IV:わかりあう力
アララギとマコモがいたビルの屋上に今一同は集まっていた。
食事を終えた面々はミュウの言ったことを実行するために上がってきていた。
「じゃあ時間が経ったら下りてきなさい。話の続きを再開しようじゃない」
「わかったわ」
ミュウ、アララギ、マコモはモモ達を置いてそのまま研究室のある階へと下りていく。
別に屋上といっても屋外というわけではない。一番上をソーラーパネルでカバーしている大概のビルではステンドグラスに囲まれた小規模な庭園が存在している。
それは唯一ポケモンをボールから出すことを許される場所であると共に、軽い運動も行えるほどのスペースがある。
見れば食堂で見かけたような職員が食後の休憩をしていたり、スポーツを楽しんでいた。
「出てこい、リザード」
ガイは他の二人から少し離れ、リザードをボールから出す。
前回過激な死闘を繰り広げて以来なので疲労は取れたもののリザードはピリピリとした空気をまとって現れる。
「はは、もうあんな真似はさせねえから安心しな」
がしがしとガイはリザードの頭を撫でてやりながら、そう告げる。
リザードはガイを見上げ、そこで緊張の糸が緩んだのかそのまま地面へとぺたりと尻もちをつく。ちりちりと緊張感をあらわにしていた尻尾の炎もそれに伴って落ち着きを取り戻している。
「あのな、リザード」
少しでも視線をあわせようとガイも地面へと腰をおろし、リザードの両目を見据える。
「俺とお前が出会った時、覚えてるか?」
「……」
やはりポケモンは俺達の言うことはわかるんだな、とミュウの言っていたことを苦く思いだしながらガイはリザードが首を縦に振るのを確認して続ける。
「お前は尻尾の炎があのままだったら消えそうな雨の日に、道路の傍に捨てられてた」
今から15年ほど前、イミテと遊んでいた時のことである。ガイとイミテは道端で一匹突っ伏したヒトカゲを見つけた。
体中泥まみれで、か細く灯った尻尾の火が今にも消えそうだった。ガイは着ていた道場着でヒトカゲを包み、泣きじゃくるイミテと二人でポケモンセンターまで直行したのである。
辛くも命をつなぎとめたヒトカゲ。だがヒトカゲの持ち主は一週間以上現れることなく、ガイの申し出により引き取ることにしたのである。
「あれから二年、お前の体は治らなかったよな」
そう、リザードはあの時かなり衰弱しておりその体力が完全に回復の兆しをみせるまで二年もの時がかかったのだ。
その時体が弱かったせいか、ヒトカゲがリザードに進化するまでかなりの年月と苦労があった。だがそのおかげか、今のリザードは屈強なまでの頑丈さを手に入れたのだ。それがルカとのシャワーズ戦でも見せていた屈強なまでの体作りにあるのだろう。
「今こうやって思い返してみると、俺を救ってくれたのはむしろお前だったのかもな。お前が俺の前に現れてくれた意味が、もしかしたらミュウの言ったようなことなのかもしれねえ」
もしミュウの言ったようにポケモンが世界の為に人間を受け入れたと言うのならば、もし人間を抑止させるために現れるというのならば……ポケモンを必要とする人間の前にもまたポケモンが現れるんじゃないだろうか。そうガイは思い始めていた。
「あの時の俺も弱かったから。お前と一緒に強くなれた」
当時イミテに負けていたガイは父親の道場内でも一番弱かった。だからだろう、ヒトカゲとの出会いと成長はガイをここまで強くしてくれた。
それはもちろん肉体的にだけではなく、精神的にもだった。
「お前達がなにものかを知っても、お前はお前だよな」
「リザ」
そしてリザードは右手をガイへと向ける。それはガイの心臓部を指しており、彼はその意味をなんとなく察する。
「俺も俺って言いたいのかよ?」
「リザ!」
「へっ、ミュウが言ってがお前に今更教えることなんてねーよな」
結局、そう結論付けたガイはリザードに力強い笑みを向けた。そしてリザードも不敵に笑みを浮かべて、お互いにハイタッチをかわすのであった。
「でてきてカメール」
カメールは昼寝中だったのだろう、甲羅に四肢と頭を籠らせたまま現れる。
「ほーら、起きて」
こちょこちょとモモは仰向きとなった甲羅の裏側を指を動かしてくすぐってみせる。
「かめっ! かめがめがー!」
きゃっきゃっと笑い声をあげながらカメールは起きて頭と体を出した。
「ふふ〜っ、まだまだ私にはお腹みせるんだねー」
過去に謎を多く持つモモ。彼女が幼少時代に下水で出会ったゼニガメと共に、モモは裏の世界の住人として過ごしてきた。
暗殺、窃盗、詐欺……。その美貌と軽い身のこなしで彼女の存在は一躍有名となったことがある。
ゼニガメはすぐにカメールと進化はした。だがモモはカメールがカメックスになると身軽さが無くなることを考慮してこれ以上の進化をさせていない。
だからこそモモのカメールは他と違い、スピードがバトルや戦闘においての要となっている。
「でも、なんであなたは私を選んでくれたの?」
ゼニガメは愛想笑いを浮かべたモモではなく、素の態度を取ったモモへと惹かれた。それは彼女の腹の奥底で渦巻いている闇になのか、それとも彼女が持っている妖艶じみた雰囲気なのか、それはわからないがゼニガメは自らモモを選んだ。
「自分を見つけろね。あなたが私を選んでくれた理由を知れば、私は自分を知ることができるのかな?」
カメールのおでこをつんつんと指で突きながらモモは訊ねる。
ただがむしゃらに力を欲してきた。自分以外の人間なんて、カメール以外のポケモンなんて、ただただ邪魔だった。
毎日が戦争だった。
上っ面を愛想笑いで固めて朝と昼を過ごし、夜になれば自分の気が向くまま赴くままに血で自身の欲求を満たしてきた。ある時は金、ある時は宝石、ある時は嘆き、ある時は悲しみ、ある時は命……その全てを他人から求める為に生きてきた。
「でも、なんでだろうね……。あの方に会ってから世界が変わったし、ガイくん達といて私は知らない自分を手に入れつつある」
サカキにその腕を買われたあの時、自分の手で殺せないはじめての相手がサカキだったのだ。サカキはモモに首を狙われながらも、彼女を一瞬にしてひれ伏すことに成功した。サカキはモモを試すためにわざと自分を狙うように仕向けたのだ。
そしてその後ガイとジンという三人編成の部隊にモモは入れさせられ、最初は今まで通りの上っ面だけで接してきた。だが、なぜだろうか、最初の三人での任務でその楔は解かれてしまった。
「本当の私が、今の私なのかな? それを私は知るべきだったってこと?」
「かめ〜?」
今まで散々人とポケモンを殺してきたとは思えない二人の和やかな雰囲気。それはそんな過去をもっているからこそ滲みでてくるものなのか? それとも本当にこういった人柄が素なのか?
