力と効果を持ち合わせている。つまり、使われてはいけないのだ。それを相手のポケモンを見ることだけで判断できなければ試合に支障をきたす。
しかし初っ端から使ってくれるのはありがたい。
「ニューラ、【寝言】」
一般的に寝るという行為は自然界の中では自殺行為に等しいとされてはいる。だが眠ることによって得られる代償は多い。手っ取り早く言うならば眠る特権の一つが回復。それは体力の回復だけにとどまらず、思考力や集中力も含まれている。
しかしポケモンバトルに使われる【眠る】はポケモンを仮眠状態、つまりレム睡眠へと誘う。REM、Rapid Eye Movementの略であるレムはポケモンでも人間でも夢をみやすいとされる状態のことだ。それは眼球が夢の視点を追って反応しているからであり、その時は外部から脳へと伝わる情報が反映されやすい。
「キュウコンは【日本晴れ】!」
人間では不可能なことをポケモンは実行できる。
つまりレム睡眠時ポケモン達は本能で動けることが可能であるということだ。その時の彼らの身体能力は微妙にだが向上する。後はいかに夢と現実を近づけさせるか。
だから俺はニューラに試合開始直後のイメージを鮮明に残させる練習をしてきた。空間と敵を認識させることで、睡眠時に敵を倒す夢を強制的に引き起こさせる。そうすることにより【寝言】で発動する技をより限定させる。
キュウコンがフィールド上に疑似太陽を形成する前にニューラの【寝言】から発動した【雪雪崩】がルナトーンとソルロックの攻撃を防ぐ。
どうやら【目覚めるパワー】のタイプは格闘みたいだな。俺もまだそんなに見極めは得意な方じゃない、だからこそ発動されてみなきゃわからない。
「こちらの手持ちを研究しているね、彼」
「そうだね、でも負けるわけにはいかないよ」
フウとランが何かを囁き合い、それを合図にルナトーンとソルロックが散開する。
「逃げても無駄だぜ」
だが、まさか俺の手持ちがこうまでここのジムのアンチ型になるとは思ってもいなかった。
なぜならばニューラは悪タイプ。相手のエスパー技は効かないし、炎タイプの技はキュウコンの貰い火でカヴァーできる。
だから心配しなければならないのは相手の岩タイプのみ。けど【日本晴れ】が成功した今、それもあまり脅威ではない。
このまま決める。
「ニューラ、【寝言】! キュウコンは【ソーラービーム】!」
それに相手の【催眠術】も今のニューラに決まらない。
ニューラは両目を瞑った状態でありながらも氷を両手に纏いながら疾走する。【氷の礫】だ。そして接近していくニューラのフォローにキュウコンの援護射撃が相手の二匹の間へと割って入る。そうすることで相手のポケモンを引き離す。
フウとランは何も指示を出すことなく、動じることなくただただ戦況を見守っていた。
ぞわっ!
な、なんだ?
刹那、俺の背筋を嫌な感触が迸った。
この感覚は……。
「止まれ、ニューラ!」
しかし俺の咄嗟の叫び虚しく、ニューラはソルロックに襲いかかっていた。そう、眠っている状態では外部からの情報が均一化するためにどの情報が優先されるべきかまでは判断できないのだ。
「まずは一匹目」
「まずは一匹目」
そこでフウとランはお互いににっこりと笑いあい、そう呟いたのであった。