だがモモもまたガイと同じように、自分を顧みることで自分を知った。いや、今の自分に気付かされた。
後は……。
「フシギソウ」
ジンはモモとガイに背中を向けて、観葉植物が生えているあたりにフシギソウを出す。
「ふっし?」
ジンはしゃがんでフシギソウの顎下を撫でてやりながら、ふりかえりたくない過去をふりかえっていた。
「…………」
彼らの出会いは少しだけ時間を遡る。
ジンがフシギソウと出会ったのはフシギソウの時だった。
自身がサカキと出会い、そそのかされて会社の機密情報を彼に渡してしまった時である。会社の経営はすぐさま破綻し、それでもサカキの援助のおかげでつぶれることは免れた。それはシルフカンパニー社に吸収されるという形で、だが。
ジンが犯人であるということは知らされなかったが、ジンはサカキの勧誘に乗ったことで身内にバレてしまったと思っている。
そんな折、ジンはとある事故に巻き込まれた。
それは彼がホウエンからカントーへと行くためにフェリーを使う為カイナシティまで来ていた時のことである。なんとフェリーが野生のポケモン達に狙われたのだ。その頃、野生ポケモンによる人への被害が起きていることを知っていたジンはこれもその類の一つだとすぐさまわかったが、成す術がなくただただポケモン達の襲来をフェリーの中で震えながら見つめていた。
海からはホエルコやサメハダーの体当たりを受け、空からはペリッパーやエアームドが襲いかかってきた。
この事件は数多くあった野生ポケモンによる被害の中でも特に大々的に取り上げられた。その原因の一つにとある有名人の死が関係していた。
そう、ニビシティジムリーダータケシの死である。
彼は野生ポケモン達の襲撃からフェリーを守るために戦い、その時に彼が持っていたフシギダネをジンへと託し一緒に戦ったのである。
「あの時、僕ははじめてポケモンを持った。それが君だったんだよね」
何においても兄を越えることができなかったジン。ポケモン自体はダイゴの手持ちと幼少の頃から戯れたこともあったため慣れてはいた。
だがジンはポケモンを持つことでトレーナーとして比べられることを嫌ったのだ。
しかしジンがタケシからもらいうけたポケモンはオーキド研究所に預けられていたサトシのフシギダネであった。あのマサラの悲劇があった時、ボックス制度に認証されていたサトシのポケモンを受け取ったのがタケシだったのだ。
「僕は逃げてばっかりだった。でも、ガイさん達に会えて変わってきたのかな?」
比べられるのが嫌だった。劣るのが嫌だった。
だから自分の故郷を去った。でも、それで変わることなど一つもない。それでもガイ達との最初の任務、そしてルカとミュウとの出会い、それは確実にジンを少しずつ成長させていた。
「ふっしー」
これで三人目の主人を得ることとなったフシギソウは、そんなジンを受け入れてついてきてくれた。
「タケシさんが言っていたけど、君の前の主は本当にすごい人だったんだね」
ジンは視線を下げてフシギソウの両目を見つめる。
「その人に少しでも近づけるかな? 僕は……」
「ふっしふし」
「ありがとう」
励ましてくれているフシギソウをジンは優しく撫でてやる。
「僕は決して褒められるようなことをした人間じゃないけど、これからもついてきてくれるかな?」
「ふっし!」
フシギソウの答えにジンは意を決したように立ち上がって、パートナーをボールへと戻す。
ジン、モモ、ガイは同じタイミングでそれぞれの相棒をボールへと戻して立ち上がり、お互いに目が合う。
「おうっ」
「へへ、やっほ〜」
「あ、あはは、ども」
そしてそれぞれに言葉を交わすのであった。
「ミュウ、あんたも粋な計らいするわよね」
「いいじゃない、別に。人間って本当にわかりあえない生き物だもの」
それはミュウが一番誰よりも体感していることなのであろう。
「人間は人間同士わかりあえない。それが人間とポケモンならなおさらよ。だからこそわかりあおうとする努力がまず大切なのよ……」
ミュウはそう吐き捨てるようにつぶやき、そのままアララギとマコモを置いてどんどんと階段を下りていく。
そんなミュウを後ろから見ながらアララギとマコモは保護者のような眼差しをもってして彼女の後をついていくのであった。